冷徹少女のヒーローアカデミア   作:白猫

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入学試験

 今日は日本最高峰のヒーロー育成機関、雄英の門が未来の英雄たちに開かれる日だ。期待、不安、焦燥……混ぜこぜの思いを抱いた少年少女が、一歩また一歩と歩みを進めている。

 桃色の長髪を靡かせ、黒の制服に身を包んだ少女、稲留(いなどめ)(えい)もその一人だ。だが、その心境は他の生徒とは異なっている。そよ風のように平静で、鉄のように冷徹。凛とした表情に一切の揺らぎもない。英にとって、雄英とは単なる通過点でしかなかった。

 

 

 

 

 ヒーロー科の入試とは、筆記試験はできて当たり前。ヒーローとしての素質は実技にも求められる。筆記試験の結果を気にしている暇もなく、実技試験がやってきた。英は制服から彼女の髪と同じく桃色のジャージに着替えていた。

 曰く、ヴィランを模したロボットのハント。制限時間内にポイントを取ったもの勝ちで稼ぐという口にするだけなら簡単な仕事──それ故に、結果は実力主義なのだ。

 試験はいくつかの区画に分けられた、仮想的な市街地で行われる。仮想的といっても、それぞれが広大なスペースを有し、百人超の受験者を同時に競わせることが可能なほどだ。

 

『ハイ、スタート』

 

 会場に突如、ゴングが響いた──殆ど誰も、そうだとは認識できなかったが。次第に、状況を飲み込んだ受験生が走り出し始める。英は──既に動いていた。

 開始と同時に英は駆け出していた。既に仮想ヴィランは出現し始めている。

 

『標的補足! ブッ──』

 

 英を発見した1ポイントヴィランが言葉を発し終わる暇もなく、その装甲に拳を受けていた。

 装甲は傷一つついていない。華奢な英の拳は、金属を損傷するには不足が多かった。

 しかし、瞬間、ロボは機能を停止したかのように崩れ落ちた。よく見ると、頭部の接合部からは黒煙が上がっている。

 

 個性『ホロニック*1

 万物に存在する"部分"と"全体"の調和を操ることのできる個性。

 彼女が一部に対して起こした変化は全体に波及する。反対に、直接触れずとも特定の部分に影響を与えることもできる。

 英の拳を受けること、それは、どの部位を殴られているかにかかわらず、心臓──仮想ヴィランにとってのCPU──を掴まれているのと同じ意味になるのである。

 

「機械でよかった。人相手にはこんなことできないわね」

 

 彼女は残骸を見下ろして言った。先ほどの殴打が多少響いたのか、右手を左手でさすっている。彼女は冷徹に言い放った。

 

「工夫は少し必要ね。倒すべき敵は多い」

 

 

 

 英は既に2体目と相対していた。先ほどよりも図体の大きい3ポイントの個体だった。

 

『ブッコロス!!』

 

 今回は敵の先制を許し、彼女は回避に徹した──こんな物騒なことを言っていたのか、と呆れながら。3ポイントの姿は異形に近く、複数の肢体は振り回すだけで脅威だ。だが──

 

 頭上からの大振り──後方に跳んで回避。

 着地点への薙ぎ払い──踏み台として利用し跳躍、敵の頭上へ接近。

 背後を狙った不意打ち──見えているかのように体を捻って回し蹴りでカウンター。

 

 ものの数秒の応酬で翻弄され、英の攻撃を肢に受けた3ポイントヴィランは、先ほどの1ポイントと同じく制御装置を破壊され絶命(無力化)した。

 立て続けの2戦で英は完全に勝手を理解した。今度は、最高効率でポイントを収集する戦略を模索し始める。ハリボテのビルの前まで移動すると、彼女の長髪が蠢き始めた。彼女の桃髪は瞬く間に幾本かの触手の形状を為し、彼女の第Nの手足となった。

 個性『ホロニック』は彼女自身にも適用される。英の身体の部位と全身は、その物理的な制約に囚われないほど強く調和している──言い換えれば、部分と全体の機能が半ば融合している。彼女は眼で見、耳で聞き、手で触るのと同じように、全身のどこでも見聞きし触れるのである。同様に、全身に手足のような運動性と操作性を移すことも可能だ。髪を利用するのは、触手のように扱える利便性があるからである。

 髪を操り、ビルの屋上まで登る。後方で、出遅れた受験生たちが追いつき仮想ヴィランにありつき始めるさまが見えた。もう2分もすれば、ここも彼らの狩場となるだろう。彼女の全身がレーダーのように視覚機能を獲得し、いまだ競争相手の到達していない場所に複数の仮想ヴィランがたむろするのを発見した。英は生まれ持った2本の脚と追加の"脚"を利用して屋上を飛び出し、己だけの狩場へと向かった。

 

 

 

『あと4分!』

 

 英は六十数ポイント分の残骸の中心に、息を荒くして立っていた。個性の仕様上比較的少ない労力によってロボを破壊できるが、彼女の体力は平均的な女子学生よりも少しある程度。相応に疲労が溜まっていた。

 単独で行動したことのデメリット──他人の状況がわからない。果たして自分は合格に十分なポイントを稼いだのか? あとどれくらいのロボが残っているのか? それを知ることができない現状、がむしゃらにポイントを稼ぐしかなかった。

 

「一度……後退しよう……」

 

 汗をぬぐった彼女は息を整え、髪を利用して跳躍、地面に着地を繰り返して移動を始めた。その時──

 

 ズシン

 

 大きな地鳴りに英はバランスを崩して倒れこんでしまった。

 

「っつ……なに……?」

 

 その疑問もつかの間、一段と大きな地鳴りが響いた。刹那、彼女に覆いかぶさる巨大な影があった。視覚機能を全身に移すまでもなく、彼女の本来の目でその脅威を認識した。

 ビルと肩を並べるほどの巨体のそれは0ポイントヴィラン。「お邪魔虫のギミック」であると説明されたモノ。悠々と闊歩するだけで建物を倒壊させ、もはや試験どころではない。周囲の受験生もわれ先にと逃げ出している。

 彼女は逡巡した。自分も避難すべきか、リスクを承知でポイントを集めるべきか? 避難すれば、この残り時間でそれ以上のポイントを手にするのは不可能。ポイントを優先して、倒壊に巻き込まれて行動不能にでもなれば減点要素になり得る。

 意外にも、英を動かしたのは第3の選択肢だった。

 英の拡張された視界は、倒壊したビルの瓦礫の下に倒れる人影を捉えた。そして考える。ほとんどのライバルは逃げ出した。ポイントを焦る必要は薄い。天下の雄英が倒した敵しか合否の考慮に入れないはずがない。きっと"アピール"は効果的であるはずだ。

 英は飛び出した。髪を操り、瓦礫の除去を始める。

 

「あ、あなたは!?」

「足怪我していませんか? 歩けないなら担ぎます」

「あなたも逃げないと! でっかいのがそこまで!」

「大声を出さないでください。体力は少しでも温存して、ここから出たらすぐに逃げます」

「聞いてる!?」

 

 足を挟まれ動けなくなった丸顔の少女は英の身を案じる。しかし、英は自らの判断とその合理性を信じて疑わない人物である。彼女は個性を最大限活用し、救出を続行する。

 しかし、いくら髪を疑似腕として利用しようと、それは機能の複製であって、筋力は腕一本分と変わらない。瓦礫を1つ退けるうちに、0ポイントはより接近する。苦しい状況に、英は考えを変えた。

 

「動かないでいてください。先に足止めするしかありません」

「あれを止める!? 本気で!?」

「どれだけ巨大でも制御装置は極小で壊れやすい。攻撃を当てさえすれば──」

「あっ、あの人!」

 

 今や飛び出すという瞬間、皆避難していなくなったはずの場所から、少年が駆け込んできた。緑色のもじゃもじゃ髪で、如何にもな"ナード"の彼は、顔に恐れを張り付けながらも、勇猛果敢に0ポイントヴィランへ向けて跳躍した。

 何はともあれ好都合だ、と英は思う。彼が足止めをするというなら、自分は救助に専念するのみ。全身の視覚機能を切り、自らの背中を見ず知らずの少年に預けることを決め、疑似腕の操作に集中する。この行為は何らかの方法で"加点"されるはずであるという下心を抱きながら、ではあるが。

 背後から大きな打撃音が聞こえても、鋼鉄の落下音が聞こえても、英は振り向かない。

 

「待って! あの人も助けなきゃ!」

 

 最後の瓦礫を退かし終わった英に、少女が待ったをかける。少女が指さす先には、手足を酷く負傷した少年が真っ逆さまに重力に従って、ビル相当の高さから落下している光景があった。

 英は疲弊した疑似腕を無理矢理動かし、地面を蹴る予備動作を行う。その動きは試験開始当初よりも緩慢で、到底間に合いそうもない。

 

「私が行く! 私を向こうまでお願い!」

 

 瓦礫に体を預けた丸顔の少女が叫んだ。よく見ると、少女の個性によってか、瓦礫は宙を浮遊していた。

 素早く意図を理解した英は疑似腕を地面に突き刺し、自分の体を固定するためだけに使う。そして思い切り瓦礫を蹴飛ばした。

 少女はスケートリンクを滑るかのように少年の落下地点まで加速した。少年があわや地面と衝突するというところで、彼の頬に平手打ちを食らわせた。良い一撃が入ったようだったが、それが少女の個性の発動条件を満たし、少年は宙へ浮いた。

 

「解、除……!」

 

 少女が五指を合わせると、2人は再び重力の支配下に入る。少女はキャパを超えたのか嘔吐し、少年は唯一無事な左手で地面を這い、「せめて1ポイントだけでも」と繰り返す。

 これはどういう地獄なんだと英は呆れた。と同時に、試験終了を告げるアナウンスが鳴り響いた。少し足元がふらつくが、歩行に支障はない。救助した2人に一瞥もくれず、英は踵を返した。それに気づいた少女が声をかける。

 

「あっ、あの!」

「念のため病院を受診することをお勧めします」

 

 英は歩みを止めず、振り返ることもなくそう言った。「ありがとう、また雄英で!」と叫ぶ声が聞こえたが、返事はしなかった。英はそういった類の言葉に慣れていなかった──慣れる人生を送ってこなかった。

 その場には、破壊された0ポイントヴィランの巨体と野次馬だけが残っていた。

 

 

 

 

「実技総合成績が出ました」

 

 場所は雄英の会議室。現役ヒーローで構成された教師陣が一堂に会し、実技試験の講評の真っただ中だ。

 

「救助ポイント0で1位とはなぁ!」

「後半、他が鈍っていく中派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

「こっちの同率1位の女子も凄いぜ。ヴィランポイント65、レスキューポイント12で77ポイント!」

「物珍しい個性をうまく扱い、この歳にして多彩な応用を生み出す頭脳と研究熱心さ。動きも合理的で非の打ち所がない」

「女の子だからしょうがないところもあるけど、体力のなさは不安ね。最後のほうは結構無理をしているように見えたわ」

「それも捉え方によっちゃあヒーロー向きの質ともいえるぜ。だから俺は不満なんだがな、レスキューポイントがたったの12ってのは。過去最高得点で首席もあり得たってのに、なんでこんなに減点されてんだ?」

「こいつの動きは実に合理的だ。故に打算が多い。救助が評価項目にあることを見抜いていたんだろう。試験終了後の映像を見てみろ、救助した2人をまるで気に掛ける様子がない」

「確かに実践じゃああんまり褒められた動きじゃねえが、あくまで試験だろ? 試験終了後まで含めるのはご法度だと思うが……」

「どっちにしろ、合格は確定だろう。こいつは俺が受け持つ。こいつが覚えているかはわからんが、全くの見ず知らずではないしな」

「そうなの?」

「……あぁ」

 

 

「──あまり良い記憶ではないがな」

*1
個々の自立した要素が全体として調和している性質




主人公プロフィール

名前: 稲留英
性別: 女
身長: 152㎝
個性: ホロニック
性格: 冷徹で合理的。そうならざるを得ない過去があったらしく、相澤はその一端を知っているらしい。

個性『ホロニック』について
簡単に言えば"部分"と"全体"の"調和度"を操る能力。調和度が高ければ高いほどその部分は全体に溶け込み、低ければ低いほど全体と切り離され独立したものになる。主に調和度を高める方向に使用する。
触れられるものであれば大抵対象にできる発動型。ただし、英の身体それ自体に対しては常時発動しているため、異形型のような性質も併せ持つ。──これはしばしばデメリットに転じることがある。
調和度を操ることで以下のようなことを実現できる。
・感覚器官を全身に調和させることで、器官の物理的な制約に囚われない知覚能力を得る。
・手足の運動機能と精密性を調和させ、髪などを触手のようにして操る。出血している場合は血液でも可。柔軟な形で、自由に動かしても支障のない部分であれば何でもよい。
・接触した物体の全身と任意の部位を調和させ、実際の接触部位とは異なる位置へ干渉する。人間相手に使うと致命的で、再生系個性などを持っていない限り、殺す気で使えば一撃一撃が即死級の攻撃となる。
・遠隔操作。自分の身体の一部に運動機能を付与して、遠隔で操るなど。本体と物理的につながっている必要はなく、そのものの一部としてみなせる範囲であれば本体から脱落していてもよい。同様の干渉を他の物体にもできる。英に抜け毛でも拾われた日には命を握られているのと同じ。

デメリット
かなり大きいものがあるらしいが……?
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