魔術連盟。
比較的歴史の浅い魔術結社であり賢老会や信理騎士団などの伝統ある組織には煙たがられている。
連盟には「蒼穹」「碧海」「赭地」という三つの組織が集まってひとつの機関となった。
「蒼穹」は厄介ごとの解決や魔術師の保護が主な活動内容のようでガスパールや武闘派の魔術師が所属している。
「碧海」は魔術の研究や解明など学者肌な者が多く所属している組織で、海上に本拠地を置き攻め入ることは難しい。
「赭地」は外交担当であり、他の魔術組織、魔術結社と日夜舌戦を繰り広げている中枢となる組織である。3つの中ではここが最大手であり、連盟といえばここを指すことがほとんどである。
魔術を分別、「術理」の論理化に成功した功績を持つ。
近現代の魔術史に置いて無視できない存在である。また魔術の分別という方法で倫理的問題があると度々話題になっていた「死霊魔術」の一部を「禁理」として仕様に制限をかけた。
倫理規定の観点に置いて大半の組織から、自分以外の組織で最も倫理観に納得できるということで「禁理」指定の最終決定件を保有している。
「近代文化の魔術機構」より
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「さて、改めて先は駆けつけてくれて助かった。ありがとう。俺の名前はイワン、夜勤明けに町内の見回りをしていた警官だ」
「わ、私はキーシャー。助けてきれてあんがと、ぅございます」
「己はクレイル。流れの旅人だ」
中央広場で襲撃にあった後、狙撃に合うことなくすぐ近くにあるイワンの家へと逃げおおせることことに成功した己たちは、そんなイワンの家に存在している地下倉庫に転がり込んだ。出入口が一つしかないここは、狙撃手からはおろか下手な攻撃にも耐性を持っている即席の要塞というわけだ。
改めて彼らを眺めると、こんな季節であるにもかかわらず脱いだコートの下には薄手のドレスしか身にまとっていないキーシャーと、そんな彼女とは対照的に真っ黒なロングコートと通気性の悪そうなワークパンツをはいているイワン。
キーシャーはやはり足を挫いていたのか、今はイワンによって足首に包帯を巻かれている。
その際打診した己の治癒魔術は、なぜか断られてしまった。
「さて、先ほどの狙撃についてだがイワンは何か心当たりはないのか」
「心当たりなんてめちゃくちゃにあるが……おそらく今回のターゲットは俺じゃあねえな。あいや、ターゲットという意味じゃ俺もソレに該当するかもしれねえが、本来のターゲットはそっちのキーシャーだ」
ものすごい形相で座っていた椅子から転げ落ちる彼女に顔を向ける。
心当たりはあるのかと訊ねるイワンにヒステリックな金切り声を挙げながらキーシャーがつかみかかった。
「あ、あるわけないじゃない! それよりあんたたちだってさっきは助けてくれたけど、こんな地下室に連れ込んでおいて、わた、私に何をするつもりよ。警官だっていうんなら、いいぃ、今すぐにでも私を警察署に連れてきなさいよ。なんで黙ってるのよ、何とかい、いいなさいよ」
「やめてやれ。己は治療に関して基礎的なものしか納めていない。傷だって治ってるように見えるかもしれないがアレは表面を覆ったに過ぎない。それどころか痛みすら残っているだろうにイワンはお前を抱えて走ったのだ」
そう。時間もなかったため本当に傷口を覆ったに過ぎないのだ。現にイワンは華奢なキーシャーに揺らされただけで脂汗がじんわりとあふれ出し苦しそうにしているのだから。
「いや、俺のことなんてどうでもいいさ。それよか事件にかかわった二人には話さなきゃならねえことがある。今この町じゃある事件が起こってやがる。イかれた犯人による婦女子殺害事件がな。そしてキーシャー、あんたで三人目の被害者になるところだった」
キーシャーの手をゆっくりと降ろさせ、椅子にドカリと腰掛けるイワン。両膝に肘を押し付け、手のひらで顔を覆っているのを見るに血が足りないのだろう。
「まて、警察はなぜそれを公表しない。公表していればあんな時間に一人で出歩く人間はいなくなるだろう」
「公表も何も、事件についてはとっくに知れ渡ってるさ。この町に伝わる妖精事件の再来としてな」
吐き捨てるようにイワンはそういうと、続けて妖精事件について語り出した。
今から80年程前にキシュリーバという狩猟を生業とする青年が起こした連続殺人事件。老若男女問わず5人が顔を撃ち抜かれるようにして殺された。共通点は全員がキシュリーバの知り合いであったことから警察署に詰め込まれ毎日激しい尋問をした。その結果、我慢の限界に達したキシュリーバが指で銃の形を作り撃つ真似をした。尋問の様子を見ていた警官たちは皆一笑に付し、呆れ、精神病だと口々に罵った。
が、次の瞬間全員口を噤む結果となった。
なんと指鉄砲を向けられた尋問担当の警官が首から上を撒き散らしながら倒れたのだから。
キシュリーバは狂ったように笑いながら「自分は妖精と契約を交わした。誰でも殺せる魔法を手に入れたんだ」と叫び、高みの見物を決め込んでいた警官達を狙い指を構えた。警官たちはあわや天命尽きたかと身構えたが実際にはこれ以上の犯罪が起きることはなかった。
他でもないキシュリーバが唐突に自身を撃ち抜いたことによって。
「こうして妖精事件は終わったと調書に乗っている。これは当時の死者名簿を見てもキシュリーバが墓に埋められてるから間違いねえ」
「だが今、それと類似した事件が起こっている、か」
「ああ。どこからか噂を聞きつけた模倣犯の可能性もあるが。それでもあと4人は死ぬな。
そしてキーシャーさんよ。お前、誰かから恨みを買った覚えはねえのか。今のところ撃ち殺された2人の女性は全く接点もなければ共通の関係者すらいねえ。そもそも片方は数日前からこの町に来ただけの旅人だ。このままじゃ前回のように関係者をあたるような調査は無理かもしれねえが……」
「婦女子を襲っている事実だけが共通している、か」
「し、知らないわよ! そもそも男から恨みを買うなんて、逆恨みしかありえないわ。私とあいつらの関係はその場限り、それ以上の関係なんてこっちから願い下げよ!」
それきりまた椅子の上で膝を抱え震えだした彼女をよそに事件について考え出す。妖精、悲鳴を聞く前に感じたアレがそうなのだと言うのか。たしかに魔術が使用されるのは感じたのだ。ただ肝心の魔術師がどこにいるのかが分からなかった。遠くにいたのかもしれないが、それにしたってあれだけの時間町を歩いた己が気が付かなかったということはよほど上手く身を隠していたらしい。
そもそも魔術師というものはある程度近づくと互いに判断出来るものなのだ。余程の素人でない限り、魔術師というものは魔力を体内で循環させる術を身につけている。何故だとかどうやってだとかは関係ない。ただあるがままに行ってしまうのが習性なのだ。
だから他の魔術師にバレないように魔力循環を行っているものは凄腕かよほどの魔術嫌いなのだと聞かされた。しかしあの事件現場で感じたのは、ぼんやりとした魔力の塊が一瞬形を変えただけ。
これはたしかに人間の仕業だとは考えづらい。
「っかし、困ったもんだ。俺自身が撃たれたからわかるがありゃ魔術だな。体内に異物が残ってる感じもしねえ。魔術師様を呼ぶとして一体どれくらいで来てくれるのやら」
「なんだ。この町には1人も魔術師がいないのか」
「いや、1人、若い嬢ちゃんがいる。そいつも警官だがありゃ根が善良すぎるな。人に魔術を向けるなんてできっこねえ」
「そ、それならソイツに頼めばいいじゃない。ねえクレイル。わ、私からもお願いするからさ。犯人を何とかしてよ」
「おいおい、何も子供に頼むなんてお前さんそりゃダメだろ」
「己は構わんよ。どうせこの町には今日明日くらいいるつもりなのだ。その間に解決しよう」
「そりゃぼうずが言いっていっても、こっちゃあ大人としてだなぁ……」
魔術師相手にうつ手がないとしても、子供を危険なことには関わらせたくないのか。
このままでは埒が明かなそうなので胸元から小さな鐘をもした首飾りを掲げる。
「それではこうしよう。その依頼、「魔術連盟」のクレイルが請負う」
どうせパートナーとなる者が来るまで己はこの町で足止めを食らうのだ。それにこれも立派な治安維持活動の一環と言えるだろう。
それに何より。
なんとなくイワンが気に入ったのだ。
無償で助けたいと思うくらいには。
「さてと、それでは早速警察署に行くとしよう」
あの後訝しみながらも事件の関係者となった己を放っておけないイワンが渋々と警察署まで案内してくれる運びとなった。
その際にキーシャーに寒くないのかと尋ねたが、あの服が彼女の正装みたいなものらしく寒さには慣れているのだと言われた。イワンは頭を振りながらため息を吐いていたが、やはりあの格好では寒いと同調してくれたのだろうか。
地下室を出て、部屋の窓から往来を確認する。薄ぼんやりとした日が上がりだし、中には忙しなく走っているものまでいるようだ。これは思ったよりも地下で話し込んでいたようだ。
イワンはおそらく警察署に電話をかけていったためこの場にはいないが、キーシャーは当たり前のように朝が来たことが酷く安心するようで息を吐き出すとあくびまでしていた。
「ッざけてんじゃねえぞ!!!」
怒鳴り声とガシャン、と何かを叩きつける音が奥から聞こえてくる。
「イワン……」
イワンが難しい表情をつくりながら部屋から出てきた。
なにか話しかけようかとも思ったがイワンの行くぞという言葉になんとなく怒り以外のナニカを感じたためそっとしておくことにした。キーシャーも何かを感じたのか、はたまた大きい音が苦手なのか何も言わずに粛々と準備を進めた。
警察署内はそれはもう忙しそうに駆け回っていた。
3人目の被害者が出かけたこともそうだが、それよりも行商の一団が事件の調査にかかわらせと抗議に来ていることが問題のようだ。
なんでも事件の被害者にいた旅人というのが行商と共にこの町に入ったらしく、旅仲間であり家族のように連れ添った仲間が殺されたことで気が荒ぶっているのだと言う。
それに加え調査に加われないのであれば今すぐにでも彼女の亡骸とともに町を出ると言って聞かないらしく、話し合いが続いているのだとか。
「警察でもない連中に場を荒らされることと、犯人かもしれない存在を逃がすことはどちらも避けたい、か」
「そうだ。かと言って今すぐにでも犯人を差し出すってのも難しい。何せ相手は魔術師だ。見つけても捕縛するなんてとてもじゃないができない」
「だから己がその件は何とかしてやると言っているだろう。何、その行商の一団にも己が話をつけてやろう」
何をそんなに悩む必要があるというのだろうか。適材適所、己が見つけてふん縛るのが最もわかりやすいだろうに。
イワンがこちらを制止するような声が聞こえたがするりと伸ばした上を避け、会議室に押し入る。
「己が本件を調査する依頼を受けた魔術師だ。どれ今日明日で解決できるように頑張るからどうにか警察の言い分を飲み込んではくれないか」
何対もの視線が己を貫く。子供が入ってきたことに怒りの矛先が迷ったのか一瞬空気が緩和する。
しかし己の言葉を理解したであろう行商連中の鋭い怒気で焼かれた。
「お前みたいなのが事件を解決する魔術師だって。ふざけるな、子供の遊びじゃないんだ。お前らこんな子供を事件にかかわらせるってのか。俺たちによっぽど出ていって貰いたいようだな」
「待て待て待て。私達も全く何のことか分からない。誓って言うがこれは私たちの差し金でもなければ挑発でもない。……君は君で一体誰なんだい。誰かこの子を家まで送ってやってくれ」
「いや、己は全くもって冗談なんて言っていない。正式にこの事件の依頼をイワン警察官から受けた、魔術師である」
魔術師としての証明証である腕輪を見せびらかすようにかざす。
行商の長であろう青年はどうなんだと警察に顔を向け、その警察も今しがた部屋に入ってきたイワンの顔を見る。
「先程そっちのぼうずに依頼主として紹介されたイワンだ。あー、まあ。このままここで言い合ってるよか、そのぼうずに頼んで調査に協力してもらった方がよっぽどいいわな。
どの道俺たちだけで挑んだところで大半は死ぬだろうしな。それだったらぼうず逃がすために数人撃たれても変わりゃしねえよ」
こちらに目で合図を送りながらイワンが説明に入る。
現状2人の女性が撃たれてなくなっていること。
どちらも心臓貫通しているにもかからわず、現場付近には弾痕がないこと。
そして先程自分たちが襲われ、それから逃げおおせたということ。
イワンの説明により、こちらを見る胡乱な目つきだ少しだけ畏怖を孕んだものへと変わっていく。
「そういうわけだからお前さんたちももう1日、明日いっぱい待っちゃくれねえか。それが終わったら町を出ていってくれて構わねえからよ」
「おい! 勝手な言動は慎みたまえ」
「……いいだろう。しかし明日いっぱいまでは待てん。今から1日、きっかり明日のこの時間までとさせてもらう」
「わかった。それで構わねえか、ぼうず」
「あいわかった。それだけあれば町中調べられるだろう」
警察署のものはまだなにか口を挟みたげだったが、行商の人物たちはこれでここでの話は済んだのだろう。連れたって部屋から出ていってしまった。
イワンは何食わぬ顔をしているが、勝手に話が進んだことで他の警察は溜まったものではない。しかし皆聡明なことに色々な言葉を飲み込んで、気合いを入れる言葉とともにソレらを吐き捨て、自身の役割を全うするため次々と部屋を後にして行った。
「分かっているのだろうなイワン。子供をこんな危険な事件にかかわらせるんだ。怪我ひとつおわせたらタダじゃすまないぞ」
ただ一人残っていた交渉に挑んでいた警官が部屋から出ていき、この部屋には己とイワンとの2人だけとなった。
これは気張らねばなるまいな、まずは何から手を付けようか。と、考えていたがイワンが思考を遮ってくる。
「さっきも言ったがぼうずには一応紹介しとかないとと思ってな。この警察署唯一の魔術師テイラーだ」
「紹介にあずかりましたテイラーです」
テキパキというよりかはカチ、コチ、という擬音が似合いそうな所作の女性がやってきた。
なるほどこれはたしかに余程じゃないが魔術師相手に切った張ったが努まるとは思えない。
何はともあれ、最初にやることが決まったな。
握手と簡易的な自己紹介を交わし、今回の事件について彼女の意見を尋ねることにした。
彼女とのやり取りを終え早速警察署外に向かう。キーシャーは少しの間警察署内での監査及び保護されるはこびとなった。
まずは町に監視の目を用意するとしよう。
懐から己の血が入った小瓶を取り出す。
【小さきものよ・視座を分かつこと・許したまえ】
魔術師は往々にして髪の毛や体液、変わり者だと自身の骨を砕いた骨粉などを常備しているものである。それは魔力が普段は世界を廻る循環の理をなしているからである。そのため魔力だけを保存しておくことは非常に難しく、代わりに魔力をため込めこんだ物質を持ち歩いているのである。
それでも基本的には完全に魔力をため込めるわけではないので、普段から魔力に親しんでいる自身の一部を触媒とするのである。
小瓶を割り、周囲のカラスに血を撃ち込む。これで彼らの気分次第ではあるが、複数の目を持つことができた。完全に操ることもできるがそれよりもコストを下げて視界共有だけにとどめたのはこの町が広いことと今から向かう場所に関係がある。
一通りの様子を見ていたイワンが不思議そうに口を開く。
「なんでお前さん、魔術連盟だとかは言わなかった」
「己の所属している連盟はなかなかに煙たがられていてな。基本的に言っても疎まれることしかないのだとか。なので基本的に唯の魔術師として通す方が都合が良いと聞き及んでいる」
「はーん。まあきくからに魔術師の世界だなんてかたっくるしそうなもんだしな。そんで嬢ちゃんと話して何か気になることはあったか」
「あったぞ。彼女はあれでいい勘をもっている」
『私としてはあまり魔術に詳しくないので、疑問に思った事なんですけど。
まず初めにこの町には私以外で魔術師の存在を感じたことはありませんでした、はい。だから最近魔術を覚えた何者か、もしくは外来の魔術師が犯人じゃないのかなと。
次に気になったのは女性の心臓を撃ち抜いている事です。妖精事件だと撃ち抜いたのは顔で、しかも原型が分からなくなるように弾け飛ぶって伝わってる。それなのに今回は心臓で、しかも血の滲んだあとがないと撃たれてるのか分からないくらい正確に撃ち抜いてます。そういう魔術なのか、あるいは極力女性を苦しませたくないのか、なんて変な話ですよね。現に撃っちゃってるわけですし。
それで最後なんですけど、旅人の女性についてですね。たしかに彼女すっごい美人でしたけど、逆に言うとそれくらいしか特徴がなくって、知り合いの皆さん口を揃えて恨まれるような人じゃなかったー、と。
たしかにこの町に来た初日に犯人とであったとしても、数日で撃ち殺すまで恨まれるだなんて相当なにかしないと無理に決まってますしね。
……うーんと、これくらいですかね。私が気になった点は』
日中だというのに町中では子供一人遊んでいないどころか、視界に移る窓すべてのカーテンが閉め切られている。住民たちが息を殺している様は少し胸の奥に感じるものがあった。
彼女、テイラーの言っていた推理に気になることがあった。
旅人の女性は怨恨で撃たれるほどの関係性がないという話だ。
これから己とイワンは事件について「猟師」に尋ねることにした。町中を練り歩いた己が未だ足を運んでいない南側の森に住居を構えているらしく、直接顔を会わせて魔術師かどうかの判断をしたい。
イワン自身も以前の犯人が「猟師」であったことから、何かしらの取っ掛りになることを期待して訪問する予定だったのだと言う。
周囲の風景がレンガに彩られた人工的な美しさから、緑や赤といった生命の力強さを感じさせる自然的な美しさへと移り変わっていく。もしもの想定をして戦闘に入れる準備をする。あいにくとまだ"廻って"いないが何とかするとしよう。
己は身だしなみを整え、コートのウォーマーを引き締めた。