【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
何度も感じたことのある感覚が、それを夢だと自覚させた。
妙な浮遊感と心地よさ、そしてやけに頭に響く蝉しぐれ。
「……ここは」
ソウゴは気が付けば一人で立ち尽くしていた。
山の向こうに陽が重なり、間もなく夜が訪れようとしている。
彼がいるのは、白い砂利の敷き詰められた美しい庭園だった。
手入れのなされた草木は、見るだけで思わず背筋を伸ばしてしまう。
那滝家であることは明白だ。
しかし、夢である以上、自分が突然この場所に立っていた事に対してソウゴは驚かない。
「そうだ、カヨちゃんが……!」
次第に記憶が蘇ってくる。
祠を壊した自分と、そう仕向けた少女、そして怪物。
満身創痍で歩き続けた彼の記憶は途中で途切れていた。
那滝家にたどり着いたかも定かではない。
「早く、目を覚まさないと!」
間に合わなくなる、そう直感し何度も自分の頬を叩いた。
が、どうやっても目覚めることは無い。
気が付けば、夕日は沈むことは無く空はオレンジ一色に染め上げられたままだった。
時という概念がないのだろうか。
風ひとつ吹かず、徹底して同じ世界が続いているそこはまるで牢獄のようだ。
「ど、どうしよう」
夢に閉じ込められた時の対処法など知る訳がない。
それでも何かしようと焦燥感に駆られて動き出そうとしたその時だった。
――笛が鳴る。
太鼓、幾重にも重なる鈴の音。
まるで祭囃子のように愉快で、どこか現世からは逸脱した音楽。
蝉しぐれを塗り替える様に、世界を飲み込むように音が広がっていく。
やがてソレは現れた。
庭に一本通った石畳の道。
その中心を、多くの人が進んでいく。
今まで気配も無かった那滝家から、何人もの人々が現れては庭の奥、つまりは塀の向こうへと消えていった。
美しい衣装を身に纏い神楽を舞う女性や、淀みのない手つきで楽器を演奏する男。
まるで愉快な祭の様相を呈してきたその集団の中心に、その少女はいた。
「……カヨちゃん?」
純白の衣装に身を包み、何人もの従者を引き連れて歩くその少女には見覚えがあった。
黒い髪に、蒼い眼。
幼さがまだ残る端正な顔つきは、出会った時と変わらず表情がない。
(まさか、またあの子に捕まったのか……?)
ソウゴは以前と同じように自身の中の魔力へと集中しようとした。
が、その瞬間突然胸に痛みが走り、咳き込む。
「がぁっ……」
思わず地面に手をつく。
その瞬間、音が止んだ。
「――私を助けてくれるんじゃなかったの?」
小鳥の囀りのような可愛い声で、しかし確かな怨みが籠った声が聞こえる。
恐る恐る顔を上げれば、視線があった。
踊っていた女性も、演奏をしていた男性も、カヨの後ろにいた従者も、そしてカヨ自身も。
全員が、ソウゴを見ている。
「っ」
引き攣り、喉の奥から空気が漏れ出す。
それでも目を離さなかったのは、カヨがまだ何かを言おうとしていたからだった。
「うそつき」
突き放す言葉。
失望した少女の別れの言葉だった。
「っ、違う。僕は――」
何か言おうと口を開いた。
けれど、浮かび上がる言葉はどれも吐き出すには至らない雑多な戯言。
今の自分に何が出来るのか、わかる訳などない。
十歳の少年に、果たして何が出来るというのだろうか。
何もできる訳が無い。
(もしもケイお姉ちゃんだったら、トウラクお兄ちゃんだったら……!)
他の誰よりも、自分自身がそう思っていたのだから。
「ぼ、僕は……」
カヨの冷たい眼は、ソウゴを見下ろしたまま動かない。
まるでガラス玉のような眼には光など宿っていなかった。
「――っ!」
パッと、世界が切り替わる。
同時に自分を襲っていた重圧が霧散した。
「おお、目覚めたか! ソウゴ少年!」
目覚めた、そう言われて理解した。
歴史を感じさせる天井に、視界の端には自分を覗き込む人々の姿がある。
どうやら、那滝家にいるようだ。
真っ先に感じたのは、安堵だった。
「ソウゴっ!」
「お姉ちゃん……?」
自分に泣きつく姉を見て、ソウゴは面食らう。
姉のこんな姿は見た事がなかった。
「大丈夫!? 痛い所はない!?」
「大丈夫……あ、そうだ。ケイお兄ちゃんはいますか!? 祠が……っ!」
自分の役目を思い出しソウゴはそう言いながら起き上がる。
しかし、途端に体から力が抜け落ち再び布団の中へと倒れ込んだ。
「ソウゴっ!」
「あ、あれ?」
「はっはっは! 魔力を大量に使用した事による虚脱状態だな! 案ずるな、安静にしていれば治る!」
「ああ、どうもありが……えっ!?」
横から聞えてきた声に、ソウゴは思わず首だけを動かした。
そこには、アイやカイの姿。
そして、見覚えのある青い髪の青年と、ピンク髪の少女。
「ジルニアス1号とジルニアス3号……!?」
画面の向こうのヒーローが、目の前にいた。
「ッ! そうか、君は知っているのか! 超合体賢人ジルニアースを!」
「はい! 大ファンです! 動画も見てますしサブスクにも登録してます! 文化大祭でフィギュアも買いました!」
「会長、これは助けなきゃいけないですよー。パトロンですからー」
ニコの言葉に、ヒショウは決めポーズを正座のまましながら頷く。
そして、ソウゴへと改めて向き直った。
「ソウゴ少年! この地に起きたことは大体把握している! 封印されていた悪しき怪物、赫夜牟が目覚めたのだな!」
「っ! そうなんです! ……僕の、せいで」
「それは違いますよ」
ソウゴの言葉をアイはすぐに否定した。
「アレの管理は、我々那滝家の責務。貴方は巻き込まれたのです。当主として、深くお詫び申し上げます」
「そんなっ、顔を上げてください! 僕が祠を壊したから――」
「ええい! 責任の所在などどうでもいい! 目下解決すべきは、ソウゴ少年の魂と赫夜牟の封印だろう! アイ君、君のそういう真面目でジメジメしたところは良くないぞ!」
「じめじめ……」
存外心に刺さったのか、アイは気にした様子で黙り込む。
その姿を見てカイはフォローしようと慌てていたが、彼自身もそう思っていた節があるので何も言葉が出てこなかった。シヤクは助け舟も出さずに主が傷つく姿を見て『♥』と笑顔を浮かべていた。
「ソウゴ少年、落ち着いて聞いてくれ」
ヒショウは優しい声でソウゴに語り掛ける。
「今の君は半分死んでいる状態にある。我々の発明品により例外的に目覚めているが、このままだと死ぬだろう」
「……そうですか」
「お姉さんには既に説明した。君の魂の一部が、既に赫夜牟に取り込まれている。このままだと、君の中にある閉じた次元深層領域が崩壊し、運よく生き残っても廃人だ」
死を眼前に突き付けられてソウゴは一瞬怯む。
が、すぐに口を開いた。
「何か、手立てがあるんですね」
「……! そうだ。賢く強い子だな! ニコ君、あれを!」
「はいはいー。これは那滝家にあった赫夜牟の研究データですー。金庫の中にはやはりありましたトレジャーが」
ニコがウィンドウを展開し、全員に見える位置で拡大する。
そこには、赫夜牟という生物の性質と対処法が細かく記されていた。
「随分と研究が進んでいたようですー。人間の魂の研究も並行して行っていたようで、どうやら赫夜牟から人の魂を切り離す計画をしていたみたいですねー」
「人の魂……?」
「赫夜牟は今、人の魂を電池にして動いている状態ですー。一度人間の魂ありきの存在になってしまった赫夜牟は、不可逆的な進化を遂げました。つまりー、もう人の魂が無いと存在できない様になってしまったんですねー」
ニコはそう言ってもう一つのウィンドウを展開する。 そこには、見覚えのある少女が映し出されていた。
「カヨちゃん……!?」
「お、やはり会っていましたかー。取り込むならば同じ波長、つまりは子供が狙われるとは思ったんですよー。その時、やはり疑似餌のように那滝カヨを使うのではないかとー」
ニコは自分の仮説があっていたことに満足げに拍手する。
「五十年前に生贄として捧げられたこの子の魂は、今赫夜牟を動かすエネルギー源となっていますー。恐らく、ソウゴ君の魂も共にあるでしょう。これを赫夜牟から切り離し回収する事が出来れば、ソウゴ君の魂も戻ってくるでしょうねー」
「そういう事だ! ソウゴ少年、これはピンチであると同時にチャンスでもある! 赫夜牟の呪いに、君の存在が終止符を打つのだ!」
「僕の存在が……?」
「ああ!」
ヒショウは頷く。
そして、横になったままのソウゴの手を握ると、晴れ渡った空のような笑顔で言った。
「どうか、力を貸してくれ! 過去に囚われた少女を救うぞ!」
自分が憧れていたヒーローの一人からの申し出は、本来であれば飛び上がって喜んでいただろう。
しかし、脳裏には今もまだあの視線が張り付いて消えない。
それでも。
「……わかりました」
「良い返事だ、ソウゴ少年」
意外にも、ヒショウは優しくその言葉を受け入れた。
そして、その頭を撫でると再び快活に笑う。
「では、飯でも食うとするか! その首輪をつけている状況でまともに消化器官が機能するか知りたいんだ! それに、俺も腹が減った!」
「私もですー。あ、山菜とか川魚って食べれたりしますー? 私、塩焼きが良いですー」
一瞬部屋を包みかけた陰鬱な空気が、二人によって吹き飛ばされる。
まあ、本人たちには、その自覚はないのだろうが。
「お前ら、遠慮とかねえんだな」
「ふふっ、カイ。準備してきましょうか。彼等は、丁重にもてなすべき客人ですから」
「それはそうだけど……なんか釈然としないというか。庭壊してるからな?」
「よければ俺が直そう! 丁度、動いたり、跳ねたりする庭の構想があったんだ! 是非『スマッシュほっぴん』をここに設置させてくれ!」
「嫌に決まってんでしょ」
カイはヒショウを雑にあしらいながら立ち上がる。
「ソウゴ君は何かリクエストあるか?」
「……いえ」
沈んだ声に気が付いた様子だったが、カイは敢えてそれに触れることはせずに「そうか」と頷く。
彼なりの優しさ故だった。
「きちんと食べておけ。腹に何か入っていた方がいざという時に動けるからな」
「……はい」
「じゃあ、ここに持ってくるから待ってろ」
「おお! ニコ君! 那滝家の高級和食だぞ! ゼリーや錠剤ではない!」
「飲み物もきっとジルニアスエナジーじゃなくて、新鮮なお水ですよ……!」
「普段何喰って生きてんだお前ら」
ヒショウとニコは笑うだけで何も答えはしなかった。