【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
アイは森を駆ける。
ソウゴを片腕に抱えて後ろを見れば、まるで洪水のように蟲が迫ってきていた。
「おにごっこ? 私、得意だよその遊びは」
森の奥から赤い蟲があふれ出してくる。
その中心のカヨは、巨大なムカデに体を預けてまるで女王のように笑っていた。
彼女は出会ってから一歩も動かずにその場に君臨している。
「っ、流石に現実とは戦いの勝手が違いますね……!」
今、アイは異能を使えない。
魂が形を成すこの位相世界において、異能は本来十分に威力を発揮する。
その力によっては現実世界よりも強力になるだろう。
しかし、ダンジョン主の使役という傀儡ありきのアイの能力はここではまともに役には立たない。
「ほら、捕まえちゃうよ?」
「アイさん! 蟲が!」
迫る蟲に、アイは杖を向ける。
その瞬間、地面から巨大な根が生え蟲を串刺しにした。
苦しみ暴れる蟲へと、アイは異能を使う。
しかし、彼が使役する前に蟲は赤黒い粘液となってその場に零れ落ちた。
彼の異能に耐えられるほどの強度を持ち合わせていないのだ。
「こんなことなら、意識を操るダンジョン主でも捕まえておけばよかったですね」
そう呟くアイの表情は焦りを一つも感じさせない。
それどころか、薄く微笑んで見せた。
「逃げ回るだけで、つまらないね。これが当主?」
駆け回るアイを見て、カヨは呆れたようにそう呟く。
時々振り返り蟲を根で貫くだけで、それ以上はまともには戦おうともしない。
「無策で来た愚か者。那滝家はやはり、滅ぼすべきだった」
ため息をつき、そう言うカヨ。
アイは変わらず蟲を貫いてフッと笑って見せた。
「無策……? 冗談を」
「は?」
アイは足を止める。
その背後蟲が迫り、アイをソウゴごとあっという間に飲み込んだ。
大小さまざまな赤い蟲が二人を蹂躙していく。
そのはずだった。
『――シヤク、お願いします』
「はい♥」
覆っていた蟲がはじけ飛ぶ。
そこにいたのは変わらず抱えられたソウゴと、そしてアイの二人だけだった。
しかし、明らかにアイの様子がおかしい。
「ふふ……♥ これがアイの体なんですね」
今までよりも妖艶で、どこか大人びた色香を醸し出すその姿に、ソウゴは覚えがある。
「し、シヤクさん……?」
「はい、私も来ちゃいました♥ 私には直接のアクセス権がないので、こうしてアイの中に入ることでこの世界への介入を可能としたんです♥ 本来はこういう位相世界はトリムちゃんの領分だったんですけどね♥」
シヤクはアイの体で、しかしシヤクとして微笑んで見せた。
それから自分の顔を堪能するように撫でると、感嘆の息を漏らす。
「はぁ♥ これもまた、一つになるということ。いつもとは違う形の■■■■♥ アイ、こういうプレイも今後取り入れていきましょうね♥」
『シヤク、子供たちの前です』
杖からアイの声が聞こえ、がたがたと震えた。
「そうでしたね、行きましょう。私たち二人で♥ ……はぁ、アイの鼓動をこんなに間近で……♥」
『気持ち悪い言い方をしないでください』
抗議を無視して、シヤクは杖を地面に突き刺した。
その瞬間、今まで地面に突き出していた根たちが動き出す。
「逃げまわっていただけだと思いましたか♥ 私たちの目的は、貴女を倒すことではないので♥」
「デモンズギアが増えたところで、何も変わらない」
「それはどうでしょう♥」
迫るムカデを一匹貫いて、シヤクは笑う。
森のざわめきは大きくなり、まるで彼女を讃えているかのようだ。
「私は命の権能を持つデモンズギア。なればこそ、その命の定義は私が決めます♥」
辺りの草木が意思を持ったように動き出す。
そして、カヨの使役する蟲たちを襲っていった。
「なんで……っ!? この世界には命なんて……」
「だから与えました♥ ふふ、ヒショウは面白いことを考えましたね♥」
シヤクはそう言ってソウゴを降ろす。
その頭を撫でて一歩前に踏み出すと、無作為に地面へと杖を突きさした。
「今までアイが根を生やしていたのは、周りの木々に生命を与えるため♥ 命って素晴らしい♥ 短い生の中で必死に輝き唱歌を奏でる……はぁ、素敵です♥」
「化け物が……!」
「ふふふ、かわいらしいお嬢さんにそう言われるのは傷つきますね♥」
『では、行きましょう』
「はい!」
「あの子までの道は私が作ります♥」
シヤクが木を操る。
いや、それはもはや世界の操作に近かった。
疑似的な命を地面に付与することで、壁がせり上がりカヨへとまっすぐな道が出来上がる。
彼女を守るための蟲は大小関係なく貫かれ夜空にさらされていた。
たった一機のデモンズギアの介入。
それだけで、一方的な戦いになったのである。
「形勢逆転。いや、あるいは最初から私は負けていたのかもしれないね」
カヨはその光景を見て敗北を悟った。
はるか昔世界を蹂躙した怪物は、しかし過去の遺物である。
相対する最新鋭の兵器の前には成す術がなかったのだ。
「……私では結局、何も成せない。思い通りにならないんだ」
カヨの呟きは誰にも聞こえることなく消えていく。
「さあ、あとは貴方が触れるだけです♥」
シヤクはソウゴの背を押して言った。
頷き、ソウゴは駆け出す。
遮るものは何もない。
後はソウゴが触れるだけで終わりだった。
「カヨちゃん、今助けるから!」
「助ける……?」
カヨは首を傾げる。
涙を流すことも、表情をゆがませることもなく首を傾げて彼女は口を開いた。
「なんで? もう死んだ人をどうして助けるの? 一緒に死んでくれないの?」
「それじゃあ君が幸せになれない!」
「幸せなんて、とっくの昔にあきらめた。そんなもの、この世界には最初からなかったんだよ」
カヨはそう言って手をかざす。
すると、ソウゴと瓜二つの何かが現れた。
それはまるで人形のように静かに佇むだけである。
「あれは、僕の魂の一部!?」
「貴方達が私の世界に干渉できるということは、その逆も可能ということ。こうしてね」
カヨはそう言ってソウゴへと手を伸ばす。
そして、その胸部へと差し込んだ。
血を一滴も流すことなく、細い腕が入り込んでいく。
その瞬間、カヨへと駆けていたソウゴはその場に崩れ落ちた。
「ぐぁっ……」
『ソウゴ君!?』
「魂を通しての攻撃……この空間でのみ可能な攻撃といったところでしょうか♥」
「貴方達は確かに強いし賢い。けど、赫夜牟様も長い時を経て進化したの。この世界に入り込んだ時点で結果自体は決まっていた。だからこそ、こうして放っておいたんだよ」
「ぐっ……カヨちゃ、ん」
ソウゴは苦しみに悶えながらも立ち上がる。
カヨは少し驚いたように手を叩く。
「すごいね。立てるなんて。……いや、その首輪のおかげか。ある程度魂を保護できるんだね、厄介」
カヨはすぐにその絡繰りを看破する。
そしてその上で不確定要素ではないと切り捨てた。
「少し乱暴ですが、縛り上げてしまいましょう♥」
シヤクが根を操りカヨへと差し向ける。
が、それよりも早くカヨの足元から現れたムカデが、カヨの頭を喰らった。
「っ、カヨちゃん!?」
ショックのあまり、ソウゴは立ち竦んでしまう。
その姿を見て、貪り喰われながらもカヨは嗤った。
「私のままでは、負ける。だから、赫夜牟様に全てを捧げることにした」
「そんなっ……!」
『シヤク!』
「はい♥」
ムカデを縛り上げようと根がすさまじい勢いで迫る。
が、それは到達する前に朽ち崩れ落ちていった。
否、それはもはやムカデなどではない。
間違いなく、赫夜牟そのものであった。
「あら、これは急速に命達が失われて……♥」
「――私の全てを捧げることにより、この世界でも赫夜牟様の力を行使することが可能になった。そして、捧げるのは私だけではない。ソウゴ、貴方の魂も」
ムカデはあっという間にカヨを喰らいつくす。
そして、血まみれの顎でソウゴの魂の一部を喰らい始めた。
魂は抵抗することなく、肩を齧られても立ったままである。
「ぁっが……!?」
形容することが出来ない痛みに、ソウゴは今度こそ倒れ伏す。
霞む視界、意識を保つのがやっとだった。
『ソウゴ君!?』
「これは少しだけ面倒くさいことになりましたね♥ 赫夜牟と完全に融合した魂を切り離すのは、今の準備では心もとないかと♥」
『ですが、ここまで来て撤退は……!』
「私たちの想像を上回っていたのです♥ 赫夜牟ではなく、那滝カヨが♥ あの子は、心の底から救われようとしていなかった♥ 手を差し伸べる行為自体が、間違っていたのかもしれません」
シヤクはすぐに作戦失敗を悟る。
この作戦はあくまで、赫夜牟にカヨが囚われているという前提で成り立っている。
カヨが自ら望んで赫夜牟に身を捧げるのであれば、この作戦は意味をなさない。
「少し、無茶をしますよ♥」
シヤクはそう言うと、飛び出した。
彼女の足元に生えた小さな木がバネのような役割を果たして、前へと押し出す。
凄まじい勢いではじき出されたシヤクは、今まさにソウゴの魂を喰らいつくさんとしている赫夜牟へと杖を向ける。
瞬間、赫夜牟の外殻の隙間から草木が生えその体を拘束した。
「この子の魂だけでも回収します♥」
肩にかじりつく赫夜牟の頭部を蹴り飛ばし、ソウゴの魂を抱き寄せる。
そして、地面に倒れ伏すソウゴ本人を根で回収したシヤクは自身の腰に蔦を巻き付けて、元居た位置まで体を引き寄せた。
それから数秒して、赫夜牟の体を拘束していた草木が枯れ落ちる。
ガチガチと大顎を鳴らして、赫夜牟は威嚇するようにその胴体を持ち上げてシヤクを見た。
「必要最低限、ソウゴ君の魂は回収しました♥ アイ、アレを殺せば一応作戦は完了です♥」
『ですが……』
「優先順位を間違えないでください。ソウゴ君の魂の回収が絶対の条件。カヨちゃんの救出は最良であっても必須ではない」
『……それはわかっています。ソウゴ君も、先ほどの攻撃で気を失ってしまった以上、脱出するのが最も良い手段でしょう』
赫夜牟を相手にするのに、気を失った少年と、その少年の形をした魂を抱えておくのはあまりにも不利であった。
現状、シヤクが根を張ることで防御は可能だがそれ以上のことは不可能に近い。
『……やはり脱出するしか』
「そ、れは駄目だ、よ……!」
腕の中で声が聞こえた。
見れば、青白い顔ではあるがソウゴが意識を取り戻している。
彼はシヤクの腕の中から降りると、震えながらもその足で立った。
「まだ、あの子は助けられる。そんな気が、します。だか、らっ……」
しかし、次の瞬間にはぐらりと傾き、地面へと迫りそして――。
「ここでお終いなのかしら」
世界が切り替わる。
今まで体を襲っていた不快感も、眩暈も、痛みも全てが取り払われ、明瞭となった視界に美しい光景が広がった。
無数の星々がきらめく夜空と、それを映し出す水面が地平線の向こうまで広がった世界。
天と地全てが星空で鏡写しとなったその場所にソウゴは立っていた。
そして目の前には。
「……ソルシエラお姉ちゃん」
星々が輝く世界で、ソウゴは邂逅を果たした。