【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
辺りに風はなく気が付けば、周囲の音は消失していた。
月の光や星の瞬きすらも操作されている異界。
ダンジョンのように次元深層領域を広げずに、世界に干渉して操作しているのだ。
そんなことが可能な存在などこの世に一人、いや一機しかいない。
「っ♥」
「うまく避けているねぇ。それにその杖、契約した今の君にはうまく使えているようで何よりだ」
0号、あるいは星詠みの杖。
デモンズギアの頂点であり、現代文明には到底コントロールなど出来るはずもない怪物は、しかし人のように笑って見せた。
(今までとは出力が違いすぎる♥ 契約者も取り込んでいないようですし、もしかしてこれが本来のお姉さまの実力……♥?)
シヤクは攻撃をかわし続けている。
否、そうなるように誘導されているのだ。
草木を操り作りだした壁も、手足を拘束するために伸びる蔦も。
全てが0号の掌の上だった。
彼女がその気になれば、すぐにこの戦闘は終了するだろう。
(せめて勝利条件を教えてくれると良いのですが♥)
これはテストだと0号は言っていた。
ならば、彼女に価値があると思わせる必要がある。
それは純粋な強さなのか、それともデモンズギアとしての権能か。
(アイがいれば星生みになれますが……なったところで事態は変わらなそうです♥)
シヤクは冷静に考える。
そして杖を構えた。
激しい戦闘であるにも関わらず誰も来る気配はない。
すでに辺りは、0号の支配下にあるのだろう。
(少しでも勝機を見出すために、時間を稼ぐ必要がありますね……♥)
シヤクは0号を見る。
すでに大鎌での攻撃ではなく、収束砲撃による飽和攻撃の準備を始めていた。
「そろそろこちらも力の一端を見せるとしようか」
「それはそれは、ちなみにテストの合格基準は♥?」
シヤクは0号へと言葉を向ける。
会話を楽しむという行為を覚えた彼女に対して、有効だという演算結果に基づいた行動だ。
「自分で考えたまえ」
「ひどい♥ 私の質問には答えるつもりはないと♥?」
その言葉に0号は首を横に振りながら砲撃を放った。
まるで流星群のように砲撃が降り注ぐ。
シヤクはそれを軽やかなステップと共に回避した。
「質問によっては答えてあげるさ。私は優しい姉だからねぇ」
「ふふ、ご冗談を♥ では、一番気になっていることを♥」
シヤクは戦闘が始まるよりも、ここで出会うよりも以前に気になっていたことを口にする。
「貴女の契約者、ケイちゃんは何者ですか。あれは、いったい……」
人ではある。
そうシヤクは断定した。
が、その根底に何か別のものが存在しているとも思った。
真に怪物なのは、0号ではなくそれを十分に操ることができるケイなのではないか。
「人の魂は必ず同じ構造をしています♥ しかし、あれは違う♥ 一度だけ、私は似た構造の存在に出会ったことがあるんですよ♥」
0号は答えない。
しかし、言葉に静かに耳を傾けているようだった。
いつしか砲撃は止み、辺りは再び静けさを取り戻す。
シヤクは笑みを絶やすことは決してせずに言葉をつづけた。
「――銀の黄昏♥ あの組織の人間と同じです♥ 特に、教授とよく似ている♥」
「驚いた、君は教授に会ったことがあったのか」
「以前、アイと共にウロボロスを殺す任務で出会いました♥ あの人も同様に、魂の形がおかしかった♥」
人の魂を直感的に理解できるシヤクにとって、その異変はより浮き彫りとなって見えた。
「お姉様、ケイちゃんは何者ですか♥?」
0号は答えない。
代わりに、空に浮かび上がっていた無数の砲撃陣が消え、その手に握る大鎌も消失した。
「これも、答えるつもりはないと♥?」
「……合格だ。素晴らしいねぇ、魂を観測するその目。良き契約者に巡り会ったようだ」
0号はそう言うと踵を返す。
そうして指を一つ鳴らした。
すると、夜風がシヤクの頬を撫で、木々の揺れる音が再び世界に訪れる。
「いずれわかるさ。君もデモンズギアならば、ね」
そう言って、次の瞬間に0号は姿を消した。
シヤクはそれでもしばらくの間、周囲を警戒していたが、何も変化はない。
「ふぅ♥ 生きた心地がしませんでした。こんなテスト、エイナなら泣いちゃいますね♥」
デモンズギアのテストであるならば、今目覚めている全てのデモンズギアの元に訪れて同じように試練を与えるのだろう。
そう考えて、シヤクは特にエイナに合掌する。
「さて、アイの元に戻らないと♥」
気を取り直して、シヤクもまたその場を後にした。
部屋へと戻ってみれば、アイは変わらず静かに寝息を立てている。
その姿を見て、シヤクは「エッチ♥」と判断を下した。
が、戦闘を経て冷静になったため、「寝込みを襲うのは駄目なことなのでは?」という至極真っ当な気付きを得て踏みとどまる。
代わりに、頭を撫でることにした。
「いい子いい子♥ 私はここにいますよ♥」
「……んぅ」
アイは撫でられるがまま眠り続けている。
その表情は、心なし穏やかになった。
「……け、い」
むにゃむにゃと、アイが寝言で名を呼ぶ。
その顔は、まるで幼い子供のようだった。
■
それは夢、あるいは過去に見た光景だった。
視界いっぱいに広がる花畑は、本来ありえない生態系を作り上げている。
霊峰の持つ特殊な魔力の流れが影響している、とかつて言っていたのは母だろうか。
(どうして、この場所のことを今まで忘れていたのでしょう)
アイは花畑に立ち尽くしている。
青い空は、背伸びをして寝転びたくなるほどに気持ちが良い。
この場所に、アイは覚えがあった。
そして、目の前の幼い少女にも。
「あいにーさま!」
花畑で、無邪気にほほ笑む蒼銀の髪の少女の名を、アイは知っている。
彼女が好んでいた白いワンピースも、母から譲り受けた白い帽子も。
(ケイ……! そうでした、貴女は女の子だった……!)
「はいこれどうぞ! おかあさまから、お花のかんむりの作りかたをおそわったの!」
小さな手に握られているのは、不格好な出来の花冠。
覚えて以降、何度もアイのために作ってくれた。
「ありがとうございます、ケイ」
アイの意識とは裏腹に、その口は勝手に動き出す。
そして気が付いた、自分自身も幼くなっているのだと。
(……これは夢のようなものでしょうか)
同時に思い出でもあると、アイは理解していた。
全ての行動に覚えがある。
三人そろって花畑で遊び、夕暮れと共に帰るのだ。
そんな日がずっと続くと思っていた。
「あっちで、かいにーさまが、きれいなお花を見つけたんだって! いこ!」
ケイはそう言ってアイの手をつかむと、走り始めた。
(っ、頭が……)
妙な懐かしさと共に、激しい痛みが頭に走る。
まるで、何か開けてはいけない扉を開けようとしているかのような、そんな焦燥感があった。
(私は、どうして今までケイのことを男だと思っていたのでしょうか)
冷静になって考えてみれば、そんなことはあり得ない。
思い出の中の幼いケイは、間違いなく少女であったではないか。
「かいにーさま! お花みせて!」
「ああいいぞ! 僕の見つけた一番きれいな花だ!」
「確かにきれいですね。それに見たことがない。母様に後で聞いてみましょうか」
アイの思考とは別に、夢は進行していく。
思い出の中の三人は笑顔で花を見つめている。
(カイも私と同じように、ケイを男だと認識していました。魔法や異能による記憶の改ざん……? しかし、いつ誰がこんなことを)
思い出そうとするたびに、思考に靄がかかり鋭い痛みが頭を支配する。
それでも、この光景を見たことはアイにとっては大きなチャンスだった。
(私は、思い出さなければいけません。あの子のために)
花畑でケイが飛び跳ねている。
花びらが風に舞い、空を美しく彩った。
夢は、まだ終わらない。