一般通過シシ神転生者   作:ヤックルたんペロペロ

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4話 どんぐりころころ

 人間の世界へ度々お邪魔するようになった吾輩は、時折もののけだと看破されつつ人間社会を楽しんでいる。

 

 人間に変化できるようになったとはいえ、まだまだ技量不足。これについては修練あるのみだろう。

 

 そんな吾輩が某死神ばりに「人間って面白…!!」となるまでにそう時間はかからなかった。具体的な年数で言うと、おそらく数十年単位は経っているにせよ。

 

 いつ終わるのか、本当に終わりがあるのか分からないこの身。以前の「もののけ姫を生で見るぞ!」のような目的を失っていた吾輩は、人間社会に一つの楽しみを見出した。例えるなら、シミュレーションゲーでまちの発展を見守るプレイヤーの気分であろうか?

 

 人間の栄枯盛衰を観察する。それが吾輩の当面の指針となった。

 

 

 

 しかして、人間社会は飢えや病気が常の隣人だった。

 

 吾輩はそんな死に行く人間の命を回収したり、森に生命を吹き込んでいる。

 

 やはり人間は腹が減るとピリついてしまうようだ。見ず知らずの吾輩に親切にしてくれる人間は少ない。(ちなみに人間社会に紛れる時の姿が子どもなのは、大人の姿より警戒されないからである)

 

 だが中には吾輩に世話を焼いてくれる奇特な者もいた。

 

 吾輩は基本的に命の与奪に私情を挟まぬが、受けた恩義を返す名目で一般通過花咲じいさんになるのは問題ないと考えている。

 それに、飢えや病気で死ぬ多くの人間の生命力を吸っているので、一応釣り合いは取れているのだ。

 

 シシ神とは言わば、命のバランサーである。

 

 

 

(うぷっ、気持ち悪い……)

 

 しかし、ここ最近は命の回収のし過ぎでグロッキーになっている。

 

 こんな時に思い出す前世の記憶。社会人1年目の飲み会の席で上司に酒をどんどん勧められて、翌日最悪の二日酔いを経験した若き日の吾輩。あの時の気持ち悪さにそっくりだった。

 

 人間ももうちょっと、根性で死なないように頑張って欲しい。このままでは吾輩はメタボリックシシ神になってしまう。

 

 最近夜の姿になった時も下腹が出てきてしまったし、コダマたちにも腹をポンポン叩くような動作をされて、太ったことを指摘されている。

 

 やはりここはダイエットしかない。一番効率的なダイエット方法は、デイダラボッチの姿で動き回ることだ。

 

 体の大きさの分、吾輩の力が及ぶ範囲も昼の姿より広くなる。場所を移動しながら森に命を与えれば、きっとすぐに元の体型に戻るだろう。

 ただし、しばらくは人里に降りず、森の中で生活することにする。でないとまた人間の命を回収してダイエットの意味がなくなる。

 

(吾輩は痩せるぞ! コダマたち!!)

 

 コダマたちが腕を掲げた吾輩を真似るように、一斉に手を上げた。カラカラカラカラ、と首も動く。

 吾輩がまた腕を上げて、コダマたちが手を上げて──そうして会場はヒートアップしていく。

 

 夜のステージは、吾輩とコダマたちの独壇場だった。

 

 

 

 それから吾輩のダイエットは始まった。

 

 夜の徘徊者として、山を練り歩く。吾輩の知る現代社会と違い、今は夜になれば月明かり以外の光が無くなる。人間社会が拡がりを見せるとはいえ、彼らはまだ夜の支配者足り得ぬ。夜はまだまだ吾輩や獣たちの領分である。ゆえにこそ、山の中で堂々とダイエットに明け暮れていても、そう簡単に人間にはバレない。

 

 まあその代わりに、獣たちがこぞって逃げて行く。昼の吾輩ならまだしも夜の吾輩は文字どおり山のような大きさだからね。そりゃあビビっても仕方ないだろう。

 

 一方で、稀に知性のある獣が興味を携えてやってくることもあった。

 

「今宵は宴だぁ!」

「おどれおどれぇ!」

 

 今日は猩猩たちの群れに出会した。奴らははじめ吾輩を警戒していたが、ダイエット(物理)を見たのちに、嬉しそうに踊り出した。いつの間に──そもそもどこから取り出したのか、踊りに扇まで使っている。その輪の中にコダマたちも混ざり始め、猩猩の頭の上で踊ったり、扇の上で走ったりしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 どんぐりが、コロコロ。

 

 

 秋も深まり、動物たちが冬に向けてたくさん栄養を摂らなければならないこの時期。

 今年は例年と比べ豊作だった。葉っぱは雪のように分厚く降り積り、動物たちは実った秋の味覚を頬張る。

 

 そんな中、鹿がどんぐりを食べている横で、何やら小さな生き物が風呂敷を広げていた。

 

 どんぐりから視線を移した鹿はその小さな物体に気づき、フンフンと鼻を鳴らす。その直後口を開け、パクリと口に咥えた。

 

「!?」

 

 驚いた小さな生き物は風呂敷を肩に担ぎ、一目散に逃げていく。その拍子に結び目の甘かった風呂敷が解け、中に詰めていたどんぐりが宙に散らばった。

 

「……! ……!!」

 

 呼吸が荒い。(彼が本当に酸素を取り入れる肺を持っているかはともかく)

 心臓も暴れ回っている。(以下、ほぼ同文である)

 

 だが逃げた先には今度はりすがおり、捕まった彼は連行された。木の上にきた彼は手をジタバタと動かし、りすの拘束を逃れる。

 ただ勢い余ったせいかそのまま足を滑らし、地面へと真っ逆さまに落ちていった。思わずギュッと目を瞑るが、幸い今年は落ち葉のじゅうたんが厚い。落ちても大けがにはならない………はずだった。

 

「ブヒィ!?」

 

 落ちた先はまさかのいのししの頭。ゴツンと大きな音が鳴る。頭突きで鍛えられたいのししが叫んでしまうほどの衝撃だった。

 

「〜〜!」

 

 小さな彼もまた相当に痛かったようで、頭を押さえて足をバタバタさせている。だがすぐに鼻息荒い音に気づき、立ち上がった。

 

「ブヒィィ!!」

 

 まさしく猪突猛進。彼は木の間をすり抜けながら、驚くべき速さで駆けていく。これがオリンピックだったら金メダル間違いなしだろう。

 

 いのししは木にぶつかりながらも追いかけていたが、とうとう振り切られてしまった。

 

 

 一方、彼は逃げた先でへたり込んだ。場所はちょうど湖の側。走ったせいで喉が渇いていたため、彼は体に巻きつけていた別の風呂敷から葉っぱを取り出し、それで水をすくい取る。水は冷たく、疲れた体に染み入った。

 

「────?」

 

 ふと、その時森が静かになった。まるで森そのものが呼吸を止めたような。

 

 あたりを見渡した彼はそこで、湖の上に佇む何かを見つけた。

 

 

 体は鹿のような体で、顔はサルのように赤い。ただ目鼻立ちは猫にも似ているし、足のつくりも鳥のようである。

 てんでバラバラの動物の要素を取ってつけたような生き物が、湖の上に立ったまま水を飲んでいた。

 

「………」

 

 彼は水面を指で突いた。すると生じた波紋が広がっていく。

 それを何度か繰り返し、葉っぱを湖に浮かべた。そして何を思ったのか、その上に飛び乗る。

 

 ────バシャン!

 

 いくつもの気泡が水中から浮かび上がる。彼は目をぱちくりとさせ、体をカエルのように動かした。だが一向に水中へ上がれない。不思議に思い後ろを見ると、魚が彼のしっぽを食べていた。

 

「!!!」

 

 彼は必死にもがき、魚の口を思いきり叩いた。魚に隙ができたのを狙い、しっぽを引き抜いて上へとあがる。魚もめげずにすぐさま彼の後を追った。

 

 そのまま魚雷のように水中から飛び出た彼は、体を回転させ着地する。魚は水中から顔を覗かせていたが、諦めたようで去っていった。

 

 彼はフゥー、とため息をつく。今日は散々な目にばかり遭っていた。

 

「?」

 

 彼はそこでふと気づいた。地上にしては、その視点がやけに高いことに。

 足もなんだか、葉っぱのじゅうたんとは違ったふかふかさがある。足でその感触を楽しんでいると、赤い瞳と目が合った。

 

「!」

 

 あのサルのような赤い顔が彼のすぐ眼前にある。

 面妖な動物は首を180度回転させ、背中に乗っている彼を覗きこんでいた。思わず彼の体が硬直する。体じゅうからは汗が雑巾を搾りとるようにあふれ出た。

 

 面妖な相手は顔を戻すと、湖の上を歩き地面に立った。揺れ落とされないように毛をわしづかんでいた彼は、生まれては枯れていく植物を目の当たりにして目を丸くする。

 

 鹿もどきは散らばっていた彼の荷物を咥え、どこかへ向かって歩き出した。

 

 いつの間にか途中から彼の友だちたちも現れ、鹿もどきの後に続く。

 

 彼はその時、友だちから鹿もどきの名前を教えてもらった。

 

『シシ神様』

 

 それが、この鹿もどきの名前。

 

 

 

 シシ神がたどり着いた場所にはたっぷりとどんぐりを実らせた大木があった。

 

 天まで伸びるような巨木を仰ぎ見る彼。

 友だちたちはその木に登っていき、次々とどんぐりを落とし始めた。さながらどんぐりの雨である。

 

 彼は喜び、シシ神の上で友だちと手を取りながら踊った。シシ神はチラリと彼の様子を見てから、落ちたどんぐりを食べ始めた。

 彼もまた、シシ神から降りてどんぐりを拾い始める。風呂敷はあっという間にいっぱいになった。つまみ食いをしても降り積もったどんぐりはまだまだある。

 

 

「!」

 

 

 彼がお礼を言うと、シシ神も角を下げた。

 

 手を振る彼を残し、シシ神は森の奥へと消えてゆく。

 

 彼はその姿を見送った後、小さな手で風呂敷のどんぐりを抱きしめる。

 

 その目には涙が浮かんでいた。

 

 

 

 彼がもし人の言葉を話せたら、こう言っていたかもしれない。

 

 お父さん、と。

 

 


 

 ────()()()生まれたこだまは、『中』くらいの大きさになりました。

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