最推しの羽川翼と付き合いたい 作:羽川翼はヤベー奴
世界にとっての異分子を消し去る自浄作用ではないということですね。
仮にもしそうなら、過去にタイムスリップ(別の世界線だとしても)をした阿良々木とキスショットは、『くらやみ』に消されていることでしょう。
「なあ、神原。お前って只之の事は知っていたのか?」
忍野の依頼で北白蛇神社に御札を貼りに行く道中の
只之は誰とでも仲良くなれる男子として、学校で誰よりも顔が広かった。
「私も公立清風中学校の出身だからな。もちろん、知っていたぞ!」
「へー、やっぱりそうだったのか」
あの戦場ヶ原でさえ只之のことを認識していた。
母親のためにスターとして振る舞っていた事を考えると、周囲の事はちゃんと調べていたのかもしれない。
だが、何かしらの確執はあったのだろう。
前に戦場ヶ原は言った。
「嫌いというわけでもないけれど、もし『仲が良い』なんて噂を流されてしまうと殺意を抑えられず、衝動的に殺してしまいそうになるわ」
「それは只之を?」
「彼とその噂を口にする者よ」
その言葉を聞いて毛嫌いしているのだろう事は分かった。
「だけど、これはしょうがないことなのよ阿良々木君。太陽が東から上がり西へ沈むように、私の意思では変えることができない不変の原理なのよ。この世界がそうしろと私に言ってくるのだから、私のような流されやすいか弱き女には逆らうことなんてできるわけもないわ」
「人を殺す理由に太陽の日周運動を使った上に、その太陽に全ての責任を擦り付けるする図太い奴なんて、世界中を探してもお前しかいねえよ!!」
それで話しは終わった。
『さらに踏み込んで来れば殺す』とでも言いたげな視線を向けられてしまい、この先は何も聞けなかった。
何をしたんだろうか只之の奴。
そこの辺りの距離感を見誤る奴ではないと思ってたんだけど。
「(……というか、僕の彼女が僕の友達を殺そうとしてくるんだけれど、僕は何故こんなことでドキドキしなくてはならないんだ?)」
恋人とのドキドキは冷や汗が出るものではなかった筈なのに……。
そう言えば、戦場ヶ原と付き合ってからはこの手の疑問が増えた。
「(僕は戦場ヶ原と『
それなりに恋人らしいイチャイチャはしてるつもりだろうけど、気に入らないことへの八つ当たりをする相手も基本的にまた僕だった。
それを戦場ヶ原なりの恋人に向ける甘えだと思うようにしているが、どうにも物騒で怖い。
……近い将来、この怖さを恋のドキドキだと錯覚してしまうときが来るのだろうか?
「確か、只之先輩は戦場ヶ原先輩とは既に絶縁のような関係なのだったか?」
「ああ、だけどそれもおかしいんだよなぁ。『別に嫌いではないしどちらかと言うと感謝もしてるくらいだけれど、彼とは仲良くできるとは思わないわね』だってさ」
「嫌いでもないし感謝もしている……仲良くしたくない理由を探す方が難しくないか?それこそ、『生理的に受け付けない』ぐらいの理由がなければありえないと思うが……」
そう、あの2人の関係性は異質だ。
嫌いと言うわけでもないのに距離を取っている。
あの2人をそこまで引き離す理由が僕には全く思い付かなかった。
「って、おっとっと!私としたことが横道に逸れてしまったな。私と只之先輩は…………って、いや、待てよ?横道と横乳って言葉が似てないか阿良々木先輩っ!これは世紀の大発見かもしれないぞ!」
「横道にズレた話を元に戻すかと思ったのに、一秒後に別の横道に入って行くんじゃないッ!『自分で気付くなんてちゃんとしてる後輩だな』っと、一瞬でも思ってしまった僕の感心を返せッ!」
「正道を外れて横道に行く……おおっ!これだけで凄まじくエッチだろう!?整備された歩道から獣道を想像できないか!?それに加えて横乳なんて……もう狙っているとしか思えない……!私は真正面から正々堂々と曲がらずに、横道へクラウチングスタートを決めるぞ!」
実際に石の階段の上で、クラウチングスタートの体勢を取っている後輩が後ろを見れば居た。
馬鹿だ。
僕の後輩はどうしようもなく馬鹿だった。
それから、神原がそのポーズのままお尻を叩かれたいとかなんとか言って話は続き、そのやり取りを約十分程度。
充分に楽しんだあとに彼女はすくっと軽やかに立ち上がると、また僕の隣で階段の登り始める。
「それで、只之先輩との関係だったか。特に仲が良いというわけでもないな。同じ学校だったというだけで学年が違ったから関わり合う機会もなかった」
「まあ、それもそうか」
学年が違えば関わり合う機会も無いだろう。
「阿良々木先輩の噂を私は度々聞いてはいたが、只之先輩の伝説もかなり轟いているぞ。他校の生徒同士でありながら2人はゴールデンコンビで有名人だったからな!」
熱に浮かされたように神原は語り出した。
「人助けをしまくっていたとか暴走族を2人で壊滅させたとか噂になっていたぞ!」
どうやら成り行きでそうなってしまった事を、どうやら大袈裟に言われているみたいだ。
「中学での只之先輩の人気は本当に凄まじかった!学校外でやってる事は不良なのに、学校では行事を率先して行い人望も厚かったな!」
「まあ、それは聞いてるよ。っていうか、それは今も変わらないだろ」
教室の休み時間には只之目当てで女子がやって来るほどだ。
全く、イケメンというのは恵まれてるよ。
「でも、何というか問題児なのに優等生というチグハグな人という印象だったな。それこそ、阿良々木先輩の不良っぷりの方が納得できた」
「いや、ちょっと待て。僕は校則違反なんてしていない普通の男子高校生だ」
よく分からない冤罪は止めて欲しい。
どうせ、只之と比べられて僕の方が陰気だという事が不良っぽいに繋がったんだろう。
迷惑な話だ。
「……でもまあ、僕と只之の付き合いは長いよ。僕もあいつもトラブル体質っていうかさ。面倒事に巻き込まれやすいから困ったら協力して解決してたし」
暴走族の件もお互いの妹が拉致されて協力して助け出した。
より深く一緒に行動するようになったのはあれからかもしれない。
「よくよく考えてみると、僕と只之が本格的に仲良くなったのは、屋上から飛び降りようとしていた僕の妹である月火ちゃんを、町の中を散歩していた只之が偶然見付けて、地面に激突する前に助けたところから始まったんだよな。只之にはいつも迷惑を掛けてるよ」
「……ちょっと待ってくれ!?と、飛び降り……ッ!?今、さらりと恐ろしい言葉が出た気がするのだが!?」
動揺を露にする神原。
まあ、そういう反応にもなるだろう。
「昔の月火ちゃんは本当に怖いもの知らずでな。好奇心に負けて飛び降りをしてしまったらしい。只之が居なければ大事故だったぜ」
「いや、大事故って……どちらかというと、尊い命が自らその人生を終わらせようとした、一大事というか!大惨事と言うべきな気がするのだが!?……え?あれ?私が間違っているのか?おかしいのは私なのかッ!?」
まるで怪異に出会ってしまったかのような
そう、もう起こり得ないことなのだ。
だから、安心をしてくれ。
「そんなわけで、私が知っているのは人から聞いた噂程度だぞ?そして、多分ではあるけれどどうも私は只之先輩から距離を取られているようでなぁ……実は、下ネタが苦手な人なのかもしれない」
「そうなのか?そこまで下ネタが苦手ってイメージも無かったけど」
ようやく長い階段の半分を通過する。
神原が横乳を……違う。
横道の話をし続けたせいだ。
「うーむ……忍野さんの話しによれば、今の只之先輩は羽川先輩の理想像だったか?あそこまで文武両道の男性を想像できるというのも想像力豊かなのだなぁ。ハッキリ言ってしまうと意外だ。そして、その想像力を分けて欲しい!」
誰しもがこうあって欲しいと思えるような、そんな少女漫画から出てきたような男こそ只之天翔だった。
だから、その明確な理想像を思い描ける羽川の妄想力が、心底羨ましいとか言ってる神原だが、僕はそれを否定する。
「いや、そうでもないらしいぞ」
これは僕が忍野に只之の事を聞いた日。
僕が忍野から只之に憑いている、『運ぶアヒル』の存在を詳しく聞いていく内に忍野は言った。
「正し過ぎる委員長ちゃんの思い描く人間の理想像っていうのは、社会的に、倫理的に、そして人間的に正しいことをする人間のことなのだろうね。その上で、自分にはできないのルールに縛られずに、真正面から壊していく男の子が理想の男性像なのかもしれない」
「羽川が思い描く男の理想像か……」
まるで、只之がレールの上の走らされているような気がしてしまう。
そうなることを只之が望んでいたとしても、それは本当に正しいのだろうか?
「ッハハー!だけどそれを加味しても、本当に委員長ちゃんは大したものだよ。普通なら自分を苦しめる何もかもを自分の代わりに攻撃して欲しいだとか、そんなことを考えてしまいそうになるのが普通だ……まあ、もしかすると、そういった委員長ちゃんの願望を、只之君が全て拒否しているだけなのかもしれないけどね」
それを聞いて、思わず目を見開く。
「拒否をしている?なら、只之とアヒルの関係は既に終わっている筈じゃないのか?只之が自分からアヒルの在り方を否定しているじゃないか」
それは羽川の願望の否定だ。
それは怪異の在り方と矛盾している。
「いや、それは違うね。『鴨が葱を背負ってくる』という
忍野は全肯定が『運ぶアヒル』ではないと言った。
「確かに『運ぶアヒル』はお腹を空かせた誰かの願いを、宿主を使って叶える怪異だ。でも、葱を背負ってるアヒルだって鉈を振りかぶられれば、尻尾を巻いて逃げるだろ?あくまで、もたらされるその幸運はアヒルの意思じゃなく結果論なんだよ。願いを叶えたいだけで死にたい訳じゃない。矛盾をしているようだけどアヒルが足掻くのは許容されてるんだよ」
『自分が死んでもいいから叶えたいと考えるなら話は別だけど』と、忍野は笑う。
「鬼やら蟹やら蝸牛やら猿やらの怪異と出会った阿良々木君なら分かる筈だ。どの怪異も消滅したがった怪異なんていない……まあ、1人は考えを変えたようだけど怪異も生きているからね。基本的に宿主と心中してやろうなんて考える存在はいないさ」
生存本能が怪異にはあるという。
確かに、どいつもこいつも意思があった。
「つまり、その洗脳を抵抗せずに受け入れるかどうかは只之君の意思次第であると同時に、絶縁状を只之君が委員長ちゃんへ明確に叩き付けることをしなければ、アヒルの呪いは何をしたって継続してしまうってことだね」
YESかNOの最終的な選択権は只之が手にしているという事か。
だが、只之は羽川を信じきっているために、9割近く羽川からの願いを叶えてしまう。
結局は都合の良い操り人形から脱却する事はできない。
「阿良々木君。君も相手が戦場ヶ原さんや委員長ちゃんの無茶振りでも、拒否をすることぐらいあるだろう?どれだけ受け入れてあげたいお願いでも、そこに否定する強い意志があるのなら、自分の価値観から当然否定するぐらいするよ。でも、それで『絶縁します』とはならない」
「……ああ、そうだな」
その言い分には納得できた。
僕だって2人に火憐ちゃんと月日ちゃんに兄妹の縁を切ってくれと言われても断る。
でも、それで関係性は切れないし切れないように努力するだろう。
妥協できるように言葉を尽くすし、喧嘩をしているなら仲裁する。
きっとそれは、羽川のために人生を全てを掛けて一心に努力をしてきた只之ならば尚更だ。
「でもそれが本当なら、アヒルさえ退治できれば羽川と只之は結ばれるってことだよな」
羽川が『鴨』ではなく『葱』を求めるのは、昼間に出ている月よりも眩しく暖かみを与える太陽に対して、意識が向いてしまうことと同じだ。
言ってしまえばその存在が霞み、正しい評価ができなくなってしまっている。
只之が羽川の真の理想の体現者なのだ。
アヒルさえ居なくなれば只之と羽川は何一つ問題なく、そのまま二人は結ばれることになる。
「──さあ?それはどうかな」
「え……?」
思わずそんな間の抜けた声を出してしまう。
まさか、否定されるなんて思ってもいなかった。
他でもない自分自身が思い描く理想像の異性が、自分のことを好きだと言ってくれているのだ。
好きにならないわけがない。
そんな僕の思い込みを正すように忍野は言った。
「理想のタイプが好きになる人とは限らないからね。君だって恋人として付き合ったのは、エッチな本の表紙と似ていた委員長ちゃんじゃなくて、理想の彼女像からは誰から見ても遠い、バイオレンスなツンデレちゃんである戦場ヶ原さんだったろう?」
君のタイプが戦場ヶ原だったとはとても思えないと忍野は言い、僕もそれには同意をしてしまう。
「白馬の王子様に憧れたとしても、妃様になりたいかどうかは別の話だし、実際に自分と相性が良い相手が、理想とは大きくかけ離れていたなんてのはよくある話だよ。思っていた恋人と想っている恋人が違うように、人の感情に絶対は無いんだぜ、阿良々木君。主きを置くべきは感情の正しさじゃなくその重さだよ。他でもない君自身がそうあるようにね」
そこまで話し終わると同時に階段を登り切り、忍野から渡された御札を神社に貼り付ける。
「……それにしても、アヒルというのは何とも気が抜けるな」
「うん?どういうことだよ?神原」
「いや、私のイメージでは白くて丸いあのフォルムが脳裏に思い浮かぶのだ。それが怪異というのがどうにもな。それに鴨なんだろう?恐ろしいイメージが全然浮かばないぞ。いっそのこと『鴨葱』とかはどうだ?それでもポケ○ンみたいではあるが多少はマシになると思うのだが」
料理をしようとしている人間の前に、別の食材を伴って現れる気の抜けたアヒルの姿が思い浮かぶのだろう。
『猿の手』を左腕に宿し、『レイニーデビル』となって暴れた神原からしてみれば、アヒルというのがポップなイメージしか与えられないのも無理はない。
「ああ、なるほど。実は僕も似たようなことを言ったら、忍野はアヒルも大して違いはないって言ってたよ。それこそ忍野は宛字を当て嵌めて『
「……いや、寡聞にして存じ上げず申し訳ないのだが、大蒜とはなんだ?聞いたこともない」
「大蒜ってのはニンニクの昔の言い方と漢字だ。ほら、この漢字だよ」
携帯に文字を打ってその漢字を神原に見せる。
「そして亜というのは亜音速。亜音速の説明はわざわざしなくても分かるだろ?」
「ああ、もちろんだ!阿良々木先輩っ!音速よりも速いのが亜音速だ!」
その言葉にズッコケる。
「いや、違う!亜音速は音速よりも遅いんだよッ!自信満々で間違ったことを言うな!」
「え…………ええっ!?そ、そうなのか……?いや、素で勘違いをしていた。そうだったのか」
神原の勘違いを正して説明に入る。
「それで、亜というのは、『二番目』、『次』、『醜い』と言った意味があるらしい」
「え?本当なのか?いや、なんというか、それはまさしく……」
「ああ、価値が『葱』の二番目になる『鴨』のそのものだ。亜のもう一つの意味である『醜い』も、『鴨が葱を背負ってくる』という
まさに、『亜』という漢字は『鴨』を言い表す言葉なのだった。
「そして『蒜』はニンニクを指していることが多くあるけれど、正確にはユリ科の
「おおっ!感心だ!もしかして、その言葉を作ったのは忍野さんなのか?」
「ああ、『なかなか上手く言えたんじゃないかな?ッハハー!僕のセンスもあながち悪くないかもね?』って言ってたぞ。そのあと、『でも、この怪異の匂いはどこかで嗅いだことがあるんだよなぁ……』なんてことを言ってたけどな。それを忍野が思い出してくれさえすれば、何かしらの突破口になるかもしれないけど、今は様子見が限界だよ」
そんなほとんど雑談に近いことを言いながら、長い階段を下り切り学習塾跡に向かって歩いていく。
そして、帽子を深く被った女の子と僕は擦れ違った。