一般通過シシ神転生者 作:ヤックルたんペロペロ
吾輩は一般通過シシ神テンセイシャである。
人間のみなさんはネコバスにもいくつか種類があるのをご存知だろうか?
少し前はカゴ屋に化けており、吾輩も時折呼んでは乗せてもらっていた。
それから時が経ち、バスや車──電車などさまざまな乗り物が現れるようになると、ネコバスたちも新しい姿に化けて道なき道を走るようになった。
むかし迷子になっていたネコバスちゃんを拾ったこともある。スズメを追いかけていたら母親とはぐれてしまったようで、ニャーニャー鳴いていたのを不憫に思い、コダマ情報網を使って探してあげた。
…いや、あのネコバスはふぐりがあったから「ちゃん」じゃなくて「くん」だな。
(カゴ屋時代も座る部分は柔らかかったな…)
子猫のネコバスは人間に化けていた吾輩でも抱きかかえられるくらいの大きさだった。
中に乗れるとしたら子ども一人が限界だろう。
母猫が森の中にいるとわかった後は、四足歩行に戻って地を蹴った。
やっぱりね、ヤンキーすらずぶ濡れにしてしまう猫ちゃんには、たとえシシ神であっても勝てないということよ。
ネコバスは可愛かった。吾輩の推しに食い込んで、腹を見せながら体をくねらせて伸びをしおる。その腹に顔を埋めて呼吸をしなかった吾輩を褒めて欲しい。
迷子のネコバスは母親の姿を見ると、吾輩の背中から飛び降り、脚をバタつかせながら母親に抱きついてワンワンと泣いた。
…ん?
あぁ、ニャーニャーと泣いた。
一方で母猫はザラついた舌で子猫の顔を舐めていた。
こういう心温まる親子の姿は好きだ。
帰り際、母猫は頭を下げたので、吾輩も角を下げて立ち去った。
なに、お礼はもらわなかったのかだって?
もちろんもらったとも。母親が前脚で顔をクシクシして取れたヒゲ──は素通りして、毛の中に顔を突っ込んだ。母猫は一瞬威嚇でもするかのように毛をブワリとさせたが、大人しくしていた。
いやはや、猫の腹はいいね。吾輩はひとしきりネコバスの腹の感触を楽しんだ。
◇
その一族の中でも、末っ子の猫はとびきりのヤンチャ坊主だった。
時には鳥を追いかけ、時には虫を追いかけ、気づけば行方をくらませる。
すぐに見つかればいいのだが、時には一族総出で探してやっと見つかる時もあった。
今回もまた末っ子猫の姿が見えなくなり、母猫は「またか…」を頭を悩ませながら息子を探した。
母猫もすでに歳で、毛並みもボサついている。老体に片脚を突っ込んでいる身でヤンチャな末っ子猫を探すのには苦労が要った。
しかし今回は探せどもなかなか見つからず、時間ばかりがすぎていく。
猫たちの不安も募っていく中で、彼らは風の変化を感じ取った。
それはコダマたちが揺れたことで生じたものである。
一匹や二匹だけでない。数多くのコダマたちが揺れ、それが波のように猫たちの元まで届いた。
森の変化に猫たちは耳をイカ耳にしたり、姿勢を低くした。
唯一、母猫だけは冷静だった。
彼女はコダマたちが波のように『揺れる』現象を、過去に何度か体験したことがある。
その揺れの原因はとある神に起因する。
一族の長老でもある彼女は、実際に見たことはないがその神の存在を知っていた。
「ニ゛ャーゴ」
────デイダラボッチ。
あるいは、シシ神。
古き神は、コダマたちとともにやってきた。背中には末っ子猫が乗っており、母猫は思わず悲鳴をあげそうになった。
相手は彼女よりも高位の神である。しかもはるか太古から生きる神だ。
「ニャア……?」
肝心の末っ子猫は寝ぼけ眼で大きく伸びをすると(爪を立てるな!)、前脚で顔を洗い始めた。
シシ神は首を後ろに向け、角で末っ子猫を小突く。
そして母親にようやく気づいた末っ子猫は地面に飛び降り、ニャアニャアと鳴きながら彼女に飛びついた。
「ニ゛ャァァゴ!!」
「ニャアン! ………ニャッ」
叱られた末っ子猫は耳を伏せる。
母猫は手のかかる末っ子猫を持ったものだと思いながら、あやすように頭を撫めた。
彼女の体格に見合ったその舌は大きく、人間どころか肥えた熊でもひと口で丸呑みできてしまいそうなほどのサイズだった。
「ミャア!」
末っ子猫はザリザリと舐められながらも、尻尾を真上にピンと立てていた。
そして親子の再会を終えた後で、彼女はお礼としてシシ神に自身のヒゲを渡そうとした。
お礼に猫のヒゲ? と思われるかもしれない。
猫のヒゲ(ただし自然に抜け落ちたもの限定)というのは、魔除けの効果や金運、恋愛運が上がるとされている。
この場合、ヒゲはヒゲでも特殊なネコ族の、しかも族長たる彼女のヒゲだ。その効果は折り紙付きである。
ただ、はたしてこれがシシ神に渡すお礼として釣り合うのかはわからニャかった。
(……ニャ?)
シシ神はなぜか彼女の元へと近づいてくる。まさかと母猫は思った。
迷子の末っ子猫を送り届けた代価として、自分の命をもらおうとしている?
彼女はすでにかなりの歳を取っている。
末っ子猫の息子を見るくらいまでは長生きする気だが、それでもいつ死ぬかはわからない。
「アニャ?」
彼女は脚でそっと末っ子猫を遠ざけた。万が一、自分が倒れても巻き込まないように。
(……………ニャ、ア?)
シシ神は固まっている彼女を通り過ぎ、しばし歩いておもむろに顔を腹に突っ込んだ。
角はいい塩梅に腹の開口部分を通り抜ける。
思わず母猫の毛が逆立った。死ぬかもしれないと覚悟した矢先、いやそこまで顔を突っ込む必要があるのか? と思うほどにシシ神の顔がめり込んでいる。
(ニャ………)
依然、シシ神は直立不動だ。
(………???)
時間が経てば経つほど、彼女の中で疑問符ばかりが生まれた。
そして──それから、スッと顔を離したシシ神はコダマたちとともに去って行った。
残された母猫はハッとする。まるでゴールドエクスペリエンスレクイエムでも体験していたかのようだった。
「ニャニャァ?」
「……二゛ャアゴ」
シシ神がなぜ腹に顔を埋めたのか、母猫にはわからない。
もしかしたらこの初老の身に生命の力を分け与えたのだろうか?
──いや、それも違う。もし与えられたなら、その時点で彼女は気づいている。
ならば……。
「ニャーン!」
おかーちゃん! と笑う末っ子猫。
その表情を見た母猫は、もしかしたらと思った。
彼の古き神は自分に「長生きしろ」と告げようとしたのではなかろうか?
言葉では表せぬからこそ、体で。
自分は命こそ与えてはやらぬが、この幼いヤンチャ息子のためにもこの世にしがみつけと。
「ン゛ン゛ナァ!」
もしもそうだとしたら………いや、関係ない。
この可愛い、我が子のためならば。
母猫はうんと────それこそ、孫どころか孫のまた孫まで見るくらいには、長生きしようと決めた。
コダマたちの音が形をひそめ、森にはいつの間にか静寂が戻っていく。
その代わりに、ゴォッと一陣の風が吹いた。
湯屋へネコばあちゃんに乗ってやってきたおばけトトロ御一行+押される形で乗り込んでしまったシシ神様+ダークライ
仕事の都合で投稿ペース下がるかもです。気長にお待ちください。