【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
一人の純真無垢な少年が、百合モンスターに変貌を遂げた頃。
フェクトム総合学園で最も変態から遠い少女、照上ミズヒは一人でダンジョン攻略に来ていた。
片手に『ちょっとナカヨシ! ダンジョン君』を起動したダイブギアを持ちながら、ふらふらと移動する。
特区は相変わらず荒れ果てた野原の様であり、周りを囲む校舎という名の観測所は初夏の蜃気楼で揺らめいていた。
「……太陽は、焼却できるのだろうか」
ミズヒは青空の中央に君臨する太陽を睨みつけた。
暑さがいよいよ本格的になってきている。
今までフェクトム総合学園にはクーラーなる高級品は存在していなかったが、今年は優秀なメカニックが全部屋に付ける予定らしい。
それを聞いた時、ミズヒは過去一番に感動し思わず男泣きをしそうになってしまったほどだ。
「クーラー、今日完成しているといいが……確か、発明品を皆で精査するとか言っていたしな」
ミズヒの認識は少し間違っていた。
今、フェクトム総合学園で行われているのはミユメの脳内にあったネームレスの道具を作り出してみよう、の会である。
そして、ヒノツチ文化大祭に先駆けて行われた性癖博覧会だ。
「クーラーの効いた部屋でアイスを食べる。うん、こんな至上の極楽が存在していいのか……!?」
存在しない未来に思いを馳せ、人数分のアイスを買っていこうかと考え始めた頃だった。
ミズヒのダイブギアから緊急のアラートが鳴り響く。
「緊急の救援依頼か」
周囲の人間に優先的に送られる救援依頼に、ミズヒは足を止める。
場所は随分と近い。
まるで、ミズヒが来ることを待ち望んでいたかのようだ。
(これも縁か)
ミズヒはフッと微笑むと、脚に焔を纏わせる。
そして、凄まじい爆炎と衝撃を残してその場から消え去った。
■
アリアンロッドの最上階。
ダンジョンコアの輝きを観測するその部屋で、理事長は一人で天井を見上げていた。
星々のように煌めく美しいダンジョンコア。
その一つ一つが滅びによってもたらされたものだ。
理事長は、そんな輝きを脳に刻み込むようにジッと見つめている。
と、すぐそばに少女が姿を現す。
音も影も、否、そもそも現れる前兆がなかった。
あるいは、最初からその場に存在していたのかもしれない。
銀色の髪を短く切り揃えた少女は、理事長へと一つのスマホを差し出した。
画面の端にひびが入り、ケースの塗装が一部剝げているそのスマホには可愛らしいストラップが揺れている。
「お電話です、マスター」
「そうか。ありがとう、ソルフィ」
ソルフィと呼ばれた少女は、頭をさげて一歩下がる。
受け取ったスマホを耳元に当て、理事長は穏やかな表情で口を開いた。
「やあ、こうして話すのは久しぶりだねラッ『ごめえぇぇん!!! 理事長!!』……うん、元気そうで何よりだ」
鼓膜をまとめて数枚破られたかと錯覚してしまうほどの大きな声での謝罪。
理事長は一瞬顔を顰めたが、その元気も良し、と再び笑顔になる。
「いきなり謝罪なんて君らしくないな。いつもは後輩の事を真っ先に聞いてくるじゃないか」
『それも聞きたいんだけど! でも今はマジで緊急事態だからー! ……って、ガーデナー君下がって下がって! 君自身は戦えないんだから!』
向こうから聞こえる少女の声に紛れる多くの爆発音に破砕音。
時折聞こえる水っぽい物が破裂する音は、妙に生々しい。
『で、どこまで話したっけ!』
「なにも聞いてないよ」
『そっかぁ! じゃあ端的に言うよ――昨日教授が天使を数体盗んでいきやがった! そのせいか、天使が学園に大挙して押し寄せてきたから、報告が今になっちゃった』
その言葉だけで、理事長はおおよそ事態を把握した。
「……成程」
『私とガーデナー君も止めようと頑張ったんだけど教授は無理だわ、うん。私だけで二百は殺したのに。全然意味ないもん』
「いや、構わないよ。それはこちらで処理するさ。むしろ、二百もあの教授を殺せたことが驚きだ」
『そうかな? まあ怒られないならヨシ!』
少女は明るい声でそう言った。
同時に、向こうから何かが崩れ落ちる音が聞こえる。
が、理事長は気にせずに会話を続けた。
「厄災の方はどうだい? 私はそっちの方で連絡をくれたのだと思ったのだが」
『ああ、そっちは大丈夫。問題なくそっちに行くよ。このままの速度だと……明後日かな?』
「明後日か……」
『え、問題ある感じ? なら、私がこっちでサクッとしばこうか? それで死骸だけをポイする?』
「いや、問題ない。むしろ、君がそっちで殺しては滅びの法則が崩壊しかねない。手筈通り頼むよ。……ただ、その日は騎双学園と御景学園の領地戦が在ると思ってね」
『え、あそこが戦うの!? 見たかったー!』
間もなく始まる領地戦。
数年は語り継がれるだろう大きな時代の転換期にどうやらそれは訪れるらしい。
(偶然ではないだろうね。教授は、恐らくその日に何か仕掛けてくる)
『……ねえ、また何か考え事してるでしょ? 本当にそういう所良くないよ、全く』
「ははは、そうだね。なに、ただ領地戦が楽しみだと思っただけさ」
『お気楽さんめー。……あ、また天使来た。理事長、もう切るね。また学園に天使共がカチコミ仕掛けて来たからさ、サクッと殺してくる。……ほら、ガーデナー君も起きて。……いや、女の子になってもダメです。というかその性別コロコロ変えるの見てて怖いから止めろって言って――』
にぎやかな声と共に、通話が終了する。
理事長は、通話が終わった画面を見て、微笑ましい物を見るかのような眼を向けるとソルフィに言った。
「領地戦、録画して送ってあげようかな」
「手配します」
「ありがとう。じゃあお願いね」
スマホをソルフィに返し、理事長は再びダンジョンコアの輝きを眺める。
そして、唐突に「ああ」と声を上げた。
「後輩も参加するって言ってあげれば良かったな」
■
照上ミズヒに送られた緊急の救援依頼。
その反応があるダンジョンの内部は、随分と簡素だった。
「……なんだこれは」
灰色の壁に四方を覆われた部屋。
その中央に救援依頼をしたであろう生徒が倒れていた。
地面にうつ伏せの少女の周りには血だまりが出来ている。
「っ、大丈夫か!」
ミズヒは駆け寄り、そしてすぐに少女を焔で包んだ。
と、同時。
「――っ!?」
焔に包まれた少女が破裂する。
辺りに舞う白い羽に、どこからともなく聞こえてくる笑い声。
ミズヒは、自分が誘いこまれたのだと気が付いた。
「これは……ケイが言っていた厄介ファンか」
違う、と突っ込む人間は今はいない。
幸運な事に、ケイは「厄介ファンは、いきすぎた行動をしたらボコボコにして良い」と教えていた。
ミズヒはすぐに二丁拳銃を構えて、静止する。
待つこと数秒、部屋の角が歪み初め何かが飛び出してきた。
「遅い」
が、その瞬間にそれを撃ち抜きミズヒは焼却する。
それが合図になったかのように、次々と部屋中から何かが飛び出してきた。
ミズヒはそれを冷静に焼却しながら観察する。
(鳥……か?)
それは、鳥であった。
が、違和感があるのは全ての個体が欠損している事だろうか。
脚が捻じれている鳥もいれば、くちばしが裂けている鳥もいる、さらには羽が千切れた個体さえ。
傷つけられたのではなく、最初からそうデザインされたかのような歪さを持つ鳥は、次々とミズヒに迫っていく。
が、その中の一羽たりとも触れる事すら叶わない。
「小賢しいな」
ミズヒはそう言って、引金を床に向けて引く。
すると、床を伝い、壁、天井へと広がった焔は、そのままダンジョンそのものを燃やし始めた。
「他愛もないな。次はもっと楽しめるものを持ってこい」
ミズヒがそう告げる頃には、その場所はただの特区へと変わっていた。
ダンジョンを構築する魔力がなくなり、辺りが元に戻ったのである。
「……む、私の厄介ファンがいない」
てっきりダンジョンそのものを燃やしたら下手人が出てくると思っていたミズヒは首を傾げる。
そして、気が付いた。
「ダンジョンコアはどこだ? 残るように燃やしたはずだが」
ダンジョンを構築するにはダンジョンコアが必要不可欠である。
基本的には、ダンジョン主の体内に内包されており、たまに別で存在している物もあるが、そのどれも必ず最後には物質として残った。
が、今は違う。
ミズヒを誘いこむような罠に、不気味な見た目の怪物。
そして、存在が消えたダンジョンコア。
明らかに何かが異常だった。
今までダンジョンのゲートがあった場所を眺めながらうんうんと唸るミズヒ。
しかし、情報が少なく考えようがない。
そうして困っていたところに、通知音が聞こえた。
「ん?」
ダイブギアを起動してみれば、トアからのメッセージのようだ。
ミズヒは興味本位でそのメッセージを開く。
すると、一枚の写真が展開された。
つい先ほど撮られたであろう集合写真のようである。
が、見知らぬ顔が二つあった。
「……こっちは、ミロクの言っていた神宮寺家の御曹司か」
少年の方はすぐに思い当たった。
たしか、今日企業が来るとミロクが言っていた気がする。
ミズヒは少年を品定めするように見て、頷く。
「この齢にしては随分と良い目をしているな」
無邪気でありながらもどこか覚悟を感じる目をミズヒは気に入った。
彼が望むなら稽古をつけても良いかもしれないと思いながら、ミズヒは視線を移す。
そこには完全に見知らぬ美少女がいた。
真っ白なワンピースを着た黒髪の少女。
丁寧に手入れをされ育てられた花というよりは道端に咲いている、そんな清貧で純粋そうな少女。
写真では中央で微笑んでおり、どこか恥ずかし気だ。
「誰なんだ……?」
ミズヒは困惑する。
困惑して、考えて、そして。
「アイス、追加で買うか」
アイスの買う量を増やすという結論を導き出した。
その頭には、もう先程の異形のことは無かった。