1つ.界離の活躍を聞いたオール・フォー・ワンは、界離の個性に狙いを定める
2つ.体育祭に向けて、界離たちは特訓する事になる
3つ.手助けに来たプッシーキャッツに、界離はトゥインクルスターを使うのだった
今回ちょっと相澤先生たちが不憫になります
結城君はとても不思議な男性だった。
「おっはよ〜皆。今日も元気そうだね」
翳りも怯えも一切感じさせない眩い笑顔に、心地良い元気溌剌な声。制服の上からでも分かるくらい鍛え抜かれた筋肉質な体に、184もある身長。そして、僕たち女と本心から対等に接してくれる優しさ。
どれもこれもが今まで僕らが見てきた男に当てはまらない、まさに規格外の人物だった。
「ねえ・・・結城君はどうしてあの時静岡に来てたの?家東京なんだよね?」
あの日の事が気になっていた僕はUSJの一件を迎える前に聞いた事があった。
「ああそれ・・・不思議な夢を見たんだ。目が覚めて、あれが夢だと気づいたら静岡に行こうって思ったから即行動に移したんだ。ちょうど個性の練習にもなるし」
「へ〜・・・どんな夢見たん?」
「体長六十メートルはある巨大な襟巻きトカゲが、襟巻きをヘリのローターみたいに回して空を飛ぶ夢」
どんな夢を見たのか気になった麗日さんに結城君はあの日を懐かしむようにほのぼのしながら答えるが、僕らの間には困惑が広がった。
ー何言ってるのこの人?
蛙吹さん*1たちにアイコンタクトを送ると、たまにあることよと返ってくる。
時々よく分からない言動もあるけど、そんな所も含めて皆彼の事が好きなんだって疑う余地もないくらい皆*2の心の中に居座っている。
そんな彼が・・・あんな事になるなんて、僕たちは思ってもいなかった。
普通科たちの宣戦布告が行われた月曜日。
かっちゃんの包帯が取れ、プッシーキャッツとミルコ監修の合同訓練が始まった火曜日。
僕の包帯が取れ、虎監修の我ーズブートキャンプに参加した水曜日。
家で寝る準備を進めていた僕は、今日の成果を振り返りながら結城君と連絡を取り合っていた。
『にしても、もう九パーセントまでコントロール出来るようになるなんてちょっと予想外だったよ。これだったら、体育祭当日には二十パーセントも夢じゃないかもな』
「結城君が付きっきりで見てくれたおかげだよ」
オールマイトからの試練を受け取った後、どうすればOFAを使いこなせるか悩む僕に結城君が提示してくれたトレーニングメニュー。
それは『常に全身にパワーを一パーセント巡らせた状態を維持する』というものだった。
「最初は八パーセントまで出せるのに一パーセントだけで良いのって思ってたんだけど、他の行動を取ってる間もってなると本当に難しいんだね」
『そうそう。俺も波紋法習得するまでは歩いたり、座ったりとかで無意識に力んじゃうのめっちゃ繰り返したから失敗してる緑谷の姿は懐かしかったよ』
トレーニングを始めた直後は、ビックリするくらい訓練用の割り箸を折りまくっちゃってかっちゃんに「飯食う時くらい大人しくしてろや!」なんて怒鳴られたりしちゃったのも良い思い出だ。
『緑谷は個性を
『そうか!わざわざ構えを取ったりもしないし筋肉の動きを細かくああしようこうしようなんて考えないし、意識したりもしていない。それこそスイッチじゃなくて日が落ちたら点灯するセンサー付きライトみたいにシームレスに・・・・・・』
『ブツブツやめい』
結城君のアドバイスもあって力の暴発も無く特訓を終える事ができて、本当にいくら感謝してもし足りないくらいだ。
『俺もいよいよ明日から特訓に参加だ。遅れた分も取り返さないといけないし、皆楽しみにしてるだろう必殺技のお披露目も控えてるからなぁ』
「僕も楽しみにしてるよ。明日の放課後」
轟さんが初日からずっと不参加なのは気がかりだけどと言い残して、電話を切った。
そして翌日。ついに包帯が取れた結城君を迎えた僕たち一年A組は、
「まああんな事があったけど、授業は授業。という訳で、救助訓練しっかり行なってまいりましょう」
「とにかく早く始めるぞ、時間が勿体ない」
「先生方、今日はオールマイトは居ないんですか?」
「知らん、ほっとけあんな奴」
姿が見当たらないオールマイトの所在について尋ねる結城君に、相澤先生はぶっきらぼうに答えそそくさと先に行ってしまう。
「オールマイトと相澤先生、何かあったのかな?」
「分からん・・・」
僕たちのクラスで、オールマイトと相澤先生不仲説が広がった瞬間だった。
◇◇◇◇
最初の訓練は山岳救助。要救助者は谷底に滑落した登山客三名。一人が頭を激しく打ち意識不明。残り二名は足を骨折して動けず救助要請という想定で行われた。
「
「二名はよく骨折で済んだなオイ!?」
切島と上鳴が谷底を覗いて、その深さに驚いていたら飯田がもう訓練が始まった想定で谷底に向かって叫び出す。
「(この時期の飯田さんって本当にロボみたいだよなぁ。思考が固いというか、そのまま受け取って裏を読む事ができないと言うか・・・)まだ訓練始まってないから誰も居ないよ飯田さん」
実の姉*3にロボかよとツッコまれるほどの頭の固さに内心呆れつつ十三号先生の元に引っ張り戻す界離。
それからは梅雨ちゃんと麗日のメタ発言*4や轟と爆豪の衝突など一部が無くなっていたもののおおむねOAD通りに進み、ついに倒壊ゾーンにやって来た。
「(ここでオールマイトがサプライズで
被災者側に選ばれた界離は、これを良い機会だと考え轟の隣に居座っていた。
USJ襲撃以来彼女から視線を感じる事が増えた気がした事、そして合同特訓にー参加の有無は個人の自由ではあるがー轟だけが参加していない事が気がかりだからだ。
「・・・別に、お前は何もしてねえよ」
「ならいいんだけど・・・」
おおかたエンデヴァー辺りだろうなと当たりは付いてたが、本人が口にしない以上言及しないつもりだったので話を切り上げる。その瞬間、瓦礫を押し除けてオールマイトが現れる。
「七日ぶりに暴れるか・・・」
「七日前・・・襲撃があった日。まさか残党!?隠れてたのか!」
「何してるんですかオールマイトさん?」
「ちょちょ結城少年!?なんで分かっちゃったの?!」
「俺、少し人より鼻が良いので」
驚きながら変装用のガスマスクを脱ぎ素顔を見せるオールマイトと、絶句する轟。
「ところで、その恰好は一体?」
「ああ、それなんだけど・・・少し、協力してくれないかな?」
OAD通りに救助中の
「それじゃ早速・・・とその前に、結城少年はこれを」
「これは、ペンライト?」
「いざという時のための緊急通報端末だよ!結城少年はまだ病み上がりだからね・・・何か異常があったらボタンを押してくれれば、即サプライズは中止だ」
「安全第一ってやつですね。分かりました」
オールマイトから受け取った端末をコスチュームの胸ポケットに入れ、早速やられたふりでオールマイトの片手に捕まる界離と轟。この時、ここにいる三人は誰も予想できていなかった。この選択が大変な未来を招いてしまうことを――界離の命が再び危機に陥ってしまうと誰も予想できていなかった。
◇◇◇◇
「授業は今のところ順調なようですね」
赤い髪が特徴的なティルルとナース服のような意匠のメイド服を着たナサリーは、十三号先生と相澤先生と共に経過を見守っていた。
メイド隊の総意としては襲撃から一週間しか経ってないのに通常カリキュラムに戻した雄英と、病み上がりの身体で訓練に参加する界離に思う所はあるものの、トラブルなく順調に進んでいる授業に内心ほっとしていた。
「逃げろ!
だがその安心感も、飯田の叫び声と少し遅れて伝わる衝撃によって粉々に砕かれる。
「先生!
「なんてことだ・・・俺たちはまだ戦える身体じゃない」
「え?何言って・・・」
「では・・・では、逃げてください!!正面出口まで早く!」
「あなたたちご主人様のおかげで無傷で済んでいるはずです!戦える身体じゃないとは一体d」
「逃がしゃしないさ、全員まとめて死にさらせ!!」
何故か戦おうとしない両教師を動かそうとした矢先、
「(結城さんのあの様子・・・)まずい!ナサリー、急いで病院に連絡した後メイド長たちを呼んでください。わたしは彼の救出にi」
「待ってください!まずは何とか皆さんを逃さないと」
「ちょっと、邪魔しないでください!」
教師たちの意図が分からず、更に界離に余裕がほとんどないことに気づいた二人はそれぞれフランメ・エルデと呼ばれるドラゴン態になって二人を蹴散らす。
そして同じ頃クレーター内では、緑谷が峰田のもぎもぎを利用して
◇◇◇◇
全てがオールマイトのサプライズだと分かり、ホッとしたのも束の間、授業を再開しようとした僕らは急遽校舎に呼び戻されていた。
突然の授業切り上げに真っ先に理由を聞きに行った飯田くんへの歯切れの悪さから、先生たちも状況を掴みきれてないようであり帰りのバスの中も行きとは違う理由で騒がしくなっていた。
「お帰りなさいませ、ご学友の皆様。そしてイレイザーと十三号とオールマイト」
教室に戻った僕たちは結城君のメイド長であるハスキーさんたちに出迎えられ、淹れられたお茶とお菓子をいただく。一方でオールマイト、相澤先生、十三号先生の分は無く、どこか冷たい態度に僕たちは首を傾げていた。
「やあやあ皆、待たせたね」
やって来た根津校長が、僕たち全員が揃ってるのを確認して口を開く。その内容に僕たちは驚きを隠せなかった。
「皆戻って来てない結城君が気になるようだから、結論から言うね。彼は体育祭に出られないかもしれなくなった」
「校長先生!それはどういう?!」
校長先生の発言を遮って質問する飯田さんをラティスさんが宥めて着席させる。
今度はリカバリーガールが入って来て、ここからは私が説明するよと壇上に上がる。
「結城界離君なんだけど、折れた肋骨が肺動脈と
「肺動脈と上行大動脈・・・心臓から肺に静脈血を届ける血管と、心臓から出た直後の動脈血を大量に含んだ血管じゃないですか!」
八百万さんの解説に事態の深刻さが明確に伝わったのか、クラス皆の顔がどんどん青ざめていく。
「先生、結城の奴は確かオールマイトから緊急通報端末を貰っていたはずでは?」
「その端末の電池が切れていたのです。ご主人様とオールマイトさんの証言から、恐らく渡されてから皆様の前に現れる数分の間に切れたと推測しています」
ーそんな不運ある!?
僕らは確かに全員、同じ事を考えた。
その後校長先生から、結城君は絶対安静が必要なためしばらくは入院生活を送ること、お見舞いは一クラス三人までで済ませることと伝えられて今日のヒーロー基礎学は終了になった。
後から聞いた話だと、今回の件で相澤先生たちは
相澤消菜:一年間の減給処分並びに一ヶ月の謹慎処分
黒瀬亜南:半年間の減給処分
八木俊文:一年間の減給処分
の処分を受けたようだ。
入学早々に担任教師が謹慎処分を受けるという前代未聞の経験をした僕たちだったけど、その衝撃は翌日金曜日に結城君が目を覚ましたという朗報に掻き消えるのだった。
土曜日。僕は麗日さんと飯田さん*6と一緒に結城君が入院している病院を訪れていた。
道中一人で病院に来てた愛狸さんと一緒に看護師に案内されて特別個室の前まで来た僕たちは、扉からしてVIP専用だと丸分かりの作りの病室に少し気後れしていた。
「お兄ちゃん!?だいじょう・・・」
そんな僕と麗日さんとは対照的に迷う事なく扉を開けて病室に入ろうとした愛狸さんだったが、病室の中を見た途端さっきまでの勢いが嘘のように萎んでいく。
「はいダーリン、あーん」
「あ、あーん?」
愛狸さんに続いて病室に入った僕らが見たのは、剥いたリンゴを結城君にあーんしているピクシーボブと困惑しながらそれを受け入れている結城君の姿だった。
「・・・ちょちょちょちょ、あなた何やってるんですか!?お兄ちゃんも何受け入れてるの!」
呆然となっていた愛狸さんが正気に帰り、ピクシーボブと結城君の間に割り込む。
「愛狸・・・と緑谷さんたちも。元気してた?」
「愛狸って・・・ダーリンの妹!?」
「あなたをお兄ちゃんの恋人に認めた覚えはありませんよ!?てかダーリン呼びしないでください!」
話がややこしくなりそうだったけど、結城君がピクシーボブに退室を促す。ピクシーボブばもっと居たそうだったけど、結城君が彼女の唇に人差し指を当てて「いい子だ・か・ら」と言いながら鼻を三回つつく。
銃声のような音が幻聴で聴こえた気がする僕らの前で顔を真っ赤にしたピクシーボブがさっきまでのぐずりが嘘みたいに素直に退室する。
「結城君、気分が悪いとかはないのかい?」
「体動かすのはまだ駄目って言われてるけど、気分はいいよ。ここは日の光がよく当たって日向ぼっこに丁度良くてさ」
体を伸ばしながらなんて事ないように話す結城君に、僕らはひとまず安心する。
「それより、お兄ちゃんあの人に何したの?すっごいメロメロになってたみたいだけど」
「別に大した事じゃないよ。執事とお嬢様のドタバタ学園ラブコメってテーマの即興劇w」
「
「だって皆興味津々だったし・・・今度こそはミルコさんノックアウトできるかもって思ったんだし」
愛狸さんの追求に、へそを曲げた子供のようにむくれながら答える結城君。彼の必殺技の事はどうやら家族にも知られているらしい。
「そういえば結城君。虎さんに安静状態でもできるトレーニングが無いか知りたい言ってHineのアドレスを聞きにいくと言っていたが、聞く事はできたのかい!」
((このタイミングで聞く!?))
火曜日の事を思い出したのであろう飯田のー多分ー悪意の無い*7問いかけに驚く緑谷と麗日。そしてハイライトの消えた目と真顔で界離を睨む愛狸と下手な口笛を吹きながら顔を逸らす界離。
「お兄ちゃん・・・まさかと思うけど、他のプッシーキャッツの人たちにも変なことしてないよね?」
「するわけないだろ。精々マンダレイに頼まれてツーショット写真撮ったり、全員とHineアドレス交換したくらいだ」
「もしもしお姉ちゃん?お兄ちゃんがまたやらかしてるよ」
「ちょちょ愛狸さんや、落ち着きましょう。まだ
(どうして結城君・・・正直に言ってるんだろう?)
ー僕は愛狸と姉ちゃんに嘘はつかないって決めてるんだ♪
コントみたいなやり取りを眺めていた僕たちの疑問に、結城君が結界を応用したのであろうテレパシーで答えてくれる。
「お前たちも来ていたのか」
扉を開けてやって来た相澤先生に歓迎ムードになる僕たちとは対照的に、愛狸さんの表情は冷たく、露骨に舌打ちまでする。
「何しに来たんですか?」
「様子を見に来ただけだ・・・体調に問題ないようだからもう帰るさ」
重体に陥らせてしまった生徒の身内の手前決まりが悪いのか、すぐに退出しようとする相澤先生。そんな相澤先生に、愛狸さんは容赦なく言葉を浴びせ続ける。
「そんなまともな教師みたいな事言って、本当は止めでも刺しに来たんじゃないんですか?それとも、動けなくなった兄を見て優越感に浸りにでも来たの?」
「愛狸、止めなさい」
結城君が制止するが、愛狸さんの目に満ちた敵意が衰える様子はなくむしろ増していってるように見える。
「そもそも、自分たちの過失で死なせかけた生徒の見舞いに来たって言うには不潔な格好のまま・・・ノックすらしない。本当に申し訳なく思ってます?上っ面だけの謝罪とか、はっきり言って迷惑でしかないですよ」
「愛狸・・・いい加減に」
「お兄ちゃんは悔しくないの!?コイツのせいでお兄ちゃん雄英に行けなかったかもしれないんだよ!おまけにそんな大事な事隠しといて、いざバレたら『今後の私たちの行動で信頼を取り戻す』とか何とか言ってこんな短期間で二度も大怪我負わせてくる・・・私は無理!こん奴信じろなんて」
「え?雄英に来れなかったかもってどういう・・・」
「あんた、本当はお兄ちゃんが死にかけてラッキーって思ってたんでしょ!?あいつらみたいに!」
「愛狸ッ!!」
麗日さんの問いかけにも反応せず暴言を吐き続ける愛狸さんだったけど、パチンと甲高い音と共に口撃が止む。
何が起こったのか一瞬分からなかった僕たちだったけど、振り抜かれた結城君の腕と赤くなっている頬に手を当てている愛狸さんの様子から、結城君が愛狸さんにビンタして止めたんだと遅れて理解する。
「愛狸!それは完全にライン越えだ。相澤先生に謝るんだ!」
「・・・・・・やだ・・・絶対ヤダ!お兄ちゃんの分からず屋!!」
「愛狸!?」
大粒の涙を溢し、相澤先生を押しのけて病室から飛び出す愛狸さん。後を追おうとした結城君を押しとどめていたら、やって来た姉の狼愛さんに止められそのまま解散する事になるのだった。
〜〜〜〜
空気がとても重い。不機嫌なのか一言も喋らず目を合わせようとしない郎愛さんと、結城君の秘密(?)を知ってしまった僕たち。
「緑谷出久さんに麗日お茶子さん、飯田天流さんだったね。せっかくお見舞いに来てくれたのに、嫌な所見せちゃって」
「いえ、そのような事は決して・・・」
穏やかな口ぶりの狼愛さんに言葉が出なかった僕らに変わって答える飯田さんに、無理しなくていいよと狼愛さんは言う。
「カイの事になると冷静でいられなくてね。あの子異性への警戒心が壊滅的だから、私がしっかり守らないとっていつも厳しくしてたから・・・鬱陶しい姉って聞いてたでしょ?」
「そんな事ありません!むしろお姉さんの事も、愛狸さんの事も嬉しそうに話してましたよ。誰よりも憧れで、俺にとっての理想のヒーローの形なんだって」
「そっか・・・」
卑屈な態度の狼愛さんを見ていられなくて、つい捲し立てるように普段の結城君の様子を口にする。
狼愛さんは驚いた様子も見せず顔を逸らすけど、バサバサと音を立てて動いてる尻尾から、喜んでいるのが分かる。
「あの・・・狼愛さん。愛狸さんが言ってた、相澤先生のせいで結城君が雄英に来れなかったかもしれないって一体?」
「・・・あなたたち以外には誰にも話さないって約束してくれる?」
勇気を出して尋ねた僕たちを見て、少し考えた後一言念を入れた狼愛さんが所々墨消しされた書類を見せてくれた。
「・・・これ、全部本当のことなんですか」
重性犯罪被害経歴書ーー重性犯罪の被害者男性に交付される書類。文字通りどのような場所でどのような犯罪被害に遭ったかが事細かく記載されており、進学先や就職先などに提出されることが多いと聞いたことがある。
その書類に記載されていた経歴に、僕たちは言葉を失った。
恐る恐る尋ねる飯田さんに、狼愛さんは短く本当の事だと答える。
「話は戻るけど・・・カイが願書を出した時、
「あの・・・結城君の担任は一体何を?」
「願書と一緒に提出する証明写真を、間違えて水泳の授業に出た時の水着写真にしてたのよ」
水着写真と聞いて一瞬思考がソッチに行きかけるが、経歴書の内容を思い出して踏み止まる。
「ですが重性犯罪被害経歴書があるなら、確認を取ればイタズラでない事は分かるのでは?」
「『こんなくだらないイタズラに貴重な時間を割くなど非合理的』って言って経歴書ごとすぐ廃棄したそうよ。まあミッドナイトさんがカイの学校に確認しに行ったおかげで担任の過失とカイの実在が証明されたわけだけど」
飯田さんの問いにも淡々と答える狼愛さんの瞳には怒りの色がハッキリと浮かび上がっていた。その時のことを思い出したせいか、口調も少し荒くなっている。
「入学前の手続きで家族皆で雄英に行った時愛狸がたまたまそれを聞いてね・・・それ以来特に愛狸は
「あの、十一回も襲撃して来た保須警察署元職員は何と?」
「『子孫を残す以外能の無い種馬なんかどうなったっていいだろ』とか、『こんなくだらない男なんかに入れ込んで、女としてのプライドとか無いわけ?』って言われたよ」
明かされた結城君たちの過去に、僕たちは何も言うことができなかった。
最も守られ、尊重されるべき男の子に生まれたのになぜそんな辛い目に遭ってばかりなのか。何故そのような目に遭っているのに、あれだけ僕たちに優しくしてくれるのか。
「その理由は、カイから直接聞きな」
そう言い残して、狼愛さんは病院の庭に隠れていた愛狸さんを連れて帰って行く。見送った僕たちも一旦家路に着くのだった。
〜〜〜〜
『ごめんな三人とも。折角来てくれたのにセンシティブなとこ見せちゃって』
「そんな・・・結城君は悪くないよ」
夕方、僕と麗日さんと飯田さんはHineの通話機能で結城君と連絡を取っていた。
狼愛さんが言っていた僕たちに優しくしてくれる理由ーーそれが知りたくて電話したのだ。
『ん〜・・・緑谷たちって、僕のこと子孫を残す以外に価値なんてないって思ったことある?』
「そんな事ないよ!結城君と話せてとても楽しいし、卒業してからも一緒にいられたら良いなって皆思ってるよ」
悲しい事を口にする結城君に思わず捲し立てる様に反論してしまう。
強い口調になってしまった事に慌てて口を閉ざす僕とは対照的に、結城君の顔には微笑みが浮かんでいた。まるでその言葉を待っていたと言うみたいに。
『俺も同じさ。君たちと一緒に居るととても楽しいし、卒業して大人になってからも会えたら嬉しい・・・俺にとっては、理由なんてそれだけあれば充分なんだ』
その言葉を聞いてから、僕たちは画面に目を合わせることができなかった。嬉しさのあまり顔がニヤけてしまったり、血が集まりすぎてりんごの様に真っ赤になってしまったからだ。
(結城君・・・君って人は)
だからこそ、悲しいとも思ってしまう。こんなに優しい人が、あんな辛い目に遭わされるなんてあってたまるかと。
『そうだ。皆に伝えといてよ・・・"俺は絶対に身体治して体育祭に出るから、弱くなってたら承知しないぞ"って。特に爆豪さんには俺に負けたらかっちゃん呼び決定なって』
こちらの気も知らずに楽しそうに話す結城君のおかげで、沈んでいた気分も引き揚げられる。
「そうだね・・・僕だって負けないから」
『じゃ、また来週な』
私たちだってと決意表明する麗日さんと飯田さんのことも満足そうに眺めて、結城君は通話を切る。
結城君の退出を見送った僕たちは、結城君からの伝言を伝えるためA組B組四十人が参加しているグループルームを開くのだった。
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