電脳妄冒険譚   作:鰹武士丸

1 / 3
1話 幸運

 

 推定500年ほど昔、大陸全土を支配し文明の発達と繁栄の極みへと至ろうとしていた人類は、突如として出現した『魔王』と、それにより産み出される魔物達によって地獄の底へと叩き落とされた。

 

自然的な縄張り争いではない明確な悪意と殺意を持って襲い来る魔物達によって、多くの人類が命を落とした。

 

挙げ句の果てに登場した『魔神柱』。

魔王自らの手で創り出された悪夢の化身の様な存在であり、馬鹿らしい程の強さと、丹精込められた悪烈さによって凄まじい勢いで人類を駆逐し、世界の6割の人類が死滅したとされているほどだ。

森は焼け、街は瓦礫の山と化し、川は血で染まり、屍が山となり積み上がっていた。

 

 勿論人類は対抗策を行い、種族の垣根を越え、手を組み、力を合わせ、『冒険者』という職業が誕生した。

人類の手段を選ばぬ必死の抵抗の末に遂に魔神柱を倒せるまでに至った『白金級』と呼ばれる英雄達が爆誕。様々な紆余曲折の末に現在の均衡が保たれている。

 

 随分と小さくなった器に並々と注がれた水、溢れる寸前で保たれたそれは、ほんの少しの事象で大きく零れ落ちる。

 

 この話はそんな状況でも世界情勢関係なしに好きに生きてる愉快でイカれた冒険者共の冒険譚である。

 

 

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

     電脳妄冒険譚 第一話『幸運』

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 王都パルミークス。通称『人類最終防衛地』現在この世界において最も安全と呼ばれている国であり、事実上の世界の中心地である。

 

 大陸の中央部に位置する広大な草原地帯を囲う様に築き上げられた、遠く遠く視界の果てまで続く防壁はこの国が人類の生存圏である事を思い出させてくれることだろう。

人類が決死の努力で年月をかけて広げたであろう膨大な領地は段階を分けて五重の防壁で守る様に覆われており、その中心部であるパルミークス城下街は繁栄と平和で満たされていた。

 

街は活気に溢れており、広場では商人たちの客引きの呼び声、子供の追いかけっこに興じる楽しげな姿、街人たちの談笑などで溢れかえっていた。

その見渡す限りの平穏の様相を眺め、小さなため息をこぼし、憂鬱気味に手元の杯を揺らす者が一人いた。

 

「はぁ……ついに今日かぁ」

 

 彼の名はミズーリ・ロマネコンティ。等級は鉄Ⅱ級、武器は長剣、冒険者見習いである。

 

 冒険者。それはこの世界の中で一番必要とされ、一番憧れや尊敬を受け、一番無惨に死ぬ仕事である。

冒険者ギルドに書類申請を通せば誰でもなることができ、鉄Ⅰ級から始まり、Ⅱ級Ⅲ級と階級が上がって行き、銅、銀、金を経て、最終的に白金等級と呼ばれる英雄の領域に辿り着くことができる。

 

 銅等級ならば冒険者として様々な割引きや接待、ギルドからの手厚いサービスを受けることができ、銀等級や金等級となれば、街を歩くだけで声援を受けたり、サインを求められたりする程の人気を得ることができ、多少の犯罪行為程度であればお咎め無しになる程の権力を有している特別な存在になることが出来る。

 

 しかし、残念ながら鉄等級はそんなことはまるで無く、基本的な仕事は荷物の運搬や畑の手伝い、柵や壁の補修や側溝のドブさらいなどの雑用が8割を締め、残りの討伐任務も、畑や街道外れを荒らす野生の脅威度の低い魔物を討伐する程度である。

「鉄級は冒険者に在らず」とよく酒場では言われる様に、冒険者として堂々と歩けるようになるのは銅等級になってからなのだ。

 

「そろそろ行きますか……緊張するなぁ……」

 

 ミズーリはすっかりぬるくなってしまった少量のエールを喉に流し込み、装備を点検して酒場を後にする。

酒の一杯でも飲まなければ緊張の震えが収まりそうになかった為だ。

腰にぶら下げた長剣の柄に無意識に何度も手を伸ばしそうになる。

外から眺めた賑やかなギルドの建物が今日は何故だかいつもと違う雰囲気のように感じていた。

 

 ギルドの大扉を開けて中へと入る。人でごった返す内部は様々な冒険者で溢れかえっていた。ミズーリはキョロキョロとテーブルを覗いて回ると横から声が掛かった。

 

「おーい!!ミズーリ!こっちだこっち!」

 

 ギルドの1階は酒場が併設されており、大人数で座ることの出来る大きな丸テーブルがいくつも存在する。その中の一つに彼らは既に着席していた。

テーブルの中央には依頼の契約書が置かれておりミズーリ以外は既に揃っているようだった。

 

「よし、問題なく全員揃ったな。それじゃあ改めて依頼内容の確認だ」

 

 手前に座っている3人がミズーリの所属するパーティーメンバーであるクラン『黒鉄の斧』のメンバーである。

 

 クラン「黒鉄の斧」、完全実力主義のクランであり、王都で2番目の規模を誇る大型クランだ。長年実力を発揮できない者は追放される等徹底した管理と訓練が特徴の一つである。

 

『黒鉄の斧』は幹部メンバーによる選別によって定期的に交代する4人パーティーが割り振られる。経験豊富なベテランのリーダーと新人、そのバランスを保つことの出来る中堅を割り振る事で、ルーキー達の経験を積ませつつ、出来るだけ死亡率を下げようという黒鉄の斧のルールの中で数少ない人道的な優しい取り組みである。

 

「今回の依頼はダンジョン探索の護衛任務だ。依頼主は前にいらっしゃるパルパーツ様。冒険者となるにあたって先んじて現場のやり方を知っておきたいとの事だ。ダンジョン指定は無し、同行者あり、人数指定なし、現場指揮担当は此方の一存とする。報酬は1人につき金貨1枚、ドロップ品や発見品は要相談。改めてご確認ください」

 

「うむ、問題ない」

 

 差し出された依頼書を手に取りまじまじと眺めた後、横の人物へちらりと内容を確認させる。その髭面の男が頷くのを確認すると、依頼書をリーダーへと返却し支度を始めた。

 この金髪のふくよかな男と隣の髭面の鎧の男が今回の依頼主である貴族のパルパーツとその護衛のザンディアだ。

 

 彼の煌びやかな金の装飾が施された鎧はまだ傷一つ無くピカピカと輝いており、対照的にザンディアの装備は一見すると派手に着飾られた装飾鎧だが、要所要所に取り付けたポーチや長剣を収めた鞘などからは、非常に使い古された馴染み、擦り減った様相が観てとれた。

 

 パルパーツが個人的に雇っている用心棒の様な存在なのだろう。側腕部の鎧に縫い付けられた『銀Ⅱ級』の冒険証や自信に満ちた顔から実力が垣間見える。

 

「こちらは準備は出来ているが……君たちは如何なのかね?その、冒険者とは消耗品の補充なんかもしっかりしておかなくてはいけないんだろう?」

 

「事前に済ませてますんでこちらも大丈夫です。では向かいましょうか」

 

「そうかい、じゃあ行こうか」

 

貴族とその護衛の2人は席を立つとギルドの奥、ダンジョン転移室へと向かっていく。ダンジョンへは基本的にギルドが用意した転移魔法を使用して移動するのが今では当然になっている。ミズーリ達もリーダーの後に続く様に席を立ち慌てて着いて行く。

 

リーダーがダンジョンに入る際の申請を行っている横でミズーリは何度も装備を点検した。じっと待っていても不安が身体を支配しそうになってしまうからだ。

 

ミズーリのそばに控えていたメンバーの1人であるベニアが声をかけてくる。

 

「つつッ!……遂にはッ…初めてのダンジョン挑戦だねッ!……私も精一杯ここっ、貢献できる様に頑張るからッ!!ミズーリ君もッッ!ねッ!!」

 

「え?……あっ、ああ!ありがとう!僕も頑張るよ!」

 

 ベニアはミズーリと同じく冒険者になりたての魔導士だ。彼女も同様に今回が初のダンジョン挑戦であり、普段は大人しい物静かな性格だが、空回りを心配するほど気合いが入っており長杖を両手で握り締め、鼻息荒く鬼気迫る勢いで意気込んでいた。

 

「まぁまぁ!そう力を入れ過ぎずにリラックスして挑むのも大事だぜ?2人ともちゃんと訓練とか討伐依頼でもしっかり動けてたんだから大丈夫だって!!」

 

「メッ……メルダさん……」

 

「……頑張ります」

 

「おう!後ろは任せたぜ!」

 

 緊張気味の2人の肩をバシバシと叩いて激励を送っているのはサブリーダーのメルダ。銅Ⅲ級ながらもダンジョン経験は多く、明るくチームの雰囲気を保つムードメーカーだ。

 

 そしてリーダーであるガレットは銀Ⅱ級のベテラン斥候。冷静沈着でサポートにも戦闘にも長けている冒険者歴7年の頼れる男である。

 

彼ら4人パーティーと貴族のパルパーツとその護衛のザンディア。合計6人でダンジョンへと足を運ぶ。一同は転移魔法陣に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 学者曰く、『人類への救済措置』。

 

 商人曰く、『夢と財宝の眠る宝物庫』。

 

 冒険者曰く、『神の遺した試練場』。

 

 ダンジョンとは、何故存在するのかも、如何にして生成されるのかも、何のために存在するのかも不明の地である。

 

 人類が繁栄を極め、魔王によって存亡の危機に陥るよりも前から平然と存在していたそれは、入る度に構造が変化したり、魔物が湧き出たり、出所不明の財宝まで湧き出る未知と狂気と希望がこれでもかと詰め込まれた場所である。

 

 ダンジョンで手に入る魔物のドロップ品は、ありとあらゆる種類の物が手に入る。毛皮や牙、魔石や鉱石に宝飾品。肉や野菜に生魚、挙げ句の果てに日用品や武器防具までドロップする。

 

 今や人類の生活基盤から切り離す事の出来ないレベルにまで需要に満たされたその品々は、持ち帰るだけで冒険者に膨大な金銭をもたらす。

故に、冒険者は大抵ダンジョン踏破を目指すのだ。

 

ある者は膨大な宝を持ち帰り、莫大な富を手にする為に。

 

ある者は難攻不落のダンジョンを踏破し、歴史に名を刻む名誉を手に入れる為に。

 

ある者はより強力な力を手に入れ、人類を脅かす魔物を討伐する為に。

 

たとえそこが悪意に満ちた地獄であろうとも。

侵入した人類を惨たらしく、より無惨に屍へと変える甘い罠であろうとも。

 

 

 古ぼけた石造の内装にはひび割れの隙間から植物の蔓が姿を覗かせており、苔むした石畳は天井の隙間から漏れる薄い太陽の光によって青々と輝いている。壁面に等間隔に付けられた松明は燃え尽きる事なく辺りを頼りなさげに照らし続けており、此処が日常空間ではない事を否応無しに教えてくれる。

 

 ダンジョンの名は『遺跡迷宮』。

推定難易度は銅。複雑に入り組んだ部屋が無限に連なる、入る度に正解のルートが変わるのが特徴的なダンジョンである。

即死級のトラップもなく、出現する魔物も比較的優しい魔物であり、銅等級冒険者が初めて入るダンジョンとして選択肢に上がる事は少なくない場所である。迷わなければの話だが。

 

 「……曲がり角に突き出し針の罠と松明が2本。おそらくはパターンCかDのルートだろう。この先の部屋を右に曲がって直線の通路があればC、螺旋階段ならDだ。Cルートならば少し戦闘回数が増える。気をつけて行こう」

 

「了解です!2人とも大丈夫か?」

 

「はッ……はいッ!!私は全然大丈夫です!」

 

「僕も大丈夫です…」

 

「なら良かった!……ザンディアさん!パルパーツ様の容体は如何でしょうか?」

 

「まぁなんとかって感じだ、魔力酔いだろうさ。坊っちゃま……まだ歩けますか?」

 

「うむ……大丈夫だ……俺はまだやれる。先を急ごう」

 

 緊張で固まった身体を無理矢理動かしながらベニアとミズーリは罠を調べているリーダーの後を慎重に着いている。

依頼主であるパルパーツは、小刻みに震える真っ青な顔でザンディアの背中にぴったりとくっついていた。

 

 ダンジョン内部は外とは違い空気中の魔力量が非常に多い。ダンジョンを構成する多くの物が魔力から出来ている為である。

故に普段から濃い魔力を受ける機会の少ないパルパーツの様な者は『魔力酔い』と呼ばれる現象に陥りやすい。

 

その為、冒険者になりたてのうちは、魔物の巣や洞窟など自然に発生する高魔力濃度の場所を用いて少しずつ身体と精神を慣らしていくのが主流になっている。

ダンジョンどころか、魔物が出現するような場所にすら足を踏み入れた事のないパルパーツが魔力酔いに陥るのは、至極当然の結論と言えるだろう。

 

「次の部屋は恐らく魔物が出現するだろう。各自戦闘体制を整えてくれ」

 

「「「了解!!」」」

 

「俺は少し下がって坊っちゃまを守る。こっちのことは気にしないで大丈夫だ」

 

「すまない、恩に着る」

 

 石造の重たい扉を押し開けて進む一行。

薄暗いその部屋は肌にまとわりつくようなじっとりとした湿気と気を抜けば息が詰まりそうな魔力に満ちていた。

 リーダーが中央辺りまで進んだ瞬間、暗がりから何かが飛び出してくる。

 

「シャーーッッ!!」

 

「居たぞっ!!ウロコヘビ2、二角コウモリ3だ!!各員位置につけ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 飛び出してきたアカウロコヘビを短剣でいなし、パーティーの中心へと退がるリーダー。

 前衛のメルダを先頭に、中央にリーダー、後方にベニアと彼女を護衛するようにミズーリが居る陣形である。

 

 一斉に飛び掛かるウロコヘビの牙をメルダが木製の盾で受け止める。ギリギリまで引きつけ同時に牙が突き刺さったヘビの胴体へ利き手のメイスを叩き込む。

ウロコヘビはその名の如く、全身を硬質な鱗で覆ったヘビである。だから斬撃の通りが悪い、故に打撃が有効となるのだ。

 

 メルダがウロコヘビを一匹仕留めた瞬間に、コウモリが次々と後方のメンバーへと襲いかかる。ベニアは冷静に術式を組み上げ、呪文を構築していった。

 

「大いなる火の加護よ、今ここに集いたまえ……『火球(フレア)』!!」

 

 杖の先から手のひらサイズよりも大きな火の玉がコウモリ目掛けて放たれる。寸前でコウモリは回避の為に身を捩るも半身に命中。片翼を炭と化しジタバタと墜落した。

 

 しかしそれを好機と見た残り二匹がベニアに向かい追撃する。

 獣にとて知能はある、特に人間にとって何をされると嫌な事なのかはダンジョンの魔物には標準搭載されている。コウモリは左右に分かれ、同時にベニアへと飛び掛かった。

 

 だが、それを逃さんとばかりにそばに控えたミズーリの剣がコウモリを斬りつける。

勢いのままに切り裂かれたコウモリは飛膜を失い、地面を転がりそのままミズーリに踏み抜かれ短い断末魔を上げ息絶えた。

 

 最後の一体が脇目も振らずにベニアへと向かう瞬間、リーダーがナイフを一投。鋭い勢いで飛んできたナイフが眉間に見事に突き刺さり、ゆっくりと地面へと墜落した。

 

 そうして残る最後のヘビ一匹をメルダが丹念に叩き終えた所で全員は武器を下ろした。

魔物たちの死骸が塵と化し、幾つかの魔石と素材へと変わる。ダンジョンの魔物は野生の魔物とは違い、死骸は魔力へと変換されダンジョンに還る。その代わりに魔石やその魔物由来の素材などが生成されるのだ。

 何故わざわざ素材などが残るのか、その原因や法則などは未だ解明に命を注ぐダンジョン学者達の永遠の課題である。

 

「よし……皆怪我はないか?」

 

「大丈夫ですっ……!」

 

「問題ないです」

 

「平気だぜ!」

 

「なら休憩も兼ねて一度装備点検しよう。ベニア、火を起こしてくれるか?」

 

「りょっ……了解です!」

 

 

 ベニアが携帯用の炭に魔術で火をつけ簡易的な焚き木を制作する。

荷物を置き、身体を休め、持ち込んだナッツや干し肉、スープなどを温めて飲む。たとえ満足な量でないとしても、命を賭けた戦いの後にはどうしても体力などを消費している。束の間のひと時は万全に戦闘を行うためには欠かせないのだ。

 盾の表面をチェックしたり、体内魔力の残量を確認したり、剣に付いた血や脂を落とす。各々が準備を進めていく中で、ふとミズーリは貴族のパルパーツを見た。

 焚き木の側に座り込んだパルパーツの顔色は先程よりも改善傾向にあるものの、その表情は暗かった。護衛のザンディアも黙って彼の側で武器を確認している。

 

「あの……パルパーツ様、良ければこれ……どうぞ」

 

「む?……それは」

 

「乾燥豆とドライフルーツです。少しでもお腹に物入れとくと魔力酔いもましになると思うんで……いらなかったら良いんですけど全然」

 

 ミズーリはなんとなくパルパーツへ自身の携帯食をおずおずと渡した。優しくしておこうだとか、困っている人を助けたい、だといった暖かい感情ではなかった、ただ、なんとなく渡した方が良い気がした。

 偽善と呼ぶのか気まぐれと呼ぶべきか、突然の譲渡にパルパーツは驚いた。普段のパルパーツであれば「貴族は施しなど受けぬ!」と憤慨していたかもしれない。

ただ、今の彼の心境にはその小さな善意が、今までに感じたことの無いとても嬉しい物に感じた。彼はその手を跳ね除ける事もなく、ただ微かに微笑み、携帯食を口へと運び、ただ小さくありがとうと感謝を述べた。

ミズーリが装備の点検へと戻った後、パルパーツは、手のひらの携帯食をじっと見つめ、小さく声を発した。

 

「……ザンディア」

 

「どうかしましたか、傷心中だった坊っちゃま?」

 

「茶化すな……冒険者とは、そう簡単には成れぬのだな」

 

「そりゃあ勿論でさぁ。正直な所、今まで舐めてたでしょ?」

 

「……少しな」

 

「…………帰ったら剣術の稽古増やします?」

 

「……そうさせてもらおう」

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 それから3時間程経過したころ、幾度かの戦闘を経て、慎重に、されど堅実に道を進んでいった一行は最後の休憩を取っていた。

 

「次がボス部屋だ。各員装備状況と体力の報告を頼む、それによって作戦を確定しておきたい」

 

「了解です!前衛メルダ、体力は十分、装備状況は盾が少しガタがきてるんで正面から受けられるのは2、3回が限度だと思われます。武器は問題なし、油壺と炸裂玉を一個ずつ使用して残り2個です。次はベニアちゃんかな?」

 

「はっ……はい!ベニア報告しますっ!……体力は問題なし、体内魔力は残り5割ほど、魔力ポーションは残り1つです……この辺は大気の魔力濃度が濃いのでそっちを使っていこうかなって思ってます……これで大丈夫ですか?」

 

「問題なし!それじゃあミズーリ、報告よろしく」

 

「はい……ミズーリです、体力は少し消耗してますがまだ大丈夫です。腕に一ヶ所だけ軽い怪我がありますが戦闘に問題はないかと。発煙筒と匂い袋はどちらも未使用です。以上で報告を終了します」

 

「じゃあついでにおじさんもやっちゃおうか!護衛担当ザンディア。体力装備共に問題なし、作戦を知らない関係上隙を見つけて追撃出来たら良いなと思ってるよ。最後ぐらい坊っちゃまにも俺もただの給料泥棒じゃないって所を見せないとな」

 

「ザンディアさんまで報告わざわざありがとうございます。それじゃあ準備が終わり次第行こう、ボスが『大石蟹』ならメルダとベニアを中心にプランAで、『投石猿』だったら俺とミズーリを前に出してプランDで行こう。最後まで気を抜くなよ」

 

「「「了解!」」」

 

 リーダーが皆に指示を送り、それぞれが覚悟を決めて扉を潜ろうとした所で不意に後ろから待ったがかけられた。一行は振り返ってみると声を発したのはパルパーツだった。

 

「いざという時に止めてしまってすまない。だが少し気になる事があったのだ」

 

「それは……いったいどういう?」

 

「先程からコレを見ていたのだが、この部分を見てくれ」

 

 そう言ってパルパーツが指差したのは壁であった。そこには壁画のような物が描かれており、紋様が天井まで続いている。

 

「この中に歴史学か考古学に理解のある者は居ないか?」

 

パルパーツの問いにリーダーであるガレットはメンバーの方を向くが、皆一様に首を横に振るばかりである。

 

「すまない、そういう学問は我々には皆目見当もつかないな」

 

「そうなのか……まぁとにかくこの壁画の部分とこちらを見てくれ」

 

 そう指差した壁画に対しての見解をパルパーツがつらつらと述べた。彼曰く、この壁画はこの迷宮全体の構造を抽象的に示した物であり、この壁画を読み解く事が本来この迷宮に用意された正解ルートを探す方法なのではないだろうか。という事らしい。

 

「なるほどぉ……といいますと?」

 

「此処が我々のいる現在の部屋を示す場所だ、そしてこの部屋と隣り合う此処を見てくれ」

 

 パルパーツが指をスライドさせ、隣の部屋を指す。そこには何かの記号が描かれており、巨大な空間となっている事が読み取れる。

 

「この部屋には財宝、つまり宝があると読む事ができる。そしてその部屋の方角は……」

 

 そうしてパルパーツが指差す方角を皆が導かれるように視線を動かすと、そこはただの壁であった。

 

「そう、壁なのだ。つまりこの壁のどこかには隠された入り口が存在するということなのだよ」

 

 その言葉にパーティーは大きくざわつく。踏破済みダンジョンに隠された場所、まさに絵物語の様な話にメルダやベニアは期待を膨らませた。しかしリーダーや護衛のザンディアのベテラン組は喜びよりも驚愕に染まっていた。懐疑的な様相を隠す事なくパルパーツに問いかける。

 

「そんな馬鹿なっ……!!『遺跡迷宮』はもう何年も前に調査を終えた踏破済みのダンジョンの筈……今まで一度もそんな情報聞いた事がないぞ……」

 

「坊っちゃま、俺もこのダンジョンについては何度も話を聞いてるし、実際に来た事も何度もあるが、そんな話は聞いた事ねぇぜ?」

 

「他の部屋の壁画もみていたが、この部屋についてを記していたのはここの壁画だけだ。これみよがしに置かれたボスへと続く扉は隠し部屋から意識をそらす為の誘導だったのかも知れぬ」

 

「つまり……誰もまだ発見していない場所って事ですか!?」

 

「ザンディアやリーダー殿の話を聞く分にはそういう事だろう。中に宝が有ろうとも無かろうとも、隠し部屋があるという事実を確認するだけでギルドからなんらかの報酬が貰えるのではなかろうか?」

 

「だがしかしだな……」

 

 パルパーツの説得を受け、リーダーはあくまで隠し部屋を調査し、もしも魔物がいれば即時撤退すると約束し、隠し部屋を開ける事に決めた。10分程捜索した所、壁の隙間にスイッチがある事をベニアが発見。押してみた結果、壁画の部分が鈍い音を立ててスライドし、下へと続く階段が出現したのだ。

 

 

 松明が微かに照らす狭い道、埃と砂に塗れた古い石階段を下り、一同は大きな石扉を慎重に開く。

 リーダーが索敵の為に静かに部屋を確認すると、そこは暗がりが支配する巨大な部屋が拡がっていた。

漆黒が奥まで広がり、先を見通せないその部屋には窓や灯りは存在せず、かろうじて視認できる天井の高さから鑑みても相当な広さの空間である事が確認できる。

部屋の中央には階段状に石段が緩やかに積み上がり、その頂点には石棺だろうか、長方形の古ぼけた石の塊が鎮座していた。

 明らかに今までとは違う空気、異質な空間、

リーダーは、暗視の加護のついた札を解き、暗闇を覗き込む。

 一人だけ先行して先に侵入し、部屋内を見渡す。リーダーの動きには微かな足音や呼吸音すら存在せず、部屋をゆっくりと進んでいく。

 

「…………入ってきて良いぞ」

 

 彼の一声を聞き、パーティーはゆっくりと部屋の中へ入って行く。

皆が緊張した面持ちで石棺をぐるりと取り囲む。目の間に佇む古びた石棺は、煌びやかな装飾などは施されていないものの、その細部に至るまで丹念に図柄が彫り込まれており、この石棺だけでも研究家には価値がありそうな代物である。

 

「……まて、罠を調べてから俺が開けよう」

 

石棺に手を伸ばしたメルダを止めたリーダーは、仕掛け罠や細工がされていないか入念に調査した。結果は白。物理的な細工もなければ魔術的な仕掛けも無く、封や施錠もなし。ただの古びた石棺のようだった。

 

「開けるぞ……」

 

重たい石棺の蓋がゆっくりとズズズッ……と引きずる音を立てて開かれる。

瞬間、隙間から差し込む眩い光に目を奪われる。思わず目を閉じる一同。恐る恐る目を開けた先に見えた物は、石棺に満ちた金銀財宝であった。

 手にした松明の明かりを反射し眩く輝きを放つそれらは、大小様々な金の指輪や宝石の施されたペンダントや小ぶりの王冠、銀食器や大きな宝飾剣など、様々な財宝が目一杯詰め込まれていた。

 

「うぉっ……おおおおおおお!!!!!!」

 

「凄いっ!!凄いですよ!!財宝です!!!」

 

「……とんでもないなコレは」

 

「うむ……なんと上質な財宝であるか……」

 

 夢に見たようなその輝きに、湧き立ち興奮を溢れ立たせる者、驚き言葉を失う者、価値を計算し今後を考え出す者、三者三様の喜びを露わにしながら一同は夢の宝を発見したのだと嬉々として丁寧に財宝を袋に詰め始めた。

 

「……しかしパルパーツ様、本当に宜しいのですか?我々としてはパルパーツ様の取り分が少なくなってしまうのは……」

 

「良いのだ。今回の探索は貴殿らが居なければ足を踏み入れる事すらままならなかった。俺は君たちに感謝している。故にそれは形で示すべきだと思ってな」

 

「誠にありがとうございますパルパーツ様」

 

 それからしばらくして、財宝の配分はパルパーツの意向で完全に等分となり、ミズーリ達一同は全員の袋が溢れかねん程の財宝を受け取った。これだけの量があれば、2、3年は贅沢に暮らしても余裕ある金額になるだろう。

 どの財宝を受け取ろうか、そしてその後のダンジョンを出てからについての金銭の相談を護衛のザンディアとリーダーが話し合っている時、パルパーツはミズーリの元へ向かった。

 

「ミズーリ殿」

 

「パルパーツ様っ!……どうかなさいましたか?」

 

「これを貴殿に授けたい。受け取ってくれ」

 

 そういってパルパーツが開いた手の中にあったのは、赤い宝石のあしらわれたペンダントであった。

 

「えっ!?!?いやいやっ!!もう十分過ぎるぐらいに貰いましたんで!!」

 

「貴族の気まぐれだと思って受け取ってくれ。貴殿から貰った豆やドライフルーツは俺にはこれだけの価値に感じたという話だ。……それに、俺にはこの宝石は派手過ぎて似合わんしな」

 

「そっ……そうなんですか……ではありがたく頂戴いたします……」

 

 ミズーリはなんだかなんとなくであげただけなのに、とんでもないことになっちゃったぞ……と内心怯えながらも貰ったペンダントを首に下げ、微笑むパルパーツに見せることで貰って嬉しいですよという意思を示す。ミズーリは貴族の気まぐれには逆らわず下手に出るべきだと知っているのだ。

 

 それぞれが財宝を袋に詰め込み終わり、リーダーの元へと集合する。隠し部屋騒ぎで道が逸れてしまったが、此処から最後のボス戦闘が待っている為、気を引き締める最終確認を行った。

 

「色々あったが、今度こそ最終決戦だ。フォーメーションと作戦はいつも通りに行こう。帰れば俺達も暫くは大金持ちだ。気を引き締めて行こう!」

 

「「「了解!」」」

 

「よし、それじゃあ部屋をで   」

 

 突如として視界からリーダーが消失した。直後響き渡る轟音。ガラガラと石が崩れる音が耳に届く。揺れる地面に思わず身を伏せる。震源地へと松明を向ける。

 そこには壁に埋まり、力無く項垂れるリーダーの姿があった。

 

「……嘘だろ」

 

 呆然とした護衛のザンディアが小さく呟いた。彼の視線は漆黒の天井へと向けられていた。釣られるように上へと視線を移す。其処には先程までは無かったはずの『何か』が蠢いていた。

 

 大木を捻りあげたような体躯は幾本もの触手のような蔓が絡み合い列を成していた。

 

 捻れの隙間からは何百もの眼球が覗き、忙しなく見渡しては此方をジロジロと観ている。

 

 見渡すほどの大部屋の天井を埋め尽くさんばかりに絡み合う身体から垂れ下がる頭部と思わしき先端は、花開くように幾重にも枝分かれし、開口し、その棘の様な夥しい量の牙を見せつけている。

 

 先程までは影も形もなかったはずのその巨獣は、その巨躯から枝分かれした尻尾の様な何かを一振りし、リーダーを叩きつけたようだ。

ミズーリ達が背中を追いかけていた、頼りになる冷静沈着なリーダーは瓦礫の山の中で糸が切れた人形の様に倒れ伏している。

 

 圧倒的な、それでいて狂気的な異形。どう見ても、どう考えても、現実逃避する脳を強引に回しても辿り着く答えは一つ。

 

 

 勝てるはずもない化け物。その場に居る全員がこの答えに辿り着いた。

 

 

「いッッッ……いやあああああああああ!!!!!!!」

 

「まっ!?……まてッッ!!!!」

 

 事態が動き出したのはベニアの甲高い叫び声であった。彼女は化け物を視認するなり、一目散に入り口へと逃亡。手にしていたはずの相棒である筈の杖を取り落としても、目もくれずに半狂乱で駆け出した。

 

 それを止めようとしたメルダが咄嗟に手を伸ばすもその手は空を切る。刹那、天井より伸びる化け物の頭部がメルダの腕を穿った。

 

「がッッッ!?!?!?」

 

「いや……いやっっ!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!!!!!痛い痛い痛い痛い!!!!!!」

 

 鮮血が舞い、削り取られる様にしてメルダの利き手が塵と化す。一瞬にして右腕を失ったメルダは痛みと腕を失ったことによるバランスに変化によって、転がる様に後方へと倒れてしまった。

化け物はその勢いのままに恐怖に溺れ転倒したベニアの足へと齧りついた。

必死の抵抗も虚しく、下半身を完全に飲み込まれたベニアは足元から徐々に喰われていく痛みと恐怖によって正気を完全に失い、喉が張り裂けんばかりの叫び声を上げている。

 

 ミズーリはそんな状況下の中、完全に硬直していた。リーダーが倒れ、メルダが盾を腕ごと失い、ベニアが下半身を現在進行形で失いつつある。

あまりの異常事態に現状が理解出来ず、呆然と立ち尽くしてしまったのである。

そんな隙を化け物が逃す筈もなく、捻れた鋭い尻尾がミズーリを貫かんと迫っていた。

 

「……っ!?まずっっ!?!?」

 

 咄嗟に身構えるも、剣を抜くには一手足りず、無情にも彼の身体を貫く……寸前を剣が弾き飛ばす。その剣はザンディアの物であった。

 

「ミズーリッ!!!坊っちゃまを連れて逃げろッ!!!」

 

「!?!?ッはい!!パルパーツ様!!逃げましょう!!」

 

「ザンディア!!!それではお前が!!!」

 

「いいからッ!!!行けッ!!!」

 

 ザンディアの決断を咄嗟に理解したミズーリはパルパーツの腕を強く引き入り口へと駆け出す。

ザンディアが選んだのは囮になる事であった。

ザンディアの実力を持ってしても、この尻尾を捌き切るのは良くて数分、数十秒で押し負けるかもしれないと判断した。故にミズーリに全てを任せた。全ては長年共に過ごしてきた我が雇い主の為に。

 

「まっ…待ってくれ!!!ザンディアが!!!このままだと!!!」

 

「ザンディアさんが囮になってくれてるんです!!パルパーツ様!!貴方の為なんです!!生きる為なんです!!」

 

「だが……!!」

 

「もうすぐです!!急いで!!」

 

 部屋の中心部から入り口までは6、70m程の距離、仲間たちの叫び声や剣戟の音が聴こえなくなるほど遠くなるような錯覚を受ける。

脂汗が止まらない。

呼吸は限界まで繰り返され、どれだけ吸っても空回りするかのようだ。

気がつけば腰につけたはずの財宝を詰めた袋も落としてしまったらしい。

渦巻く死の気配から、もがく様によろめきながらも逃げ続ける。

 

 永遠に続く数秒もようやく終わりを見せ、石階段の入り口が見えて来た。

 

「パルパーツ様!!やりましたよ!!入り口です!!」

 

「ミズーリ君!!!!」

 

 ミズーリは遂に辿り着いたんだと、安心と喜びのままにパルパーツの方へと振り返った。しかしパルパーツの顔は険しく、こちらを見て叫んでいた。

 

 瞬間、ミズーリを鋭い衝撃が襲う。背後から突き抜ける様に追突したそれは、己の腹部から赤黒く染まりながら眼前へと生えていた。

 身体が灼熱の様に熱い、強烈な痛みはゆっくりと全身へと広がり、尻尾突き抜けて押し出された血液は、ゴポッ…と塊の様に口から溢れでた。

 ミズーリは内側から張り裂けそうな痛みと、肺を内側から潰され息が出来ぬ苦しみの中、それを見た。我々の努力を嘲笑うかのように、入り口付近で待ち構えていた天井から垂れ下がる数多の尻尾を。

 

 なんだよ、尻尾は普通一つだろうが。

そんな何処か他人事の様な感想が脳内によぎった時、ミズーリは投げ捨てる様に壁の方へと叩きつけられ、意識が暗転した。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 空気が酷く冷たく感じた。鉛の様に重たい手足は言うことを聞かず、あまりにも重たい瞼はうっすらと開ける程度が限界であった。

 眠っていたのだろうか、そんな疑問は身体に残った痛みで簡単に思い出せた。

 そうだ、僕らは化け物に襲われて、それで。

 

 薄ぼんやりと開かれた眼が映し出したそれは、夢かと思うほどに悲惨であった。

 

 辺り一面を血痕が埋め尽くし、そこかしこに肉片が飛散している。誰かの腕が落ちている。誰かの鎧が砕けて落ちている。ぴくりとも動かない上半身が、首の無い胴体が、血塗れで散らばる覚えのある装備品の数々が、生存者なんぞ居ないことを表していた。

 

 先程までの喧騒とは縁遠い程に静寂だ。あの化け物は姿形も残さず消え失せていた。

この部屋はどうやらあの化け物が天井を埋め尽くしていた所為で暗かったらしい。

天井の明かりが、この惨状をゆったりと照らしている。

土埃と濃厚な血の匂いが空間を支配していた。

 

 助けを呼ぼうとした。或いは誰か他に生きていないのかと声を上げようとした。

 口を動かそうにも、口元の乾いた血がポロポロと剥がれ落ちるばかりで声は形を成さなかった。

 帰ろう。そう思い身体を起こそうとするも、目一杯気力を振り絞っても身体はどんどんと冷たさを増し、制御圏から離れていった。

 

 ああ、こんな風に死んでしまうのか。

こんな風にくたばるなら、もっと美味い酒を飲むべきだったな。もったいないや。

 

 どしゃりと力が抜けて、仰向けに倒れ込む。

ミズーリは、瓦礫の上で意識を手放した。

誰かの手からこぼれ落ちた松明がペンダントに光を注ぎ、キラキラと紅く光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 倦怠感が酷い。喉の渇きが鮮烈だ。身体の内側から溢れ出る渇望にもみくちゃにされそうだ。手足が萎びて枯れ果てていきそうな、心臓が暴れ狂う。

苦しい。もっと欲しい。

苦しい。干からびそうだ。苦しい。苦しい……

もっと……

 

もっと……血を……

 

 

 

 

 

 

『この杯を溢れんばかりの鮮血で満たせ。さすれば汝に理を越える力を与えられん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとそこはベッドの上であった。消毒液が微かに香る室内は清潔感が保たれており、ベッド横には体調を測る為の機械だろうか、メーターの針が一定のリズムで揺れ動き、細かな数字を刻んでいる。

窓を見るに外はまだ明るく、

 

 ミズーリは誰かいませんか、と声を上げようとした。しかしながら、喉が渇ききって張りついてしまったかのように乾いた隙間風の様な音しか発する事は出来ず、堪らず咳をゴホゴホと漏らした。

 

「おや?目が覚めたかい。ちょっと待っててくれ」

 

 咳の音で起きた事に気がついたのか、仕切りの向こうから白衣の男がこちらへ来た。

ゆったりとした白衣の眼鏡の男性はイスを持ってくるとベッドの側に置き、横の装置を確認した後、記録書を片手に椅子に着いた。

 

「さて、とりあえず君が寝ている間に何があったかの説明をしよう。あぁ、無理に声を出さなくて良いよ。3日も寝てたんだ、身体もまだ本調子ではない筈だしね」

 

 3日!?と思わず目を見開くミズーリであったが、己の身体に視線を移すと、心なしか痩せたように思える。しかし、身体のだるさや飢餓感、若干の頭痛等はあるにせよ身体的な痛みは感じることはなかった。

 

「まぁ無事に起きたのだから確認だけしておこう。君はミズーリ・ロマネコンティ、等級は鉄Ⅱ、黒鉄の斧所属の冒険者で間違いないね?」

 

 ミズーリは首を縦に振る。

 

「よし、記憶や意思疎通に問題はないようだ。それじゃあ簡単に話すとしようか、君が寝ていた間の事を」

 

 そうして医者が話した事を要約すると話はこうなる。

 

 ミズーリが倒れてから暫くの時間が経った後、ギルドはダンジョン突入前にリーダーが書いた書類に記載された『ダンジョン推定突破予定』の時間を大幅に過ぎている事で異変を察知した。

この項目はダンジョンで何か問題や事故が発生して脱出出来なくなった時に救護班を要請したり、全滅した際に回収係を派遣する為に突入前に書いておく物なのだ。

今回はこっちが救助信号も発信出来ていなかったので、回収班が突入、無事に隠し部屋を発見した時には、ミズーリ達を全滅に追い込んだ化け物は居らず、そこには多数の無惨な死体と肉片と死にかけのミズーリが倒れていたらしい。

 死体や肉片は回収班によって回収され、親族へと届けられるようだ。

しかし殆どが酷い有様で、誰が誰の物か判別するのに時間がかかるとの事だった。

 

 自身を残しての全滅。ミズーリは実感の湧かない夢のような気分でその事実を聞いていた。

 一年、彼がパーティーの仲間として過ごした時間は彼の冒険者としての人生の半分以上を占めている。

 依頼を受け、共に仕事をこなし、同じテーブルで食事を食べた。悩んだ時には相談にのってもらい、稽古してもらったこともある。目を閉じれば思い出すことのできる記憶の数々。

 

 頼れるリーダーのガレット、ムードメーカーのメルダ、大人しいけど努力家のベニア。苦楽を共にした仲間たちがあの僅か数刻の時を経て物言わぬ肉塊へと変貌を遂げたのだ。

 

 ぼんやりとした感覚のまま、医者の手によってテキパキと身支度を済ませられ、気がつけば退院する事となっていた。

病院の入り口で医者に持っていた最低限の荷物と書類を手渡されニコニコと告げられた。

 

「今回の件についてギルドが君に聞きたい事が沢山あるそうだ。特に用事がなければこのままよって行くといいと思うよ」

 

「あぁ……それと最後にコレは個人的な意見なんだが、“その身体”じゃあこの先も色々大変だろうけど、是非とも諦めずに冒険者として頑張ってくれ」

 

「だから……君の幸運を祈ってるよ!」

 

 そう手を振る医者にお辞儀をしてギルド本部へと向かうミズーリ。普通に考えると仲間を失った人間に対してかける言葉にしては随分と気づかいが適当じゃないか?と思いはしたものの、ツッコむ気力すらないミズーリはそのままよたよたとギルド本部へと向かった。

 

 本部へと辿り着いたミズーリを待っていたのはパルミークスギルドの職員達による事情聴取と今回の件への対応説明であった。

 

 ギルド奥の個室へ通され、職員によって何があったのか、覚えている限りの情報を事細かに確認される。これはダンジョン内での殺人や共謀、隠蔽工作などを防ぐ為に行われており、証人として、看破や嘘感知の魔法を使える神官が側に控える仕組みになっている。

 そして、今回の件が魔物による被害事案だと証明でき次第、ギルドによる多少の保険金が発生する仕組みとなっている。

 冒険者稼業は基本的に自己責任が第一となっている為、失われた装備の補填金や怪我の治療によって生じた治療費などは基本的には全額負担であるが、普段の貢献度によっては多少優遇される事もあるそうだ。ミズーリは鉄等級なのでほぼほぼ全額負担になってしまったが。

 

 パルパーツ様の依頼は勿論失敗、本来であれば貴族の護衛依頼が失敗、更には死亡したなんて事案はかなりの賠償金が発生する物である。

 しかし、今回の依頼はパルパーツ個人としての依頼らしく、報酬等も個人資産から支払われる予定だった為、パルパーツの家族であるヴェルシュマツ家はこの件に一切関与しないとの事だった。

 袋に詰めた財宝はダンジョン内に落としてきた為回収はペンダントのみ、依頼報酬は当然0医療費や破損したり、回収されなかった装備代を含めるとかなりの赤字だが、『踏破済みダンジョンの未踏区域情報』をギルドが調査の上、報酬を出してくれるらしく、ミズーリは2、3ヶ月依頼を受けないでも暮らせる程のお金を手に入れる事が出来た。

 

 更にクラン『黒鉄の斧』からは今回の事故を受け、心身の調整期間として暫くの休暇を言い渡された。パーティーはしばらくソロで活動してもらい、再編成期間でまた新たなパーティーを割り当てられるとの事だった。

 

 踏破ダンジョンでの未踏部屋の発見、更に銀等級を含むパーティーの唯一の生き残りとして気がつけば『幸運のミズーリ』と呼ばれるようになっていた。噂を聞きつけた冒険者に色々声をかけられたが、ミズーリはただ曖昧に返事をすることしかできなかった。

 

 本当に生き残るべきは自分だったのか、他の冒険者に生存を労われてもその考えだけが頭に浮かび続けていた。

 

 

 

 

 久しぶりに自分の安宿へと戻ってきたミズーリは大した水浴びもせずに固めのベッドへと倒れ込み、ボロボロの天井を眺めながら思案する。

これは本当に現実なんだろうか、もしかして自分はまだあの瓦礫の山の上で倒れたまま走馬灯でも見ているのではないかと思ってしまう。

手のひらをじっと見る。あの時の冷たい感覚はもう無い。

はたして本当に運が良かっただけなのだろうか、目を閉じれば浮かび上がるのは仲間達の姿。朧げな後悔と不確かな悲しみを感じながら、疲労感に流されるままに眠りについた。

 

 

 

 

『この杯を溢れんばかりの鮮血で満たせ。さすれば汝に理を越える力を与えられん』

 

 

 

 

 真夜中、喉を掻きむしりたくなるほどの渇きに飛び起きる。雪崩れ込むように洗面台の水を飲み干すように喉奥へと流し込んだ。

 

 明らかにおかしい。身体の内側から燃え上がるように血液が巡るのを感じる。

 

 バシャバシャと顔を洗い、鏡を見る、そこに写っていたのは変わり果てたミズーリ自身の姿であった。

 

「……なんだよこれ」

 

 元々色白であったその肌は病的なまでに白く、口元からは鋭いナイフの様に研ぎ澄まされた牙が伸びていた。

 驚きを露わにし、呆然とするその二つの瞳は、ギラギラとした真紅の宝石の様な赤色へと変貌していた。

 

「……はぁ???……こんなのまるで……」

 

 ミズーリの脳裏に浮かぶ姿は、闇夜に溶け、生き血を啜る異業種。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)……」

 

 訳も分からず混乱するミズーリ、あたふたと頭を抱えて辺りを歩き回ると視界に真紅のペンダントが映り込む。

 そういえば、どうしてこのペンダントはずっと着けていたままなのだろうか、そもそも病院で目が覚めてから着けた記憶がない。瞳と同じ真紅のペンダント。もしや……

 咄嗟にペンダントに手を掛け、力強く引っ張った。瞬間、心臓を鷲掴みにされたような強い痛みが胸を走る。まるでペンダントに連動するかのように。

 

「……外れない!?!?!?」

 

 ペンダントは己と同化している。首の後ろと紐は溶け合うように一つになっていた。

 変貌した身体、外れないペンダント。怒涛の勢いで発生した不明な出来事の数々に頭を抱えてうずくまる。

 

「どうすりゃあ良いんだよっ……!!」

 

 

 

 彼はまだ知らない、己の身に何が起こったのかを。これから彼に巻き起こる数奇な運命の始まりに過ぎないということを。

 

 彼の物語は未だ始まったばかりである。

 

 

 

 

    電脳妄冒険譚 第一話『幸運』完

 

      ───────────────────────

 

・人物紹介

 

ミズーリ・ロマネコンティ

種族:ヴァンパイア 男

クラス:剣士

使用武器:長剣

等級:鉄Ⅱ級

所属:クラン「黒鉄の斧」

活動拠点:王都パルミークス

異名:『幸運のミズーリ』

 

可哀想な男。パーティーが全滅して何故か吸血鬼になってしまった。

 

 

ガレット

種族:ヒューマン 男

クラス:斥候

使用武器:ナイフ

等級:銀Ⅱ級

所属:クラン「黒鉄の斧」リーダー

 

リーダー。化け物に吹き飛ばされた後、気絶中に食われて死亡。

故郷に妻と子供が待っている。

 

 

メルダ

種族:ヒューマン 男

クラス:戦士

使用武器:長剣、盾

等級:銅Ⅱ級

所属:クラン「黒鉄の斧」

 

ムードメーカーの明るい男。右腕を吹き飛ばされ、その後四肢をバラバラにされ喰われた。

病気の弟の治療費を稼ぐ為に冒険者になった。

 

 

ベニア

種族:ヒューマン 女

クラス:魔導士

使用武器:杖

等級:鉄Ⅱ級

所属:クラン「黒鉄の斧」

 

大人しい人見知り。下半身を削り喰われ、発狂しながら息絶えた。故郷にいる両親を安心させる為にお金を稼ぎに王都へ来た。

 

 

ザンディア

種族:ヒューマン 男

クラス:剣士

使用武器:長剣

等級:銀Ⅱ級

所属:パルパーツの護衛

 

イカつい髭の男。パルパーツが襲われる瞬間に気を取られ、尾に貫かれそのまま頭を齧り取られた。パルパーツに路頭に迷っていた所を拾われた過去を持つ。

 

 

パルパーツ

種族:ヒューマン 男

クラス:貴族

使用武器:装飾剣

等級:なし

所属:なし

 

ふくよかな貴族。化け物に捕まり引きずり回され、右半身がミンチになって息絶えた。

冒険者になろうとした理由は、三男として生まれた為両親に期待されず、偉業を成し遂げて褒めてもらう為だった。

 

 




本小説は、特殊な経緯で誕生した小説です。詳しくは『電脳妄冒険譚』で検索いただけると幸いです。
文体、改行があやふやだったりしますが許してください。

感想等お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。