【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第135話 開戦

 

 領地戦とは学園が互いに展開したダンジョンを攻略する速度を競うある種のスポーツでもある。

 

 ヒノツチに来る観光客の中にはそれを目当てにしている者も多い。

 事実、御景学園と騎双学園の領地戦には一目見ようと多くの観客が押し寄せていた。

 

 特区の一部を利用して行われる今回の領地戦は、一度の領地戦のためとは思えない程に大規模な観客席が用意されている。

 聖遺物や魔法を駆使した大規模工事は、ここヒノツチでも滅多に見ないほどだ。

 

 さらに、いくつもの巨大なモニターとスピーカーは、ダンジョン空間を通しても問題ない特別製。

 今回限りのグッズなどを売り出す物販すら存在する。

 

 それだけ、今回のこの戦いは規模が大きいものなのだ。

 

 学園都市ヒノツチの歴史の転換期。

 間違いなく数年は語り継がれるであろう、騎双学園という名の帝国の崩壊を観客は待ち望んでいた。

 

「――うん、そろそろかな」

 

 森林にひっそりと建つ寺院に腰を下ろしたまま、ユキヒラはそう呟いた。

 

 彼の背後には、ダンジョン空間を展開しているコアが鎮座している。

 

「第一部隊、第二部隊、どっちも準備は良いかな? まあ、無理だって言われても、もう始まるんだけどね」

『問題ありません。全て、僕が切り伏せます』

 

 トウラクの冷たい声に、ユキヒラは肩を竦める。

 一時は落ち着いた様子のトウラクだったが、リンカが姿を消したことをきっかけに再び暴走していた。

 

(リンカ君との合流予定時間は過ぎてるし……考えたくはないが最悪の状況も想定しないとね。探すにしてもこの領地戦の後だ) 

 

 大切な後輩一人と御景学園を天秤にかけ、ユキヒラは生徒会長として合理的に判断を下していた。

 

『私も問題ない……と言いたいが、一人敵前逃亡した奴がいる』

「え?」

『腑抜けている……! 帰ったら特訓量を十倍に――む、来たのか』

 

 通信の向こうで、ミズヒは『たった今、準備が終わった』と言い直す。

 

 その言葉に、ユキヒラは安堵した様子でため息をついた。

 

(トウラク君のメンタルが安定していない今、フェクトム総合学園が頼りだからね。いやぁ、やっぱり関係持っておいてよかった)

 

 Sランクの照上ミズヒを筆頭に、収束砲撃の撃ち手、そして推定Bランク以上の探索者。

 通常の領地戦では過剰すぎる程の戦力だ。

 

「事前に話した通り頼むよ。フェクトム総合学園は迂回して騎双学園のダンジョンコアを掌握。その間、六波羅君の足止めに僕とトウラク君」

『はい』

『ああ、問題ない』

 

 二人からの返事を聞きながら、ユキヒラは未来を見る。

 五秒後、領地戦の開始を知らせるブザー。

 

 隣接し、互いに喰い合っている二つのダンジョンにブザーが鳴り響くその瞬間ユキヒラは口を開いた。

 

「それじゃあ、怪我無く安全にねー」

 

 

 

 

 

 

 

「一人でも多く倒してこい! テメェらはどうしようもねえ屑だが、ちったァやるって所を見せやがれェ!」

 

 騎双学園の展開したダンジョン。

 それは、廃ビルが立ち並ぶ文明が滅びた後の様な世界だった。

 

 六波羅は、先頭に立ち剣の切っ先で遠くに見えるジャングルを指す。

 

「ぶっ潰せェ!」

 

 瞬間、大地を震わすほどの雄たけび。

 

 騎双学園に集う生徒たちは、血気盛んで野心家が多い。

 そう知る人でも呆気にとられてしまう勢いの叫びと突撃に、六波羅は頷いた。

 

「よォし、こんなもんか」

『よっ、流石リーダー! ()()()()()()!』

「その肩書きいらねえんだけどなァ。ってか、この腰に付けるやつ邪魔なんだが。マントなら羽織らせろ」

 

 領地戦の代表、そして騎双学園の生徒会長代理の六波羅は、不満そうに自身の腰に取り付けられたマントを摘まんだ。

 

『それが騎双学園生徒会長に伝わる正装ですからねぇ。ほら、私達も行きましょう。出来れば強い人には当たらず、遠くからこっそり狙撃を――』

「しゃあァ! あっちにもデモンズギア使いがいるんだからよォ、やるなら派手にやらねェとなァ!」

『あああああああ! 特攻しないでくださいいいいい!』

 

 走り去っていく六波羅。

 その背を見ながら、チアキは頭を下げた。

 

 敬意を感じる綺麗な礼の後、チアキは振り返って風紀委員達を見る。

 

「じゃあ、アタシ達は防衛で。たぶん、フェクトム総合学園のSランクが飛んでくるけど、数で凌いで、六波羅生徒会長代理が攻略するまで頑張りましょう!」

 

 「おー」とチアキは拳を空に突き出す。

 そして、気が付いた。

 

「……あの、キラク委員長は?」

 

 今回の防衛において要とも言える人物――風紀委員長、牙塔キラク。

 彼女の姿が見えずにチアキは辺りを見渡すが、何処にもいない。

 

 それから風紀委員達に聞こうとするが誰一人目を合わせようとはしなかった。

 

「え、嘘でしょ……?」

 

 察して呆然とするチアキに、一人の風紀委員がおずおずと手を上げる。

 

「あ、あの……キラク委員長は前線に行きました」

「――っふぅ」

 

 チアキは空を仰ぐ。

 ビルの間、この空間を構築するダンジョンコアが光り輝いている。

 

「もうやだ……」

 

 その輝きが、今は無性に眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、両陣営は動き出した。

 互いに憎悪を募らせて、相対する者は殺す覚悟で。

 

 トウラクもその一人だ。

 

 一番手のミズヒ率いる部隊は、真正面から来る騎双学園を迂回して側面へと消えていった。

 

 真正面から彼等を受け止めるのは、トウラクの仕事である。

 

 ダンジョンの境で衝突した両者は、すでに激しい戦いを繰り広げていた。

 廃ビルが爆破し崩れ落ち、木々がなぎ倒され焼かれていく。

 

 文字通りの戦争だった。

 

「一人でも多く斬るよ」

『……うん』

「ルトラ?」

『大丈夫、いこう』

 

 返事が僅かに遅れた相棒に一瞬気を向けたトウラクは、しかし次の瞬間には背後に迫っていた敵を切り捨てていた。

 

「……ぁがっ」

「短距離の転移か」

 

 地面に倒れ伏した騎双学園の生徒を見て、トウラクはそう吐き捨てる。

 そして、自分へと向かってくる騎双学園の生徒たちを見て刀を構えた。

 

「ルトラ、四振り」

『わかった』

 

 一度の抜刀で使用できる魔力に制限を設ける事により、ルトラの持つ斬撃能力を高めるそのスタイルは、トウラクがルトラと共に編み出したものである。

 トウラクの眼と、ルトラの演算能力により打ち出された勝利までの最短手数。

 

 目の前に迫る五十人の生徒を前にして、今回彼らは四度の攻撃で勝てると宣言した。

 

「一」

 

 踏み込み、姿が消える。

 通り過ぎただけで、ほとんどの生徒が崩れ落ちていく。

 いずれも腱を切り裂かれておりこの領地戦の間はまともに立ち上がることすらできないだろう。

 

「二」

 

 一手を防いだ生徒たちへと、トウラクの二手が迫る。

 デモンズギア使いの身体能力から打ち出される速度は、探索者をもってしても規格外である。

 

 トウラクの動きを補足し、迎撃しようとしたその時にはもうすでに武装を握る手は肩から切り離されていた。

 悲鳴を上げる暇すら与えずに、トウラクは追撃を放つ。

 

(この規模なら、間違いなく強いリーダーがいると思っていたけど――)

 

「っ、来るな! この化物がぁ!」

 

 魔力弾を必死に放つ男子生徒を見て、トウラクは後悔した。

 

「これなら、四手も要らなかったな」

 

 魔力弾を避けることなく突き進み三手、空気を切り裂き生徒の喉元目掛けての刺突。

 

「ぎ……っ」

 

 喉を潰された男子生徒は、ルトラで首後ろまで思いきり貫かれ絶命した。

 その光景を見下ろしながら、トウラクは刀を生徒から抜き鞘へと納める。

 

 十秒ほどの戦闘は、終わってみればデモンズギア使いによる蹂躙であった。

 

「ふぅ、まだ手数を見誤るか。いや……想定以上に僕たちが強くなっているのか? 星斬は無理だったけど、それでも強くはなれた」

 

 血に濡れた手を握りしめ、トウラクは満足げに頷く。

 しかし、彼の相棒は違った。

 

『トウラク、どうして殺したの』

「え?」

『四振り。それで完全に無力化できた。殺さなくても、勝てた』

 

 それは、向かってくる敵を殺さずに無力化するまでの最短手順。

 常に不殺であったトウラクだからこそ、ルトラは彼に四振り分の力を与えたのだ。

 

「あはは、ルトラ大丈夫だよ」

 

 トウラクは笑う。

 

「どうせ領地戦後に生き返るし。なら、いくらアイツらを殺しても問題ないだろう。ミハヤを苦しめた奴らは、許さない」

『……トウラク、でもそれじゃあ』

 

 何かを言いかけたルトラだったが、トウラクが駆け出したことにより口をつぐむ。

 敵を発見したのだろう。

 

(トウラク……貴方が、貴方だけが、斬り殺すだけが私の生き方じゃないって教えてくれたのに)

 

 ルトラの言葉は届かない。

 そこにいるのは、修羅に堕ちた一人の剣士だ。

 

「ルトラ、二振り」

『……うん』

 

 首が飛び、心臓が切り裂かれる。

 場所を問わずに、血の華が咲く。

 

 仲間を守るためではない。

 より多くの敵を殺すために、トウラクは刀を握り戦場を駆ける。

 

(僕が強くなれば……! 悲劇をもたらすものを全て斬り伏せるだけの力を手に入れることができれば……!)

 

 自身に血しぶきが掛かろうとも、トウラクは構わずに突き進む。

 そうして何人もの生徒を切り、亡骸の山を積み上げてトウラクは叫んだ。

 

「僕に続け! 騎双学園の奴らは一人として生きて帰すな!」

 

 血に濡れたトウラクの姿を見て、数人が怯えたように悲鳴を上げた。

 が、それよりももっと多くの御景学園の生徒たちが、それを見て昂り叫んだ。

 

 勢いを増す御景学園に対抗するように、騎双学園の生徒たちの攻撃も激しくなっていった。

 

 互いにハリボテの大義を掲げて戦うこの場所に、正義はない。

 

 

 

 

 

 

 そんな両学園の生徒たちを見て、青年は嗤っていた。

 

「――あっははは、ショータイム」

 

 どこかで響くラッパの音。

 感覚が鋭い僅か数名だけが気が付いた、この場に不相応な、歪な音色の号令。

 

 それは、確かにこの世界を一変させた。

 

 ラッパの音と共に至る所から湧きだしてきた異形の怪物。

 対人を想定していた生徒たちの不意をついて顕現した、滅びの具現。

 

 名を、天使。

 人類に仇をなす者達である。

 

 本来であれば、領地戦を一時中断する緊急事態。

 

 しかし。

 

「止まるな! あれは騎双学園の違法な兵器だ!」

 

 それを御景学園は「騎双学園の兵器」と認識した。

 

「あんなくそ鳥殺してやれ! 御景学園に負けるな!」

 

 それを騎双学園は「御景学園の兵器」と認識した。

 

 疑念を種に増悪を養分とし、その悪意は今芽吹く。

 

 後に、人類初の天使戦として語り継がれるこの戦いの始まりは、丹念に育て上げられた悪意であった。

 

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