ダメ男に貢ぐウマ娘 作:頼む、好評になってくれ
スタジオの控室の扉を開けた瞬間、サイレンススズカの姿が目に入った。彼女は壁際に立っていて、僕の顔を見ると一瞬だけ肩を震わせた。
――緊張している。
先日の顔合わせで、冗談のつもりで渡したカードとパスワードの件が、まだ彼女の胸に残っているのだろうか。
それとも、単純に「神威ヒカリ」という存在と仕事で向き合うことが、彼女にとって重いのか。
どちらにしても、彼女の瞳はいつもより少し曇っていて、視線が僕の顔に留まらない。
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
――僕のせいだ。
あの時、軽く笑って「金は取るよ」と言った一言が、彼女の純粋さを踏みにじった。
彼女はそれを冗談だとわかっていても、心のどこかで「神威ヒカリの時間は金で買えるもの」と受け止めてしまった。
それが、彼女なりの誠実さなんだろう。でも、僕はそんな誠実さが、痛いほどに刺さる。
「おはようございます、スズカさん。今日の体調はどうですか?」
柔らかく、いつもの王子様スマイルで声をかけた。彼女は小さく息を吸って、返事をした。
「おはようございます、ヒカリさん。少し……緊張してます」
声が細い。
――俺のせいだ。また胸が締めつけられる。
「確か雑誌の撮影ですよね。レースで勝ちましたし、ウマ娘関連の雑誌の表紙とかになるんですかね?」
「あ、いや、たぶん私の写真集ですね」
彼女は言いづらそうに目を伏せた。指先がスカートの裾を軽く握っている。
「その、スタイルがスレンダーなので」
「ああ、そういう。確かに綺麗な体つきされますものね。機能美の究極のような」
本心だった。彼女の体は、レースで鍛えられた無駄のない線がすべてで、それが美しい。でも、彼女はそれを「スレンダーだから」と、少し卑下するように言う。
「ものは言いようですね。他のスレンダー系統のウマ娘の人も、雑誌を取ることになると思います。マンハッタンカフェさんとか」
「へぇ、あー、なるほど、ね? 返答に困るね、これ」
僕は軽く笑って茶化してみせた。彼女もようやく小さく笑った。その笑顔が、少しだけ先日の曇りを払うように見えて、ほっとした。会話が少しずつ軽くなる。
「スズカさんは可愛いし、綺麗だから照れてしまう」
言葉が出た瞬間、自分の声が本気すぎることに気づいた。
お世辞じゃない。本当にそう思っている。スレンダーだからこそ、彼女の走りが際立つ。
細い首筋、鎖骨の影、腰のくびれ――すべてが、彼女の「自由」を象徴しているみたいで、僕はそれに惹かれている。
「性格もお淑やかな感じで、僕を気遣ってくれるし、反応も明るくて楽しい。そうそう、顔合わせもそうだったけどスズカさんと話していて楽しいんだ。本当に時間忘れる」
彼女の頰が、ゆっくり赤くなった。
「ありがとうございます……先日の続き期待してます」
その一言に、僕の心臓が大きく跳ねた。
――期待、か。
彼女は本気で、僕との時間を楽しみにしている。僕は、そんな彼女を傷つけたくなかった。でも、同時に、彼女に近づきすぎるのが怖い。
僕は「神威ヒカリ」だ。触れるたびに、俺の価値が金で測られることを思い出す。
それが、彼女を汚してしまう気がして、気分が悪かった。
◆
スタジオの照明が眩しい。
エアコンの冷気が肌に刺さる。
僕はカメラを構え、ファインダーを覗いた。
「え、ヒカリさんがカメラマンなんですか!?」
「そうだよ、僕は基本的に物理的に可能なら何でもできるからね。人件費削減で僕がやります。はい、笑ってねー! スズカさん!」
「き、緊張します」
彼女は白いドレスに身を包み、中央に立っていた。ライトが柔らかく彼女を包み、長い黒髪が肩を滑る。シャッターを切るたびに、彼女の瞳が僕を捉える。
無垢で、少し遠くを見ているような眼差し。
その視線に、俺は引き込まれそうになる。
――綺麗だ。
レンズ越しでも、彼女の存在が圧倒的だ。衣装が変わるたびに、僕の心拍数が上がっていく。
ランニングウェアのとき、脚の筋肉が光を反射する瞬間。クロップトップのとき、腹部のわずかな凹凸。
ビキニトップと腰布のとき、肌が白磁のように輝く。ポーズを取る彼女の動きは流れるようで、挑発的だ。
僕の視線は、彼女の身体をなぞる。理性が、薄い膜のように張りつめている。
シャッターを切る手が震える。
――触れたい。
本気で、彼女を抱きしめたい。でも、僕はカメラマンだ。ここで理性が飛んだら、すべてが壊れる。
撮影が終わると、彼女は控室へ消えた。
僕はカメラを下ろし、汗で湿った手を拭った。まだ胸の奥で、熱い何かがざわついている。
「どうでした?」
背後から声。
振り返ると、着替えたスズカが微笑んでいた。
「凄い、本当に魅力だった。理性が飛びそうで怖いよ、本当にさ」
「飛ばしても、いいんですよ?」
彼女は戯けるように笑った。
その笑顔が、僕の胸を刺す。控室へ連れて行き、椅子に座らせた。
「肩をほぐします」
「マッサージ!? どういう脈絡ですか!?」
「ふふふ、それは最後のお楽しみ。君との交流を贅沢に楽しむためには、こういうアホみたいなレクリエーションが必要なのさ」
彼女は呆れたように言ったけど、素直に座った。照明を落とし、薄暗い部屋。
僕は彼女の後ろに立ち、肩に手を置いた。指先が触れた瞬間、彼女の肩は細くて、緊張が硬く残っていた。
肩甲骨を押すと、彼女の身体がわずかに揺れる。首筋に指を滑らせると、呼吸が乱れた。
「んっ……」
小さな声。
その声が、僕の内臓を直接掴む。指を動かすたびに、彼女の肌の温もりが伝わる。
髪が手首に絡まる。
彼女の存在が、俺の神経を侵食する。
「はぁ……ん……」
甘い声。
僕の指は止まらない。もっと強く、もっと深く。彼女の身体が、俺の手の下で反応する。
理性が軋む――欲しい。
彼女のすべてが欲しい。でも、僕は手を止めた。
「はい、終わり〜」
「死ぬかと思いました。マッサージ上手すぎる。そして肩が軽い。ヒカリさんは何者なの?」
「アイドルです」
「嘘ですッ」
彼女の笑顔が、僕を救う。同時に、僕の臆病さを突きつける。
「じゃあ、今日の代金払いますね。次も私で遊んでほしいですし」
また、金の話。
彼女は笑っているけど、胸が痛い。
「ただのレクリエーションなのに」
「そうですね。ただのレクリエーション。でも、それが大事だと思いませんか? お互いを知り、お互いに確かめ合い、そして一緒に同じ経験をする。それこそ絆が深まる王道スタイルです」
「それは、そう、だけど」
「だから受け取ってください」
彼女は強く言った。でも、その瞳の奥に、寂しさが浮かんでいる気がした。扉がノックされ、マンハッタンカフェが現れた。
彼女は僕の腕に手を回してくる。
「……次は、私です」
スズカの方をちらりと見てから、引っ張って、部屋を出ていく。
――見せつけた?
マウントを取った?
僕はそれを、なぜか面白く、そして苦しく感じた。
スタジオに戻り、照明が点く。
「では、仕事を始めようか」
僕はカメラを構えた。でも、心の中では、まだスズカの声と温もりが消えなかった。
――僕は、彼女に触れたい。でも、触れたら、僕の「価値」が彼女を傷つけるようで。
その矛盾が、僕を苦しめ続ける。
金色の瞳が、こちらを射抜く。僕は大きく深呼吸して、気持ちを切り替えた。
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