【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第133話 潜入

 ソルシエラが天使と戦う少し前。

 吾切リンカは銀の黄昏の本部にたどり着いていた。

 

 いくつかの特殊な手順を踏み、偶然ではあり得ないルートを進むことでようやく到達できるそこは、ダンジョン空間を利用した隠れ家でもある。

 

(ここにきっとある。こんな手間のかかった事をする理由が必ず)

 

 騎双学園と御景学園間の憎悪の加速があくまで何かを手に入れるための手順でしかない事にリンカは気が付いていた。

 そして、その何かもおおよそ想像は出来ている。

 

(天使の使役……間違いなくあれは銀の黄昏の仕業だろうね。という事は、奴らの狙いは天使関係かな)

 

 荒れた神殿の中をリンカは進む。

 

 地面を這う無数の配線は、神殿の雰囲気を無視して歪なものに仕上げている。

 柱に括りつけられた機械や放り投げられた何かの基盤は、銀の黄昏の天才が捨てた失敗作だろうか。

 

(とにかく誰にも見つからないように進まないと。教授や博士に見つかったらおしまい。またウロボロスなんて嫌だからね……)

 

 周囲を警戒しながら進むリンカは、何やら声が聞こえて足を止める。

 

「……っ」

 

 壁に体を貼り付け、声の主を探ろうとしたその時だった。

 

「つめたっ!?」

 

 体を寄せた壁の冷たさに、思わずリンカは声を上げてしまう。

 まるで氷を押し付けられたかのような暴力的な冷たさ。

 

 気が付けば、辺りには冷気が漂い地面が凍り始めている。

 

(これは……一体何……!?)

 

 教授や博士ではない。

 新たな存在により齎された現象は、より自然的でそして暴力的であった。

 

(マズい。私の知らない間に誰か新たなメンバーが加入したのかも。なら、一時撤退をしないと――)

 

 そう思い、その場から離れようとしたその時。

 氷の主は自ら姿を現わした。

 

「ここにいるのかネズミ風情がぁ!」

 

 壁が、薄氷のように割れる。

 そしてとび出る一本の腕。

 

「ッ!?」

「ははははは! 捕まえたぞ!」

 

 回避しようとするリンカをあっさりと捕まえたその腕の主は、さらに壁を崩壊させて姿を現した。

 

 紺色の髪に、朱い目。

 騎双学園の制服を身に纏い、腰に取り付けられたマントが揺れるその少女こそ。

 

「この氷凰堂(ひょうおうどう)レイの目を欺けると思うなよぉ!」

 

(なっ、なんでここに騎双学園の生徒会長が!?)

 

 生徒会長であり、六波羅と共に騎双学園の頂点に君臨するSランクの一人。

 それこそが、氷凰堂レイという少女であった。

 

「教授共ぉ! 伏兵でこの()()()()を殺そうとしたか! あっははははは、無理無駄無謀! こんな凡百の雑魚一人で何が出来るかぁ!」

 

 大きく開かれた目が、狂気を強く感じさせる。

 ブレーキの壊れた車を彷彿とさせるその言動とは裏腹に、能力の使用は精密に行われていた。

 

「っ、うご、けな」

「貴様の体は凍結した。愚かな奴だ。このワタシ様を殺そうとするとは……どれ、貴様を人質にして教授共と交渉してやるとしようか!」

 

 直立不動で動けなくなったリンカを、レイは軽々と肩に担ぐ。

 そして、目の前の壁を凍結させてその中へと直進した。

 

「壁は壊すもの! 扉は破るもの! そして罠は踏み砕く物ォ! さあ教授、出てこい! 貴様の餌に釣られてやったぞ! 天使の使役術を寄越せ!」

 

 そう叫びながら、レイは道なき道を爆走する。

 堅牢であるはずの壁が、凍てつき次の瞬間には割れていく様は傍から見ていると圧巻である。だが、肩に担がれているリンカは気が気ではなかった。

 

(何これ何がどうなってるの!? 騎双学園の生徒会長がここにいるなんてあり得ない!)

 

「ど、うして」

「知りたいか! そうだろうとも無知蒙昧な貴様では理解すらできないだろう。ワタシ様は温度の違いに敏感でな! 氷を張った場所にいる生物の事を感知できるのだ! それで貴様の居場所を察知し真っすぐ突き進んできたわけだよ!」

「そういう、こ、とじゃ」

 

 どうやらレイは勘違いをしているようだった。

 気持ちよさそうに説明をしており、その声が中々に大きいためリンカは否定できずにそのまま担がれている。

 

 が、その思考は止めていなかった。

 

(天使の使役術を奪うために来たのかな。そんな事を言っていたけど。……なら、やっぱりまだ騎双学園は天使を操れないんだ)

 

 偶然ではあったが、確かに一つの謎が解決した。

 リンカの予想通り騎双学園に扮した銀の黄昏が、裏で暗躍していたのである。

 

(こいつを上手く使えば、何か証拠を持ち帰ることができるかも……!)

 

 リンカの目的は、銀の黄昏の計画を知る事。

 そして、騎双学園が無関係であるという事を示す証拠を手に入れる事だった。

 

「……お前、何かまだ腹の底に隠しているな?」

「っ!?」

「この私に対してその様な目! 随分と余裕そうじゃないか。人を値踏みするとはいい度胸だぁ!」

 

 レイは走りながら、能力を行使した。

 レイの能力は、氷を操ることから始まり、万物の凍結にまで至る。

 

 抵抗すら許されずに、リンカのダイブギアが凍結。

 管理されていた拡張領域の防護プログラムが機能を停止した。

 

「今の貴様に能力は使えない。ならば! 次に警戒すべきは拡張領域の中! 聖遺物を隠し持っているのだろう、ワタシ様は詳しいのだー!」

 

 レイがリンカの拡張領域を無理矢理こじ開ける。

 そして、中身を手あたり次第掴んでは自分の拡張領域の中へとしまい込んでいった。

 

「あ、ちょ、っと……やめ」

「あっはははははは! 貴様の持つ物は全てワタシ様が頂いていく! 次は気を利かせて菓子の一つでも入れておくことだなぁ!」 

 

 豪快に笑いながら、小悪党のような事をするレイは、リンカの持つ暗殺道具や普段使いの文房具に至るまでその全てを拡張領域の中に入れた。

 

 その姿は、昔話なら間違いなく痛い目を見る者ではあるが、彼女は絶対者。

 概念を凍結させる彼女はそのような理に縛られない。

 

「出てこい教授! こいつの万策は尽きたぞ! 同胞を見捨てるつもりかぁ!」

「だ、から、私は」

 

 辺りを凍てつかせながら騒ぎ立てるレイ。

 リンカにとっては何よりも最悪な事態であった。

 

 と、その時。

 

「……これは一応は罠に掛かったでいいんだよね」

「! あっはははは! 来たか教授ぅ! 遅かったじゃないかぁ!」

 

 漂う冷気の向こうから、教授が姿を現わした。

 その顔は、どこか困った様子にも見える。

 

「うーん、すまない。こちらも色々と準備があってね。……さて、どうしようかな。お茶でもしようか?」

「断る! 交渉ではなくこれは私からの脅迫だ! 見ろ、貴様の同胞はすでに捉えたぞ!」

 

 そう言って、レイはリンカを突き出す。

 教授とリンカの目が合う。

 

 リンカを見て、教授は少し驚いた様子だったがすぐに柔和な笑みを浮かべた。

 

「そうか、生き残っていたのか。元気そうで何よりだよ」

「……っ、どの、くちが」

 

 リンカは睨み付けるが、それでどうにかなるわけではない。

 現状、リンカは最も無力であった。

 

「コイツがどうなっても良いのか? 殺されたくなければ天使の使役術を教えろ!」

「構わないが……それはいらないなぁ。もう不要だ」

「……貴様、同胞を見捨てるのか?」

「いや、彼女は無関係なんだよ。だから、それで脅迫は無理かな」

 

 教授の言葉に、レイは信じられない様子でリンカを見る。

 そして、口周りの凍結を解除した。

 

「今のは本当か?」

「本当だっての! 何回も言ったでしょこの馬鹿! むしろアイツに殺されかけたから、どっちかと言えば敵だよ!」

「そうか……すまない!」

 

 そう言ってレイはリンカを後ろに放り投げた。 凍結は既に解除され、リンカは空中で姿勢を整えて着地する。

 

「投げるなぁ!」

「指図するなぁ! まったく、ネズミはネズミでも野ネズミだとは……! だが、教授よ、確かに聞いたぞ! ワタシ様に天使の使役術を寄越すと言ったな!」

 

 腰に手を当て威張る様な態度のレイに対して、教授は穏やかに首肯する。

 

「ああ、言ったよ。代わりにこちらもお願いがあってね」

「言ってみろ」

「トリムの凍結を解除してくれないかな」

「断る」

 

 考える間すら無かった。

 はっきりと、レイは教授の提案を否定する。

 

「やはり、それが狙いだったか。ワタシ様を天使で釣って、トリムの解凍を願うか」

「分かってるのに来たのか。流石は騎双学園の生徒会長だ。怖いもの知らずだよ」

「怖いものなどあるものか。ワタシ様が常に頂点だ。故に、トリムの解凍は許さん!」

 

 瞬間、レイの姿が消えた。

 同時に体がバラバラになり、教授だったものが崩れ落ちていく。

 

 一見して何が起きたのか分からないその光景だが、リンカはすぐに見破った。

 

(アレが時間停止……!)

 

 レイの持つ技の中でも取り分け強力な時間の凍結。

 その間に教授は凍らされて粉砕されたのだ。

 

「アレはワタシ様の手にも余るモノだ。ならば、ワタシ様以下の人類に使いこなせる訳が無いだろう。それに、アレがなくとも明星計画は問題ない」

 

 崩れ落ちた教授を見下ろして、レイはそう吐き捨てる。

 

「銀の黄昏は、明星計画以外にも世界を救う道はあると思っているよ」

 

 返ってくるはずのない声。

 それは今しがた粉砕された教授の方から聞えてきた。

 

「トリムは素晴らしいデモンズギアだ。あの星詠みの杖に勝るとも劣らない」

 

 いくつにも分けられた肉体が、互いに絡み合い再生をしていく。

 そして数秒もすれば、そこには紳士服を纏った教授の姿があった。

 

「……相変わらず腹が立つ。魂の凍結さえ無意味とは」

「いやいや、私の復活を数秒遅らせるだけでも大したものだよ。……だから、Sランクの中だと君が一番厄介なんだ」

「っ!?」

 

 レイは己の感覚を信じて背後に跳躍する。

 その刹那、レイがいた場所を黒い収束砲撃が飲み込んだ。

 

「あれー、獲ったと思ったんだけどなぁ」

「ふっ、この程度の不意打ち、生徒会メンバーで慣れているわぁ!」

「終わってるねその生徒会」

 

 教授の傍に、一人の少女が降り立つ。

 黒い外套の彼女は、教授に馴れ馴れしく「やぁ」と言った。

 

「おや、今日はあっちに専念すると言っていた筈だけどね、ネームレス」

「目を盗んで来たんだ、心配でね。そうしたら案の定」

 

 ネームレスは、レイを見てエクスギアを構える。

 

「ま、完成したこの子の試し切りには丁度いいか。博士に使用したデータが欲しいって言われているし」

「貴様、名を名乗れ!」

「私はネームレス。それ以上でもそれ以下でもない。この世界に存在しない者だ」

「そうか! 私は騎双学園の生徒会長、氷凰堂レイだ! 死にたくなければそこをどけぇ!」

 

 辺りの温度が急速に低下する。

 レイが視認しただけで、教授とネームレスの二人は体を凍結されていた。

 

 勝負は一瞬にして決したかに思われた、が。

 

「ん、つめた」

 

 まるで軽い調子で、ネームレスがそう呟く。

 すると、二人の周りに黒い焔が発生し凍結を完全に焼却して見せた。

 

「貴様……! それは新入りの能力じゃないか! いつか戦いたいとは思っていたが、まさか最初に戦うのが贋作の方だったとはな!」

 

 レイは怯えるどころかさらに興奮した様子で叫ぶ。

 そんな彼女に少し引きつつ、ネームレスは教授に言った。

 

「あの後ろの子は何?」

 

 指をさされたリンカは強張る。

 この場にいる全ての人間が自分を容易く殺しうる存在だ。

 

 元々、諜報のつもりできていたリンカにとってこの状況は想定外であった。

 

「私の元仲間だよ。今は興味がないね」

「そうなんだ……じゃあさ、先に始末していいかな?」

 

 そう言ってネームレスはリンカの前へと転移する。

 その手はしっかりとリンカの胸倉を掴んでいた。

 

「っ、離せ! なにアンタは!」

「なんだろうね。まあ、サクッと死のうか」

 

 ネームレスはそう言うと、その場に転移魔法陣を構築する。

 

「この向こうは天使の住処でね。まあ……そういうわけ。天使を飼うなら餌も上げないと。死体が残らないし、こっちの方が良いよねー」

「っ、天使!?」

 

 リンカはより一層抵抗するがネームレスはその姿に興味なさげにため息をついた。

 それから、リンカを魔法陣に向かって力いっぱい放り投げたその時。

 

「ソルシエラによろしく言っておいて」

「っ!?」

 

 投げる動作の僅かな合間に、顔を寄せたネームレスは確かにそう言った。

 

(ソルシエラの知り合いなの!?  もしかして、私を――)

 

 その疑問をネームレスに問い掛ける時間すら与えられずリンカは魔法陣の中へと消えていった。

 

「ふぅ! お掃除完了! これならこの場も汚れないし、いいよね教授」

「既に誰かさんによって荒らされたあとだがね」

 

 教授はそう言って肩をすくめる。

 

「レイもごめんね。待たせちゃって」

「構わん。弱者は消える当然の理だ。それに、奴は助けを求めなかった。ならば、ワタシ様が動く道理はない」

「冷たい事言っちゃってまあ……」

 

 ネームレスは笑いながらエクスギアを構える。

 それを見て、レイもまた氷の剣を無数に辺りに召喚し、叫んだ。

 

「ネームレス! ここで貴様を倒して、ワタシ様最強説を裏付ける証拠にさせてもらう!」

「天使の使役術はどこにいったんだろう。まあいいや。教授、流石に手を貸して」

「君一人でも勝てると思うが」

「時間が無いの! さっさと戻らないとお説教だよ。それに、地獄の訓練が上乗せされるかも……!」

 

 身震いするネームレスに苦笑いしながら、教授は隣に立つ。

 

「いざ尋常に!」

「はいはいよーいドン」

 

 最強同士の戦い。

 

 その始まりは両者、真っ向からの衝突だった。

 

 

 

 

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