【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第190話 バタバタ逃走Sランク

 

 クローマ音楽院の本校舎。

 

 それは、それ自体が三つの城で構成された巨大な観光スポットであった。

 学区の至る所に劇場が存在しているが、中でもこの本校舎の劇場は別格。

 

 そこで行われる公演を見る為だけに学園都市に訪れる人もいる程である。

 

 そんな本校舎の中でも一際豪華な廊下の上を、一人の少女が龍に乗って駆け抜けて行った。

 

「お待ちなさーい!」

「い・や・だー!」

 

 背後から聞こえる声にはっきりとNOを突き付ける、平凡な顔だちの少女。

 しかし、彼女こそこのクローマ音学院の最高戦力であり、学園都市の最強の名を冠する一人であった。

 

 名を渡雷リュウコ。

 絶賛彼氏募集中のどこにでもいる女子高生である。

 

「マジでしつこいんだけど! 昨日の見回りで眠いのに……! もうやだ! おうち帰る!」 

 

 小型の恐竜の形をとったバルティウスは、情けない声で文句を言う主を乗せて廊下を駆けていく。

 時折通り過ぎる生徒達は、それを見て一瞬驚いた顔をするが、乗っている少女を見てすぐに「あぁ……」と納得したような声を上げた。

 

「待ってくださいましー!」

「絶対嫌だ! いーやーだー!」

 

 背後から聞こえてくる麗しい声に敵意むき出しでそう言ったリュウコは、バルティウスに強くしがみつく。

 

「バルティウス、このまま振り切って!」

 

 主の言葉にバルティウスがさらに加速しようとしたその時だ。

 突如、目の前に壁がせり上がり、行く手を阻む。

 

「っ!? ぶっ壊して!」

 

 リュウコが叫ぶと同時にバルティウスはその鋭い鉤爪を壁に振り下ろすが、まるで効果が無い。

 明かりに照らされ眩く輝く壁は、いくつもの高価な宝石が組み合わさり作られたものであった。

 

 そんなアホみたいな壁を築く人間は、ヒノツチに一人しかいない。

 

 リュウコは嫌そうな顔を隠そうともせずに振り返り、その名を呼んだ。

 

「……ダイヤ生徒会長」

 

 リュウコの視線の先には多くの生徒を連れている一人の少女。

 眠気が吹き飛ぶ程のロイヤルな金髪に、台風が裸足で逃げ出す程ロイヤルな縦ロールの髪型。

 

 明らかにふざけているとしか思えない異常な見た目のその少女は、しかしその整った顔立ちと抜群のプロポーションで全てをロイヤルに仕上げていた。

 

 まさにロイヤルの権化。

 彼女こそが、現生徒会長の金剛院ダイヤである。

 

「ふっふっふっ……逃げるルートに予め仕掛けておきましたわ。どうです、このロイヤルウォールは。とても素晴らしい輝きの前に貴女も立ち尽くす他ないでしょう!」

「普通に壊せなくて足止め喰らってんですけど!」

「その嘘はロイヤルではないですわね」

「前から思ってましたけど、そのロイヤルって口癖くっそダサイですよ」

「…………とにかく! これで捕まえましたわよ渡雷リュウコ!」

 

 一瞬すごく悲しそうな顔をしたダイヤだったが、すぐにその爛々と輝く金色の目でリュウコを捉える。

 

 芝居がかった大げさな動作と共に指をさして、ダイヤは言葉を続けた。

 

「今日こそ言いなさい――生徒会長になると!」

「私はNOと言える日本人だ!」

 

 バルティウスがリュウコを庇うように立ち塞がる。

 対してダイヤは、怯える訳もなく懐から何かを取り出した。

 

「上に立つ者は常に民衆の期待に応えるもの。故に、NOはありえませんわよ!」

 

 ダイヤが取り出したもの、それは宝石であった。

 彼女はそれを地面に美しい所作と共に放り投げる。

 

 投げられた宝石は、周囲の魔力を吸収し拡大、四人の騎士の姿へと形を変えた。

 

「後ろはロイヤルウォール。そして前にはロイヤルナイト。今日こそ私の勝ちですわね」

「横暴だ! この国は民主主義だろ!」

「生徒全員が貴女を生徒会長に指名してますわ。民主主義最高ですわね」

「どれだけ握らせたんですか!?」

 

 強大な資本の前には如何なる存在も無力のようだ。

 

「生徒会長になると言いなさい!」

「しつこいなぁ……!」

 

 リュウコはうんざりしたようにダイヤを見る。

 そして、胸を張って言った。

 

「私みたいなのが生徒会長になることを皆が望んでいるわけないでしょう!」

「そんな事はありま「バルティウス! 龍位継承(アブゾーブ)! 百鬼夜行!」……えぇ!?」

 

 リュウコの言葉に、バルティウスが分裂、変形を始める。

 瞬く間に、廊下は様々な妖怪で埋め尽くされた。

 

 いかに広い廊下といえども、百を超える物の怪を前には狭すぎる。

 

「ちょっ、それ報告書が必要なランクの龍位継承ではなくって!? どれだけ生徒会長になりたくないんですの!?」

「ダイヤ生徒会長、私は……私はっ! 責任を負う立場には絶対になりません! 楽して無責任に生きていたいんです」

「真っすぐな目でなんて向上心のない事を……!」

 

 リュウコは「ふっ」と笑う。

 次の瞬間には、大量の妖怪の中にリュウコの姿は消えた。

 

「っ! 探しなさい! 妖怪一つ一つを検査するのです! 無駄なく、迅速に、ロイヤルに!」

「この数をですかぁ!?」

「ダイヤ様が言っているんだ! ロイヤルの輝きを見せろ!」

「あ、私小豆洗いって初めて見たかも」

 

 生徒会メンバーと共にダイヤは騒ぐ。

 そんな彼女達も、妖怪たちの陽気な行進の中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ、朝から酷い目に遭った」

 

 リュウコは額の汗を拭ってそう言った。

 既に彼女は現場を離れている。

 

 リュウコを背に乗せるバルティウスの姿は、まるで巨大な狐のようだ。

 

「いい加減、ちゃんと生徒会長候補探したらいいのに」

 

 屋根の上を移動するバルティウスの背で仰向けになりながら、リュウコは欠伸をした。

 今日は気持ちの良い天気である。

 

 リュウコとしては、夜間警備を理由に昼間は授業をサボり食べ歩きに洒落込もうとしていた。

 が、こうも心地の良い風が吹いていると眠くなってしまうのが人というものである。

 

 フカフカのバルティウスの背で、リュウコは目を閉じる。

 遠くに聞こえるライブの音に、子供たちのはしゃぎ声、本日一回目の公演の始まりを知らせる鐘の音など、この学院は騒がしさに事欠かない。

 

 リュウコはそんなクローマ音楽院が大好きであった。

 

「――今日も追われていたみたいだね」

 

 ふと、隣から声が聞こえた。

 が、リュウコは驚くことも無く目を閉じたまま答える。

 

「毎日毎日、飽きないですよねぇ。ネイ先生の方から止めるように言ってくれません?」

「私はその辺は放任主義だから。自由にやってヨシ!」

「それでいいんですか教師って」

 

 リュウコは思わず起き上がり、そう突っ込む。

 

 隣にいた女性は、端麗な容姿をしていた。

 短く切り揃えられた緋色の髪に、切れ長の眼、なんてことのない仕草から妙に大人の色香が感じ取れる。

 

 教師というよりは、どこかの名女優とでも言うべき雰囲気の女――ネイは見た目と裏腹に陽気なピースサインを作って笑った。

 

「いいのいいの! この学院は自由がモットーだし。ほら、私なんてあと少しで出番なのにお酒呑んじゃう」

「……今日って主演でしたよね?」

「あー美味し美味し!」

 

 ワインボトルを片手にラッパ飲みをするネイは、リュウコの忠告を聞かない。

 背に少しワインがこぼれたバルティウスが、少しだけ悲しそうな声を上げた。

 

「ぷはー! やっぱり高いワインは一気飲みに限るねー!」

「お酒飲んだことないですけど、流石にそれは間違っているってわかりますからね?」

 

 少なくとも、運動部の水分補給のように消費していい代物ではない。

 

「で、今日は何ですか?」

「一緒にここでお昼寝しようかなーって」

「えぇ……」

「冗談だよ冗談。そんな嫌そうな顔すんなってー」

 

 ネイはそう言ってもう一本のワインを拡張領域から取り出す。

 が、リュウコがその腕を掴み、静かに首を横に振った。

 

「それ以上はいけない」

「変なところで真面目だなぁ。ま、いいや。私から手短に伝えるわ」

 

 そう言ってネイはダイブギアでウィンドウを展開し、リュウコに見せる。

 それはどうやら、報告書であるようだった。

 

 明らかに活字に対して顔を顰めているリュウコを見て、ネイはやれやれと首を振って口を開く。

 

「昨日、この学区でとうとうソルシエラが人を襲った」

「……は?」

「これはその詳細な情報だよ。といっても、被害者の女子生徒からの証言だけ。付近の防犯カメラが壊れてて映像には残ってないんだよねー」

「待ってください! ソルシエラが人を襲った!? 私が昨日は見回ってたんですよ! 龍位継承は広範囲を見渡せる逸話を使いましたし」

 

 ソルシエラが人を襲う人物かどうかは、リュウコにはわからない。

 少なくとも、学者相手には非人道的な攻撃をしていた。

 

 が、警戒態勢のバルティウスの監視網を潜り抜けて事を起こすことがどれだけ不可能な事かは知っている。

 リュウコにとって、それはあり得ない事だった。

 

「でも襲われているしねぇ。最近色々と有名なフェクトム総合学園の生徒だってさ、知ってる? これは解決しないとマズいよー。あそこ、噂だと少数精鋭の超エリート学園らしいじゃん」

「フェクトム!?」

 

 リュウコはその言葉を聞いて報告書に飛びつくように読み始める。

 そして間もなく声を上げた。

 

「……トアちゃん」

「知り合い?」

「はい、友達です」

「そっかそっか。じゃ、公的にも私的にも君には関わる理由がある訳だ」

 

 Sランクとして、自治区で事件を起こしたソルシエラを捕まえるために。

 トアの友人として、彼女に代わり敵を討つために。

 

 リュウコは今までの面倒くさがりな言動からは考えられない程スムーズに、この件に関わることを決めていた。

 

「情報はこれだけですか?」

「そう。後は、事件現場で調べてよ。フェクトムからも何人か来るみたいだし。ちゃんと協力するんだよ?」

「分かってますよ。ネイ先生に迷惑をかけるつもりはありません」

 

 その言葉を聞いて、ネイは満足そうに頷くと立ち上がった。

 彼女は、バルティウスの背から降りると、屋根の上を歩き出す。

 その足取りは、ワインをひと瓶空けたとは思えない程しっかりとしたものだった。

 

 少し歩いた先で止まったネイは振り返り、リュウコへと告げる。

 

「一応警告しておく。今回の事件、どうにもきな臭い。というか、あからさまな気がする。ま、気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 

 今までの情けない顔だちから一転、その顔は間違いなくSランクであった。

 ネイはそんな彼女を見て、頷く。

 

「ああ、それと」

 

 それから、ネイは屋根の下を指さして言った。

 

「今、ダイヤちゃんが壁掴んで昇ってきてるから早く逃げたほうがいいよ」

「えっ!?」

 

 真面目な顔がまたいつものリュウコへと戻る。

 恐る恐る下を覗くと、ロイヤルとはかけ離れた姿で壁をよじ登るダイヤの姿があった。

 

「ひえぇ! バルティウス! 飛んで! 龍位継承、レッドドラゴン!」

 

 バタバタと大慌てでバルティウスに命令したリュウコは、そのまま空の彼方へと消え去っていった。

 それから数秒の入れ違いでダイヤは屋根の上に姿を現す。

 

「にっ、逃げられましたわ」

「ははは、残念だったねぇ」

 

 ネイはダイヤの肩を叩きながら笑う。

 ダイヤはなぜかネイが屋根の上にいることに一瞬驚いたが、今はリュウコに逃げられたショックの方が大きいようで、すぐにため息をついた。

 

「はぁ、また失敗ですわ」

「まあまあ、諦めないで頑張ってよ」

「ネイ先生から生徒会長になるようにお願いして下さいませんか?」

「私は生徒の自主性を重んじるから、そういうのはねー」

 

 ネイはリュウコが飛び去った方を見ながら言う。

 そんな彼女の姿を見て、ダイヤは呆れた様子だ。

 

「そもそも貴女が一番最初に推薦したのでしょう?」

「そうだっけ? そうだったかも?」

「もう、しっかりしてください」

「ははは、でも、うん。あの子は生徒会長に相応しい子だと思うよ。……少なくとも、あの頃の私よりも」

「あんなに逃げ癖の付いた子がネイ先生よりもきちんとしている訳が無いでしょう」

「でも、ダイヤもまだあの子を生徒会長にしたいと思ってる。でしょ?」

 

 ネイの言葉に、ダイヤは渋々頷いた。

 

「一度やる気になれば、凄い子ですから。私なんかよりも、ずっとロイヤルでしてよ」

 

 それはリュウコを長い間見てきたからこそ。

 ダイヤにとってはこれ以上ない褒め言葉のつもりだった。

 

 ネイはそんなダイヤを見て優しく微笑むと口を開く。

 

「前から思ってたけど、その口癖はダサくない? 一年生の頃はもっとまともな子だったのに……。何に影響を受けたの?」

「師弟揃って……!」

 

 ダイヤは肩を震わせて、ネイを睨みつける。

 が、すぐに「ロイヤルロイヤル」と言って自分を落ち着かせると、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

「そう言えば、コガレ先生が探していましたわよ。開演直前に、またどこかで酒でも飲んでいるんじゃないのかって」

「……いやぁ、まさか。だって、あと三十分もないんだよ?」

「ならその手の空きビンは?」

「ゴミ拾い」

「大ウソつき。ロイヤルではないですわね」

 

 そう言ってダイヤは宝石を一つ放り投げる。

 するとそれは、一人の甲冑の騎士へと変化した。

 

「折角ですから、劇場までお連れしてあげますわ。探索者を引退されて長いですから、屋根から降りるのもさぞ苦労することでしょうし」

「い、いや遠慮するよ。……ダイヤ? そんな怖い顔で教師見ちゃダメだよダイヤ!?」

 

 情けない声が、本校舎に響く。

 

 今日も、クローマ音楽院の日常は騒がしいようだ。

 

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