【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
辺りに明かりはなく、月光のみが森の中を微かに照らしていた。
二人分の足音だけが響き、それ以外聞こえない静かな世界。
自分の手を握る少女、カヨを見てソウゴは口を開いた。
「何処に行くの?」
「良い所」
簡潔に、そして何もソウゴが口を挟めない様な言い方だった。
ソウゴはカヨのそんな回答を聞いて納得する。
自分が信用する彼女に限って、間違いなどないだろう。
「今日は何をして遊ぶの?」
「今日は何もしないよ。良い所に行くの。それだけでいい」
「そっかぁ。……あっ、暗いから転ばない様に気をつけてね」
彼にとっては、真昼の遠足となんら変わりない。
それだけ、今この瞬間の出来事は当たり前だった。
が、しかし。
(なんだろう、この変な感じ)
それは本来ソウゴでは決して感じ取ることが出来ない僅かな精神への干渉の波であった。
しかし、今のソウゴにはいくつかの偶然が重なっている。
少し前に、精神への干渉を受けていた事。
そして膨大な量の魔力。
それは、洗脳を解くまでには至らずも、違和感を持つには十分すぎる要素だった。
「どうしたの?」
「ううん。ただ、変だなって」
「何も変じゃないよ。ほら」
足を止めたソウゴを、カヨがぐいぐいと引っ張る。
やけに力が強かった事に内心驚きつつ、ソウゴはそのまま森の奥へと誘われていった。
(何かおかしいな。カヨちゃんと一緒に幻覚でも見せられている……?)
幻覚を見せる魔法があることは知識として知っていた。
他にも、異能や魔眼などが存在する世界で、人の精神に干渉し認識を操ることなど容易い部類に入る。
故に、対抗策も多く存在した。
(確か……トウラクお兄ちゃんが言っていたことは……)
ソウゴは、フェクトム総合学園によく足を運ぶ。
姉についていっては、その度に
中でも、牙塔トウラクの教えは今のソウゴにはとても参考になるものだった。
たった一度だけ、彼はトウラクに指導を受けている。
なぜかケイがいなかったので、成り行きで剣術や、魔力の扱い方を教えてもらったのだ。
トウラクと出会ったのは二週間前、一度きり。
しかし、それでもその教えは生きていた。
『――対探索者を想定するなら、まずは認識阻害を警戒する必要があるね。僕の家では、蝋燭をイメージするように言われたなぁ』
トウラクの言葉が脳裏に浮かぶ。
それに従うように、ソウゴは自身の脳内に蝋燭を思い浮かべた。
『洗脳や認識阻害は必ず魔力による干渉があるからね。自分の中の魔力をあえて細く、弱く練ることでその影響を受けやすくするんだ。その時に一番わかりやすいのが蝋燭なんだ。今にも火が消えそうな蠟燭。それを思い浮かべて、もしも蠟燭が激しく揺れたのなら……何か精神への干渉を受けているだろう。これ、魔力を効率よく循環させる修行にもなるからおすすめだよ』
ソウゴはASMRで鍛えていた集中力を用いて、毎日そのトレーニングを欠かさなかった。
結果、彼は脳裏に完璧に蠟燭を作り出すことに成功していたのである。
(蠟燭は……)
手を引かれるまま、ソウゴは意識を蝋燭へ向ける。
想像上にあった蠟燭は不自然に揺れていた。
「っ」
「どうしたの? 急に止まらないで」
「いや、待ってよ。何かがおかしい」
「おかしくないよ。早く」
「カヨちゃん、待って」
「……どうして逆らうのかな」
カヨは不思議そうに首を傾げながら振り返る。
その瞬間、蠟燭はその揺れを激しくし、一瞬の内に消え失せてしまった。
「っ!? まさかカヨちゃんが――」
「わかるんだ。可哀そうに」
手を振りほどこうと暴れるが、カヨの手は強くソウゴを握っていた。
まだ10歳の少年と言えど、探索者を目指し鍛えている。
それでも、カヨに力で負けていたのだ。
「どうして……っ、魔力で肉体を強化しているのに!?」
「あははは、無理だよ。その程度じゃ。それに――もう君は戻れない」
「……は?」
気が付けば、ソウゴのすぐ目の前には祠があった。
それだけではない。
辺りには木だったものが散乱している。
今しがた木から掘り出されたかのような祠を前に、ソウゴはその手を血と泥にまみれさせ立ち尽くしていた。
「あ、れ……なんで……」
「最初から、君は祠の前にいたよ。私の手を握ってからずっと」
背後、酷く冷たい声が聞こえる。
ソウゴは自分の意志で振り返ることすら不可能になっていた。
「さあ、最後の仕上げだよ。君の血を、その祠に捧げて」
「な、なんで……」
「私の事を助けてくれるんでしょ? だったら、仲間がいるから」
カヨはそう言ってソウゴの腕に自分の腕を這わせる。
そして、爪をたてゆっくりと手のひらへ食い込ませた。
「いっ……!?」
「大丈夫。怖くないよ。赫夜牟様と一つになるだけ」
爪が食い込み、血が滲む。
やがてそれは、雫となり祠へと滴り落ちた。
「助けは呼べないよ。ここは既に赫夜牟様の領域だから」
響くはずのない、ぴちょんという澄んだ音が聞こえる。
反響し広がっていく不穏な音は、祠の中から聞こえてきた。
同時に聞こえてくる、大きく響く重い音。
何かが振動するようなそれは、羽音であった。
まるで巨大な虫の羽音のようなそれが森の中に響き渡る。
ソウゴは恐怖で思わず後ずさりしそうになったが、体は言う事をきかない。
「恐れないで。いずれ、皆が赫夜牟様と一つになる。君のお姉さんも」
「っ、そんな!?」
「そして、あの那滝家の忌々しい一族も」
「は?」
その言葉が引金だった。
突如として、ソウゴの中で魔力が弾ける。
魔力は魂と密接な関りを持っている。
その高ぶりや輝きは、魔力に対して少なくない影響を与えた。
それは今この瞬間も例外ではない。
「っ、これは――」
指向性を持たない魔力が、そのままソウゴの体の中より放たれる。
全方位、手加減不可能な全力の魔力波。
あるいは、爆弾というべきだろうか。
とある人物が襲われる可能性を示唆された瞬間、彼の中にあった才能の一部が急激に覚醒、魔力は凄まじい勢いで増え、放出に至ったのだ。
流石のカヨもそれは予想していなかったのだろう。
驚きと共にソウゴから離れ、姿が消える。
それからコンマ数秒おくれて、ソウゴを閉じ込めていた空間が、魔力によって木っ端微塵になった。
「……」
辺りがいつもの風景を取り戻す。
ソウゴは、崩れ去った祠を見ながら呆然と考えた。
「は、やく……おし、えないと」
何か、大変なことが起こっている。
それを理解したソウゴは踵を返す。
が、ソウゴは祠から家までの道のりを知らない。
「……っ」
体は既に限界を迎え、ソウゴは気力だけで立っている。
「い、か、なきゃ」
ずるずると足を引きずりながら、ソウゴはその場を去った。
■
崩れ去った祠から、虫の羽音のようなものが響いている。
それはソウゴが去った後も変わらず、むしろ大きくなっていた。
「あの魔力波は驚いた」
祠の中から姿を現したカヨはそう呟く。
しかし、困惑した様子はなかった。
「けど、既に繋がりはもっている。アレはいつでも回収できるから、それよりも――」
カヨは振り返る。
月明かりに照らされて、それは赤く巨大な体躯を震わせていた。
「復活して間もないのだから、早く隠れないと」
ソレは、五メートルを超える怪物であった。
甲虫のような赤い外骨格に、龍のような顔。
刺々しい尾は、まるでムカデにも見えた。
「行きましょう、赫夜牟様」
カヨは怪物の名を呼び、嗤った。