イグニス・ファトゥウスの贖罪   作:石炭の燃えさし

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 森を突っ切る道を、一台の幌馬車が行く。

 乗っているのは、茶髪の女性。冒険者ギルドの職員の一人であり、今回は実地調査のために駆り出されていた。

 同乗するのは、《至高神》の監督官とそれから彼女らの護衛を務める冒険者の一党。後は、馬を操る御者。

 一行の目的地は、この道の終着点にある村だった。

 

 事の発端は、村の住人であるという男が冒険者ギルドへと飛び込んできたというもの。

 

 曰く、ゴブリンの群れが村を襲ってきた。備えはあるがどれだけ持つか分からない

 

 ゴブリン(小鬼)。最弱の怪物であり、そこらの農夫でも農具を片手に追い払う事が出来る程度の力しかもたない存在。

 背丈は、只人の子供程度の大きさで知能も同程度。皮膚は脆く、力は弱い。骨格、筋力共に貧弱でただ力任せに振るわれた攻撃が致命傷となる脆弱さ。

 新米の冒険者に割り振られる事も多い仕事だ。事実として冒険者のみならず、国からも軽んじられる存在である。

 だが、実際の所その被害は決して軽んじて良いものではない。

 まず、純粋に彼らは数が多い。個体は雄ばかりなのだが、他種族の雌と交配する事でその数はネズミ算式に増え続けていく。

 如何に最弱の魔物であろうとも、囲まれて消耗戦を強いられてしまえば何れは一騎当千の強者であろうとも膝をつく。

 オマケに、彼らは馬鹿だが間抜けではない。加えて、その知能に善良な視点というものは一切なく、只管に悪辣で卑怯で醜悪。

 新米のみならず、中堅以上の冒険者一党が全滅する事もあるのがゴブリンという怪物だった。

 

「生き残っていると思うかい?」

 

 問うのは、監督官。そしてその問いに、女職員は首を振った。

 

「可能性は、薄いでしょう」

 

 無慈悲にも思えるが、彼女は知っているのだ。

 

「ゴブリンが村を襲ったという事は、その前段階で斥候が居た筈です。その段階での通報でしたら間に合ったかもしれません。ですが、既に襲われ始めた所での通報では……」

「でも、所詮はゴブリンだろう?」

 

 口を挟んだのは、犬人(カニス)の青年。彼を頭目として只人の神官、森人(エルフ)の術師、圃人(レーア)の剣士が今回の護衛として付き従う冒険者の一党だった。

 青年の言う事は、ある種のこの世界の常識の一つ。

 

 “所詮はゴブリン”もはやこれは、一種の呪いだ。

 

 事実、被害の多さに対して討伐難易度の低さのせいでゴブリンの討伐に軍が動く事は無い。そして、軍が動かない結果救えたかもしれない命が零れ落ちていく。

 職員も何かを言おうとしたが、結局言葉を紡ぐ事は無かった。自分が今ここで何かを言っても現状に一石を投じる事など出来ないと理解していたからだ。

 それから、幾つかのすり合わせを終えれば、程なくして御者が前方に村が見えてきた事を告げた。

 冒険者の四人がそれぞれの得物を改めるが、その中で森人術師が首を傾げる。その様子を見咎めたのか圃人剣士が声を掛けた。

 

「どしたん?」

「……いえ、村はゴブリンに襲われているのですよね?」

「はい、そう聞いていますが……」

「……頭目(リーダー)、音がしません、ね?」

「ん?……確かにそうだな。この距離なら、馬車の音があっても聞こえる筈だ。ニオイは……こっちが風上で分からんな」

 

 馬車の前方で耳を澄ませる犬人頭目は、首を振る。

 種族柄、森人や犬人は聴覚や視覚に優れている。その為、斥候や弓手などを専業としている場合が多かった。

 そんな二人が、戦闘の気配を探知できない。

 そうなれば、結果は一つ。とはいえ、

 

「調査は必要ですから」

 

 元より助けられるとは思っていない村だ。

 例え滅んでいようとも、引き返す選択は無かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 自分が何なのか。少年は、真新しい包帯に包まれた右手を見下ろして考える。

 小鬼の群れを撃滅した彼を、生き残った村人たちはおっかなびっくり受け入れていた。

 無事だった包帯や村で煎じた()()()()()()などを用いて治療を行い、更に無事だった家畜や野菜など使った食事をふるまってもくれた。

 だがそれは、感謝の印というだけではなかった。

 少年が小鬼の群れを退けたとはいえ、その前の段階で大きなダメージを村は負ってしまっていた。生き残りもそれ程多くは無く復興するにはどうしても人数が足りない。

 故に、村を離れる前に恩人へのもてなしという形で持っていけない財産の消化を行っていた。

 少年としては、申し訳ない、と思ったりもする。

 もしも(IF)自分がもっと早くこの村へと来ていたのなら、悲劇は未然に防げたかもしれないのだから。だが、所詮それは仮定の域を出ない机上の空論。

 仮に、少年が小鬼の襲撃よりも前にこの村に辿り着いていたとして、果たして彼は小鬼英雄に勝てたのか。

 

 結局のところ、神々の意思(骰子の出目)次第なのだが。

 

 右手から視線を外して、少年は空を見上げた。

 青空に白い雲。穏やかな陽気は、眠気を誘う。

 しかし、意識を手放す前に彼の聴覚が自分の元へと近付いてくる音を拾い上げていた。

 

「あちらです」

「ありがとうございます」

 

 顔を上げれば、顔馴染みとなった村人の一人が三人の男女を自分の元へと案内している場面。

 内、二人は揃いの制服に身を包んだ若い女性であり、もう一人は十歳前後の子供のような背丈の剣を背負った青年。

 三人は、少年の前まで足を進めるとその内の代表者であろう茶髪の女性が一歩前へと進み出てきた。

 

「初めまして、私共は冒険者ギルドより派遣されてきました。今回のゴブリンの襲撃に関しての聞き取りを行いたいのですが、宜しいでしょうか?」

「ゴブリン?」

 

 腰掛けていた岩から立ち上がって、少年は首を傾げた。

 頭を過るのは、緑色の醜悪な小鬼たち。

 

「……アレか」

「村人たちの聞き取りから、貴方が多くのゴブリンを屠った事は把握しています。この村には、どんな御用でいらっしゃったのですか?」

「御用……いや、特に用事は無い。単に、道なりに進んでいたら辿り着いただけだ。黒い煙が上がっていたから、火事でもあったのかと思ってここまで来たら、あのゴブリン?が村人を襲ってたんだ」

「成程」

 

 少年の言葉に頷きながら、職員は一瞬だけ斜め後ろの監督官へと視線を送った。

 視線を受け取った監督官は、何も言わずに頷く。嘘は吐いていない、という合図だ。

 

「では続いて、群れの規模に関しての質問ですが宜しいですか?」

「規模……そう言われても、数えてはいないぞ」

「村内に残っていた死骸は、村人の方で纏めていただきましたから。その他に逃げた個体などはいませんでしたか?」

「何匹かは、石を投げて仕留めた……と思う。ただ、正確に全部は分からない。後は、俺よりもデカいゴブリンの親玉みたいなのが居た」

「成程」

 

 職員は聞き取り内容を紙に記していく。その様を、少年はチラリと盗み見ていた。

 

(知らない文字だな。読めない)

 

 書かれている文字は、彼の母国語ではない。であるにもかかわらず、こうして意思疎通を行う事には苦慮しない。

 それがまた奇妙だった。ともすれば、不自然と言ってもいい。

 

 言語というのは、ある日突然話せるようになるわけではない。それは、母国語であろうとも例外ではなく意識的或いは無意識的な積み重ねの結果経験値が言葉という形で実を結んでいるのだ。

 

 少年の中にこの世界の言語に対する積み重ねはゼロである。会話に関しても、彼はこの世界の言葉を話そうと意識している訳ではない。

 そんな疑問は、しかし口に出す訳にはいかなかった。

 出した所で解決策がある訳でもない。不都合が無いのなら、余計な火種を撒く必要はない。

 

 一方で、職員側も判断に困っていた。

 

(ゴブリンを討伐したのは、まず間違いなく彼。でも、数十体規模の群れを一人で、そしてその頭目だっただろう上位種を打倒した……得物は、あのハンマー)

 

 職員が見たのは、少年が腰掛けていた岩に立て掛けられた一本のハンマー。

 ヘッドから柄の先までその全てが、()()()。表面には亀裂が走っており、命を預ける得物として見るのなら落第生だろう。

 そんな代物で、最弱の怪物であるゴブリンを複数体打倒する。オマケに、上位種と思しき存在を撃破。《至高神》の監督官が嘘をついていないとお墨付きをもらった以上、そこに疑いは無い。

 問題は、

 

「村人からの聞き取りの際に伺いましたが、()()()を灯しておられたと」

「……そうだな」

「そちらは、魔法でしょうか?」

「魔法…………それは、必要な事か?」

「そうですね。資料はなるべく詳細に残しておく必要がありますから」

 

 職員にそう言われ、少年は頭を掻いた。

 青い炎。それは、完全燃焼によって起きた科学的現象、()()()()。どちらかというと、科学とは真逆のオカルトに類するもの。

 同時に、少年は己の身に起きた事象を魔法である、とは考えていなかった。いや、彼自身に魔法に関する知識も経験も無いのだが。

 どう説明したものか。感覚的な部分が大きい自身の力に対する言葉を選ぶ少年。

 その直後の事だった。

 

 甲高い笛の音と、直後に獣の咆哮が村に響き渡る。

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