ダメ男に貢ぐウマ娘 作:頼む、好評になってくれ
僕は神威ヒカリ。
神の一族に生まれた、眉目秀麗を絵に描いたような男だ。少なくとも、周囲の目はそう見ている。
神様は、ご自身の威光と一族の繁栄をこの世界に知らしめるため、僕にアイドル活動を命じた。
関連するすべての利権は一族のために使われる。僕はその代償として、『意見を言う権利』『逆らう権利』『自分の人格を自由に表現する権利』を差し出している。
それで得たものは、富と名声と、完璧に管理された生活だ。
今朝もテレビでは、いつもの子供向けヒーロードラマが流れていた。画面の中の僕は、金色の髪をなびかせながら叫ぶ。
『この世界は、俺が守る! 受けろ、神の裁きを! クサナギブレード・ゴスペルゲイン!!』
女の子たちを悪から守るヒーロー。
視聴率は常に高く、関連グッズは飛ぶように売れる。経済効果は「ゴット・エクスプローション」とまで呼ばれるほどだ。
この世界は女尊男卑。
男は千人に対して女が一人という、極端な男女比の中で、僕は珍しい「希少種の美男子」として扱われている。
それなのに、なぜか僕はヒロインではなくヒーロー枠。
理由は単純だろう。女たちは「強い男が好き」だし、「自分や子供を守ってほしい」と願っている。でも現実では、数の少ない男が偉そうに命令したり指図したりするのは許せない。だからこそ、そういう欲求を創作物の中で晴らしている。
僕のドラマは、まさに夢を映し出すための装置だ。
『俺は!! みんなを愛している!! だから憎しみだけのお前に負けるわけにはいかないんだああああ!!』
転生させた神が「ウケる」と判断して設計したこの肉体は、演技もアクションも軽々とこなせる。
神の一族が莫大な資金を投じ、実力派のスタッフと女優を集め、最高の機材とロケ地を揃える。
放映後の関連商品は子供向けから大人向けまで幅広く、価格を少し抑えて数を稼ぐ戦略も見事に当たった。ファンは「推し」への信仰を、祭壇を作ったりSNSに奉納したりして表現する。
それは金銭だけでなく、純粋な信仰心として神に還元される仕組みだ。結果、僕の知名度は爆発的に上がり、一族は利益を得、神への信仰も高まった。
完璧な循環。そして今日、そんな「頑張ったご褒美」と「次の仕事の顔合わせ」を兼ねて、ウマ娘が僕の家に来ることになっている。
僕はソファに座り、壁のモニターでエントランスの映像を確認した。チャイムが鳴る。
僕は立ち上がり、セキュリティパネルに指を滑らせた。熱核防壁のシャッターが静かに開き、エレベーターが最上階へ向かう。
高精度カメラが訪問者をスキャン。
安全と判断されると、機械音声が彼女を案内する。やがて、部屋の前のチャイムがもう一度鳴った。
僕はゆっくりとドアに近づき、鍵を回した。
電子錠ではなく、本物の金属鍵。
アンティークだが、一族の趣味だ。
そこに立っていたのは、サイレンススズカだった。オレンジ色の髪がさらりと肩に落ち、穏やかな瞳が僕を静かに見つめている。
ドアを開けた瞬間、僕の目を奪ったのは彼女の装いだった。
きれいめカジュアル――キレカジ、なんて最近の言葉らしい。白いシルクのようなとろみブラウスが、肩から胸元にかけて柔らかくドレープを描き、光を浴びて水面みたいに揺れている。
微妙な透け感があって、肌の白さがほのかに透けて見える。
ボトムはダークグレーのテーパードクロップドパンツで、動くたびに微光沢が流れる。
足元はシンプルなレザーフラットにメタリックなつま先飾り。全部が、計算されていて、でも自然で、彼女の動きに合わせて艶っぽさが揺れる。
正直、息を飲んだ。
この世界で、こんなに「女らしい」服を着こなせるウマ娘は、そう多くない。いや、着こなしてるんじゃない。彼女が着ているだけで、服が彼女に合わせて輝いている。
「綺麗なお洋服ですね、スズカさん。もしかして俺と会うために考えてくれたんですか?」
軽く、いつもの王子様トーンで言ってみた。
「はい。男性の方に会うのに失礼な服装ではいけないので」
ストレートすぎる返事。
彼女の瞳はまっすぐで、少し緊張しているのに、嘘がない。
可愛いな、と思った。
同時に、胸の奥がちくりと痛んだ。
――俺は、こんな返事をされるのに慣れてるはずなのに。
「はははは、そっかそっか。僕はそんな気にしないけど、世間体みたいなものがね、ありますからね……っと」
戯けた調子で彼女を招き入れる。
落ち着いていて、でもどこか緊張しているように見えた。
「どうぞ、中へ」
僕は体を半分引いて、彼女を通す。スズカは小さく会釈してから、靴を脱いだ。足音もほとんど立てずにリビングへ進む。
部屋の中は明るい。大きな窓から差し込む朝陽が、白い床と金色の装飾を照らしていた。
玄関からリビングへ。
彼女の足音が、静かすぎて逆に目立つ。部屋を見た瞬間、スズカの目が少し見開かれた。
当然だ。
ここは生活空間じゃなくて、ほとんど軍事指揮所か情報処理センターみたいになっている。
壁一面のモニター、埋め込み型コンソール、無機質な白とメタリックの配色。
ベッドすら、ただの機能的なプラットフォームで、装飾なんて一切ない。
「ごめなさいね、俺は結構デバイス好きでさ。普通の部屋とはかなり違うから戸惑いますよね」
「そ、そうですね。いえ、構わないんですけど、もし壊してしまったらと思うと」
「気にしないで良いですよ。平気平気。壊れても買い直せるし、データとかもバックアップあるから消えても問題ないです」
彼女をソファに座らせながら、俺は内心でため息をついた。
テーブルの上には、すでに紅茶のセットが用意してある。香りはアールグレイ。彼女が好きだと、事前にスタッフが調べてくれた。
「座ってください。少しお茶でもどうぞ」
僕はソファを指して、反対側の席に腰を下ろした。スズカは静かに座る。両手を膝の上で揃えて、背筋を伸ばしたまま。
こんな部屋で、女の子を招くなんて、俺は何を考えてるんだろう。でも、他に場所がない。
「あ、因みにドリンクバーもあります」
一族が用意した「住処」は、全部こうだ。生活感を排除して、効率と監視とセキュリティだけを極限まで高めた空間。
僕自身が、ここに「住んでいる」感覚なんて、ほとんどない。仕事の資料を机に置き、コップを二つ用意する。
ドリンクバーの存在をちらりと見せると、彼女の目が輝いた。「ドリンクバー!?」数百種類。10億円(中身別売り)。
「あ、美味しい」
彼女の素直な笑顔を見ていると、胸がざわついた――こんな無邪気な反応、僕の周りにはもういない。
「……今日は、顔合わせと、次の仕事のご相談で伺いました」
「そうですね。ご褒美も兼ねて、と言われたので……少しゆっくり話せたらいいなと思っています」
僕はカップを手に取り、紅茶を注ぐ。湯気が立ち上るのを、二人とも黙って見つめた。
「……神威さんのドラマ、最近も見てます」
スズカがぽつりと言った。
「毎週、ちゃんと録画して」
「それは……嬉しいです」
僕は笑った。本物の笑顔かどうかは、自分でもよくわからない。
「『クサナギブレード・ゴスペルゲイン』、かっこよかったです。あの最後の叫び……みんなを愛してる、って」
彼女の頰が、ほんの少し赤くなった。僕はカップを置いて、軽く首を傾げた。
「本気で言ってるんですよ。あれは」
「……本気、ですか」
「ええ。みんなを、守りたいんです。本当に」
一瞬、部屋に静寂が落ちた。スズカは目を伏せて、指先でカップの縁をなぞった。
「……私も、守ってほしいって、思うことがあります」
小さな声。僕は彼女の顔をじっと見つめた。
「だったら、僕が守ります」
言葉は自然に出た。ドラマの台詞みたいに聞こえたかもしれないけど、今は本気だった。スズカが顔を上げた。瞳が揺れている。
「……ありがとうございます」
彼女は小さく微笑んだ。それは、テレビやレース場で見る彼女の笑顔とは、少し違った。柔らかくて、どこか寂しげで、それでいて温かい。僕はもう一度、紅茶を注ぎ足した。
「今日は、ゆっくり話しましょう。次の仕事も……きっと、楽しいものにしますから」
みんな、何かを計算して、僕に近づいてくる。信仰か、金か、地位か、承認か。でもスズカは……違う気がする。
「スズカさんのレース見ました。芸術でしたね。あの逃げのスタイル、先頭を突っ走る姿。誰にも縛られない自由そのもの。美しい。格好良い。私も貴方のファンですよ」
本気で言った。彼女の走りは、僕が演じている「ヒーロー」なんかより、よっぽど本物だった。
先頭の景色が綺麗だから走る。誰もいないターフ、風、後ろから迫るプレッシャーさえも、彼女にとっては綺麗な景色のアタッチメントなんだろう。
僕には、わからない。でも、わからないからこそ、羨ましかった。
彼女の頰が赤くなる。
照れている。
レース前のスタートラインに立つときの緊張に似ている。会話が進むうちに、距離が縮まる。
彼女の指が僕の手の甲に触れた瞬間、心臓が跳ねた。
「あの、私に魅力はありますか?」
囁くような声。瞳に、照れと欲望と、計算された挑発が混ざっている。
大胆だ。でも、その大胆さは、彼女の一直線な性格そのものだ。
僕は笑って、彼女の手を握り返した。
頰がぱっと赤くなるのを見て、胸が熱くなった。
――可愛い。
――本気で、可愛い。
髪を梳き、肩を抱き、首筋にキスを落とす。彼女の反応が、全部愛おしい。お腹に手を這わせると、くすぐったそうに身をよじる。
足首にキスをすると、慌てて声を上げる。
「そ、そこは汚いです」
「汚いわけないですよ。スズカさんは全て綺麗で美しい」
本心だった。
彼女のすべてが、僕の知らない自由を持っているみたいで、眩しかった。
彼女を抱き寄せ、押し倒しかけたところで、僕は手を止めた。
「スズカさん。もっと仲良くなったら、続きをやろう」
軽く、冗談めかして言った。
「ただし、金は取りますけどね。世界で超・人気アイドルの俺の時間は高いんですよ」
彼女は一瞬目を丸くして、それからくすりと笑った。
「ふふ、酷い人。そして意地悪な人です! ケチな人です!」
そして、本当に財布からクレジットカードとパスワードを書いたメモを差し出してきた。僕は受け取りながら、笑った。でも、心の奥で、何かがひどく痛んだ。
――僕は、こんな冗談を言える立場にいる。でも、彼女は本気で受け止めて、カードを渡す。
僕の「価値」を、金で買おうとする。それが、彼女なりの「平等」なんだろう。でも、俺は……そんな平等なんて、欲しくなかった。
彼女がドアに向かう背中を見送りながら、僕はカードを握りしめた。
「次は、もっと面白いこと、期待してます」
振り返らずに言った彼女の声が、耳に残る。ドアが閉まった後、僕はトレーナーに電話をかけた。
「もしもし、トレセン学園所属のサイレンススズカさんのトレーナーさんでしょうか? 今度、次の仕事でご一緒させてもらう神威ヒカリです。顔合わせ終わりました」
そして、カードとパスワードのことを伝えた。
『……分かりました。後で、しっかり叱っておきます』
電話を切った後、僕はソファに沈み込んだ。胸が、苦しい。――僕は、彼女に触れたかった。
本気で、彼女を抱きたかった。でも、僕は「神威ヒカリ」だ。触れるたびに、僕の価値が金で測られることを、思い出してしまう。
彼女のカードをテーブルの上に置いた。後日、彼女はトレーナーに怒られて、泣いたと聞いた。
僕は、その話を聞いて、自分が本当に嫌いだと感じた。
――俺は、彼女を傷つけた。冗談のつもりで、彼女の純粋さを踏みにじった。金色の瞳が、鏡に映る。
そこにいるのは、いつもの「王子様」じゃない。
ただの、臆病で、卑怯な男だった。
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