このまま勢いに乗って死穢八斎會と治崎廻もフルボッコに――と意気込む界離だったがまさかの事態に
ヒーロー殺し逮捕から時間が流れて職場体験三日目の朝。
「ケッ・・・ガキがイキがるのも良いけどよ、推測通りだとして若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった"核"なんだろ?それが外に出ちまって、あまつさえガキんちょヒーローに連れてかれちまった。そんな状況で昏睡状態にした組長を素直に本拠地に置いとくか?俺なら置かない。攻め入るにしても『その人はいません』、じゃ話にならねえぞ。何処に居るのか特定出来てんのか?」
「だから俺が行くんです。これを使えば・・・ほら、この通り」
原作同様口が悪いロックロックに内心『大して活躍してねえくせに偉そうに』と毒づきつつ、それを表に出さず作戦の肝を実演する。
結界で壊理に変身したのを見てざわつく周囲を気にせず、壊理のふりをして内部に潜入後組長を見つけ出し、居場所判明と同時に玄関からAチームが突入。治崎が動き出そうとしたタイミングでワープゲートを開けてBチーム召喚。組長を保護し、抵抗する治崎派閥を内と外から同時に攻める挟撃作戦を説明した。
原作で参加したヒーローに加えてベストジーニストにエッジショット、クラスト*1にエンデヴァーとグラントリノ、ミルコと明らかに過剰戦力としか言いようがない面々が揃っており、掲示板でもアイドルメンバー5ニキらがこれなら楽勝だなと言っている。
(確かに傍から見たら楽勝としか言いようがない・・・でもなんなんだ?この胸騒ぎは)
「ちょっといいか?」
警察と連携して外から攻めるA班、ワープゲートから内部へ突撃するB班のメンバーを発表しようとした矢先、今まで沈黙を貫いていたレディ・ナガンが初めて言葉を発する。何か不備があったかと思い問いかけたら、俺の作戦参加を断固として認めないと言い出す。
突然の宣告にファットガムがいきなり何言いだすんやと抗議したが、俺の職場体験先がレディ・ナガンである以上監督者の自分の許可なしに
ヒーロー殺し逮捕のニュースでてっきりミルコの元で職場体験していたと思っていたプロヒーローたちは皆驚き、本当なのか問いかけるように俺と雄英教師陣に視線を向ける。
「本当の事です・・・」
「おい待てよ!散々放置しといて今更監督者ってのはねーんじゃねえか!?」
嘘をついてもすぐばれると観念し本当だと認めると、プロヒーローたちの間になら仕方ないかという空気が生じる。
ミルコがそれに待ったをかけるが、アポなしで押しかけて来た淫乱ウサギと冷笑するナガンと乱闘寸前にまでなってしまい取り敢えず俺抜きでメンバーの振り分けと潜入作戦の細かい調整が行われる事になるのだった。
◇◇◇◇
1:貞操逆転ヒロアカ転生者
あ゛~~~~・・・
2:迅雷風柱
掲示板に来てまでダミ声だしてんじゃねェ。根回し怠ってたテメェの責任だろうがよォ
3:貞操逆転ヒロアカ転生者
それは分かってます・・・分かってますけど
4:男女比1:5世界の新社会人
仕方ないよ・・・まさかあのタイミングでナガンさんが待ったをかけるなんて想定外だったんだから
5:異世界Dキッズ
勝手にしろとか、どうなっても知らんって言ってたから大丈夫だと思ってたらな~
6:雷門中のエアコンヒーロー
無理ないんじゃないか?
学生が指定
7:キューピット岩柱
だが残された時間を思うとこれが最善策なのも事実。
公安の目を騙しつつ壊理ちゃんを保護するには、これしか手がない
8:貞操逆転ヒロアカ転生者
なんとかナガンさんを見つけ出して説得しないと・・・
9:転生波紋使い
そうね・・・もしかしたら最悪の事態もあり得るでしょうし・・・
10:国家元首なMS乗り
界離君には辛いかもしれないが、公安の命令で壊理ちゃんを始末しに戻った可能性も
11:貞操逆転ヒロアカ転生者
それはありません!!
匂いを嗅いだから分かります!まだヒーローレディ・ナガンは、死んでいない
12:異世界森の民
界離君待って!
・・・行っちまったか
13:転生ユザレ
無理もないわ・・・ラブレター送るほどの相手が堕ちてしまう瞬間なんて誰も信じたくないでしょうし
◇◇◇◇
「ストップストップストップ・・・待って待って待って待って待って!!」
掲示板から退出し、レディ・ナガンの匂いを追っていた界離は突如として降り出した雨から逃れようと走っていた。
降り出した直後はポツポツと演奏のようだった雨音も、今ではザーザーとテレビの砂嵐に似た雑音と化し、周囲の風景もバケツどころか海をひっくり返したかのような土砂降りのせいで白く濁って見える。
「今日雨降らないって言ってたのに!」
外れた天気予報に悪態を吐きつつ雨宿りできそうな場所を探っていた界離は、運良く路地裏に活路を見出す。
いくつものエアコンの室外機がいい感じに突き出す格好になっていたそこは、光一つなく曇天も相まって夜のように暗い。だが人気がない故、服を脱いでも誰にも気づかれないだろう故に都合が良かった。
「ナガンさんは・・・この先か」
服を絞って水気を切りつつ、奥から漂うレディ・ナガンと多数の人間の血の臭いでいると確信した界離は念を入れて人払いの結界を展開して歩を進める。
臭いの元となっている地面を赤く染める血は、まるで人を引きずったような痕を残して続いていた。血痕に沿って、慎重に足を進める。
しばらく歩くと、路地裏の真ん中に一つ転がっている人型のモノを見つけた。
死体だった。
(こいつ・・・確か公安の
額に開いた風穴と、後頭部から漏れ出る脳髄のような物から生きているとは思えなかったが、念のために脈を確認してみる。
案の定脈はなく、死後間もないのかほんのりと温かい。
顔を見れば絶望に打ちひしがれたような表情をしており、死ぬ直前の恐怖が伺える。
(怖かったか・・・罪状を考えればざまあみろとしか思えないけど)
副業で営む喫茶店の飲食物に違法薬物*2を混ぜ、暴走した一般人を捕らえて点数稼ぎをしていた紛い物――こんな輩をほったらかしてインゲニウムを病院送りにする辺りに、ステインの薄っぺらさを痛感する。
「ナガンさん・・・限界を迎えてなければいいんだけど」
朧げな原作知識と、ここ数日共に過ごしたおかげで確信できた。彼女は、公安にいられる――割りきれる人間ではないと。
一歩一歩と進むたびに、光一つ入らない監獄のような路地裏に充満する湿気と血の臭いが強くなり、雨が上がってるにもかかわらず不快感が増していく。
死体があった場所を起点に、不快感と血の臭いの根源である血痕は壁や床をキャンバスにして子供の落書きのように路地裏を赤と鉄の薔薇で彩っている。
(初めて斎田リコの絵を見た時を思い出すよ・・・これが本当の薔薇の花だったらどれだけよかったか)
平成ウルトラマン屈指のトラウマシーンをBGMと共に思い出しながら足を進めていると、また死体を見つけた。
最初のとは異なり、壁を背にして支えているため傍から見たら酔っ払いが寝ているようにも見えただろう――後頭部を中心に真っ赤な血で出来た花のような血痕さえ目に入らなければの話だが。
二つ目の死体の顔が
三つ目の死体は手こずったのか、足腰に肩、額と幾つもの銃創が出来ている。
こいつに関しては境遇が境遇*3故に、開いた瞼を閉ざさせて安らかに眠れることを祈って合掌する。
合唱をしていた界離の耳に、銃声が響き渡る。
「この先か・・・」
いったところで俺と彼女を取り巻く状況が好転する見込みは一切ない。それでも足を進める。
あの日、地獄へ突き落してしまった――銃声の鳴る場所で待っている人のために。
遺体に別れを告げて銃声の発声源へと駆ける。
一度迷えば二度と出ることは叶わないような、大迷宮のように入り組んだ路地裏を迷うことなく、右へ左へ走ってゆく。
息があがる。
鼓動が早くなる。
波紋と全集中・常中を獲得してから味わったことのない久しぶりの感覚を噛みしめながら全力疾走で廃ビルの中を全力で駆けまわり、特撮の撮影で使われそうなくらい開けたフロアに着く。
十五ほどある死体と、血だまりで赤く染まったフロア中央に佇む一人。
紫と薄紫のポニーテールにノースリーブの上着にカーゴパンツと―返り血で赤く染まってる点を除けば―見覚えのあるコスチューム。
彼女が何者かなど、考えるまでもなかった。
「レディ・ナガン・・・」
「来たか結城・・・いや、
薄ら笑いを浮かべながら振り返るレディ・ナガン。
その様子に彼女の精神が限界ギリギリだと否応なく突き付けられ、対応を誤ったらその瞬間にもライフルで二人とも死ぬ未来が脳裏によぎる。
「仕事中・・・だったんですね」
早くなった鼓動をゆっくりと落ち着かせながら、レディ・ナガンへ問う。
「そうさ・・・」
見ているだけでもうどうなってもいいと自暴自棄になっているのが分かるのに、何事もないように振舞っている姿が痛々しい。
「張りぼての社会を維持するために、何人も殺したさ。綺麗な物だけ見せ続ける、洗脳と同じだと思いながらな」
「味を占めた公安は私だけじゃ飽き足らず、二人目、三人目と同じ駒を用意しだした。ウイングヒーロー・ホークス・・・そしてお前だ」
仕舞っていたライフルを展開し、銃口を突き付けてくる。
「おおかた、会長の命令で私を始末しに来たんだろう?後任も育ちきった以上、いつ爆発するか分からない不発弾など処分するに限るからな」
「・・・ナガンさん。俺は確かに、貴方の様子を確認するよう命令を受けました・・・でも、あなたをどうこうする気はありません」
慎重に言葉を選んだつもりだったが、その返答が癪に障ったのか表情に苛立ちが浮かび上がっていく。
「
怒りに任せて発砲したためか狙いは甘く、肩や太ももを掠めただけだったが摩擦熱と衝撃で体勢を崩したところをマウントポジションを取られる。
「あの日、私は会長を殺すつもりだった・・・なのにッ!!お前がこんなもの寄越したせいで殺せなかった!!お前が!犯罪者になった私を見て悲しんでいる姿を想像してしまってッ!!殺せなくなっちまった!!おかげでこんなに長く、苦しい思いをする羽目に・・・なった!!!」
抑え込んでいたものが爆発したかのように、慟哭をあげながら拳を振るうレディ・ナガン。
殴り続けながら胸ポケットから取り出し突き出したボロボロの汚れた紙が何なのかは、界離にはすぐ分かった。
「お前がッ・・・こんなもの渡さなければ・・・お前さえいなければ、私は」
怒りを吐き出しきったのか拳の勢いも弱まり声からも激しさが損なわれていき、最後は嗚咽と共に啜り泣く声のみがフロアに木霊し大粒の涙が少し腫れた界離の顔を濡らしていく。
「あ゛・・・あ゛ぁ゛」
突如、レディ・ナガンの声とは似ても似つかない野太い声が聞こえる。
胸元に顔を押し付け力なく肩を叩き続けるレディ・ナガンの後ろを見ると、血まみれの女がゾンビのように起き上がっていた。
まだ生きていたのは仕留め損ねたからか、はたまた個性故か。
起き上がった女は、懐に手を入れている。
(マズイッ!)
懐に入っている物が何かは分からないが、出させた結果ろくでもない事が起こるのは火を見るより明らか。
そして心がぐちゃぐちゃになっているレディ・ナガンは、起き上がった女に気づいていない。
今、彼女を助けられるのは女の存在を認知している俺だけ――ならば助ける以外の選択肢はない。
レディ・ナガンを押しのけ立ち上がった界離は泣きつかれてぼんやりしているレディ・ナガンには目もくれず、結界内に収納していたドスを手に女に駆け寄る。
『ライフル』という強個性――生まれた瞬間に本人の意思に関係なく得てしまった力。
故に目を付けられ、ボロボロになるまで利用され続け、最後には呆気なく捨てられようとしている現状に自暴自棄になってしまったレディ・ナガン。
彼女もまた、個性社会の被害者なのだ。
『強い個性』になってしまい利用されることになった界離。
『強個性』に生まれて利用され続けたレディ・ナガン。
違うようで、未成熟で曖昧な超人社会というやっつけ仕事の皺寄せという貧乏くじを押し付けられた被害者同士。
だがそれを言葉にしても、レディ・ナガンは笑わない。
ならばどうするか――答えは一つ。
同じ立場に立つ以外道はない。
◇◇◇◇
結城界離に見られた。
一番見られたくなかった私の、血に塗れた部分を。よりにもよってあの日、私にラブレターを送ってきた子に見られてしまった。
「・・・ナガンさん。俺は確かに、貴方の様子を確認するよう命令を受けました・・・でも、あなたをどうこうする気はありません」
————プツン
頭の中で、何かが途切れる音が聞こえた。
それを皮切りに、溢れ出す涙と罵詈雑言。
涙なんてとうの昔に枯れたと思っていたのに。
もう泣く事も怒る事も出来ないと思っていたのに。
「お前がッ・・・こんなもの渡さなければ・・・お前さえいなければ、私は」
惨めにも怨嗟の言葉を吐きながら嗚咽し、啜り泣く。
結城界離はどんな顔をしているのだろうか?
幻滅したか。それとも呆れたか――見たくても怖くて見れない。
体が、涙で前が見えないことを言い訳にして見ようとしない。
俯いて、ただただ今の天気のように目から水を垂らすことしかできない。
何も言わない結城界離の胸で、小さく泣いた。
「ッ?!」
突然押し退け、個性を使って武器を取り出す結城界離。
一瞬しか見えなかったが、手に持っていたのは人一人葬るには充分そうな短刀。
――ああ、それで私は葬られるのか。
最悪の人生だったが、求婚してきた男に葬られるなら悪くない最期かもしれない。そう思って目を閉じ、結城界離の短刀が胸を貫くのを待つ。
「ガハッ・・・・・・」
だがいくら待っても胸を貫かれる感覚は襲ってこず、何処からか断末魔の呻き声が聞こえてくる。
不思議に思って目を開け、呻き声が聞こえた方に目を向ける。そこにあったのは、私が予想もしなかった光景だった。
両手で短刀を握りしめた結城界離が、私が殺し損ねたであろう
血液が逆流し、口から血を吹き出す
短刀が抜けられ、穴が開いた胸元から噴水のように噴き出した血が汚れ一つなかった結城界離を赤一色に染めてゆく。
一撃で絶命したのか、
あまりに突然の出来事に私はただ、黙って見ていることしかできなかった。
「レディ・ナガン・・・いえ、筒美火伊那さん」
短刀を仕舞った結城界離がふいに私に声をかける。
「俺も人を守るために、人を殺しました。あなたと同じです」
「これで俺の罪が帳消しになったなんて思っていません。でも、あなたの背負う苦しみを少しでも一緒に背負えるのなら・・・俺は何人でも殺してみせます。あなたが彷徨い続けた地獄を、一緒に歩ませてください」
「ッ!?」
なんて甘美な言葉なのだろう。
今まで慰めてくる奴もいた。憐れむ奴も、同情する奴もいた。
正直、不愉快だった。でも、目の前の少年はどうだろう。
初めて、同じ立場に立ってくれた。
私のことを理解してくれた。
嬉しかった。
終わりのないこの仕事に、一つの光が差したような気がした。気がついたら私は、結城界離の元へ駆けていた。
両手を広げ、私よりも一回り大きい少年を抱きしめる。
私よりも二十ほど年下。それだというのに、ここまで気を張って気丈に振舞っている。
抱きしめた界離の体は、小さく震えていた。
人の命を奪ったのだから当たり前だ。こんなものに慣れてしまうほうがどうかしているのだ。
だが私は、界離が私を
だからこそ――
「ありがとう・・・本当に、ありがとう」
何度も何度も感謝の言葉を重ねる。
誰のとも分からない、私のコスチュームに付いた血と界離のコスチュームに付いた血が混じり合う。
(そうか・・・だからだったのか)
あの時、会長を殺せなかったのは――
あの日、界離を無理にでも追い返さなかったのは――
(界離が堕ちて来てくれるのを、待っていたからなのかもしれない)
雲が晴れ、陽の光が外界を照らしていく中、ナガンは界離の胸に顔をうずめながら仄暗い笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇◇
「こんな姿、見られたら通報されますね」
全身が返り血で汚れているうえに顔が腫れている少年と、目元が赤く腫れ同じく全身を血で汚した女の二人組。
どう好意的に見ても不審者としか言い様のない風貌になった自分たちに呆れつつ口にする界離。
「警察に通報されるヒーローとか、なんだそれ」
レディ・ナガンも少しだけ元気を取り戻せたのか、同じように苦笑しながら返事をする。
その後は話すことも無く無言になるが、気まずいといった感じはない。
「ところでナガンさん・・・返り血って、普段どう処理してたんです?事務所に戻って来た時は汚れ一つなかったですけど・・・」
「あぁ、それか。公安御用達の銭湯があんだよ。仕事の日はそこで済ましてた」
そんな場所があったとは初めて聞いた。
「今から行くか?銭湯」
「行きましょうか」
そんな大事なことを今まで黙っていた公安連中に怒りを覚えつつ、今の格好のまま皆が待っているナイトアイ事務所に戻るのは避けたかったのでレディ・ナガンの提案にのる。
「(流石公安委員会御用達の銭湯・・・周りのスーツ姿の利用者の割合が圧倒的に高いな)じゃあ、また後で」
レディ・ナガンの言っていた銭湯に到着した界離は、メールでナガンを見つけた事、戦闘参加の許可を得た事、戻るまでもう少し時間がかかることを送信して男湯用の脱衣所へ足を進める。
「おい待て」
初めての銭湯に内心胸を躍らせていた界離だったが、レディ・ナガンに腕を掴まれ止められた。
「なんです?」
精神的疲労も相まって、極上の癒しを得られるだろうと思っていただけに呼び止められたことに若干苛立ちつつナガンに問いかける。
界離の質問に対して、レディ・ナガンは何も言わなかった。代わりに、弓のような湾曲状にゆっくりと口角を上げていった。
そして親指で、自分自身の後ろにある場所を指す。
「家族用・・・・・・混浴!?」
文字を読むにつれて、界離の顔からサーッと血が引いてゆく。
――まさか・・・そんなまさか。
錆びついた機械のようにぎこちなく首を動かして、レディ・ナガンのほうへと顔を向ける。
界離とは対照的に、レディ・ナガンは笑っていた。頬を赤く染め、心なしか息も荒い。
目が、完全に獲物を前にした肉食獣と化している。
――あ、これアカンやつや。
ようやく界離は梅雨ちゃんやミルコさんらを始めとした今までの相手とは違うと察したが、すでに手遅れであった。さっきから何一つ話さなかったレディ・ナガンがようやく口を開ける。
「あぁ入るぞ。お前と私、一緒にな」
無言で天井を仰ぎながら、男湯に駆け込む算段を立てる。
男湯、もしくは脱衣所に駆け込みさえすれば女性であるレディ・ナガンは入ってこれない。
ゲームで言うなら、セーブ地点。レディ・ナガンという怪物に襲われない安全地帯なのだ。
腕をがっしりと掴んでいる手を引っぺがそうと、思いっきり力を込めてレディ・ナガンの腕を引っ張る。
「は、離してくださいッ」
びくともしない。
全集中と波紋の呼吸が途切れてしまった今、どんなに暴れまわろうとこの世界の男性の肉体である以上、女性で、しかもプロヒーローであるレディ・ナガンの拘束を振りほどくなど不可能であった。
「ほら行くぞ」
顔を真っ赤に染め、先ほどよりも息の荒いレディ・ナガンになす術なく引っ張られてズルズルと家族用混浴の風呂場へと引き込まれてゆく。もともとレディ・ナガンの企みに気づかずのこのこついて来た時点で、運命は決まっていたのだ。
「一ついいですか。銭湯の人にはなんて通したんです?」
「婚約者で通した」
「そうでしたか・・・」
母よ、姉よ、妹よ、祖母よ、クラスメイトとスレの皆よ。俺――結城界離は女は狼の言葉の意味を今日初めて身をもって味わいました。
~~~~
湯気の立ち上る家族用混浴の風呂場は思いの外広かった。浴槽も洗い場も、三十人ほどの団体で入っても余裕があるだろう広さ。
きっと一人で入浴すれば、さぞ充実し疲れの取れる入浴時間を過ごせただろう。
湯船に足先からゆっくりと浸かっていき、肩が水面の下になるまで浸かったら『あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッッ』と感嘆の声を上げる。
出来る事なら、一人で心を落ち着かせたかった。でも今は絶対に心なんて落ち着かないし落ち着けない。
心臓は、フルスロットルでドクンドクンと拍動を高鳴らせている。梅雨ちゃんたちを悩殺している時だって、本当はめっちゃ緊張していたけどそれ以上に慌てふためいていたから平静を装う事が出来た。
だがレディ・ナガンは、顔を赤らめつつも躊躇なく自分の下着やらブラジャーやらを外していた。
やられっぱなしは癪だったので照れているのを隠さず全面的に出しつつ服を脱ぐ――ふりをして脱衣所から逃げようとした。
しかしそれを取り逃すレディ・ナガンではなく、彼女の反射神経によって結局腕を掴まれやむを得ず風呂場へ逃げるしかなかった。
そして現在――未だうるさい心臓の鼓動を抑えるため、肩どころか口まで水面下に沈めてひたすら湯船に浸かっている。
「もうちょっと、こっちに来たっていいだろ」
レディ・ナガンはというと、同じ湯船に浸かっている。
拗ねながらも、顔を赤く染めているレディ・ナガン。もちろん二人とも一糸纏わぬありのままの姿。服越しでも分かるその抜群のスタイルが、前世感覚の抜けない界離の脳にあらゆる煩悩をもたらす。
煩悩を悟られないよう、出来るだけ距離を取る界離の苦労を知ってか知らずか、湯船から立ち上がり胸を腕で隠しながらこちらへ近づいてくる。
戦慄した。
ザバンッザバンッと水が飛び散る音がするたびに、脳内で鳴り響く警報が大きくなっていく。逃げるために動くが、界離の移動速度よりもレディ・ナガンの移動速度は速く界離の横に腰を下ろす。
逃げられないようにがっしりと肩を組んで。
「ッ!?」
布面積0肌面積百のレディ・ナガンと、肌と肌がくっつき合うゼロ距離にある。これだけでも心臓が破裂しそうだというのに、彼女の猛攻はこれだけに終わらない。
レディ・ナガンはクルッとそのスタイル抜群な体をこちらへ向け、正面からぎゅっと抱き寄せられる。
自分より一回り小さい体に抱き寄せられたせいか、レディ・ナガンの豊満な胸部が顔に当たる。
双方の心臓の鼓動が界離の脳と耳を満たし、体温はお湯と同じくらい上昇したおかげで顔が真っ赤になる。
「・・・・・・ありがとう」
悩殺技の使い手としての最後の意地で鼻血が垂れるのだけは阻止していたら、不意にレディ・ナガンが感謝の言葉を発する。
何に対してと界離が言う前にレディ・ナガンが話し始めた。
「嬉しかったんだ。私と同じ立場に立って、私と同じ思いをしてくれて・・・」
レディ・ナガンの顔を見る。依然、顔も火照ったまま。息もいつもに比べたら荒い。
その中に、哀愁漂う雰囲気を感じた。
「本当に、ありがとう」
抱きしめる力が少し強くなる。
「だから——私から離れないでくれよ?」
捉え方によっては束縛・独占に近しく感じる言葉を紡ぐレディ・ナガン。
気分はさながら、蛇に睨まれ身を絞めつけられた蛙だった。
作者は異性を手玉に取ってる人が、実は初心なのが性癖です。
普段は相手が取り乱しまくってるおかげで平静を装えてるのが格上相手にメッキが剥がれるのも好き。そんな作者です