【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
夕陽が木々の隙間から差し込み辺りを照らしている。
鬱蒼と茂る森の中はまるで燃えているかのように朱く染まっていた。
その中を、カイは歩き進める。
先頭を歩くアイとは違い、辺りをしきりに見渡していた。
「……入ってよかったのか? ここって、神域だろ?」
「当主である私が許可します。それに、貴方の言葉が確かならばこの目で確認しなければなりません」
「うふふ♥ 怯えているのですか♥? おんぶしてあげましょうか♥」
「は? ビビってねえし」
最後尾を歩くシヤクへとカイは一睨みをして、鼻を鳴らす。
そんな姿でさえ、シヤクは満足そうにうなずいていた。
「……というか、なんで今もその服なんだよ。汚れちゃうだろ」
「当然、意味があります。黙ってついて来なさい」
アイは会合で着て見せた白い装束を身に纏っていた。
贄として身を捧げる都合上、那滝家には同じ服がいくつも存在する。
が、それに袖を通せるのは当主だけというのが古くから伝わる習わしだ。
「黙ってられるかよ。昼間の怪物だって異常だ。……どうせ、父様から何か聞いてたんだろ」
「そうですね……では、祠についてからお話しましょうか」
「祠……?」
カイは首を傾げる。
那滝家が神域とする森の中に祠があるなどという話を、カイは一度も聞いたことがなかった。
「これは代々、当主にのみ明かされる秘密です。ですが、父様は私に全てを教える前に死んでしまった。だから、私も全ては知りません。そして、もはや隠す意味もないでしょう」
それだけ言うと、アイは足を速めた。
カイは辺りの妙な気配に気をつけながら後を追う。
そして気が付いた。
「……生き物の気配がしねえ」
鬱蒼と茂る草木には、一切生命の匂いがしない。
動物は愚か、虫一匹すら森に入ってから目にしなかった。
まるで、無理矢理この場所に森というテクスチャを貼り付けたかのような違和感。
いつの間にか、ヒグラシの声は遠くにしか聞こえなくなっていた。
「どういう事だ、これは。兄さんこれって――」
「静かに」
「むぐっ!?」
突然口を抑えられて、カイは目を白黒させた。
それから咄嗟に暴れようとしたカイを背後からシヤクが羽交い絞めにして「静かに♥」と囁く。
「カイ、祠の前に誰かいます」
「……!?」
アイはその事実を告げると、そっと手を離す。
そして茂みの向こうを指さした。
少し進んだ先、開けた場所に祠があった。
何かを彫りこんだ石を中心に祀るようにして鎮座する祠。
その前に誰かの影が見える。
「……ん?」
カイはその後ろ姿に見覚えがあった。
白い制服に、自分と同じ蒼銀の髪。
「ケイ、なのか?」
驚くカイを他所に、アイは茂みから飛び出していた。
その腕には管が繋がれ、武装の本が開かれている。
いつでもダンジョン主を召喚できる体勢で、アイはその背中を睨みつけた。
「――ケイ、ここで何をしているのですか」
「ちょ、ちょっと兄さん! ケイ相手に何をそんな事を……!」
「油断してはいけませんよカイ! あれは……
「え、か、かくよ……なんて?」
「油断大敵って事です♥」
カイの頭を撫でながら、シヤクはアイの隣に立つ。
言葉こそいつも通りだが、シヤクもまたいつでもアイと共に戦えるように準備を終えていた。
「何もせずにゆっくりと此方を振り向きなさい」
アイの言葉に素直に従い、ケイはゆっくりと振り返る。
その顔は、緊張と驚きに染まっていた。
「ど、どうしてここに兄さんたちが……?」
「シヤク」
「うーん……はい♥ 本物です♥」
シヤクの眼が、ケイを異常のない普通の状態であると判断する。
その言葉を聞いてカイはホッと胸を撫で下ろすが、アイは変わらず武装を構えたままだった。
「ケイ、ここに来た理由を簡潔に述べなさい」
「……えっと」
「どうしたのですか。何か言えない事でも?」
「お、女の子を探して……ここまで……」
「は?」
非常に言いづらそうにしながら、ケイはそう言った。
予想外の答えに、アイは思わず呆けた声を出す。
その隙をついたように、ケイは言葉を続けた。
「ソウゴ君みたいに倒れたら大変だと思って! その、森に入っていくのが見えたもので……」
「だから、ここまで来たと……」
「は、はい……」
「なんだぁ、迷子を探していたのか。アイ兄さん、良かったな。別になんて事はなさそ……アイ兄さん?」
安心して一人笑みを浮かべるカイに対して、アイはその正反対。
怒りに満ちた表情でケイを怒鳴りつけた。
「どうして許可なく入ってきたのですか!」
「っ、俺はただ……っ」
「言い訳は無用です! ここに祠があることは、他言無用でお願いします。那滝家ではなくなった部外者には立ち入る資格も口を挟む資格もありません」
「おい、そんな言い方しなくても」
「カイは黙ってなさい! ケイ、さっさと客間に戻りなさい! 貴方はもう部外者なのです。迷子はこちらで探しますから、消えなさい!」
「……っ」
ケイは一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐに頭を下げる。
そして、「迷惑をかけて申し訳ありませんでした」と消え入りそうな声で言うと、アイ達の前を通り過ぎていった。
「ケイっ」
「追っては駄目です。私達にはやるべきことがありますので」
その言葉で、遂にカイは限界を迎えた。
ケイを追って伸ばした手を握りしめて、アイへと向き直る。
そして、その胸倉を掴んで感情のままに叫んだ。
「っ、ふざけるなよ! 実の弟になにやってんだよ兄さん! アイツ、何も悪いことしてなかったじゃんか! それなのにどうしてそんな酷い事をす――もがっ!?」
「はーい♥ 元気いっぱいで可愛いですね♥」
今にも殴りかかりそうな勢いのカイを、シヤクが後ろから羽交い絞めにして距離をとる。
カイは藻掻き拘束を解こうとするが、シヤクは決して離さなかった。
「おい! シヤク離せ、すぐにでも兄さんを殴ってやる!」
「愛する人を殴ると言われて手を離すと思いますか♥」
ニコニコと笑ったままシヤクはそう言った。
「いくら可愛い義弟でも、許しませんよ」
普段からは考えられないような冷たい声色。
気が付けば、カイの足元には草が伸び今にも絡みつこうとしていた。
「落ち着いて下さい♥ 兄弟喧嘩は悲しいです♥」
「シヤク、そこまでにしなさい。私は殴られても構いません」
「傷つけるのも癒すのも私の特権ですよ♥ それに、アイの説明不足も悪いです♥」
アイはそう言われると、少し考えるような仕草を見せた。
それからカイに背を向け、祠の方を向く。
「……ケイをこの家から追い出すのは、守る為です」
ぽつりと、アイはそう告げた。
その言葉を聞いて、カイが暴れるのを止めると、シヤクは拘束を解く。
そして、アイの隣に行くようにと促した。
「守るなら、僕達の近くに居たほうが良いだろ」
アイの隣に立ち、カイはそう反論する。
目は決して合わせなかった。
「父様が死んだ時点で、それは不可能な事なのです。敵は地絃天星埜御霊を奪う程の実力者。私達のような半人前だけでは、守れないものが多すぎる」
「だから、ケイを追い出したのか」
「……フェクトムは良い学園ですね。私は話に聞いただけですが、ヒナミさん曰く学園都市でも指折りのエリ―トが揃うとか。流石は、私達の弟です。あそこにはSランクもいます。きっと守ってくれる。那滝家に縛られずとも、あの子なら」
それは願いの言葉だった。
絞り出すようにそう告げるアイの顔を見ようとしたその時、アイは一歩前に踏み出す。
そして、その片腕を切り落とした。
「地絃織主」
地面よりくちばしが生え、腕を喰らう。
すぐに、アイの目の前には巨大なカラスが現れた。
「祠が地上に露出しているという事は、封印が解けかけていたのでしょう。……祠が崩壊する前で良かった」
右肩から夥しい量の血を垂れ流しながら、アイは祠を観察する。
地絃天星埜御霊がいない今、祠の崩壊は何よりも恐れる事態だった。
「アイ、大丈夫ですか♥」
「いつも、ありがとうございます」
「いえいえ♥」
吹き出した血を気にすることもなく、シヤクが寄り添い支える。
すると、すぐに腕が再生した。
「代々、当主は地絃天星埜御霊を使い、あるものを封印してきました。それが、赫夜牟です」
「封印……?」
「幻獣大戦にて現れたダンジョン主の中でも最強であった推定Sランクの個体。当時、初代の操り手で殺しきることができなかった怪物です」
そう言うと、アイは祠を指さして地絃織主へと命じた。
「始めなさい」
地絃織主は、一度頭を下げると祠へと翼を広げる。
すると、祠の周囲の草木が急成長し覆っていった。
やがて草木が絡み合い、一つの巨大な木へと変貌を遂げる。
やがて、アイはようやく安堵の息を吐いた。
「この地と融合させ、地絃天星埜御霊により管理する。これが代々、当主の務めでした」
カイはその言葉に首を傾げる。
「なんで殺さない。Sランクがいる今なら可能かもしれないだろ。僕からタタリ先輩にお願いしてみようか? 喜んで食うぞあの人」
アイは静かに首を横に振った。
代わりに答えるようにシヤクが口を開く。
「無理なんです♥ この土地と深く結びついてしまったので、赫夜牟が死ねば恐らく土地が死にます♥ 日本の数少ない安全なエリアを失うことになるのです♥」
「そ、それは……」
那滝家は、居住エリアの一つを守る位置に存在している。
かつて地絃天星埜御霊の棲み処であった霊峰を背に、人々は肩を寄せ合って暮らしているのだ。
ここを失えば、人々は彷徨う事になるだろう。
学園都市のような海上都市を作ろうにも、どれだけの間耐えれば良いのか分からない。
「封印、するしかないな」
「まあお姉様の力があれば恐らく安全に切り離せますけどね♥」
一人だけ明るい表情で、シヤクはそう言った。
「お姉様……?」
「ソルシエラですよ♥ あれは、そういう境を操作するのが得意ですから♥」
「理事会でも正体を掴めない存在を、私達が知る訳もありません。……那滝家の諜報部隊が生きていれば、違ったのかもしれませんが」
アイはそう言って振り返る。
夕陽のせいか、その眼はいつもよりも赤い。
「誰かに頼るなど、当主としてあってはいけないことです。那滝家当主、那滝アイは屈してはいけない。そして、カイ。もしも私が死んだならその時は貴方がこの地を守りなさい」
「兄さん……死ぬ気なのか」
「父様と同じように、私も殺されるかもしれません」
「私がいる限り、そんな事は許しませんけどね♥」
シヤクはそう言ってアイを抱きしめる。
すると、アイは表情を変えずにその頭を撫でた。
「当然、抗います。が、保険は必要ですから。企業にも宣言した今、ケイをわざわざ狙う者はいないでしょう。可能性があるとしたら、私か――」
「この僕か」
「怖気づいてしまいましたか?」
「……ハハッ」
カイは思わず笑い声をこぼした。
「僕は嬉しいよ。兄さんがそこまで僕を評価していただなんてね。確かに僕は那滝家で一番かわいいが、まさか腕っぷしまでかわれているとは。それに」
カイはアイを見る。
その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「兄さんが、まだケイを好きでいてくれて良かった……!」
「カイ……貴方は本当にケイが好きですね」
「ケイだけじゃない。僕は皆が好きなんだ。はぁ……なんか安心したら力がぬけちゃったよ」
「おんぶしましょうか♥」
「それは遠慮する」
木にもたれかかったまま、カイはすぐに首を横に振った。
が、すぐに自分の頬を叩き気を取り直す。
「じゃあ、こっからは一蓮托生だな兄さん!」
「そうですね。ですが、一つ訂正を」
そう言ってアイは、至極真面目な顔で一つの事実をつきつけた。
「一番可愛いのは、私です。当主なのですから」
その言葉は、自信に満ちたものだった。