――あの日の言葉は、今でも胸の奥に刺さったままだ。
『怪力なんて気持ち悪い』
『その髪色、不気味だよ』
『普通の女の子になれないの?』
お見合いの席で浴びせられた言葉。
笑っていたはずなのに、心の中は真っ暗だった。
(……私って、そんなに変なのかな)
そう思った瞬間から、私は髪を黒く染め、力を抑え、“普通の女の子”を演じるようになった。
誰にも嫌われたくなかった。
誰にも怖がられたくなかった。
――でも。
その“普通”は、息が詰まるほど苦しかった。
中学に入学してすぐ、私は界離くんと出会った。
最初はただの後輩。
でも、彼は私の“普通の仮面”を見ても、特別扱いも、距離を置くこともしなかった。
笑うときは素直に笑ってくれて、困っているときは自然に手を貸してくれて、私だけじゃなくて周りの子たちにもさりげなくフォローしてくれた。
(……優しい子だなぁ)
そう思うたびに、胸の奥が少しだけ温かくなった。
でも、私は自分の力を見せるのが怖かった。
髪色を戻す勇気もなかった。
(嫌われたくない……)
その気持ちだけが、ずっと私を縛っていた。
~~~~
あの日、廃工場で鉄骨が落ちてきた瞬間。
私は本能的に子どもを庇った。
(また……怖がられる……)
そう思った。
でも、体は勝手に動いた。
鉄骨を曲げた瞬間、
周りの視線が怖くて、顔を上げられなかった。
(また“化け物”って言われる……)
胸が痛くて、呼吸が苦しくて――。
その時。
「先輩は化け物なんかじゃない」
後輩君の声が、私を掬い上げた。
「さっきみんなを守った先輩は、オールマイトみたいで……すごく素敵でした。それに、いつも明るくて天真爛漫なあなたが……俺は好きです」
“好き”という言葉が胸に落ちた瞬間、長い間固まっていた心が、じんわりと溶けていくのを感じた。
(……私、嫌われてないんだ)
涙が出そうになった。
事件が終わり、界離くんが人質の子たちに向けて笑ったとき。
その笑顔を見て、胸がぎゅっと締めつけられた。
(……あぁ、好きなんだ)
ようやく自分の気持ちに気づいた。
怖くて、苦しくて、ずっと押し込めていた気持ち。
でも今は――怖くない。
界離君が、私の“全部”を肯定してくれたから。
事件から数日後。
私は鏡の前に立っていた。
黒く染めた髪。
本当の色を隠すための“鎧”。
(……もう、隠さなくてもいいのかな)
界離君の言葉が胸に残っている。
『先輩の髪色は綺麗だよ。本来の色も、今の色も』
あの言葉を思い出すたびに、胸が温かくなる。
(……戻してみようかな)
怖い。
でも、少しだけ楽しみでもある。
だって――。
(後輩君、どんな顔するかな……)
私は鏡に映る自分に、そっと微笑んだ。
(もう、隠れない。もう、怖がらない。私の力も、髪も、全部“私”なんだから)
界離君がくれた言葉が、私の背中を優しく押してくれる。
(ありがとう、後輩君)
胸の奥に灯った温かさは、もう消えることはなかった。
◇◇◇◇
夕食後、狼愛はソファに沈み込み、天井を見つめながら深いため息を吐いた。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
そのため息には、姉としての疲労・困惑・諦観・そして微妙な嬉しさ 全部混ざっていた。
(……まさか甘露寺蜜璃まで弟に惚れるなんて……)
数日前の出来事が脳裏に蘇る。
「弟さんをください!!」
玄関で正座しながら叫ぶ甘露寺蜜璃。
その声は真剣そのものだった。
(いやいやいやいや……なんでこう毎回“直球”なのよ……)
狼愛はあの瞬間、胃がキリキリする音が聞こえた気がした。
(梅雨ちゃん、葉隠ちゃん、角取ちゃん、チームみなト、インゲニウムず、ミルコ……そして甘露寺蜜璃……)
指を折りながら数えてみる。
(……多すぎるわよ!!)
思い出しただけで頭が痛くなる。
狼愛はソファに横になりながら、幼い頃の界離を思い出した。
(小さい頃は、私の後ろをよくついてくる子だったのに……)
寂しがりで、優しくて、人の痛みに敏感な子だった。
(そんな子が……今じゃ女の子を次々と救って……しかも本人は“気づいたら増えてた”とか言うし……)
狼愛は枕に顔を押しつけた。
「……はぁぁぁぁぁ……なんでこう……弟がモテると姉の寿命が削れるのよ……」
でも、胸の奥が少しだけ温かい。
(……まあ、幸せそうならいいんだけどね)
そう思える自分が、ちょっと悔しい。
「姉ちゃん、大丈夫?さっきからため息ばっかりだよ」
界離が心配そうに覗き込んでくる。
その顔を見た瞬間――
狼愛の中で何かがプツンと切れた。
「……あんたのせいよ」
「えっ、俺!?」
「そうよ!!」
狼愛は界離のほっぺをむにーっと引っ張った。
「いっ……痛い痛い痛い!!」
「痛くしてるのよ!! あんたが女の子を次々と惚れさせるからでしょ!!姉の胃が死ぬのよ!!甘露寺蜜璃まで直談判に来たのよ!?“弟さんをください”って!!どこの時代劇よ!!」
「俺のせいなの!?俺、何もしてないよ!!」
「それが一番タチ悪いのよ!!」
狼愛はほっぺを引っ張ったまま叫ぶ。
「いい!?次に女の子が増えたら、“気づいたら”じゃなくて“事前報告”だからね!!姉の心臓がもたないの!!」
「わ、分かったから離してぇぇぇ!!」
ようやく手を離すと、界離のほっぺは真っ赤になっていた。
狼愛はため息をつきながら、弟の頭をぽんと撫でた。
「……ほんと、頼むから気をつけてよ。あんたが無事じゃないと……私、心配で死ぬから」
界離は照れくさそうに笑った。
「……ありがとう、姉ちゃん」
「礼はいらない」
結局弟に甘い自分に苦笑いしつつ、明日大学に戻る準備を始めるのだった。