【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第253話 むかしばなし

 その感覚をソウゴは既に味わっていた。

 妙な浮遊感とわずかに輪郭が霞む世界。

 

 夢のようだ、とソウゴは頭の片隅で考えた。

 

 今彼が立っている場所は、森の中の祭壇ではない。

 那滝家の長い階段を上り終えた門の前だった。

 

「――無事に来たようですね」

 

 声のする方を見れば、いつの間にか隣にアイが立っている。

 その手には、銀色の杖が握られていた。

 

「アイさん」

「ここが、赫夜牟が魂を捕らえて保存する位相世界。つまり、貴方の魂とカヨがいるはずです。行きましょう」

 

 アイはそう言うと先陣を切って進んだ。

 その横顔は、今までの彼よりもずっと美しく、頼もしい。

 

「は、はい!」

 

 ソウゴは一瞬その姿に見惚れたが、慌てて後を追った。

 

「ヒショウ曰く、赫夜牟がここに使い魔を送り込んでくる可能性が高いようです。いつ戦闘になっても構わないように警戒は怠らないでください」

「……わかりました」

「大丈夫ですよ、私が守りますから。地絃織主は使えませんがシヤクがいます」

 

 銀の杖を見せて、アイは笑う。

 杖は何も言葉を発さないが、代わりに少しだけ震えて見せた。

 この場所へのアクセス権を持たないシヤクなりの、精一杯の意思表示である。

 

「改めて、私たちの役割を確認しておきましょうか」

 

 那滝家の庭を進みながら、アイはそう言った。

 

「私はあくまで、貴方の護衛。使い魔から守るためにここにいます。ソウゴ君、君の役割は?」

 

 歩みは止めずに振り返ったアイと目が合う。

 その目が誰かとよく似ていて、内心でドキリとしながらソウゴは答えた。

 

「こ、この首輪の力を使って僕の魂を回収。そして、カヨちゃんの魂は、首輪の中にあるデータロイド? という器に入れます」

 

 ソウゴはヒショウの言葉を半分以上理解できていない。

 が、必要最低限のするべきことは理解していた。

 

「そのために、この世界の僕の魂とカヨちゃんに触れる必要があります」

「そうです。これは、一度カヨと触れている貴方だけが可能なのです。……どうか、お願いしますね」

「はい。必ず」

 

 ソウゴは力強く頷く。

 

 気が付けば、辺りを日が照らしうだるような暑さが支配していた。

 蝉の声を遠くに聞きながら、ソウゴは自分に言い聞かせるように覚悟の言葉を繰り返す。

 

(頑張らないと! 僕だけがカヨちゃんを救えるんだ……ん? 蝉の声?)

 

 いつからだろうか。

 今まで曖昧であったはずの世界が、真夏に切り替わっていた。

 

「アイさん」

「ええ、わかっています。この世界はやはり現実のような常識は存在しないようですね」

 

 歩く速度を緩めたわけでもないというのに、いつまで経っても那滝家にたどり着かない。

 砂漠を彷徨うが如く、延々と庭を進んでいた。

 

「ヒショウの話だと、ソウゴ君の魂を感知して受け入れてくれるはずなのですが……」

 

 いよいよ何か対策を講じなければいけないとアイが考え始めたその時である。

 無邪気な笑い声が、どこからか聞こえてきた。

 

『きゃはははは! おにいちゃんが鬼ー!』

『ぜぇっ、ぜぇっ……ちょ、げほっ』

 

 声のする方を見て、アイは迷わず杖を構える。

 そこには、庭を駆け回る那滝カヨの姿があった。

 そして、カヨを追うようにして銀色の髪の少年がふらふらと走り回っている。

 

「あれは……もしかしてルイお爺様?」

「えっ? あの子がですか?」

 

 ソウゴの言葉にアイは頷く。

 

「アルバムで見たことがあります。確かに、ルイお爺様の幼い頃ですね」

 

 苦虫を嚙み潰したような顔だった。

 アイは様々な感情が入り混じった視線をカヨへと向けている。

 

「今まで、お爺様に妹がいるなんて知らなかった……。それが、那滝カヨだったなんて」

 

『もう親父の特訓の後で疲れているんだ。少し休ませてくれ!』

『えー、つまんなーい!』

 

 どうやらソウゴ達が見えてない様子の二人は、庭で遊びまわっている。

 と言っても元気に動いているのは一人だが。

 

「先にカヨに会うとは思いませんでした。ソウゴ君、アレに触れることが出来ますか?」

「やってみます」

 

 ソウゴはカヨへと駆け出した。

 

『はやくはやくー! 遅いよおにいちゃーん!』

 

 赫夜牟の傍にいた彼女からは考えられない笑顔を浮かべるカヨ。

 ソウゴはその肩へと手を伸ばして――。

 

「あれっ!?」

 

 カヨの体をすり抜けてその場に転がった。

 

「大丈夫ですか!?」

「いてて……触れない。これって幻覚……?」

 

 ソウゴは差し伸べられた手を掴み立ち上がる。

 その間も、カヨは兄と共に楽し気に笑っていた。

 

「もしや、使い魔の見せる幻覚でしょうか? ソウゴ君、周囲に警戒を」

「はい!」

 

 アイとソウゴは周囲を見渡す。

 しかし、何も起きる気配はない。

 

 暫し警戒していたアイは杖を下すと息を吐いた。

 

「……どうやら、違うようですね。もしかすると、この光景はカヨの魂が見せた過去なのかもしれません」

「カヨちゃんの過去……」

 

 駆け回るカヨはソウゴと目を合わせることはない。

 その無邪気さが失われるまでに一体何があったのか、今のソウゴにはまだわからない。

 

「もう少し、進んでみましょうか」

「はい」

 

 再び二人は歩き出す。

 そして数分後、世界は再び切り替わった。

 

『おい親父、なんだよこれ……』

 

 世界に夜が訪れる。

 庭に作り上げられた木組みの祭壇。

 その上に白い衣装を纏うカヨが祭り上げられていた。

 

『……お前たちは何も悪くない。すべて、俺の力不足だ』

『なんだって聞いてんだよ。親父、答えろ! カヨ、こっちに来い!』

 

 手を伸ばす銀髪の少年を見て、カヨは少し躊躇いながらも手を伸ばす。

 しかし、彼女を取り囲むようにして神楽を舞う人々が一斉に動きを止めカヨの行く手を阻んだ。

 

『っ、おにいちゃん……怖いよ』

『待ってろ、今兄ちゃんが助けるから』

 

 少年が駆け出そうとする。

 しかし、すぐ目の前の大人に胸倉を掴まれた。

 

『ルイ! わかってくれ! このままでは赫夜牟が目覚める。それを阻止するのが最優先なんだ……!』

『ふざけるなッ! なら俺や親父でもいいだろうが!』

『ダメなんだ。俺たちでは……! 駄目だったんだ……!』

 

 目の前で繰り広げられる言葉の応酬から、断片的な情報を得てソウゴはそれを理解した。

 

「これって、カヨちゃんを生贄に捧げた日のこと?」

「そのようですね」

 

 アイは淡白な返事と共に杖をふるう。

 すると地面から巨大な根が槍のように突き出した。

 根は確かに神楽を舞う人々を貫いたように見えたが、人々はまるで幻のようにすり抜け踊り続ける。

 

 それを見て、アイはすぐに再び歩き出した。

 

「行きましょう。どうやら、進むしかなさそうです」

「……っ、はい」

 

 ソウゴはアイの後を追う。

 その背後では、悲鳴に近い叫び声が響き渡っていた。

 

 が、しかし声は突然ぱたりと止む。

 そして世界は再び切り替わった。

 

 今まで白い砂利の上を歩いていたはずが、気が付けば那滝家の中にいる。

 長い廊下が突然現れ、立ち尽くすソウゴの後ろを誰かが追い抜いて行った。

 

「あれは……」

「カヨですね。それに……あれは誰でしょうか」

 

 カヨが誰かに手を引かれている。

 それはつい先ほどまで神楽を舞っていた者と同じ服を着ている妙齢の女だった。

 

 二人が後を追うと、女はすぐ横の部屋に入る。

 どうやら警戒をしているようで、周囲の音を確認しているようだった。

 

『カヨ様、大丈夫です。私とルイ様は貴女の味方ですから。すぐにここを出て三ヶ嶋家か牙塔家に助けを求めましょう』

『……うん』

『強いお方だ。本当は泣きたいことでしょう。もう少しの辛抱ですよ』

 

 女は自分の頬に指をやり、無理に笑顔を作って見せる。

 その指先は震えていた。

 

『あなたも怖いの?』

『っ、大丈夫ですよ。私はこう見えても強いんです。なんていっても、那滝家の諜報部隊出身ですからね。カヨ様が大きくなったらぜひ雇ってくださいね』

『うん』

 

 女に頭を撫でられ、カヨは安堵した様子で頷く。

 そして無邪気に言った。

 

『おにいちゃんに早く会いたいね』

『必ず、私が会わせます』

 

 頷き、女は立ち上がる。

 屋敷の中がにわかに騒がしくなってきた。

 間もなくここにもやってくるのだろう。

 

『行きましょう。さあ、こちらに』

 

 女に手を引かれ、カヨは再び走り出す。

 

 その背中を追おうとして、世界が変わった。

 

「っ、うっ、これは……」

「ソウゴ君、顔を伏せてください」

 

 そこは静かな森の中だった。

 確かに争いの跡があったが、今はただ静かに風に木々を揺らすだけの森であった。

 

 森の中央、祠の前で一人の女が血まみれで倒れている。

 最後まで動いていたのか、その手は祠へと伸ばされていた。

 

 そして祠の中には、吊るされたまま微動だにしないカヨの姿がある。

 恐ろしいほどに青白くなった肌と対照的に衣服は赤く染まり、地面へと赤く鮮やかな液体がしたたり落ちていた。

 

「……これは」

 

 今までのように、誰かが言葉を発することはない。

 ただ、全ての結末が静謐さを携えてそこにはある。

 

 断片的、しかしアイとソウゴに過去に何が起きたのかを理解させるには十分すぎた。

 

「カヨ、ちゃんは、ここで生贄になった、んですね……」 

「無理をしないでください。ソウゴ君」

「だ、大丈夫です。ここで僕が折れたら、誰がカヨちゃんを助けるんですか」

 

 ソウゴは顔を青ざめさせながらも気丈に振る舞う。

 

「僕たちが、助けないと」

「――無理だよ」

 

 背後で声が聞こえた。

 幼く、平坦で、感情の乗っていない声だ。

 

「ッ! ソウゴ君、下がって!」

 

 アイはソウゴを自身の背後に引きずり込むと、振り返る。

 星一つない夜空を背に、少女――カヨは立っていた。

 

「どうやら、忍び込んだネズミ共が私の過去を見せたみたい。無作法にもほどがある」

 

 先ほどまで見てきたカヨとは違う、全てを見下し憎むような眼が二人を捉えている。

 

「私は助からなかった。それが全て」

 

 森のあちこちから何かを打ち鳴らす音が聞こえる。

 まるで、何かが牙を打ち鳴らし威嚇しているかのような音。

 

「あの人たちは助けられなかった。私は助からなかった。この物語はこれでおしまい」

 

 カヨの足元の陰から、ゆっくりと巨大なムカデが這い出して来る。

 赫夜牟を一回り小さくしたような赤い甲殻をもつ怪物は、まるで所有者を示すようにカヨの体を上っていった。

 

「ソウゴ君ここからが本番です」

「……はい」

 

 カヨは冷たい視線と共に、手を伸ばす。

 まるで、こちらへと誘うかのように。

 

「ねえソウゴ。もしも私に救いをくれるなら――一緒に死んでよ」

 

 星のない夜、決戦の火蓋が切られた。

 

 

 

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