貞操逆転世界のヒロアカー序ー   作:あかんヤー

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ミルコ・インゲニウム・甘露寺の助力を得つつ誘拐犯たちを仕留めた界離たち。

あれから一年たち、不思議な夢を見た界離は単身静岡へ飛び出す。

そこでの出会いは――


第12話:魅惑のダンシング

 中学二年の春。

 周囲のクラスメイトが将来の進路を語り始める季節。

 

 だが、僕――緑谷出久の日常は変わらない。

 

 ニュースサイトでヒーローの活躍をチェックし、個性の分析をノートにまとめ、新しいオールマイトグッズが出れば迷わず買いに行く。

 今日もそんな“いつも通り”の一日になるはずだった。

 

 ――本来なら。

 

 十年前に限定販売された“ブロンズエイジコスチューム・オールマイト with オートモービル”。

 その復刻版を、開店前から並んで六時間かけて手に入れた僕は浮かれていたのか、寝不足だったのか、朝食抜きだったのか――多分全部だ。

 

 帰り道、曲がり角から出てきた人とぶつかりかけた。

 相手が先に気づいて避けてくれたおかげで接触は避けられたが、その反動で相手が歌舞伎の飛び六方みたいな体勢になって転びかける。

 

「あっ、すみません!」

 

 慌てて支えようと手を伸ばした僕は――勢い余って自分が下敷きになった。

 痛みよりも先に、相手の声が耳に届く。

 

「大丈夫?怪我してない?」

 

 低い。

 同年代とは思えないほど落ち着いた、低い声。

 

 その瞬間、僕の背筋に冷たいものが走った。

 

(まさか・・・男の人!?)

 

 恐る恐る顔を上げる。

 赤みがかった黒髪。

 鍛え抜かれた体。

 喉元の、女性にはない膨らみ。

 

 間違いない。

 目の前の人は――本物の男性だ。

 

「すす、すみませんでしたぁああ!!」

 

 僕は人生初の土下座をかました。

 相手は困ったように笑いながら言う。

 

「顔を上げてよ。そんなに謝らなくていいから」

 

 恐る恐る顔を上げた瞬間――頬をむにっと掴まれた。

 

「え?」

 

 額、鼻先、頬。

 ぺたぺた触られる。

 

 殴られると思っていた僕は、逆に変な声を出してしまった。

 

「あ、ごめん。昔の知り合いに・・・すごく似ててさ。つい」

 

 その言葉に胸が跳ねた。

 

(やばい・・・乙女の蜜壺が・・・!)

 

 逃げようとした瞬間、呼び止められる。

 

「ねえ君。よかったら昼メシ、一緒にどう?」

 

 お母さん。

 僕は今日、死ぬかもしれません。

 

~~~~

 

 駅近くのファストフード店。

 学生に人気の店だが、“男と女が二人きりで入る”には色々とアレな場所。

 

 入店した瞬間、店内の視線が全部彼に向いた。

 

 男の子がいる。

 しかもイケメンで鍛えてる。

 その視線の強さに僕は胃が痛くなるが、彼は全く気にしていない。

 

「俺が誘ったんだから、奢らせてよ」

 

 爽やかな笑顔で言われ、僕は思わず頷いてしまった。

 その瞬間、周囲の視線が僕に突き刺さる。

 

――こいつ男に奢らせてるぞ・・・

 

 そんな空気が痛いほど伝わる。

 でも――彼の笑顔を見ていると、不思議と頬が緩んだ。

 

 ポテトをハムスターみたいに齧る姿が可愛くて、つい見惚れてしまう。

 

「食べる?」

「え?あ、うん・・・」

 

 曖昧に答えた僕に、彼はポテトを摘んで僕の口元へ差し出した。

 

「ほら、“あ〜ん”」

 

 脳が沸騰した。

 

(な、な、な、なにこれ!? ファンタジー!? 喪女の妄想!? 現実でやる人いるの!?)

 

 周囲の嫉妬の視線が痛い。

 でも、彼の優しい目がそれを全部吹き飛ばす。

 

 僕は震える声で言った。

 

「・・・いただきます」

 

 ポテトを口に入れた瞬間、世界がバラ色になった。

 

「ところで、どうして僕にここまで?」

「別に大したことじゃないよ。同じ進路を目指してるよしみってやつさ」

 

 その言葉に、僕の心が凍る。

 

「え・・・君もヒーローを?」

「ああ。皆驚くけど、これでも本気なんだ。鍛えてるし」

 

 力こぶを見せる彼。

 周囲がざわつく。

 

 このご時世、男性がヒーローを目指すなんて物好きか、無謀か、狂気か。

 でも、彼の体は本気を物語っていた。

 

「君だってヒーロー目指してるんだろ?そのノート、すごかったよ」

「ぼ、僕は・・・」

 

 言えない。

 無個性の僕がヒーローなんて。

 幼馴染みの言葉が蘇る。

 

『無個性のくせに何ができるんだよ!』

 

 胸が痛む。

 その時――

 

「テイッ」

「いたっ」

 

 額を小突かれた。

 

「今、“僕じゃ無理”って思ったでしょ」

「そ、そんなこと・・・」

「嘘だね」

 

 彼の瞳は、僕の心を見透かしていた。

 

「君がどんな過去を背負ってるかは分からない。でも、諦めきれないなら――決定的に無理だと突きつけられるまで足掻くしかない」

 

 その言葉は、僕の胸に雷のように落ちた。

 

「俺はそのつもりで雄英を目指してる。地べたを這ってでも、泥水を啜ってでも。夢を掴むためなら、何だってやる」

 

 彼の言葉を聞いた瞬間、彼と幼馴染み(身近な勝利の象徴)の姿が重なった。

 

(・・・かっちゃんみたいだ)

 

 この時代の“男”は――守られる側だ。

 

 十六歳になれば毎月の精子提出で最低限の生活はできる。

 危険な仕事に就く必要もない。

 むしろ、女の前に出て戦おうとする男は“無謀”“馬鹿”“女を舐めてる”と笑われる。

 

 だから、男のヒーローなんて存在しない。

 でも――目の前の彼は違った。

 

 男は守られるもの。

 男は危険に近づくな。

 男は女の後ろにいろ。

 

 そんな社会の常識を、彼は当然のように踏み越えようとしていた。

 

「君はどうする?」

「僕は・・・!」

 

 言葉が喉まで出かかった瞬間――

 

「迷うなら、俺を理由にしてみるのはどう?」

「え?」

「俺と雄英でまた会うために、頑張るってのは?」

 

 それは――プロポーズに等しい破壊力だった。

 

 返事をしようとした瞬間、彼のスマホが鳴る。

 

「どうした愛狸?・・・え!?姉ちゃんにバレそう!?分かった、今すぐ帰る!」

 

 慌てて立ち上がる彼。

 

「ごめん、急用ができた。また雄英で会おうな」

「ま、待って!君の名前は!?」

 

 光の枠が現れ、扉のように開く。

 彼は振り返り、笑った。

 

「結城界離だよ。緑谷さん」

 

 そう言って、光の向こうへ消えていった。

 嵐のように現れ、嵐のように去っていった彼。

 

 でも――僕の胸には確かなものが残った。

 

(絶対に雄英に行く。ヒーローになる。どんなに馬鹿にされても、絶対に)

 

 新しい目標が、僕の中に強く刻まれた。

 

◇◇◇◇

 

【中二の春】デク君に会ってきました【思い立ったが吉日】

前スレまとめ>> 貞操逆転ヒロアカ転生者スレまとめ

 

1:貞操逆転ヒロアカ転生者

ガボラが首のヒレをヘリのローターみたいに回して空飛んで、赤いウルトラマンを追い詰める夢を見たのでデク君に会ってきました。

 

2:男女比1:30世界のアイドルリーダー

界離君、開幕から何言うとんねん

 

3:転生元トップレス

ガボラって・・・あのウラン食う怪獣のガボラか?

 

4:貞操逆転ヒロアカ転生者

それです

 

5:男女比1:30世界のアイドルメンバー5

界離・・・この前の公安の無茶な実験でついに頭やられたのか?

 

6:男女比1:30世界のアイドルメンバー4

あれだろ?

『灼熱の砂漠みたいな空間で結界張って、飲まず食わずで何日耐えられるか』ってやつ。

二日目で界離が倒れて中止になったやつ

 

7:転生波紋使い

あの時の公安会長・・・完全に“死んでも構わない”って目してたわね

 

8:国家元首なMS乗り

自分こそが正義だと思い込んだ人間はああなる。

私の周りにも腐るほどいる

 

9:異世界森の民

CE(コズミック・イラ)は地獄の中の地獄だからね・・・あそこに転生だけはしたくない

 

10:異世界Dキッズ

昔のゲームで『死ぬのが衆生のため』って言葉あったけど、あの会長には似合いすぎる

 

11:貞操逆転ヒロアカ転生者

ちょっと皆さん!公安会長の愚痴もいいですけど、デク君の話題もしてくださいよ!

原作主人公ですよ!?

 

12:迅雷風柱

テメェが変なこと言い出すから話題にしづらいんだよ!!

 

13:キューピット岩柱

赤いウルトラマンの夢はまだしも、ガボラが空飛ぶのは奇天烈すぎる。

ヒレをローター代わりって何だ

 

14:転生森の民

てか夢でガボラが飛んだからデク君に会いに行くってどういう理屈だよ。

因果関係が時空を越えてる

 

15:男女比1:5世界の新社会人

・・・なあ界離君。

その赤いウルトラマンって、レオとかセブンとか、ティガのパワータイプみたいな感じ?

それとも覆面レスラーみたいに顔まで真っ赤なやつ?

 

16:貞操逆転ヒロアカ転生者

後者ですね。前世で見たウルトラマンはアークが最後でしたし。

 

17:男女比1:30世界のアイドルメンバー5

どうしたんだマサッチ?

 

18:男女比1:5世界の新社会人

これを見てくれ。

 

―『怪獣も「回れ」ば強い』『え、そう飛ぶの!?』というタイトルの動画がアップされる―

 

19:男女比1:30世界のアイドルメンバー4

え・・・何これ

 

20:男女比1:5世界の新社会人

現代世界に転生した友達が送ってきた。

爆笑しながら

 

21:貞操逆転ヒロアカ転生者

あ、このウルトラマンだ!

オメガって名前なんですね

 

22:転生Dキッズ

本当にガボラが空飛んでる・・・

 

23:国家元首なMS乗り

これ・・・生物学的にありなのか?

 

24:貞操逆転ヒロアカ転生者

ありですよ。

シン・ウルトラマンでも回ってたし、アークも「想像力を解き放て」って言ってたし、ブレーザーの大川さんも「怪獣に常識は通じない」って言ってたし

 

25:転生元トップレス

想像力解き放ちすぎだろ公式。

てか『も』って何だよ

 

26:転生森の民

ラルクネキ知らないんですか?

ウルトラマンには“回れば何とかなる”っていう究極の非公式必殺技があるんですよ

 

27:貞操逆転ヒロアカ転生者

まあメタ的には予算とか技術とかの都合でしょうけどね

 

28:男女比1:5世界の新社会人

公式がネタにし始めたあたり、開き直ったのか想像力を解き放ったのか・・・

 

29:貞操逆転ヒロアカ転生者

後者でいきましょう。そっちの方が面白いですし

 


 

1:貞操逆転ヒロアカ転生者

デク君との邂逅からさらに時間が経ち、中学三年の六月。

雄英に進学した甘露寺先輩がヒーロー仮免を取得したので、実家で“仮免取得お祝い兼誕生パーティー”を開くそうです。

誰かマナー知ってたら教えてください

 

2:男女比1:30世界のアイドルリーダー

界離君の雄英受験まであと半年ちょいやな・・・早いわ

 

3:男女比1:5世界の新社会人

ヒーロー仮免って普通は二年次取得だよな?

デク君たちは一年で取ってたけど

 

4:転生元トップレス

パーティーか・・・バスターマシン乗ってた頃はよく参加させられたな。

まあでも、テーブルマナーとか気にしなくていいんじゃないか?

 

5:国家元首なMS乗り

甘露寺の家の性格上、畏まる必要はないだろう。

変なことしなければ“先輩の家に遊びに行く”くらいの感覚でいい

 

6:貞操逆転ヒロアカ転生者

>>4

>>5

そんなもんでいいんですかね・・・?

 

7:迅雷風柱

そういや・・・そっちの甘露寺の個性って何なんだァ?

あのおばさんの口ぶりから、体質はこっちと同じみたいだが

 

8:貞操逆転ヒロアカ転生者

甘露寺先輩の個性は『ハイドープ』。

摂取した栄養を消費して、最大で通常の八倍の身体能力を発揮する増強系。

強化部位や倍率も任意で調整可能。

元の八倍筋繊維と合わせて、最大“常人の六十四倍”の身体能力が出せます

 

9:キューピット岩柱

・・・そうか

 

10:迅雷風柱

悲鳴嶼さん・・・これは・・・

 

11:国家元首なMS乗り

この世界でもそうなるんだな・・・悲しいけど

 

12:男女比1:30世界のアイドルリーダー

この世界でも砂藤君は不合格なんやろな・・・

 

13:貞操逆転ヒロアカ転生者

>>9

>>10

>>11

皆さんなんで急に深刻なんですか!?

>>12

砂藤君ってヒロアカのキャラですか?

 

14:転生元トップレス

まあ詳しい話はおいおいな。

それよりパーティー楽しんでこい。甘露寺も絶対喜ぶ

 

15:貞操逆転ヒロアカ転生者

はい!楽しんできます!

 

 

◇◇◇◇

 

 

「結城く〜ん!透ちゃ〜ん!来てくれたんだぁ!」

 

 静岡のホテルを丸ごと貸し切った会場。

 お手伝いさんに案内され、控室でスーツに着替えた俺と透、そして護衛として同行してくれたインゲニウムは、甘露寺先輩の元へ挨拶に向かった。

 

 先輩は、ポニーテールの女の子と楽しそうに話していた。

 

「こちら、妹分の八百万百ちゃん!すっごく可愛くて、すっごく優秀なんだよ!」

 

 紹介された八百万百さんは、最初こそ俺を警戒していたが――俺の名前を聞いた瞬間、表情がぱっと華やいだ。

 

「まあ・・・あなたが結城さんですの?お姉様から、よくお話は伺っておりますわ!」

 

 “お姉様”呼びに先輩が照れているのが可愛い。

 

 少し話すと、八百万さんは真面目で、少し天然で、推薦入試で雄英を目指していること、個性『創造』のことなど、色々と教えてくれた。

 

(・・・いい子だな)

 

 そう思った矢先――。

 

「オーッホッホッホッホ!!」

 

 会場に響き渡る妙にでかい笑い声。

 聞き覚えのある声に嫌な予感がする。

 

 振り返ると、青みがかった黒髪の縦ロール。

 漫画から飛び出したような“あの女”がいた。

 

(・・・熊野菜(いやな)女目(めめ)

 

 八年前、俺に無理やりキスして梅雨ちゃんを泣かせた張本人。

 嫌味な性格は一ミリも改善していないらしい。

 

「あ〜ら甘露寺さん。仮免取得ですって?まあまあ、大袈裟なパーティーですこと。まだ()()ですのに」

 

 先輩の笑顔が一瞬だけ曇る。

 

「結城君・・・あの子が例の?」

「うん・・・八年経っても、あのまんま」

 

 透が小声で慰めてくれる。

 その後、なぜか流れで甘露寺先輩と熊野菜がテニス勝負をすることになり、会場全員で屋上のテニスコートへ移動した。

 

「先輩・・・なんか動きがぎこちないような」

「結城君・・・あれ」

 

 透が指差した先には――際どい格好の男性が、ストリップダンスをしていた。

 

「・・・何あれ」

「なるほど。相手の集中力を奪う作戦か」

 

 インゲニウムが冷静に分析する。

 

「指摘すれば“勝負中にすけべなものを見た”と嫌味のネタにされる・・・非常に嫌らしい作戦だな」

「あいつ・・・ふざけやがって!」

 

 怒りで拳が震える。

 だが、八百万さんに止められた。

 

「結城さんが止めても、熊野菜さんはそれすら利用しますわ。お姉様が傷つくだけです」

「・・・くそ」

 

 どうにか先輩を助けたい。

 でも、正面から止めるのは逆効果。

 その時――俺の脳内に、妙案が閃いた。

 

「八百万さん、ラジカセ作れる?」

「ラジカセくらいでしたら余裕ですけど・・・?」

 

 首を傾げる八百万さん。

 インゲニウムも困惑している。

 ただ一人、透だけは悟っていた。

 

「・・・二人とも、何があっても冷静でいてね」

 

「先輩!絶対負けないでください! 応援してますから!あと絶対振り向かないでください!」

 

 俺は黒い学ランにハチマキという、昭和の応援団みたいな格好で声援を送った。

 先輩は照れながらも笑ってくれた。

 その隣で、熊野菜が忌々しそうに舌打ちする。

 

(・・・よし、今だ)

 

武突参流(プッサンりゅう)古武術――ジョギング!」

 

 八百万さんが創造したラジカセに結界を仕込み、流れ出した軽快な音楽に合わせ――

 俺は一瞬で学ランからオレンジ色のレオタードへ早着替えし、エアロビクスを踊り始めた。

 

「なっ・・・!?」

「えっ・・・?」

 

 熊野菜だけでなく、八百万さんもインゲニウムも固まる。

 頬をつねって現実かどうか確認し始めるレベルだ。

 透だけは天を仰いでいた。

 

「・・・こう来たかぁ・・・」

 

「ちょ、ちょっと!あなた何をしてるんですの!? そこの結城さん!!」

「え?」

 

 熊野菜の叫びに先輩が振り返る。

 だが、そこには学ラン姿の俺が応援しているだけ。

 結界による“視覚と聴覚の遮断”で、先輩にはエアロビクスが見えていない。

 再び先輩が前を向いた瞬間――俺はレオタードに戻って踊り続けた。

 

「なぜお姉様は気づかないのでしょう・・・?」

「結城君の個性で、甘露寺さんには音楽もダンスも届いてないんだよ。あの子、こういうところだけ妙に器用だから」

 

 透が淡々と説明する。

 その間にも、熊野菜の集中力は削られ、甘露寺先輩が追いつき、追い抜く。

 

 さらに――男性ダンサーも触発されて本気を出し始めた。

 

「私もやってみせますわ!」

「マジで言ってるの?」

 

 八百万さんが青いレオタードに着替え、透も渋々緑のレオタードで参戦。

 テニス対決とエアロビクス対決が同時進行し、会場は謎の熱気に包まれた。

 招待客たちも我を忘れて応援し始める。

 

 そして――一時間に及ぶ激戦の末、甘露寺先輩が勝利した。

 

「覚えてらっしゃい!!」

 

 熊野菜はテンプレのような捨て台詞を残して去っていった。

 

◇◇◇◇

 

 パーティーが終わり、送迎車の窓に映る夜景が流れていく。

 八百万百は、胸の奥にまだ残る熱を抱えたまま、静かに息を吐いた。

 

(・・・お姉様。私、ようやく分かりましたわ)

 

 今日の甘露寺蜜璃は、昔のように明るく、眩しく、そして何より“幸せそう”だった。

 

 中学に上がって最初のお見合いで心を折られ、大好きな食事を我慢し、髪を黒く染め、腕力を封じ、“普通の女の子”を演じようとしていたあの頃。

 八百万は、あの時のお姉様の背中を思い出すだけで胸が痛む。

 

(どうして・・・どうしてあんな素敵な方が、あんなに苦しまなければならなかったのかしら)

 

 理不尽だった。

 女に生まれたというだけで、強さも、個性も、食べることすら否定される世界。

 八百万は、ただ隣で見ていることしかできなかった。

 

――でも。

 

(あの方は・・・結城さんは・・・お姉様の全部を肯定したのですわね)

 

 甘露寺が涙を浮かべながら語った“あの日の出来事”。

 界離が、彼女の力も、髪も、食べることも、全部「素敵だ」と言ったこと。

 そして、彼女を侮辱した重性犯を迷いなく殴り飛ばしたこと。

 

 信じられないと思った。

 でも今日、実際に会って理解した。

 

(あの瞳・・・あの真っ直ぐな光・・・)

 

 界離の目は、恐れも、見下しも偏見もなかった。

 

 八百万がこれまで出会ってきた男性は、皆どこかで怯え、あるいは距離を取り、稀に近づいてくる者は“家柄”や“個性”を値踏みするような目をしていた。

 

 だが――界離は違った。

 

(あの方は・・・私たちを“人”として見てくださる)

 

 それがどれほど珍しく、どれほど尊いことか。

 八百万は痛いほど知っている。

 

 そして今日、決定的に理解した。

 

(お姉様が夢中になる理由・・・分かりましたわ)

 

 界離は、常識外れだ。

 突然レオタードで踊り出すし、敵の嫌がらせを逆手に取って笑い飛ばすし、

 誰かのためなら迷わず体を張る。

 

 でも――その非常識さの奥にある“優しさ”は本物だ。

 

(・・・私も、もっと知りたいですわ。あの方のこと)

 

 そう思った瞬間、胸が少し熱くなる。

 自分でも驚くほど自然に、界離の名前を思い浮かべていた。

 

(お姉様の幸せを願う気持ちは変わりません。でも・・・私も、あの方とお話してみたい。もっと近くで、あの瞳を見てみたい)

 

 八百万はスマートフォンを取り出し、今日フレンド登録したばかりの界離の名前を見つめる。

 

(・・・どんなメッセージを送れば、失礼にならないかしら)

 

 指が震える。

 胸がどきどきする。

 

 こんな気持ちになるのは初めてだった。

 

(結城さん・・・私、貴方のことをもっと知りたいですわ)

 

 夜の街を走る車の中で、八百万百はそっと微笑んだ。

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