壊理の雄英見学が行われる少し前──界離の周囲では、彼の知らぬところでいくつもの“影”が動いていた。
公安。
異能解放軍。
旧公安会長派閥。
AFO。
そして角の女たち。
それぞれの思惑が交差し、未来を揺らし始めていた。
界離がA組の仲間たちと実技試験に挑んでいたその頃。
チェイムとラティスは、都心の高層ビル群の中でもひときわ目立つ巨大ビル──デトネラット社本社の前に立っていた。
「・・・相変わらず、嫌な空気ね」
「文句言わない。聞かれたら面倒よ」
チェイムは肩をすくめ、ラティスは無表情のまま受付へ向かう。
案内された先は、重厚な扉の奥にある会議室。
そこにいたのは、デトネラット社社長にして──異能解放軍の最高指導者、四ツ橋力也。
「よく来たね。チェイム君、ラティス君」
柔らかい笑み。
だが、その奥に潜む支配者の圧は隠しきれない。
「雄英での監視任務、ご苦労だった」
労いの言葉に応える事なく、ラティスが淡々と報告を始める。
「まずオールマイトですが、以前提出したように現在も弱体化が進行中。結城界離は・・・精神面が不安定です。公安の任務が影響していると推測されます」
「ほう・・・」
四ツ橋の目が細くなる。
『つまり――取り込める可能性がある。と?』
「・・・はい。十分に」
画面越しに問うスケプティックに、チェイムは表情を変えずに答えた。
だが胸の奥では、上手くいかないだろうと踏んでいた。
(哀れね・・・結城さんが“あなたたちの側に”付くなんて、あり得ないのに)
ラティスとチェイムの内心に気付くことなく、四ツ橋は満足げに頷く。
「結城界離・・・あの少年は、我々の未来に必要な人材だ。引き続き監視を頼むよ」
「承知しました」
二人は静かに頭を下げ、部屋を後にした。
扉が閉まった瞬間、チェイムは小さく舌打ちした。
「感情を出すな。任務に支障が出る」
「分かってるよ。でも・・・」
今頃皮算用を立てているであろうリ・デストロたちにため息をつきつつ、チェイムは空を見上げた。
(声も、姿形もあの人とは似ても似つかないのに・・・結城さんとあの人の背中が重なる。だからこそ、異能解放軍に手を貸すなんてありえない・・・たった一人になってでも、戦い続ける姿が想像できてしまう)
ラティスもまた、同じ光景を思い浮かべたのだろう。
胸の奥に同じ痛みを抱えている顔をしていた。
二人がデトネラット社を後にした頃、別の場所でもまた、界離を巡る“影”が動いていた。
◇◇◇◇
界離が映画館で麗日とデート演習をしていたその頃。
ナサリーとティルルは、公安の地下施設へ向かっていた。
薄暗い廊下。
冷たい空気。
旧公安会長派閥の者たちが、二人を鋭く睨む。
「結城界離・・・あの男が“会長”を植物状態にした証拠は揃ったか?」
「そのような物はございません」
ナサリーは即答した。
ティルルも静かに頷く。
「何度も仰っていますが、界離様がそのような事をした証拠は一切存在しません。ドクターの見立て通り、突発性のくも膜下出血以外考えられません」
(・・・本当は界離様がやっている。でも、言えるわけがない)
求めていた答えが来なかったのが不満な派閥の女は舌打ちし、それを別の派閥の女が宥める。別の資料を差し出した。
「慌てるな。“プロジェクト・アストライア”が成功すれば、どのみち奴は用済み。それまでの残り僅かな時間を、
「哀れな悪しき者に、慈悲をくれてやるのもこれからの正義に必要・・・と言うのか」
その言葉に、ナサリーの眉がわずかに動いた。
(正義・・・あのような忌まわしい計画を立てておいてぬけぬけと!)
「報告ご苦労。後は我々で済ます・・・これを氏子達磨の元に持っていけ」
だがすぐに表情を整え、資料を受け取る。
「承知しました」
廊下を歩きながら、ティルルが小さく呟いた。
「“正義のためなら、人間はどこまでも残酷になれる”。“正義という悪酒に酔った人間ほど、手が付けられなくなる”・・・あの人と界離さんの言った通りですね。あのような輩どもに手を貸さねばならないなど、一生の不覚・・・」
「それは私たち全員同じです・・・でも私は、これ以上あの人を失った悲しみに打ちひしがれるメイド長を見たくありません」
ナサリーは拳を握りしめた。
(・・・ご主人様を失った時と同じ後悔は、もうしたくない)
公安の闇が蠢く中、別のメイドもまた、界離の“現在”を見つめていた。
◇◇◇◇
デート演習の翌日、公安委員会・現会長室。
ラドリーは静かに頭を下げた。
「結城界離は、今も健在です」
「そうか。引き続き監視を頼む」
「・・・はい」
簡素な報告を終え、会長室を出た瞬間、ラドリーは小さく息を吐いた。
(この人も・・・表向きは界離様を気遣っているようで、結局は前会長と同じ。利用するだけ利用して使い潰す気だ)
幼いように見えて、ラドリーも立派なメイド隊の一員。
人を見る目は、他のメンツに劣っていない。
(界離様はきっと、壊理様や家族を守るために迷わず動く。仲間のために自分を犠牲にする。あの優しさ・・・あの背中・・・)
胸が痛む。
(・・・ご主人様に、似ている)
その事実を認めたくなくて、ラドリーは胸に手を当てた。
(・・・でも、違う。違うはず・・・)
『この世に悪人がいねぇなら、そもそも法律だって犯罪者を取り締まる組織だって必要ない!右も左もずるい奴ばっかで、心底うんざりすることばかりだ。だがな・・・だからこそ、真っ直ぐ生きてる人が輝いて見える。正義じゃない・・・俺はそんな真っすぐに生きる人らを守るために戦う!』
あの日のご主人の姿が脳裏に浮かび、その姿が結城界離とだぶる。
そんなはずはないと自分に言い聞かせるように、ラドリーは歩き出した。
◇◇◇◇
ラドリーが現会長に報告に行った翌日、角の女たちの命令で、ハスキーは暗い廊下を進んでいた。
その先にいるのは──
「来たようだね、ハスキー」
オール・フォー・ワン。
超常黎明期から社会を裏から操っている怪物で、原作ヒロアカのラスボス。
百年以上もの月日を暗躍して続けている、正真正銘の“魔王”だ。
オール・フォー・ワンの呼びかけに答える事なく、ハスキーは無言で角の女たちから渡すよう指示された“個性消失弾の試作品”を差し出した。
『ほほう・・・これが個性消失弾の実物か』
「試作品ですから、効果は数時間から一日程しか持ちませんが・・・」
「充分だよ。効き目があるなら、
オール・フォー・ワンの傍らに置かれたディスプレイから、男の老人の声がする。
非常に嬉々とした声色であり、オール・フォー・ワン自身も老人同様嬉しいのか、三日月のように口角を上げている。
「そうですか・・・では私はこれで――」
「ああ、最後にもう一つ頼まれてくれるかい?」
足早に立ち去ろうとしたハスキーを、オール・フォー・ワンは呼び止める。
「弔が結城界離に余計なことを吹き込まれたようで、迷いが生まれている。実に不愉快だ」
「・・・分かりました。弔様の様子を見てまいります」
ハスキーは静かに言った。
「こちらにおられましたか・・・弔様」
保須市にあるビルの屋上の貯水タンク。そこに死柄木弔は一人横たわっていた。
「ハスキーか・・・何の用だ?」
寝起きなのか、普段以上に気だるげな反応をする死柄木弔に、ハスキーは柔らかい笑みを浮かべながら近づく。
「オール・フォー・ワン様がご心配なされてましたよ。あなたが結城界離に変なことを吹き込まれて、迷いが生じておられると」
「・・・先生は何でもお見通しだな。なあハスキー・・・あんたはなんで先生に協力してんだ?」
いい機会だと、弔はハスキーに協力してくれる理由を問いかける。
「深い理由はございません。ただ・・・私が望む未来のためには、オール・フォー・ワン様のご助力が不可欠――それだけのことです」
「望む未来のため・・・か。俺は何のために先生の元にいるんだろうな・・・何が憎いのか、何に怒ってるのかすら満足に思い出せないのに」
結城界離の言葉が想定以上に死柄木弔の心に突き刺さっている事に、ハスキーは一瞬眉を顰める。
「・・・その答えはあなた自身で見つけるしかありません、弔様。人は泣きながら生まれるしかありませんが、死ぬ時に泣くか笑うかはその人次第なのです・・・ですがあまり迷っている姿を見せると、オール・フォー・ワン様に睨まれますよ」
そう言い残して、ハスキーはその場を去る。ハスキーの姿が見えなくなった弔は、僅かに顔を上げた。
「・・・探してみるか。俺の過去を」
起き上がってどこかへ向かう死柄木弔の背を見送りながら、ハスキーは目を伏せた。
(ご主人様・・・あなたなら、こんな時どう言うのでしょう)
ハスキーの脳裏に、
◇◇◇◇
壊理の雄英見学を翌日に控えた午後、パルラは駅前の喫茶店でサボっていた。
人の流れがゆるくて、風がちょうどいい。
パルラは喫茶店のテラス席で、アイスティーをストローでくるくる回していた。
「・・・はぁ~~~・・・」
ため息が三回目。
サボりも三回目。
(最近の界離っち・・・なんか、似てきてるんだよねぇ・・・“あの人”に)
亡きご主人。
メイド隊全員が心から慕い、
界離の笑い方、壊理ちゃんを見る目、職場体験の時に見せた戦う時の背中。
「(似てる・・・似すぎてるくらいに。でも違う・・・違うはず)・・・帰ろ」
頭を振って、アイスティーを飲み干し席を立った。
その瞬間だった。
奇妙な人物が駅前にいることに気がついた。
駅の改札をしきりに見ているかなり大柄な、異形型個性の女だ。
別に身長がニメートルを大きく超えているのは何もおかしくはない。奇妙なのはその行動だ。
改札に雄英の制服を着た生徒たちが来た瞬間、その大柄な女は学生たちをじっと眺める。まるで誰かを探すように。
(・・・怪しすぎるでしょ)
パルラはため息をつきながら近づいた。
「誰かと待ち合わせですか?」
「ひっ・・・!?」
パルラより頭二つほど大きな女は、警察と勘違いしたのか飛び上がるように振り返り、慌てて言い訳を始めた。
「あ・・・あの!私、別に・・・と、友達を待ってるだけで!?」
「ふぅん?それにしては一時間くらいここにいませんでしたぁ?」
パルラの追及に、女の目は泳ぎ、尻尾が震えだす。
パルラはじっと女の顔を見つめた。
(こいつ・・・どっかで見たことあるような?)
試しに小さく呟いてみることにした。
「・・・結城界離」
女の肩がビクッと跳ねた。
目に見えて動揺し、尻尾が床に力なく垂れ下がり、次の瞬間──
「ご、ごめんなさいぃぃぃ・・・!!」
泣き出した。
「ちょっ・・・泣くな泣くな! 人目あるから!」
パルラは慌てて女の腕を掴み、さっきまでいた喫茶店へ連れ込んだ。
「落ち着いて。別に警察じゃないから安心しな」
「ひっく・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
女は涙を拭きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わ、私・・・一か月前に同僚と観光で東京に行ってて・・・そこで不良に襲われたところを、界離さんに助けられて・・・それで」
(あー・・・あの時の観光客か)
死穢八斎會掃討作戦を終えた翌日――職場体験最終日に、確かに界離は異形型の観光客を助けていた。
「それから・・・ずっと、彼のことが気になって・・・でも、会いに行くのはいけないって・・・分かってたのに」
女は顔を覆って泣いた。
「今日、我慢できなくて・・・雄英の生徒さんを探せば、もしかしたらって・・・」
つまり──界離の顔を見たくて、雄英生を尾行していたというわけだ。
(・・・ストーカー一歩手前じゃん)
パルラは頭を抱えた。
(界離っち・・・ほんと罪作りだよねぇ。あの優しさに、あの笑顔・・・そりゃ
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
(・・・似てるんだよ。“あの人”に)
パルラはアイスティーを一口飲み、泣きじゃくる女に向き直った。
「・・・とりあえず、落ち着きな。界離っちに迷惑かける気がないなら、私が話聞いてあげるから」
女は涙でぐしゃぐしゃの顔で、何度も何度も頷いた。
彼女は
その時のトラウマからヒーローの情報は極力シャットアウトしていた事。
界離に助けられてから、初めて雄英体育祭やプロヒーローの情報を集めるようになった事。
色々聞き出した。
(・・・これ、アタシが仲取り成したほうがいい感じ?)
サボったツケがこんな形で来るなんて・・・と内心嘆くパルラだった。
◇◇◇◇
壊理と友達の雄英見学ツアーが終わり、日も沈んでしばらく経った頃。
界離は、公安端末に届いたメッセージに従い、指定された酒場の奥へと足を踏み入れた。
薄暗い照明。
カウンターでは客たちが低い声で談笑している。
その一番奥──スパイ映画で見そうな席に、界離を呼んだ張本人がいた。
1:貞操逆転ヒロアカ転生者
『よお、待たせたな・・・
『別にそこまで待ってないよ。今来たばっかだし』
2:男女比1:30世界のアイドルリーダー
ウイングヒーロー・ホークス・・・最後に会うたんは、界離くんが中学入る前やったか
3:男女比1:5世界の新社会人
ここにナガンさんがいたら、公安所属の暗殺ヒーロー三人が揃うんだよな・・・
にしてもホークスは何の用で界離君を?
4:貞操逆転ヒロアカ転生者
『で、唐突に呼び出して何のようだい?まさかただのお喋りって訳じゃないでしょ』
『んー? ただの情報交換だよ。ほら、俺たちって“似た立場”でしょ?』
―ホークス(女)は唇に指を当て、いたずらっぽく笑ってるが、目は笑っていない―
5:転生元トップレス
そういやホークスは現会長派閥だったな・・・
旧会長派閥の情報でも持ってきたのか?
6:迅雷風柱
ろくでもねぇ情報じゃなきゃ良いんだがなぁ・・・
7:貞操逆転ヒロアカ転生者
『前会長が進めてた
『そうですか・・・まあ、予想ついてましたけど』
『だよねぇ。あの人たち、しつこいから』
世の中そう思い通りにはいきませんね・・・
8:男女比1:30世界のアイドルメンバー5
あんな計画まだ続いてんのかよ・・・
現会長もいい加減強権を振るってでも凍結させりゃいいのに
9:国家元首なMS乗り
派閥争いってのは、根深い物さ。
トップが変わっても一度根付いた力関係はそう簡単には覆らない・・・
10:異世界森の民
もしくは単純に現会長も、A計画には断固反対って立場じゃないのかもな・・・
原作でもある程度ホークスに自由にさせてたとはいえ、暗殺任務はさせてたからな
11:貞操逆転ヒロアカ転生者
『ま、俺からはそんなとこさ。ところで、壊理ちゃんだっけ?君の新しい妹は元気してる?』
『・・・あんたには関係ないだろ』
『はぁいはぁい。妹の話題は地雷っと・・・メモっとこ』
―短く吐き捨てた界離は店を出ようと席を立ち、ホークスはわざとらしく肩をすくめる―
12:貞操逆転ヒロアカ転生者
『ああ待って待って!最後に一つだけ』
『・・・なに?』
―心底鬱陶しそうに振り返る界離に、ホークスはヤレヤレと薄ら笑いを浮かべる―
13:貞操逆転ヒロアカ転生者
『君が求めてる、
『勿論・・・と言いたいですけど、まだ無理そうです。警察が
『そっか・・・ま、今更警察が“
『・・・だとしても、せめて俺らみたいなヒーローが必要とされなくて済む世にはしたいですね。四人目が選出される前に』
―今度こそ界離は店を出る―
14:異世界Dキッズ
『ヒーローは絶対に正しく、決して間違えない』
ウルトラマンや仮面ライダー、スーパー戦隊を見て育った俺らからしたらそんな訳ねえだろって一笑に付す図式ですけど、ヒロアカじゃあ絶対に崩してはならないルールなんだよなあ・・・
15:転生波紋使い
それを守るために、泥をかぶり続けるヒーローたちがいる・・・改めるまでもなく歪な物ね。
この世界の人間たちは、ヒーローの背中を見て立ち向かう事を学ぶ事なく、ただ他人の器量におんぶ抱っこなままで終わってしまう
16:貞操逆転ヒロアカ転生者
ホント・・・勘弁してほしいですよ
◇◇◇◇
その頃──メイド隊全員が、死んだ世界の残骸のような薄暗い廃墟に集められていた。
壁は黒く焦げ、天井から垂れ下がる鉄骨は巨獣の肋骨のように影を落としている。
その中央には、不釣り合いとしか言いようがないほど煌びやな椅子が祭壇のように据えられ、その周囲には角の女たちが集っていた。
「揃ってるようね、メイドたち」
その声に、メイド隊は一斉に膝をつく。
「公安委員会旧会長派閥、現会長派閥、異能解放軍、オール・フォー・ワンへの根回し・・・ご苦労だったね。これで私らの計画も次の段階へ進めるよ」
「もったいないお言葉でございます」
丁寧な口調の裏で、ハスキーたちは歯を食いしばっていた。
顔を伏せているのは、忠誠のためではない。
胸の内の憎悪を悟らせないためだ。
山羊角の女は、その感情をすべて理解していた。
だが──咎める気は一切ない。
むしろ、その憎悪すら愉しんでいた。
「ねぇ見てよ〜この光景。恋人の仇に従うしかないメイドさん・・・これインスタにあげたら絶対可哀想ってバズるでしょ!」
「レヴィ、口を慎みな」
紫髪の女──レヴィはスマホを片手にクスクスと笑う。
ラドリーが激昂し、両腕を竜化させて飛びかかろうとした瞬間──ハスキーがその腕を掴んだ。
その手は震えていた。
怒りでではない。殺意を抑え込むために。
咎められたレヴィは「はい、お姉さま」と猫なで声で返しつつ、ニマニマと嫌らしい笑みでメイド隊を見下す。
「いよいよこの計画も第三段階か・・・楽しみで仕方ないぞ!今回の
「あんま興奮しすぎんなよサータン。あんたの身体はまだ本調子じゃないんだから」
「そうは言うがルシフィナ・・・我はこの右目の礼をしなければ気がすまん!」
赤髪の女──サータンは興奮のあまり、目と鼻から血を流し、金髪山羊角の女――ルシフィナに宥められる。
闘牛のような角を生やし、ボロボロの鎧と右目に大きな刀傷が浮かび上がる。
その傷は、サータンにとって最大の屈辱だった。
目に映る全ての命を鏖殺してもなお、晴れる事がないほどに。
「やあ、待たせたね」
薄暗い廃墟には不釣り合いな、神々しい声が響いた。
後光をまといながら現れた中性的な容姿の人物は、玉座のような椅子に腰かけ足を組む。
「お待ちしてました、ヘルロス様。
「順調に成長しているよ。この調子なら・・・“I・アイランドのウォルフラム”と“神野のオール・フォー・ワン”との戦いで覚醒状態に至るだろうね」
ヘルロスの言葉に、ルシフィナたちは破顔した。
親に褒められた幼子のような純粋な笑顔に、ヘルロスもつられて頬を緩める。
「楽しみだな~、久方ぶりの
「ロラン・・・だったよな? あれは傑作だった。訳も分からないまま、自分も周りも全て塵に変えていく様は久しぶりに拍手が止まらないほど痛快だった」
笑顔で恐ろしい事を宣うレヴィとサータン。
パルラは小声で化け物めと悪態を吐くが、彼女らは気にも留めない。
「体育祭で、ラルク・・・だったかな? ロランの知り合いたちが集結していたのには驚いたけど、所詮は矮小な人間・・・僕らの正体には一切気付いていない。なんなら、彼女らの目の前で
「我らが偉大なる母、クレアモク様に歯向かった者への報いとしては充分でしょう」
もう帰っていいよとメイド隊を追い出し、角の女たちとヘルロスは談笑を続ける。
壁一枚隔てたドアの向こうで、メイドたちが怒りと悔しさで血が滲み出るほど拳を強く握りしめているのは透視するまでもなく分かったが、どうでもいい雑音と切り捨てた彼らは気にも留めなかった。
廃墟を離れ、ドラゴン態で夜空を飛びながらメイドたちはシュトラールに進言する。
今からでも界離たちに本当の事を話すべきだと。
声は震えていた。
怒り、恐怖、悔しさ、憎悪、迷い――総てが混ざり合い、心が軋む音が聞こえるほどの感情だった。
しかし、シュトラールは静かに首を横に振った。
「あなたたちも分かっているでしょう・・・奴らには誰も敵わない。私たちのご主人さまだって、自身の命を贄にしても
「結城界離の力ではなおさら・・・それどころか、この世界の人間が束になったところで勝ち目はありません」
その言葉は、希望を殺す刃のように鋭かった。
その諦めの色を帯びた瞳は、ルフトたちから二の句を奪った。
「私の願いはただ一つ・・・滅びるのなら、せめて愛する者の隣で終わりたい。彼らに協力する見返りで、ご主人様を復活させる・・・そのためにも、私はここで止めるつもりはありません」
“あなたたちまで無理して付き合う必要はない”と言い残し、シュトラールは帰路に就いた。
「ずるいよメイド長・・・そんなん言われて『はいそーですか』って見捨てられるわけねーじゃん」
界離の知らないところで蠢く影は、静かに、しかし着実に――世界を蝕み始めていた。