一般通過シシ神転生者 作:ヤックルたんペロペロ
吾輩は絶対に湯屋に行く。たとえ巨神兵が世界を火の海にしたとしても絶対に行く。
河の主から神々の世界への行き方は教わった。「ヒュンッ! ヒョイ!」で彼の世界に行ける。
あとは吾輩のデイダラボッチ問題をいかにして解決するかだ。
一応、昼の姿でもカオナシのように金で釣って昼から無理やり営業させることもできるかもしれない。しかし、そのような迷惑客にはなりたくない。
嘆いても仕方ない。湯屋に行くと決めた以上、吾輩はなんとしてでも行く。
そして試行錯誤をした結果、ひとつの糸口を見つけた。
これまで試したことはなかったが、デイダラボッチの姿で変化の術を使えば小さくなることもできるんじゃないだろうか?
ただでさえ昼のサイズで変化するのでも苦労するのに、夜のサイズで変化しようと思えばその負担は計り知れないだろう。
だが関係ない。吾輩は湯屋へ行きたいのだ!! 何が何でも千と千尋の神隠しの聖地巡礼をするのだ!!
かくして、吾輩の修行の日々は始まった。
デイダラボッチの姿でうさぎ飛びをしたり、腹筋をしながら体を左右に捻る。お次はふくらはぎ上げだ。
いたって真面目な吾輩の真似をするコダマたち。
違う、ダイエットじゃないんだ。これは修行をしているんだよコダマたち。
そんなハードな日々……月々? が身を結び、吾輩はデイダラボッチの姿で変化の術を使うことに成功した。
まだまだ中途半端にでかいので、湯屋に問題なく入れるくらいには小型化する必要がある。
それからまた修行の月々が続き、ようやく人間サイズにまで小さくなることができた。
姿は人間で固定している。これから人間社会で夜にも活動するならこの姿の方が都合が良いし、変化が不器用な吾輩が別の動物ないし静物に変化する場合、その分だけ新しく多大なリソースを注ぎ込まなければならなくなる。
だからはじめから人間に固定して変化した方が都合が良いのだ。
ちなみに夜の時分で、昼の姿に変化はできない。
そこからさらに術の練度を上げ、一応は問題無くなったところで河っちを誘いに行った。…あぁ、河っちは河の神の愛称だ。吾輩は「しーたん」と呼ばれている。
数十年ぶりくらいに会った河っちは、なんと変化の術を身につけていた。格好は竹取物語に出てくる翁の如きすがただが、顔にそのまま翁の面を付けている。そのせいで人外感があからさまだ。
この姿で人間を驚かせたこともあったらしい。河っちはちゃめっ気がありおる。
『では参ろうぞ、しーたん』
おう! 行こうぜ河っち!!
いよいよ、吾輩は湯屋デビューを果たす!
◇
八百万の神々が訪れ、その疲れを癒す湯屋。その名は『油屋』。
この湯屋を経営するのは二頭身のフォルムに鉤鼻が特徴的な魔女、湯婆婆である。彼女の下には無数の従業員が働いていた。
華やかな油屋の外装に対し、そこで働く従業員の労働環境はなかなかに過酷だった。
その日もまた、多くの神々がこの地に足を運んだ。船から降りた異形たちがぞろぞろと練り歩く。暗闇の下はまばゆい光で照らされている。
どうぶつの姿をした者、野菜の姿をした者、道具の姿をした者……。
そんな神々の中で、翁の面を付けた老人と、その老人に手を引かれる浮浪者の格好をした子どもの姿があった。
人の姿をした神というのは珍しい。仮にもし本当にこの二人が人間であったら、湯屋中大騒ぎになっているだろう。
しかし「ん?」と首を傾げる者はいても、彼らが人間だと勘違いする者はいなかった。人間には人間のにおいがあるからだ。それがこの二人にはなかった。
翁の面を付けた老人は金を払い、先に中へと入っていく。一方で子どもの方は翁から離れ、宿の外を見回った。
歩いていると店からいい匂いがしてくる。肉や魚の血なまぐさい、それでいて芳醇な香りだ。
子どもはひと通り見て回ってから戻り、宿に入った。従業員と思しき男は、薄汚れた身なりの子どもを見るなり袖で顔を隠し眉間に皺を寄せる。しかしすぐに笑顔をつくろい、お代を求めた。
子どもは着物をゴソゴソと漁り、懐から何かを取り出す。それを受け取った男は頓狂な声をあげた。
「草ぁ!?」
何度見てもやはりそれは草である。男はたちまち表情を変え、子どもを外に追い出し草を地面に投げ捨てた。
「金を払えねぇ客はあいにくだがお断りだ!」
男は中へ戻って行ってしまった。
子どもはしばらく口を開けたまま呆然と突っ立っていた。ちょうど降ってきた雨が頬を濡らす。
それから彼は草を拾い直すと、懐に戻した。
そのままトボトボと橋を渡り、歩き出す。すると、その姿が次第に変化していく。
髪の一本一本が一つに重なり合い、うねうねと触手のように動き出す。
だんだんとその全身も人型を保ったまま巨大化していった。
外で店を営業していた黒い者たちは慌てて店じまいをし、明かりを消す。
ザァザァと降りしきる暗闇の中、青白い光が雲に遮られた星々に代わり夜の煌めきをつくり上げる。
立ち上がったその体は、腕を振りかぶっただけで湯屋を破壊できそうなまでに巨大だった。
一方で、外の様子に気づいた従業員や客は大騒ぎである。
「なんだい、あの山のように馬鹿でかいやつは!?」
「湯婆婆様はッ!! 湯婆婆様はどこにおられる!!?」
従業員は四方八方へと駆け回った。
今宵、ここの経営者である湯婆婆は所用で出かけていた。間が悪いと誰かが悪態を吐くようにつぶやく。
神々もまた外を覗きこみ、その大きな体に口を開けて驚いていた。
唯一冷静なのはとっくりに注いだ酒を上機嫌に飲んでいる翁の爺だけだ。
彼は「はっはっは!」と笑っている。
それから間もなくして湯婆婆が帰還した。
濡れていた服や髪は指パッチン一つで渇き、小綺麗な見た目に戻る。
「どこのどいつだい!! あのお客様を蔑ろにした不届者はッ!!!」
お客様!? と怒鳴りつけられた従業員は驚いた。
まさか、あの山のようにでかい存在がお客様?
「あれはデイダラボッチだ…!! 名のある古い神だよ!!」
その巨体さゆえに、
その権能上、間違っても気分を損ねてはいけない客だ。それをどの従業員かがヘマをやらかし今に至る。湯婆婆の顔じゅうに血管が浮き出ており、それを見た従業員は「ヒィ!」と悲鳴をあげた。
「私がお客様の対応をする!! その間に絶対に犯人を見つけるんだよッ!!」
そう言い残し、湯婆婆は外へと出ていった。
早速犯人探しが行われる。
当該するのは客を案内していた人物。だが、自分から罪を申告する者はいなかった。あの湯婆婆の怒りを見ていればそれも当然のこと。もし名乗り出れば、八つ裂きにされるのは間違いない。もっと恐ろしい方法で殺される可能性もある。
並べられた面々は顔を青白くし震えていた。
そんな折、湯婆婆が戻ってきた。シワの刻まれた手がしきりにゴマを擦っている。
彼女の隣にはボロボロな身なりの子どもがいた。無表情な顔からは一切の感情が読み取れない。
「この部屋に集められた者の中に、お客様のご気分を害した者がいるはずです。おっしゃっていただければ、こちらで相応の罰を与えておきます」
従業員は震えあがった。当該の男は顔じゅうに汗をびっしょりとかき、子どもと目を合わせぬように俯く。
子どもは歩き出すと、その男の前に止まった。湯婆婆が恐ろしい形相でその従業員を睨む中、シシ神は懐を探る。
そして取り出した草を、男に渡した。
「あっ、ああ、ありがとう、ございます」
子どもは男から離れ、湯婆婆のもとに戻る。彼女は「お客様、少々お待ちを」と断りを入れてから側にいた従業員に小声で耳打ちし、客──否、上客に館内の案内に出て行った。
湯婆婆が去った直後、従業員たちの肩からどっと力が抜ける。唯一、草を持ったままの男だけは顔に生気がなかった。
「ねぇ、アンタ湯婆婆様になんて言われたの?」
「……それが、あの草を釜爺のもとに持って行って、すぐに調べさせろって」
ここまで来ればあの草がただの草でないことは、彼らにも分かった。
草はただちに釜爺のもとへ届けられた。釜爺はしばらく草を観察し、「んん!?」とサングラスをズラす。
「こ、こいつは間違いねぇ…」
ブルブルとその体が震える。職業柄、草をよく取り扱う彼でも今まで見たことがなかった代物。その一般の草にはない特徴的な形状から、察しがついた。
「こいつはシシ神っちゅー、名のある神からしか取れねぇとされるマボロシの薬草だ…!!」
シシ神が歩いた中で生まれ、一瞬で枯れていく草。
その効能は不老不死の力があるとも噂される。さすがにそこまでの効能はないと思うが、湯釜に使えばとてつもない効果を発揮するだろう。
「お、お前さん、いったいどこでこんなモンを……」
「ゆ、湯婆婆様が釜爺に調べさせろって言ったんだ! 私も詳しくは知らないよ!!」
一方、館内を湯婆婆に案内された後で河の神と合流できたシシ神は、二柱で大釜に向かった。
河の神は変化を解き、トグロを巻くように全身を湯船に浸ける。
子ども姿のシシ神は水に立つ一発芸を見せてからザブンと浸かった。
『極楽ゞ』
満足げな河の神に、シシ神も顔を赤くしながらコクンと頷いた。
そして湯から上がった後は飯を食べ、従業員の芸を見物する。
表情にこそ出ないがご満悦なシシ神に、河の神もまた笑った。
朝が来るのはあっという間である。
湯婆婆直々にお見送りを受けた二柱は、一方は宙へと飛び立ち、一方は蹄の音を鳴らしながら帰っていった。
彼らの姿が見えなくなってから、湯婆婆は「ハァ…」と疲れきったため息をついたのだった。
シシ神草を自分に使いたい湯婆婆VS極楽の湯を作りたい釜爺VSダークライ