【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
アイは正気に戻っていた。
花畑で無邪気に駆け回る妹こそが真実であると気が付いたのである。
(私への記憶改ざん。一体、誰の仕業なのか明らかにしなければなりませんね)
これほど長期にわたる記憶の改ざんに、情報の統制。
個人の仕業とは到底考えられない。
(この光景を思い出したということは、ここに答えがあるはずです)
花畑で遊ぶケイ達。
その姿にこそ、真実が隠されている。
「このお花なら、おかあさまもよろこぶかなぁ」
「ああ、なんていったって僕が見つけた一番きれいな花だからな!」
無数に咲く花の中でも、一際美しいそれを手にカイは自信満々にそう言って胸を張る。
ケイはその根拠のない自信に満ち溢れた言葉を聞いて、嬉しそうに飛び跳ねた。
「そうだよね! はやく、おかあさまにわたしに行こう! そうしたらきっと――病気もなおるから」
(病気……確かに母様は病気でした。それも随分と特殊な)
当時、地絃天星埜御霊によって辺りの魔力汚染は軽減されているとはいえ、完全なものではなかった。
居住エリアと言えど、年に数人が呪われた土地に体を蝕まれていたのは事実である。
魔力欠乏症。それは、土地に自身の閉じた次元深層領域が過干渉してしまい、魔力を意思とは関係なしに流し続ける死の病。
アイの母の身に降りかかったのはそんな呪いのような病だった。
(この時期は、霊峰を満たす特殊な魔力による治療を行っていたはず……)
「これで花束のかんせいっ! あいにーさま、はい!」
「ありがとうございます、必ず母様に届けますから」
花束を受け取った当時のアイはそう言ってほほ笑む。
ケイは、そんな彼の頭に花冠を乗せた。
「これもあげる。あのね、すきな人にはね、こうやってプレゼントするんだって!」
満面の笑みで、カイの頭にも同様に花冠を乗せる。
「はい、かいにーさま!」
「ありがとな! どうだ、僕ももっとかわいくなっただろう!」
「うんっ、すきー!」
ケイはカイに抱き着く。
そしてその胸に顔を擦りつけながら、無垢な瞳のまま口を開いた。
「わたしね、おっきくなったらあいにーさまとかいにーさまとけっこんするの!」
(!?!?!?!?)
アイの脳内に衝撃が走る。
ケイは自分のことを嫌っていると思っていた彼にとって、この言葉は青天の霹靂だった。
「結婚……?」
「うん。そうしたらね、ずっといっしょにいられるって母様が」
言葉の意味を大して理解していないのだろう。
ケイは兄のように胸を張って答えた。
「わたしね、みんなとけっこんするの!」
「ははっ、ケイ。結婚できるのは一人だけなんだぞ?」
「え、そうなの!? あいにーさま、本当?」
「そうですね、カイの言う通りです。結婚とはそもそも……あ」
無情にも、結婚のシステムについて幼女に説こうとしていたアイの目には、頬を膨らませたケイの姿が映った。
今までの楽しげな姿から一転し、目に涙をためて、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
アイにはわかる。
こうなると、ケイは間もなく大泣きするのだ。
「やべっ」
カイもすぐに気が付き、大声をあげてケイを抱きしめる。
「あ、あー、確か実はたくさんの人と結婚できたかもなー! 俺達がマチガッテタヨー」
ボロボロの演技と共に、カイは何度もアイコンタクトをする。
それを見て、慌ててアイもケイを抱きしめた。
「私の間違いでした。実は結婚できました。ごめんなさい、ケイ。私たちは結婚できますよ!」
「……ぐすっ、ほんとう?」
「「本当本当!」」
妹を泣き止ませるために、二人は何度も頷く。
しかし、ここで油断しないのが那滝家の次期当主。
さらにケイの頭を撫でて言った。
「私もケイと結婚したいと思っていたのですよ。勿論、カイとも」
「あ、ああ。そうだな、僕もだ。好きだぞ、ケイ!」
以心伝心。
カイも必死にケイを撫でる。
やがて、機嫌を直したケイは、再び笑顔を浮かべた。
「えへへ……わたしもすきー!」
ぎゅっと二人を抱きしめようとするケイ。
しかし、幼い彼女には二人を抱きしめきることはできなかったようだ。
代わりに、アイとカイが抱きしめ返す。
「これでみんな、ずっといっしょだね」
「ふふっそうですね」
「心配しなくても、僕達が離れ離れになることはないよ。……あ、そろそろ戻らないとやばいんじゃないの!?」
カイの言葉に顔をあげれば、夕焼けが空を染めていた。
この場所から家まではそこそこの距離がある。
今すぐにでも帰らないと、すぐに辺りは暗くなってしまうだろう。
「急ぎますよ、二人とも」
「うん! あいにーさま、ちゃんと届けてね!」
「はい、二人の分も届けてきますよ」
「いいなぁ。僕とケイは滅多に会うことを許されていないからなぁ。ずるいよ、次期当主って立場」
二人は口をとがらせてアイを見る。
(そんな記憶はない。母様に、私しか会えなかった……? 何故でしょうか)
覚えがない言葉に首をかしげるアイを放って、夢は進む。
幼いアイはそんな二人を見て、胸に手を当てて言った。
「私は長男ですからね!」
「わたしもちょうなんになりたーい!」
「そもそも女の子だから無理だろケイは」
「……なるもん」
帰ろうとした矢先、プルプルと震えてケイがまたうつむく。
「あっ」
「カイ……貴方また……」
「な、なれるよ! これも僕が間違ってた! ほ、ほら、泣き止んで! な?」
しゃがみ込み、ケイの頭を何度も撫でる。
やがてケイは頷くと、小さな声で「おんぶ」とだけ呟く。
カイに拒否権などなかった。
「わかった! 家までおんぶしてやる! 来い、ケイ」
「うんっ!」
ケイはカイの背に抱き着く。
カイは勢いよく立ち上がると、駆け出した。
「アイ兄さんなんて置いて、一番乗りで帰るぞー!」
「きゃははは! はやーい!」
「二人とも、転ばないように気を付けてくださいねー!」
花束を片手に、アイはそのあとを追った。
瞬間、世界が切り替わる。
■
まるで瞼を閉じるように、世界が闇に包まれる。
そうして次にアイの目に映ったのはどこかの扉の前だった。
(これは……旧館の母様の部屋の前?)
そこは母の療養のために用意された部屋だ。
父がいつでも様子を見に行けるようにと旧館の近くに、急遽用意されたその部屋の扉は妙に真新しい。
(私は手に花束を持っている……ということは先ほどの続きの光景ということでしょうね)
自身を俯瞰して観察しながら、アイはそう結論付けた。
幼いアイは、花束を抱えて扉の前に立つ。
母の喜ぶ顔を思い浮かべているのか、妙に嬉しそうだった。
「母様しつれ「間もなく、私は死ぬでしょうね」……え」
扉の向こうから聞こえてきた声に、扉をノックしようとした手が止まる。
気が付かれないように扉をそっと開けて隙間から覗くとそこには母と父の姿があった。
凛とした黒い髪に知性を感じさせる顔立ちの母と、蒼銀の髪を切り揃えた美しい少女のような容姿の父。
和室に運び込まれた病人用のベッドは、存在が浮いてまるで嘘のようだ。
そんなベッドの上で横になった母は、想像以上に痩せこけている。
アイに気が付いていないのか、二人は険しい顔で会話を続けていた。
「――赫夜牟は完全に私に狙いを定めました。もう、ケイが贄として選ばれることはないでしょう」
(赫夜牟……!?)
「……ごめん。俺が赫夜牟を殺せていたら、こんなことには」
「謝らないでください。むしろ、赫夜牟の情報を大きく引き出せたのですから誇るべきです。私には無理でも、その遺志を受け継いだ誰かが必ずあの怪物を打ち滅ぼしてくれます。その礎になるなんて、素晴らしい名誉ですよ」
母はそう言ってほほ笑む。
病に侵されているはずなのに、その表情は穏やかでむしろそれを見る父の方が辛そうであった。
「那滝カヨ様のような被害を二度と出さないと誓った身。愛する我が娘を守れるのなら」
「……ああ、そうだね」
「もう、相変わらず心配性なんですから」
そう言って、母は頭を撫でる。
「私が死んだ後も、しばらくの間は警戒してください。あの子が女の子だとバレてはいけない。……学園都市に通える歳になるまでは、絶対に守り通すのです」
「わかってる。あの子には俺から、伝えておく」
父は自身の感情を押し殺した様子で頷く。
「私の諜報部隊も上手く使ってください」
(そうでしたか……だからあの子は)
アイにはこの光景を黙って見ていることしかできなかった。
やがて、夢は終わりを迎える。
幼いアイが、花束を落とした事がきっかけだった。
「誰かいるのか!?」
父は素早い身のこなしで扉まで近づくと、開け放つ。
そこには、花束を落とし震えるアイが立っていた。
「アイ……聞いていたのか」
「あ、そ、その……この花束を、えっと……」
取り繕うとするが、言葉がうまく出てこない。
しどろもどろになっているアイを見て、母は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに意を決したように口を開いた。
「聞かれてしまっては仕方がないです。予定よりも早いですが、記憶の改ざんを始めてしまいましょう。あなた、お願いします」
「……ああ、わかった」
躊躇う表情とは裏腹に、父の動きは迅速であった。
ずっと前から覚悟を決めていたのだろう。
「アイ、すまない。恨んでも良い。それでもどうか、兄妹仲良く生きるんだ」
手が伸びる。
その手は頭をそっと撫でると同時に、淡い光を放った。
「と、うさま……」
同時に、俯瞰して見ていたアイの視界も暗くなっていく。
かすかに聞こえてくるのは、声。
「いつか全てを知った貴方達に、優しい結末が訪れますように」
それは、母にとって最後の祈りだった。
(……母様)
夢から目覚める。
開けた瞼は、濡れていた。
意識が浮上し、覚醒する。
「――あら♥ 少し早い目覚めですね♥」
自分を見下ろすシヤクの顔が見えた。
寝ている間、ずっと頭を撫で続けていたのだろうか。
「シヤク」
「はい♥」
「那滝家の呪いは、私たちの代で必ず終わらせますよ」
「それが貴方の望みならどこまでもお供します♥」
意識は、眠る前よりもはっきりとしていた。
思考がクリアになり、冴え渡っている気がする。
「那滝家の当主は、この私です」
自分自身に刻み込むように、言葉を吐き出す。
決戦が始まろうとしていた。