【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第233話 いまじねぇしょん

 

 ソウゴは、最初それが夢だと気が付けなかった。

 見知らぬ田舎の知らない家の前で立ちつくしていた彼。

 

 そんなソウゴが、状況を飲み込めずにぼーっとしていると玄関が開き誰かが姿を見せた。

 

「あら、ソウゴおかえり」

「!?!?!?!?!?!」

 

 薄手の白いワンピースに、長い蒼銀の髪を纏めて結んだ姿は夢であるにも関わらずソウゴに二度の死と再生を経験させるほどの衝撃を与えた。

 

 彼が夢想した夏の大人ソルシエラが、目の前にいるのである。

 

(あー、夢だこれ)

 

 ソウゴは賢い人間である。

 故に、都合の良い存在が目の前に現れた時に現実を疑うことができた。

 美少女相手だと目が曇ったり、まともな思考ができなくなる哀れな存在共とは違うのだ。

 

「どうしたの? 外は暑かったでしょう。早く入ったら?」

「あ、え? い、いいの?」

「どうしたのよ、そんなに改まって。ほら、早く。私も暑いのは嫌いよ」

 

 そう言うと、ソルシエラはソウゴの手を握って家の中へと引き入れた。

 夢の中だというのに妙に手の感触がハッキリとしている。

 

「あっ、手……」

「本当にどうしたの? 貴方、様子がおかしいわよ」

 

 心配そうに首を傾げたソルシエラは、ソウゴへと顔を近付ける。

 そして、ソウゴが何か言うよりも早くおでこをくっつけた。

 

「んー、熱はないわね」

「っっっっっ!」

 

 ソウゴは夢の中で意識が飛びそうになった。

 

(こ、これはもしかして僕の走馬灯……!?)

 

 漢ソウゴ、憧れのお姉さんを相手にまともな思考ができなくなっていた。哀れ。

 

「ああ、そうだ。後で一緒にスイカを食べましょう。裏で冷やしてあるから。夕方にでもケイと一緒に取りに行って頂戴」

「え?」

 

 ソウゴは首を傾げる。

 そんな彼に構うことなく、ソルシエラは家の奥へと声を掛けながら上がっていった。

 

「ケイ、ソウゴが帰ったわよ。貴女、宿題を見てもらうとか言っていなかったかしら」

「ソウゴかえってきたのー!?」

 

 部屋の奥から元気な声が聞こえる。

 そしてパタパタと陽気な足音と共に、一人の幼い少女が現れた。

 

「ゑ?」

 

 ソウゴは首を傾げる事しかできない。

 駆け寄ってきたのは、幼いソルシエラだったのだ。

 

 フリフリの服を着た彼女は、片手にクマのぬいぐるみをしっかりと握っている。

 髪はソルシエラが結んだのだろうか。可愛らしい三つ編みになっていた。

 

(こ、これはヒノツチ文化大祭で姿が確認された通称ロリシエラ!? 伝説ではなかったのか……!)

 

 フリーズする脳みそを何とか動かして、ソウゴはその場に適応する。

 夢であるならば、存分に楽しむべきであろう。

 

 彼は、既にこの夢を自分だけのサンクチュアリにすることを決定していた。

 

「ソウゴー!」

 

 幼いケイは駆け寄り、勢いのままにソウゴへと抱きつく。

 あまりの勢いに仰け反りそうになるが気合で耐えた。

 

「おっとと」

「ソウゴ、おかえり! あのね、おべんきょう手伝って!」

「そんなこと言って、またソウゴに全部やらせるつもりじゃないのかしら」

「ちがうもん! わたし、おべんきょうがんばるの! そしてソウゴと同じがっこうに行くー!」

 

 そう言ってケイはソウゴをさらに強く抱きしめた。

 

(……ん? なんだこの髪飾り。ウミガメ?)

 

 デフォルメされたウミガメの髪飾りがケイの前髪に付いている。

 まるで異物が混ざっているような印象を受けて、それに手を伸ばそうとしたその時だった。

 

「ああ、そうだ。忘れていたわ。ソウゴ」

「え? ――っ!?」

 

 ソルシエラに名を呼ばれ、ソウゴは振り返る。

 瞬間、唇に柔らかい感触があった。

 

「ふぇ?」

 

 脳みそが機能を停止して、その場で呆然とする。

 そんなソウゴを愛おしそうにして頬を撫でながら、ソルシエラは微笑みかけた。

 

「おかえりのキス、してなかったでしょ。ふふっ、まだ照れているの?」

「え、ぁ、う、……ゑ?」

 

 状況を飲み込もうとして失敗したソウゴの服を、ケイがくいくいと引っ張る。

 そして口をとんがらせて言った。

 

「ずるい! わたしもー!」

「あ、ああ、はい」

 

 何も考えられなくなったソウゴは、ケイに言われるがままに顔を差し出す。

 するとケイは無邪気な笑顔でソウゴの頬へとキスをした。

 

「きゃぁー! 私、ソウゴのおよめさんになっちゃった!」

「はぁ、ソウゴは私のよ。いいからさっさと宿題の準備でもしてきなさい」

「はーい! ソウゴ、早く来てねー!」

 

 そう言ってケイがパタパタと駆けていく。

 そんな彼女を何も考えられない頭でただ呆然と眺めた。

 

「……ソウゴ?」

 

 心配そうにソルシエラが顔を覗き込む。

 しかし、ソウゴは答えられなかった。

 

 やがて、蝉しぐれが激しさを増し、世界が歪みを見せる――。

 

『^^』

 

 

 

 

 

 

「――ハッ」

 

 ソウゴは意識を取り戻した。

 咄嗟に辺りを見渡して、目の前を流れる川と木々を確認すると安堵の息を吐く。

 

「夢だった……。いや、勿体なかったけど……でも流石にあれは我ながら気持ち悪「何が?」うぇっ!? ケイお姉ちゃん!?」

 

 隣にいたケイを見て、ソウゴは思い出す。

 

「あ、そうだ。釣りに来てたんだった」

「はははっ、もしかして暇すぎて寝てた? 川魚は警戒心が強いからねぇ。粘り強く。探索者には辛抱強さも大事なんだ。……って、こんな恰好じゃ説得力ないか」

 

 ケイはそう言って恥ずかしそうにワンピースの裾をつまんだ。

 白いワンピースは、彼女の美しさをより際立てている。

 

(あぁ、だから夢の中でもワンピースが出てきたんだ……)

 

 ソウゴは一人納得した。

 

 夏休みを利用して、ソウゴはケイと共に釣りに来たのである。

 那滝家からすこし離れた場所にある渓流では鮎が釣れるらしい。

 

 そう聞かされて俄然興味が沸いたソウゴを、ケイが連れて来てくれたのだ。

 

 二人が座るにはちょうど良いサイズの石の上で、かれこれ一時間はこうしている。

 その間に、眠ってしまったのだろう。

 

「それにしても暑いねー。帽子持ってきて正解だった」

 

 ケイはそう言って足先だけを水面につけてパタパタと振る。

 夏の暑さで蒼銀の髪が張り付き、流れる汗は妙に目を惹いた。

 

「ん? どうしたのソウゴ君。こっちをじっと見て」

「え!? あ、ああ、いや。そ……その、ワンピースと帽子が似合ってるって思って!」

「そう? はは、嬉しいな。こんな恰好するのは久しぶりだから、変じゃないかなって思っていたんだよ」

 

 少し恥ずかしそうにケイははにかむと、照れ隠しのようにソウゴの頭を撫でる。

 いつの間にか、ソウゴの頭には同じ麦わら帽子があった。

 

「こんな恰好、フェクトムの皆には見せられないからねー。ソウゴ君だけ、特別ってわけ」

「ふ、ふーん」

 

 特別、その言葉が無性に嬉しくてソウゴの頬が緩む。

 と、その時握っていた竿が震えた。

 

「あ! ソウゴ君、食いついたよ!」

「えっ!? あ、えっと――」

 

 慌てて竿を握り直した瞬間、プツンという衝撃と共に手ごたえが無くなった。

 竿を上げてみれば、切れた糸が風に揺れている。

 

「……あ、あはは。大物だったみたいだね」

「う、うん。ごめんなさい、僕がどんくさかったから……」

「いいって別に。気にしない気にしない。釣りなんてこんなものだよ」

 

 ケイはそう言って笑う。

 しかし、憧れの人の前でカッコ悪い所を見られるというのは男にとっては死と同義。

 

 ソウゴは切れた糸を見て落ち込んでしまった。

 

「はぁ」

「もー、一回の失敗でそんなに気を落とすことないって。……そうだ!」

 

 何かを思いついたようにケイは顔を上げる。

 そして、釣り竿を置き、岩の上から軽くジャンプした。

 

 川に小さな飛沫が上がる。

 

「ケイお姉ちゃん!?」

「あっはははは、冷たいね。はぁー気持ちー」

 

 ワンピースを濡らし、膝まで川に浸かったケイは笑顔で手を伸ばした。

 

「おいでよ、気分転換に川で水遊びとか。どうかな?」

 

 ソウゴはすぐに返事を返すことができなかった。

 

 真っ白なワンピースが、水に濡れてその奥にある白い肌を薄っすらと透かしてるのだ。

 肌に張り付き、体のラインを強調するワンピース。

 

 それに気が付かずに無邪気にソウゴを呼ぶケイを見て、ソウゴは顔を真っ赤にしていた。

 

(夢でもいい! この光景を、少しでも脳に刻み込むッ!)

 

 そんなソウゴの様子に気が付いたのか、ケイは首を傾げて少ししてから自分の体を見る。

 そして「あ……」という声と共に、そっと体を隠した。

 

「……見た?」

「ごめんなさい」

「否定はしないんだ……」

 

 ケイは苦笑いをしながらも、ソウゴを責めるような事は言わなかった。

 代わりに、少し考えた後に。

 

「ま、いいや。こうなったらソウゴ君も濡れちゃえー!」

「え、うわっ、冷たっ!?」

「はははは、探索者になるなら何時いかなる時でも油断は駄目だよー」

 

 そう言ってケイはソウゴへと水をかける。

 

 舞う飛沫が日に照らされてキラキラと眩く反射した。

 

「あっはははは。ソウゴ君、こっちこっち!」

 

 その無邪気な笑顔は、あまりにも眩しく、そして尊いものだった。

 

(ケイお姉ちゃん、あんな風に笑うんだ)

 

 普段の彼女からはかけ離れた、等身大の少女の笑顔。

 それはソウゴにとって何よりも美しく、そして大切に思える。

 

「ソウゴ君、ほら」

 

 ケイは笑顔を携え待っている。

 まるで使命など忘れたかのように笑うケイ。

 

 その姿がなによりもかけがえのないものだと理解して――。

 

「それは違うだろ」

 

 真っすぐな否定を叩きつけた。

 

『ヤバ、崩れる^^』

『まて、まだスク水マイロードが登場していないぞ』

『君たちうるさいよ』

 

 おぞましい上位存在達の驚愕の声と共に、蝉しぐれは激しさを増していく――。

 

 

 

 

 

 

 心地の良い鼻歌がどこからか聞えてくる。

 意識が浮上し、ゆっくりと瞼を開けるとケイの姿がそこにあった。

 

「……っ」

「ん? ああ、目覚めたんだね。大丈夫?」

 

 ケイは心配そうにそう問い掛け、頭を撫でる。

 自分を見下ろすようなケイと、頭の裏に感じる柔らかな感触。

 

 そこで初めて、ソウゴは自分がケイに膝枕をされていたのだと気が付いた。

 

「っ!?」

「ああっ、急に起き上がらないで。一応、安静にね」

 

 勢いよく起き上がったソウゴに、ケイは驚いたように目を丸くする。

 そんなケイの姿と和室を見渡して、ソウゴはこれが夢ではないと理解した。

 

(ずっと膝枕をしてくれていたのかな……だから、あ、あんな夢を……?)

 

 心臓が異常な程に高鳴っている。

 そのドキドキを悟られないようにと咄嗟に距離を取ったのだが、ケイにはその事はばれていないようだ。

 

「うん、元気そうだね。良かったよ、塀の裏で君を見つけたときは焦ったんだから」

「……塀の裏?」

「そうだよ。ソウゴ君、そこで倒れてたの。どうしてあんな場所に?」

 

 その問い掛けにソウゴは首を傾げた。

 

「僕、そんな場所にいたの? 何も覚えていないんだけど」

「……そうなんだ。それはそれで心配だなぁ」

 

 そう言ってケイは立ち上がる。

 無意識の内に「あっ……」と残念そうな声が出ていた事にソウゴは気が付かなかった。

 

「とりあえずアイ兄さん達に、目が覚めたことを報告してくるよ。ここで待ってて」

 

 ケイは扉を開けてそう言った。

 それから、何かを思いだしたかのように振り返る。

 

「あ、そうだ。ソウゴ君、俺も暇になったんだ。だから、明後日にでも釣りに行こうか。すこし離れた場所に良い渓流があるんだよ」

「えっ!? 釣り!?」

「そうだけど……そんなに食いつくの? もしかして釣り好きだった?」

「いや、別にそんな事はないけど……」

「じゃあ、止めとく?」

「行く!」

「うおぉ、そ、そっか……」

 

 ケイは若干引き気味で頷くと、首を傾げながら部屋を後にした。

 ケイが去り、部屋に沈黙が訪れる。

 

(総評、エッチな夏休みでした……)

 

 そう評価を下しながらソウゴは夢を思いだす。

 夏テーマのASMRも良いかもしれないと考え頷いていたソウゴだったが、突然声を上げた。

 

「あ」

 

 なぜ忘れていたのだろうか、とソウゴは首を傾げる。

 

「カヨちゃんどうしたんだろう……」

 

 塀の近くにはカヨという少女に誘われて行ったのだ。

 面白い物が見れると言われてついていって、そして――。

 

「なんだっけ……」

 

 意識を失う前、何かがあったような気がした。

 とても恐ろしい何かが。

 

 それを思いだそうとしていると、不意に通知音が響いた。

 

「ぬわっ!?」

 

 驚き肩をびくつかせて、ソウゴはウィンドウを展開する。

 通知音の正体を探ってみれば、それは自分が敬愛してやまない『★ヨミ@依頼受付中』の呟きだった。

 

『ミステリアスなASMRの新しい題材を募集中です^^ 下の応募フォームにアナタの思う理想のミステリアスシチュエーションを送って下さい。テーマは夏です^^』

 

 それはまさに運命。

 塀とか、恐ろしい何かとかそんなものはどうでも良い。

 今は夏なのだ。

 

「こ、これはチャンス……!」

 

 ソウゴはすぐに仮想キーボードを召喚して文章を連ねていく。

 応募フォームへとぶつける熱い魂の叫びが、文字として刻まれていった。

 

「ワンピース……! 水遊び……! キス……!」

 

 血走った眼でソウゴは文字を打ち込んでいく。

 その背後、おぞましい何かの影が現れ、そしてしばらくして消えたことにソウゴは終ぞ気づくことは無かった。

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