一般通過シシ神転生者 作:ヤックルたんペロペロ
吾輩はシシ神である。名前は多分『シシ神』だ。
なぜ多分なのかといえば、吾輩には名を付けてくれた親がいないからである。
それでも吾輩がシシ神だとわかったのは、水面に映ったその顔がもののけ姫に登場するシシ神様の姿そのものだったからだ。
吾輩は所謂、テンセイシャであった。
前世はしがないサラリーマンで、これといって特徴もないふつうの
彼女のいない歴=年齢の吾輩の唯一の道楽と言えば、休日に入る前に見る映画鑑賞であった。
家に帰る前にコンビニに寄りつまみとビールを買い、店を出る。この日の吾輩の蹄……いや、足はたいそう軽やかであった。
なぜならその日は、吾輩がジブリで一番好きなもののけ姫が放送される日であったからだ。
吾輩は足早に帰宅した。その途中で交通事故に遭い、死ぬことになった。
そして気づけばもののけ姫に登場するシシ神様になっていた。
周囲を見渡せばあたり一面森、森、森。
今の日本がどの時代なのかはわからなかったが、相当に昔なのだろうと考えた。
吾輩はひとまず探索に出た。
シシ神様になったことに対し、思ったよりも驚きが少なかったのは吾輩が人間ではなく、神になったからかもしれない。
──して、それから時が流れていき、吾輩はシシ神として日々を過ごした。
はじめは自分より地位の高い
吾輩は人間が苦手であった。それもこれも、吾輩の力が『生と死』を司るからである。
人間は吾輩が命を与えれば感涙にむせび、あるいは命を奪えば恐怖する。
誰が名づけたか、吾輩はいつの間にか「シシ神様」と呼ばれるようになっていた。
この力が広がっていけば、自ずと不老不死に目もくらむ輩も出てくる。吾輩の命を奪おうと襲ってきた人間や獣たちもいたが、吾輩は「シシ神」だ。唯一の弱点を狙われなければ死なない。命を奪おうとした強欲な者たちには、相応の
この点で獣より人間の方にヘイトが高いのは、獣とは違い人間は懲りもせずに何度も命を奪おうとする愚かさがあるからだった。
……いや、そもそも吾輩は生きているのだろうか? 吾輩は新月の時に生まれ、月の満ち欠けとともに誕生と死を繰り返す。
吾輩にとって自分の生死は、他の命を奪い、与えることと何ら変わらない。
生と死は
そしてそれを当たり前だと思ってしまう吾輩は、人間の倫理観が完全に無くなってしまったのかもしれない。
ただ、人間として残っている部分もある。
それは記憶。そして、長年待ち遠しにしている原作キャラとの邂逅や、本編の開始。
吾輩が遥か昔から
幸いなのは人間が吾輩を狙ってきたということはつまり、原作開始ももうそろそろになっていたということだ。
ちなみにまだ初々しさの残るナゴや乙事主、犬神の者たちには出会っている。モロの君はまだ生まれていないようだった。吾輩には独自のコダマ
ムフフ。あと数百年も待てば、吾輩は生アシタカや生サン、生ヤックルに生エボシ様などを拝むことができる。
ロリモロちゃんをhshsくんかくんかしたいなぁ…………ハッ! いや吾輩はシシ神様! シシ神様はそんなことしない!
………ヤックルって女の子なのかなぁ。男の子でもそれはそれで……元ネタは昔に絶滅したオオカモシカがモデルだっていうし、同じ鹿なら物理的に家族になることも……いやいやっ、吾輩は何を考えているんだ!? ヤックルたんはもののけ姫のヒロインとも名高いアシタカに一途な純情系ヒロインやぞ!! そんなヤックルたんに毛先の一本でも触れようものなら、吾輩は社会的に…そう、現代社会的に抹殺される! 死なないけど!!
フゥー……。餅をつくのだ、吾輩。そもそも吾輩は頑張れば生殖行為もできるようになるかもだが、ヤックルたんはロリはノータッチの掟で触れることはできない。……いや、その理屈で考えたら、ロリモロたんにもお触りすることができなくなるのか。………なんて、世界とはかくも残酷なのであろうか……。
しばらく落ち込んでしまったが、原作が近づいているのは確か。気を取り直し、一目だけでも彼らの姿を────否、生き様を見届けることを楽しみに待つ。
吾輩がジブリで一番好きなのがもののけ姫だと言ったが、理由はアシタカたちの生き様に対し強く心を惹かれたからだ。
死の呪いを受けながら、生きるためにあがいたアシタカ。
人間にも山犬にもなれず、それでも強く生きていたサン。
他にもエボシやモロなど、語り始めたら止まらない。
吾輩は彼らのそんな姿を引っくるめて、もののけ姫というお話が大好きだった。
だからこそ、吾輩は原作と違った動きをすることはない。
ナゴも助けぬし、モロや乙事主に命を与えることもない。逆を言えば、アシタカを癒さぬまま殺すこともしない。
吾輩という異物がいる時点で、この世界は吾輩の知るもののけ姫の世界とは違うのだろう。
それでもあの愛したもののけ姫という世界を、吾輩の手で壊したくはなかった。
吾輩はあくまで同じように、『シシ神』として命を与え、奪う。
人間の部分の吾輩と、シシ神としての吾輩の総意は一致していた。
たとえその末に吾輩がかつての
この目で実際に彼らの生き様を見れるのだから、本望である。
そして。
吾輩は弱点──昼から夜の姿に変わる際に、エボシ様に首を撃たれた。
首を取り戻そうと、吾輩の力が数多の生命を吸い、膨らみ、肥え太っていく。
コダマたちの悲鳴が森のいたるところから聞こえてきた。
吾輩の首はジコ坊たちの元にありながら、意識すれば随分と高い位置から森を見下ろせた。これは吾輩の体の視点だろう。
吾輩にさえ止められぬ黒い泥の濁流。それが全てを飲み込み、命を奪い去る。
終わりがもうすぐ近づいていた。
吾輩のはるか眼下には、アシタカとサンの姿がある。ジコ坊たちとの乱闘の後、首を取り返したアシタカたち。
二人は桶から吾輩の首を取り出し、天へと掲げた。
吾輩の体が首へと向かって進んでいく。
アシタカとサンは抱き合うようにして、そこに佇んでいた。
────ああ。
朝日が昇る。
吾輩の体が繋がり、おだやかな光を浴びながら倒れていく。
不思議と、清々しい気分だった。死ぬのも悪くないと、シシ神らしからぬことを思ってしまう。
いや、吾輩はきっと終わるのだろう。たとえまた吾輩が生まれたとしても、それはテンセイシャの意識を引き継いだ
吾輩はきっと、金曜の夜に見れなかったこのお話を見るために、死んで、生まれたのかもしれない。
(本当に、美しい朝だ)
唯一の心残りは、女の子だと分かったヤックルたんと物理的な家族になることができなかったことだった。