魔弾の射手 Ⅰ
魔術。
この世界に存在している、独自の理を操る術理の総称である。
大まかに「術理」「法理」「真理」「禁理」の四つに分けれるとされているが、これらは近代の術士が判断しただけのものである。そのため厳密に分類することは不可能であり、中には分類することすらバカバカしいというものも存在する。
では『なぜその分類が提唱されてから今日まで使われているのか』という疑問を持つのは仕方のないことだろう。その返答として最も普及しているの『魔術師の中でわかりやすく権威を表せる』ためである。
最も最古のものはフィーア(妖精)と呼ばれる幻想存在がいたずらに人類に与えたものであるといわれている。これは各地に残る妖精の物語に色濃く残されている。そしてそれをわかりやすく技術体系化されたものが現在の「術理」にあたる。
「術理」とは自身の魔力を使い現実に働きかける力のことである。メジャーなもので気体を操作する、自身より矮小な生物を支配する、魔術的な保護の壁を張るなどである。
これは自身の力のみで完結しているため暴走の危険性などは殆どないといわれている。魔術師という言葉の大半は「術理」使いを指すものである。
「法理」とは自身より上位のものに希い力の一部を貸してもらうものである。基本的に自然現象の再現など広範囲に及ぶものが分類される。発動には生贄を要求されるものから話し相手として招聘されること、なかには自信が現世に降り立つ際につかう物体の楔として見初められた結果のものなどさまざまである。
上位存在は基本的に一度根座す土地(あるいは特定個人の肉体)を決めると移動することがほとんどないため監視の目が置かれていることが多い。
「真理」とは古い伝奇の中でしか見られないような幻想存在や古くから在る一族の秘術などが分類される魔術であり、効果は絶大な力を発揮するものからささやかな幸福がおとずれるだけのものなど千差万別である。もっとも有名なのは中央にある王国の〈天秤〉であろう。〈天秤〉の前ではいかなる嘘も口から出せず、また対話以外のいかなる手段も行えないといわれている。引き継ぐ方法は血縁や同種族であること、特定の呪文や魔具など様々であるとのこと。
「禁理」とは最も新しい魔術の分類にして最も危険とされているものである。術理の究極とも揶揄されるこれは基本的に許可なく使うことが禁止とされている。許可は禁理を使用する土地の自治権をもった国家、魔術連盟(三組織が集まって結成された組織)、信理騎士団(「信理」と呼ばれる特定の魔術のみを扱うものの集り)、賢老会(最も歴史のある組織、純血主義が多い)のうち三機関以上合意の上でしか使用ができない。
生命の冒涜とされる人体死霊術、道徳的観念から近年禁術指定された生命置換術、信理騎士団のあがめる天使を召喚する召喚の儀。大半は善悪道徳理念の観点から禁術指定されるものだが、なかには時代の変遷に伴い指定されたものがある。古い時代では「術理」として一般普及していた奴隷術などが最たる例にあたるだろう。
魔術連盟「魔術基礎Ⅰ」
『ここまでは基本の説明……なんだが。大丈夫か? 少年』
『ああ、まったくもってわからんな』
『こりゃ先が長そうだ』
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鼻から胸の奥にたまった空気を吐き出し、一度本を閉じる。
紙成の里から出て早五カ月。あの後里の付近へと降り立った飛空艇に二人で乗り込み、物資の補給目的以外で陸地に降り立つことを己は許されていなかった。それというのも単純で、己は外界の知識があまりにも欠如していたためである。文字の読み書きから基礎的なものの単語の認識ズレ、各国の状勢に自分の持つ力の理解。
そしてこれから己が所属することになる魔術連盟について。
ガスパールの紹介という形で己は魔術連盟で働くこととなった。己達を迎えに来た飛空艇は魔術連盟の「蒼穹」と呼ばれる支部らしく、ガスパールに連れられて登録することとなった。以降は必要になるだろうということで常識を叩き込まれた……のだが、そんな生活もひと月前に終わりを迎えた。彼は次の仕事だと一方的に告げ、前回の物資補給の際に降機していったからだ。
休憩がてらコーヒーとカステラを食べようと席を立ったところで扉からコン、コンコン、コンココンとリズミカルな音が刻まれる。
控えめで、しかしよく響く打音が室内に響いた。ここ最近の習慣と化してしまった学術書(それの一般常識に当たる該当箇所のみなので、実態は教科書のほうが近いのかもしれない)を整理して床に積み上げ、来訪者を出迎える最低限の体裁を整える。コーヒーとカステラは話の後でだな。
「ああ。……どうぞお入りください」
「失礼いたします」
入ってきたのは黒いフードを目深にかぶり、スカートのように先が広がっているズボンを履いた嫌に安心する声音の男だった。肌を見せるのを嫌がっているのか、はたまたただの趣味なのかコートから見え隠れする腕や、フードの奥にある顔に薄汚れた包帯を巻いている。
あまりにも風変わりなさまをしばらく無言で眺めてると、ひらひらと海藻のように身を捩らせだした。
「そんなにじっくリねっとリ見られたラ照れちゃうジャン。で、どうだっタ。私の退廃的ロマンチシズムは。キミのカンセーを刺激したんじゃないかい。いや、いや、皆まで言わなくテいいんジャネ。語り合うのもやぶさかじゃないけど今回は君に任せる初仕事についての話が先ジャアヨン」
表情が見えないはずなのに、あまりにも態度が雄弁なせいでこちらに相手の感情が重く伝わってくる。
神楽舞を踊るようにこちらに語り掛けてくると感じたら、気持ちいいと思う部分でステップを踏まず、一歩ずれて足音を鳴らし此方のペースを絡み取ってくる。おかげで激しく振り回されている様に感じられる。
しかし次の瞬間、此方がまだが曲の最中だというのに彫刻のように動きを止めて静止画になってしまったように感情が冷たく、だが確かに何かを伝えようとしてくる。
……ここまで相手が何を願っているのか分かりずらいのは初めてかもしれない。
「貴殿はがすぱうるが言っていた郵便屋であっているのですかな」
「どしたンその話し方。
マ、いいジャロ。私は郵便屋、クロッシュ・ラッシエ・クロアンタン。君にゴ依頼のお手紙を届けに参りました」
「あい承った。一応仕事についての基本は学んでおいたのですが、簡単な説明をいただいてもよろしかったですか」
クロアンタンが差し出してきたのは真黒の封筒に、金色の蝋で封をされたものだった。
「こちらの中には今後あらゆる活動に必要となる魔術師としての身分証明相と、"連盟″としての身分証明書が入っています。
基本的に依頼はこちらの手紙を介してのものとなります。いずれかの飛空艇の発着場付近でしたらどこにでも居を構えてもらって構いません。なかには飛空艇の中を住処として構える奇特者もおりますので。お手紙届けやすくって関心関心。
そして手紙についてですが依頼内容の傾向ごとに色がついております。今回は黒、すなわち魔術絡みの犯罪でございます。対象については確保あるいは殺害してください。見込みがあるようでしたら勧誘もしてきてください。即実践投入できるような優秀な魔術師は万年募集中でございます。
最後に手紙の開封方法ですが、"連盟″の身分証を手紙の封に押し付けてください。今回は私のもので封を開けますが、次回以降はご自分のもので封を開けてください。無くすと怖ーいお話がお待ちしておりますのでお気を付けください。
……今までの説明でご不明点ございますか」
「いや、丁寧な説明で助かった。事前に学んでおいたこと、ならびに己の認識と齟齬がなくて安心した」
「それは安心いたしました。依頼には基本的に二人一組で動いてもらいます。ご指定の相手と契約をしている場合を除き、現場付近のものと即席のペアを組んでいただくことになります。"連盟″も適性を見たうえで依頼を振り分けていますがここ「蒼穹」は荒事が多いので色々と頑張ってください。
と、こんな感じで真面目なお話はおしまいジャン。君「
「冷ッ──」
己の手のひらをひと撫でし、さっと立ち去る彼は包帯越しなのにいやに冷たい雰囲気をまとっていた。ガスパールが嫌われているといっていたが、あの雰囲気は彼こそが嫌っているように感じられたが……。
依頼を受け続けていればそのうち会うこともあるだろう、この疑問はまたその時にでも聞けばいいさ。
それよりも己には目下大事な仕事がある。それはコーヒーとカステラをおいしく消費することだ。この組織の最たる利点は所属しているだけで手に入る多額の金銭と、それを使うための各地移動だなと思う。
ガスパールに購入させたコーヒーは、聞くところによると希少価値が高くそのまま飲んでもほのかな甘みを楽しめるそうじゃないか。砂糖を入れるか、ハチミツにするか、いっそ2杯入れて両方飲むのも悪くない。殺風景な部屋にある皿と豆を持って食堂に向かう準備を整える。ハチミツは食堂に行けば貰えるだろう。
この後郵便屋に聞きたいコトがもう一つ増える羽目になるのは己にとっての最大の誤算になるわけだが。
■■■■■ 始まりの話 〈魔弾の射手〉Ⅰ■■■■■
妖精の季節 AM 04:00北大陸第八番外周区画
外の世界でも12ヵ月という時の区分法は同じようだが、3月、6月、9月、12月はそれぞれ「竜の季節」「水棲の季節」「妖精の季節」「巨人の季節」という別の呼び名がついているらしい。なんでもそれぞれが人類に「英知」「技術」「魔術」「勇気」を与えたからなのだとか。そして人間を加えた五種族がこの地を統べていた魔神たる存在を討ち果たすというのが古いおとぎ話としてこの大陸には広く普及している。
そんなことはさておき、初めて迎える妖精の季節というやつは己を身震いさせるほどの「寒さ」をもたらしていた。
「こんなに寒さというものが辛いのであるのなら、己は妖精を見つけ次第叩きのめさなければならないな。太陽はあんなに空で輝いているというのになぜこれほど寒いのだ。本には書かれてなかったぞ」
文句を言うのは筋違いとはいえ、ここまで急激に気温が変わるのであれば、どこかで己を見かけた人間に忠告してほしかったと恨み節をぶつけたくなる。
最も現状において文句を言いたいのは今回の依頼におけるパートナーに対してであるが。
連盟証を持っていればわかりやすく互いに反応するから容易にわかると教えられていたのだが、肝心の連盟証がひとつも反応しないのである。
かれこれ合流地点の噴水を中心として練り歩くこと四時間余り、いい加減に寒さと遭遇しない苛立ちとで休憩を取りたくなってきたが、あまりにも早朝で開いている店もなさそうである。
先に依頼現場であるエレイルの森に向かってしまおうかとも思うがそれにしたってもうあと少し待ち、足を捕まえたほうがいいに決まっている。
町に入る前に見かけた、郊外の小高い丘で少し休むかと中央広場から足を動かしだす。
この町は何というか非常に調和のとれた町で人の居住区近くに林や田畑が存在する、しかし決して田舎というわけではなく町の中心部はしっかりと区画整備や美しい通路が敷かれているのである。中心部より北に行くと宿町となっており鉄道も通っている。できれば自分も宿を取りたかったが飛空艇の着陸時間との兼ね合いで夜遅くにしか付くことができなかった。かといって郊外で野宿をするのも御免なので町に入ることにしたのだが、先に滞在しているはずのパートナーがまさかの消息不明ときた。
思い出すとまた怒りがわくので意識を今回の仕事について切り替える。
【エレイルの森にて人が煙に巻かれて消滅する事件が多数報告されている】
小難しい内容で長々と書かれていたがまとめるとこうだ。この地にも妖精伝説や、かつてここいらを根城にしていたという煙の魔女ローアンの逸話などそれらしい話がいくらか残っているので、それの模倣犯、あるいは子孫による犯行だと予想されている。
煉瓦が敷き詰められた道をコツコツと歩く。連盟特注のブーツというやつは履き心地もよく、まるで自分が偉い人間になったかのように錯覚させてくれるので結構己は気に入っていた。
しょうもないことを考えているうちに、街頭などがちらほらと付きだし欠伸をする通行人が集合住宅から出てき始めた。
"それ"は周りの空気を震わせながら突然襲いかかってきた。
パリンと硝子が割れる音。次いで上がる甲高い悲鳴。
(北の方角から悲鳴、おそらく中央広場!!)
先程までのふわりとした足取りではなく、太腿に山ができるほど力を込め走りだす。
若い点灯夫らしい男が驚いた声を上げていたがそんなものに気を取られている暇はない。
「ッグぅ、痛ェ……」
「ああ、あ、あ、あ……」
果たしてたどり着いた先には壮年の男が肩を抑えながら蹲っていた。その近くには悲鳴の主であろう年若い女が腰を抜かし異様におびえている。
「ああ、だ、だれか、誰かいないの!? そっちの人が撃たれたのよ!」
己を視界に入れた女が声を張り上げ訴えてくる。
「下手人は何処に行った。治療は己が受け持つ。貴方もこちらにこい。そこでは守り切れない」
基礎的な治療の術理は最初に覚えた。落ち着いて何度も行った作業を辿るようにこなす。術理の基本はイメージを固めること、そしてそれを補強するために特定の言葉を唱える(あるいは特定のトリガーを用意する)のが鉄則だ。
どうやら脇腹を撃ち抜かれたらしい、脂汗を垂らしながら血のにじみだした傷口を抑えている。
悠長にしている暇はない、今回は傷口を抑えるように手を被せることで補助を済ませる。
『血潮よ・満たせ』
赤く脈打つように、傷口自体が己の意思で穴を埋めるようにうごめきだす。
後は放っておいても勝手に直る、男の気概次第だがな。
それよりも己は周囲を一層警戒して、治療が終わるまで迎撃の体制に入る。
「んぐッッッ、ァァあアああ!!」
声を押し殺そうとしているようだが、無理に傷口を直しているのだ、皮膚を引っ張られるような痛みは我慢できるものではない。それでも初めは絶叫を挙げていた男はギリギリと歯を噛み締め、数秒足らずで表面上の落ち着きを取り戻す。
「すごいな……ぼうずは……。そんななりして、一端の魔術師なのか‥。あいや先に礼を言う方が大事だな。ぼうずのおかげで助かった。ありがとよ」
「なに、人に助けを乞われたならば助けるのが当たり前だろう。それよりも己が近くにいてよかったが気づいているか、貴方は明確に悪意あるものから魔術で攻撃を受けたのだぞ」
「ああ、クソ。やっぱり奴の狙いは若い婦女子か。これは本格的に依頼を……。ああ、わりいな。とりあえず場所を移したい。あんたもついてきてくれるな」
真っ青な顔をした男が女に向かって問いかけると、彼女もものすごい勢いで首を上下に動かしている。しかし腰を抜かしたのか、あるいはこけた際に足をくじいたのか四つん這いでこちらに緩慢として近づいてくる。
「伏せろッッッ!」
遠くから敵意の籠った視線を感じたため彼らを庇うように立ち上がる。このような見通しのいい広場は絶好の狙撃場所だろう。ここは相手のフィールド、それに守りながらというのは己も得意ではない。
魔術師同士の抗争は得意の押し付け合い、だったか
「行くぞぼうず! 何故か奴は俺たちを撃ってこない。近くにいい場所がある」
「あいわかった。後ろは気にせずにまっすぐ突き抜けてくれ」
返事をすると男性は既に女性を抱え、いつでも逃げれる準備を済ませていた。段取りのいいことだ、やりやすくて非常に助かる。
興味を失ったのか、あるいは何かが起きたのか。じっとりとした視線が己から逸れたのが少し気になるが、駆け出した男を見失わぬよう、後を追いかけて撤退することにした。