1つ.押しかけて来たミルコと共に、界離はレディ・ナガンの事務所に
2つ.ゴミ屋敷と化していたナガンの自宅を界離は掃除し始める
3つ.買い物帰りに界離たちは死穢八斎會の治崎廻と会敵し、壊理を保護するのだった
外が薄明に包まれようとしている時間帯に、必要な物を取りに行った界離は戻って来た。
「ナガンさんはビールとエナジードリンクだけ。壊理ちゃんは普通の温かい家庭の味を忘れている・・・それなら」
出久みたいに無意識にブツブツ呟きながら、ビールとエナジードリンクの代わりに冷蔵庫に入れた食材の中から必要な物を取り出して料理を始める。
「最新の三口ガスコンロだから助かるな」
ボウルに入れたパン粉を牛乳に浸しておき、その間に玉ねぎをみじん切りにし、バターを溶かしたフライパンできつね色になるまで炒める。
きつね色になった玉ねぎを空皿に移して熱が冷めるのを待つ間、挽肉に塩と胡椒とナツメグを適量加えて肉に粘り気が出るまで揉みこむ。
粘り気が出た辺りでパン粉と玉ねぎ、卵を加えてよく混ぜ合わせ、ボウルにラップをかけて冷蔵庫に入れて冷ましてる間に別の料理で使う人参、玉ねぎ、ハムをカットし卵と一口大にカットしたジャガイモを一緒に茹でる。
「玉ねぎと人参はレンジで加熱して、ジャガイモは竹串が通れば良し」
灰汁を取りつつ火の通りを確認した界離はジャガイモを一旦ざるにあげて空の鍋に移し、火にかけて水気を飛ばす。
ホクホクになったタイミングで大きめのボウルにジャガイモとゆで卵を入れて崩し混ぜ合わせ、残りの食材と塩、胡椒、マヨネーズを加えてよく混ぜ合わせる。
「ポテトサラダは完成!ハンバーグのタネもそろそろ冷えてるはず」
冷蔵庫からハンバーグのタネを入れたボウルを取り出し、調理用手袋をした両手でキャッチボールをするように形を整えつつ空気を抜いていく。
「あの…何してるの?」
台所で料理している界離を興味深そうに覗き込んでいた壊理が、連れて来てくれたミルコに尋ねる。
「あれは料理・・・メシを作ってる最中なのさ。この匂い、ハンバーグだな」
「ハンバーグ・・・」
お通夜みたいに暗かった壊理の顔に、好奇心が浮かんできているのを察したミルコは界離の計画が上手くいっていることに得意げに笑みを浮かべる。
(違法スレスレで連れて来た見ず知らずのガキの面倒見るの手伝えとか何の冗談かと思ったが・・・まあ、将来
ミルコはこう言っているが、界離はそういう意図で言った訳では無い。ただし、意図してそう勘違いするであろう言葉選びをしたのは事実だ。
「あれ?ミルコさんに壊理ちゃん?」
覗き込んでいる二人に気付いた界離が振り返り、壊理の表情を見て状況を察する。
「壊理ちゃんもやってみるかい?」
形を整えたタネを置き、二人分の調理手袋を持って近寄る。
「え…いいの?」
恐る恐る二人に尋ねる壊理に界離は優しく、ミルコは力強い笑みを浮かべて勿論と答える。
界離とミルコを真似して、小さな手で持てる分のタネをこねる壊理。最初は不格好だったタネも、いくつかやっていく内に整った形になっていく。
上達していくのが嬉しいのか、壊理の顔が自然と綻んでいく。それがいけなかったのか、力を入れ過ぎたのかタネが壊理の手から弾かれ床に向かっていってしまう。
手を伸ばす間もなく、タネが床に落ちる――寸前に界離が見事にキャッチする。
「あ・・・ごめ、んなさい・・・・・・ごめんなさい」
怖かった事を思い出したのか、壊理の表情から先ほどまでの微笑みが無くなり悲痛に歪んでいく。
「こういう失敗は誰にだってあるさ。俺だって、初めてやった時こんな風に何個も落としちゃったんだ」
勿論嘘である。だが、界離の慰めのおかげで壊理は落ち着きを取り戻しタネづくりを再開する。
「オリーブオイルをフライパン一杯に広げて、中火でタネを焼く。表面が焼けたら裏返して余分な油をキッチンペッパーで拭き取り、お酒二十ミリリットルを入れて蓋をし弱火で五分ほど蒸し焼きにする」
「(温かくて、美味しい匂い)これが…普通なの?」
良い音と匂いを漂わせるハンバーグを眺めながらミルコに小声で聞く壊理に、ミルコはああ、これが普通の家庭ってやつだと答える。
「焼けたらアルミホイルに包んで保温。その間に赤ワインを中火で沸騰させて、ケチャップ、ウスターソース、蜂蜜を加える。とろみがつくまで煮詰めれば、特製ソースの出来上がり」
やがて夜になり、レディ・ナガンが疲れた様子で事務所兼自宅のあるビルに帰って来た。彼女の目は、やはり濁っている。
「・・・結城、まだいたのか。適当に過ごせと言ったはずだぞ・・・」
二階の自宅に明かりが点いているのを見たナガンは、気だるげな様を隠すことなく七階の自室へと向かい、ドアを開けて愕然とした。
「なんだ・・・これ」
足の踏み場もなかったはずの自室は、ゴミ一つない清潔な空間へと一変していた。洗濯された私服は、綺麗に畳まれている。そしてリビングからは、長らく嗅いだことのない焼けた肉とスープの心温まる匂いが漂っていた。
自室の変わりように愕然としていたレディ・ナガンが歩を進め、リビングに入るとそこには界離とミルコと、初めて見る白髪の少女がテーブルに皿を並べている。台所からは、長らく忘れていた手料理の匂いが漂っている。
「・・・結城。これは一体どういうことだ?」
ナガンが問いかけると、界離は手を止めて笑顔で質問に答える。
「おかえりなさいナガンさん!見ての通りですよ。まずは環境整備から・・・ってね!それと、この子は姪っ子の壊理です」
界離はそう言って、ナガンに食卓につくよう促す。
食卓には主食の白米に、湯気を立てる飴色のオニオンスープ。小鉢にはポテトサラダ、メインは茹でた人参と蒸かしたジャガイモを添えたハンバーグ。
ナガンは戸惑いながらも椅子に腰掛けた。壊理とミルコは知らないが、十年以上公安の暗殺者として生きてきた彼女にとって、こんな『普通』の食卓はあまりにも眩しかった。
「・・・私には、こんな美味しそうなものを食べる資格はない」
ナガンの脳裏に、公安の暗殺者として遂行した
その記憶と、目の前の湯気と壊理の純粋な瞳がナガンの葛藤を深める。
「資格とか、そういう難しい事は一旦脇に置いときましょうナガンさん。疲れた体に、温かいご飯は必要でしょう?さあ、皆揃ったことだし、いただきます!」
界離が明るい声で言うとミルコも続き、壊理とナガンも小さな声で後に続いた。
ナガンは躊躇いながら、ハンバーグを口に運んだ。
(熱い。そして、美味い)
十年以上もの間インスタントや酒で誤魔化してきた胃に、界離の作った夕食はあまりにも優しく染み渡った。目頭が熱くなるのを感じたが、彼女はそれを悟られないよう静かに食事を続ける。
~~~~
食後、食器を片付け壊理を風呂に入れるのと寝かしつけをミルコに任せた界離は真剣な表情でナガンに向き合った。
「ナガンさん。あの子は・・・壊理ちゃんは治崎廻という
界離は、日中の出来事を全て正直に話した。惚けていたナガンの瞳に、一瞬で暗殺者としての鋭さが戻った。
「
ナガンは冷静に告げた。
「結城・・・お前は今すぐこの件からもあの壊理とかいう小娘からも手を引け!全て忘れて、あのウサギの元で職場体験に勤しんでいろ」
「何故です?」
「これは同じ所属の誼としての忠告だ。奴の計画はとても闇が深い・・・関われば、お前はもう二度と引き返す事は出来なくなる。私と同じ、暗闇の底に落ちていくことになるぞ」
ナガンの返答に、界離は彼女が公安から死穢八斎會に対して何か指示されていること。そしてまだ引き返せる場所にいると彼女が思っていることを察する。
(ナガンさん・・・残念だけど、俺はもう引き返せない場所にいるんだ。ずっと前から・・・)
界離はナガンの警告が意味ない事を悟られないよう取り繕いつつ、脳裏に壊理の姿を思い浮かべた。ハンバーグをこねている時の、僅かではあるが『生きる希望』に満ちた笑顔を。
「無理ですねナガンさん。俺は、目の前で助けを求めている女の子を放っておけない・・・どんな悪意や困難が待ち構えていようと、その全てを打ち砕いて見せる。それが俺の憧れた・・・目指しているヒーローの姿ですから」
「・・・忠告はしたからな。どうなっても私は知らんぞ」
忠告を蹴った界離に呆れつつ、ナガンは寝室に去っていく。
午後十時を迎えたレディ・ナガンのヒーロー事務所。起きている者は一人もおらず、全員が微睡みの中を漂うのだった。
◇◇◇◇
(ああ・・・またか)
月明りどころか星の輝きすら見えない、血と腐肉の臭いが充満した暗闇の中を彷徨いながらナガンは自嘲する。
初めて公安の命令で
(分かっているさ・・・私のような薄汚れた者が人並みの幸せを得ようなど、虫のいい話だって)
殺した者たちの怨念に全身を掴まれ、血と腐肉の
(目が覚めたら、隠したビールの在処を聞き出さないとな。あと、あの小娘の処遇についても考えないと・・・)
首から下は全て
誰だ?と声をかけても、己の声も相手の声も耳に届かない。
今更、手を出す意味なんてない。そう思って相手を無視し
『諦めるな!』
次の瞬間手の主は
◇◇◇◇
「・・・・・・朝か」
カーテンの隙間から差し込んでくる日差しと、車の動く音から夜が明けていることを感じたナガンはまだ覚醒しきっていない頭を抱えながらベットから体を起こす。
「七時か・・・七時だとッ!?」
たまたま目に入った置き時計に示されていた時間に、ナガンの脳が一気に覚醒する。
(昨夜布団に入ったのが午後十時。仮に眠るまで一時間かかったとしても・・・八時間も熟睡したというのか!?そんなまさか)
あの日以来悪夢に魘されなかった日はなく、ひどい時は一時間おきに目が覚めることもざらにあった。
成人してからは酒の力を借りて無理やり眠ることも出来たが、効き目が無くなるのは早く、代償に体がボロボロになって余計眠れなくなる悪循環に陥るだけだった。
「あいつの仕業か・・・」
文句の一つでも言ってやろうと思い、リビングへ向かう。そこでは、壊理が小さな両手で料理が載った皿をテーブルに運んでいる最中だった。
「ああナガンさん、おはようございます。朝ごはん出来てますから、顔洗ってきてくださいね」
「・・・そうか」
真っ白な割烹着を着て台所に立っている界離に毒気を抜かれ呆けていたナガンは、頭に浮かべていた文句も全て抜け落ちてしまったため取り敢えず言われた通りに洗面所に向かい顔を洗って戻って来る。
主食は昨晩同様白米で、汁物は豆腐とジャガイモと玉ねぎの味噌汁。メインはタルタルソースがかかったアジフライで、野菜は千切りのキャベツと人参とプチトマトが三つ。さらに食卓の中央にはだし巻き卵が配置されている。出来立てなのか湯気が立っており、食欲をそそる。
「じゃあ食べましょうか!」
いろいろ言いたい事があったが、食べるまでは意見は聞かないと言わんばかりの笑顔に押し切られ渋々食卓につく。
(美味いな・・・)
朝食を食べ終え、片づけを済ませた界離は壊理の相手をミルコに任せて今後の対応についてナガンと話し合っていた。
界離はサー・ナイトアイとのチームアップを提案したが、ナガンは乗り気でない様子である。
界離自身も"この世界の"サー・ナイトアイが死穢八斎會――より正確には治崎の調査をしていると確証を持てていなかったが、そこはオールマイトのかつての
◇◇◇◇
午前と午後の狭間まであと一時間とちょっとを迎えた時間帯――レディ・ナガンヒーロー事務所には、呼び出されたサー・ナイトアイと
界離が昨日壊理と治崎廻に遭遇し、問答の果てに壊理を保護した事。続いて塚内警部が界離から提出された壊理のDNAと、個性消失弾の中身が一致した事。壊理との僅かな会話から彼女が治崎の個性によって尋常じゃない目に遭わされている事。そして、ナイトアイ自身が体育祭の頃から独自に調べ上げた成果が開示される。
「結城少年、情報提供を感謝する。だが、令状を得るにはまだ情報が足りない」
眉間に皺を寄せながら、厳しい現実を口にするサー・ナイトアイ。令状を得るには壊理の証言が必要になると言われたが、まだ彼女の信頼を完全に得られていなかったためこの日はこの場で解散となり界離は残りの時間を使って壊理の信頼を勝ち取り証言を得るため動くことを決めるのだった。
「それはそうと皆さん・・・ちょうど昼飯の時間帯ですから、焼きそば食べていきませんか?」
界離の提案に、ナガンと七階で控えていたが降りて来たミルコと壊理と緑谷以外の全員に落雷のような衝撃が走る。
「ええっと結城君・・・俺の聞き間違いかな?今お昼をご馳走するって」
「聞き間違いじゃありませんよ先輩。もしかして、焼きそば嫌いでした?」
固まってしまった一同を代表して問いかけたミリオに、界離はあっけらかんと答える。
結論から言うと、皆揃って界離特性焼きそばをご馳走することになるのだった。
余談ではあるが、センチピーダーとバブルガールは人生初の男性の手料理に油の切れたブリキ人形並みに硬い動きになっていたそうな。
コソコソ噂話
界離は味噌汁に使う味噌は赤味噌派である