【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第255話 びぎんず

 星空の下、ソルシエラは笑みを浮かべている。

 まるでソウゴの中に眠る何かを待ち望んでいるかのように、その蒼の瞳がじっと見据えていた。

 

「ほ、本物ですか?」

「それは今重要なことかしら。魂に干渉した本物かもしれないし、貴方の深層心理が作り出した紛い物かもしれない。けれど、貴方の目の前にいる者が誰であろうともやることは変わらない。そうでしょう?」

 

 ソウゴは頷く。

 彼が今するべきことはただ一つ。

 

「僕は……カヨちゃんを救いたかった」

 

 ソウゴは気が付けば胸の内を吐露していた。

 そうさせるだけの何かが、目の前の少女にはあったのだ。

 

「あの子の終わり方が、こんな悲しいものなんて嫌だ。でも、僕には力が無くて、もう走ることも……」

 

 事実、ソウゴは魂への攻撃によりまともに動くことなど出来ない。

 探索者ですらない少年には、あまりにも絶望的な状況だった。

 

「そう」

 

 ソルシエラは静かに、そして淡々とした返事をする。

 その目は、何かを待ち望んでいるかのようだった。

 

「諦めるのね」

 

 それが何を意味するのか、考えるまでもない。

 一人の少女の人生が、悲劇として終わるのだ。

 

 ならば、答えは決まっている。

 

「諦めない」

「あの子は助けを望んでいないようだけれど」

「それでも助ける」

「貴方に力が無くても?」

「うん。これは僕のエゴだ。僕は僕がこの終わり方が気に入らないからカヨちゃんを助けたい! だって、()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう思うから」

「……! ふふ、そう。そうなのね」

 

 ソルシエラは目を見開く。

 その顔は歓喜に溢れていた。

 

 待ち望んでいたものが現れたかのような笑みを携えて、ソルシエラはその大鎌をソウゴへと向ける。

 

「ならば、見せてみなさい。貴方の可能性を、輝きを」

「……はい!」

 

 世界が動き始める。

 星々が移動をはじめ、世界に朝が訪れる。

 

 遥か彼方の水平線より上る日が、眩い光でソウゴの視界を染めた。

 

 

 

 

 

 

「――大丈夫ですか♥?」

 

 それは、ほんの一秒にも満たなかった。

 ソルシエラとのやり取りは、ソウゴが倒れシヤクが受け止めるまでに起きた刹那の出来事。

 

 しかし、ソウゴが再び立ち上がれるようになるには十分すぎる。

 

「大丈夫です」

 

 ソウゴはしっかりとした足取りで大地に立った。

 そして人形のように何も言わない自分の魂の手を取る。

 

「戻って来い」

 

 触れた瞬間、ソウゴの魂は一つに戻った。

 感覚を確かめるように、掌を開閉してソウゴは頷く。

 

 その姿を見て、シヤクは首を傾げた

 

「あら♥ 魂が安定するどころか、活性化したような……♥」

「シヤクさん、アイさん」

 

 ソウゴは二人の名を呼び、先頭に立つ。

 そして、助けるべき相手を見据えた。

 

「僕はあの子を助ける。だから、わがままに付き合って貰います」

「拒否権はないんですね♥ 強引な子もかわいいです♥」

『しかし、私たちにはあの子を助ける術など……』

「これから作ります。僕が、この手で」

 

 アイが止める間もなく、ソウゴは走り出していた。

 

『ソウゴ君!シヤク、止めてください!』

「まるで一人前の探索者ですね♥」

『シヤク、なぜ見ているのですか!』

「ふふ、気が付きませんか♥? あれ、もうすぐ開花しますよ♥」

 

 シヤクはソウゴを見て、笑みを浮かべる。

 

「ハッピーバースデーってやつです♥ なら、お手伝いしてあげないと♥」

 

 シヤクはソウゴへと向かっていく蟲たちを根で串刺しにしていく。

 その目は、人類への愛であふれていた。

 

「もっと速く、強く」

 

 異能や魔法を用いた移動とは異なり、少年の走る速度などたかが知れてる。

 しかし、それは一歩、また一歩と進むたびに最適化されていった。

 

(そしてもっと、巧く。トウラクお兄さんはなんて言っていた)

 

 それは、先人の言葉と彼自身の経験。

 彼の探索者になりたいという純粋な願いに真摯に向き合った者たちがいたからこそ。

 

 ソウゴは、この瞬間に驚異的な成長を始めていた。

 

『魔力も血と同じ。めぐる個所を意識するんだ。そうするだけで、身体強化は質が上がる』

 

 一歩、踏み出す。

 足に込めた魔力が形を成していく。

 より効率的に、ソウゴは速さを手に入れた。

 しかし、意識を向けすぎた結果、魔力が足からあふれ出していく。

 

(あふれ出した魔力、ミズヒお姉ちゃんはなんて言っていた)

 

 思い出されるのは、Sランクである少女の言葉であった。

 

『魔力を魔力として捉えるな。想像しやすい自然現象として形容しろ。私の場合は、水と焔。そうして形を成したものは、再び自分の中に取り込めるはずだ』

 

「僕の、魔力は……!」

 

 走るソウゴの体をわずかに風が包み始める。

 無駄に放出されていた魔力が、風となり渦を巻いて再びソウゴの足へと戻っていく。

 

 その姿を見て、シヤクは頷き、アイは驚きの声を上げた。

 

『あれは……まさか異能が発現しようとしているのですか……!?』

「人が可能性を示す瞬間はいつでも心が躍りますね♥」

 

 何かを予感させる姿、しかしそれが赫夜牟とカヨには不愉快だった。

 

『今更何をしても無駄』

 

 赫夜牟に取り込まれたカヨが、赫夜牟の中から告げる。

 しかし、ソウゴは止まらない。

 

「君を助けに来た!」

『そんなことは望んでいない』

「僕が望んだ。君が助かることを、笑顔になることを」

 

 赫夜牟へと、ソウゴが迫る。

 そして拳を握り赫夜牟へと放つ。

 

『無駄』

 

 が、拳は赫夜牟に届くことなく止まった。

 赫夜牟が持つ能力の一つ、停滞である。

 

『その程度で赫夜牟様に勝てるわけがない』

「っ!」

 

 尾が振るわれ、ソウゴは後方へと跳んで回避する。

 空を切った尾は壁を破壊し、再び赫夜牟を自由の身にした。

 

『もう終わりにしよう。私と死ぬかそれとも私たちを殺すか選んで』

「君を助けて、僕も助かる」

『理想論ばかり』

 

 自由に動けるようになった赫夜牟が再び森から眷属を召喚する。

 溢れんばかりに押し寄せた蟲達がソウゴへと向かっていくが、その多くが根で貫かれた。

 

「支援は任せてくださいね♥」

「ありがとうございます!」

 

 うち漏らした小さな蟲の攻撃を回避し、蹴撃で粉砕する。

 風が暴風へと変化を遂げ、自身に近寄る蟲を吹き飛ばした。

 

「今のままじゃだめだ。もっと、もっと……!」

 

 ソウゴは再び走り出す。

 が、赫夜牟に直接向かうことはしない。

 探るように赫夜牟の周りを走り始めた。

 

(ミロクお姉ちゃんはなんて言っていた、トアお姉ちゃんは、皆はなんて言っていた――)

 

 今のままでは至れない。

 故に、ソウゴは自分の中にあるものを知識、能力問わずかき集めた。

 

(周囲を駆け回り、様子を見るのも限界が来る。赫夜牟が逃げればそれでおしまいだ。僕に意識を向けているうちに倒さないと……!)

 

 時間制限のある中で、ソウゴは最善手を作り上げなければならない。

 そのために必要なものが何か、理解はしていた。

 

(異能を、僕だけのこの盤面をひっくり返せるだけの異能を……!)

 

 すでに必要なものは揃っている。

 後は、きっかけだけだった。

 

『ちょこまかと。しつこいのは嫌い』

「粘り強いって言って欲しいな」

 

 赫夜牟が魔力砲を放つ。

 ソウゴはそれをぎりぎりで回避した。

 

 そしてすぐに自分も真似て魔力砲を放とうとする。

 が、それは勢いこそあるものの、赫夜牟に届く前に消えてしまった。

 

『なんて程度の低い魔法。あきれる』

 

 振るわれた尾を、ソウゴは避ける。

 一度でも当たれば死は免れないであろう攻撃を一つ一つ丁寧に回避して、再び魔力砲を放った。

 が、結果は変わらない。

 

(今のままじゃ駄目だ。もっと、もっと――)

 

 その瞬間、声が聞こえたような気がした。

 

『これが魔力。君が探索者になるなら、必要になる物よ』

 

 探索者を志した日、記憶の最も底にその光景はあった。

 その横顔をソウゴは今でも時折思い出す。

 

『あの的、狙ってみようか』

 

 忘れるはずもない。

 

『大丈夫、私を信じて』

 

 初めて、心の底から憧れ、胸を高鳴らせた日。

 

『よくできたわね。その感覚を忘れないで』

 

 その日初めて少年は恋をしたのだ。

 

「――僕は僕の輝きを」

 

 魔力の完璧な制御。

 そのやり方を、ソウゴは一番初めに教わっていたのだ。

 なによりも近く、自分の体を使って。

 

 魔力に目覚めるよりも以前、刻まれた魔力の制御は日ごろのソウゴの鍛錬も合わさり彼の力へと昇華する。

 そして。

 

『見せてみなさい。貴方の可能性を、輝きを』

 

「これが、僕の異能だ」

 

 ここに形は成った。

 

 風が吹き荒れ、渦を巻き魔力をソウゴへと集めていく。

 四散した自身の魔力も、赫夜牟のまき散らす魔力も、全てを例外なく巻き込む風が吹いていた。

 

『っ、これは、まさか異能……!?』

「違う。これはまだ、ただの魔力制御だよ」

 

 ソウゴは答える。

 そして、赫夜牟へとまっすぐに走り出した。

 

「ここからが、僕の異能だ」

 

 嵐の中心でソウゴは一歩踏み出すごとに加速。

 そしてたったの三歩で赫夜牟の目の前に迫っていた。

 

『どうして停滞の力が!? ……違う、これは私たちが引き寄せられている!?』

 

 嵐が赫夜牟の巨体を無理やり引きずり込み、ソウゴとの距離を縮めていたのだ。

 

『けど、肝心の貴方も動けないでしょ』

「こんなものぉ!」

 

 赫夜牟を目の前にしてソウゴの動きが止まる。

 が、すぐに彼の足裏から始まり、腕や背に魔法陣が展開された。

 それは、先ほど攻撃とすら呼べなかった砲撃陣である。

 

 それをソウゴは自身の背後に複数展開して――。

 

「うぉああああああ!」

 

 放出された魔力が推進力となり、停滞の中で再びソウゴの体を動かす。

 一撃、確かにソウゴは赫夜牟へとその拳を当てていた。

 

『っ』

 

 砲撃の衝撃を利用した拳が、赫夜牟の赤い外殻に突き刺さる。

 次いで、ソウゴは足を大きく振り上げ蹴撃を繰り出した。

 

 停滞の力が支配する領域の中で無理やり体を動かしたことにより、全身が軋みを上げている。

 が、それでソウゴが止まるはずがない。

 

「……ま、だまだぁ!」

 

 二撃、三撃――攻撃が重なっていく。

 風により収束した魔力が乗せられた拳が、赫夜牟へと放たれる。

 

『どうしてっ。この程度なら、まだ動けるはずなのに!』

 

 ひたすらに殴られ続ける赫夜牟に、カヨは驚く。

 その答えは、自分の中にある喪失感が教えてくれた。

 

『この感覚……まさか私の魂を奪っているの!?』

「正解!」

 

 ソウゴは痛みをこらえて無理やりに笑って見せた。

 

「僕の異能は、魂への干渉。なんだと思う。正確にはわからないけどっ。でも、今君を助け出せるということだけはわかる!」

『そ、そんな滅茶苦茶な……!』

 

 唖然とするカヨをよそに、赫夜牟の体がどんどん貫かれていく。

 本来であれば、傷一つつけることはできない外殻。

 しかし、意識の世界において強さの基準は、意志の強さである。

 

 故に、この場でもっとも強いのはソウゴただ一人であった。

 

『や、やめて。私を奪わないで!』

「すぐに赫夜牟から全部奪い取って、元のカヨちゃんに戻すから!」

 

 一撃、重ねるたびに自分が消えていくのが分かった。

 カヨは悲鳴を上げながら懇願することしかできない。

 

『もういいの! せっかく自分の役割を理解したのに……運命を受け入れたのに……!』

「そんな運命があってたまるか!」

 

 一撃、ソウゴの足が赫夜牟の顎を蹴りぬく。

 空いた胴体へといくつもの拳が突きささる。

 

 『もうやめてよ……私に期待させないで! 救われないのなら、希望なんていらない!』

「僕が救う」

『そう言って、私の味方をした人は死んだ! おにいちゃんも最後は私を裏切って封印した……!』

「僕は死なないし、裏切らない! 君に証明する、この世界が希望にあふれているということをッ!」

 

 ぐらりと傾いた赫夜牟の体を、ソウゴは地面へとたたきつける。

 そしてシヤクへと叫んだ。

 

「シヤクさん、根を足元に!」

「ふふっ。はい♥」

 

 ソウゴの足元から根が生え、上昇を始める。

 停滞の領域を超え、森を抜け、そして星の輝きのみが支配する世界から赫夜牟を見下ろす。

 

「カヨちゃん、僕は君を救う。僕がそうしたいから、君に笑って欲しいから!」

 

 ソウゴはそう告げると、根から飛び降りた。

 その瞬間、全身に取り付けた砲撃陣から最大出力で魔力を放つ。

 

 超高速となり、真っ逆さまに落下するその姿は、まるで流れ星のようだった。

 

「もう一度、この世界を一緒に見てみないかカヨちゃん」

『っ、今更遅い!』

 

 カヨの叫びに呼応して赫夜牟が体を持ち上げる。

 そして魔力砲を放とうとしたが、全身から草が生え動きを阻害した。

 

「フィナーレ、決めちゃってください♥」

 

 ソウゴは頷き、赫夜牟へと左足を突き出す。

 風により十分に魔力が吸収された蹴撃が赫夜牟へと迫る。

 そして停滞の領域に再び侵入した。

 

 領域内でわずかに減速したソウゴだったが、再び力を込めて最大出力を超えた最大出力で魔力を放出する。

 魔法陣にひびが入り、世界自体が強大な力に耐えきれずに崩壊を始めた。

 

『っ、ソウゴ』

「カヨちゃん、怖いのなら一緒に行こう。今度は一人じゃないから」

 

 その言葉が、カヨの中に残された純真さに触れた。

 

『助けて、私を助けてよ……っ!』

「わかった」

 

 静かな決意の言葉と共に、ソウゴは最後の力を振り絞る。

 全身の魔力をかき集め、吸収した魔力を勢いに変換し、そして――。

 

『本当に、信じていいの? ……生きていいの?』

 

 衝撃に森がざわめき、砂煙が巻き起こる。

 

「うん。大丈夫」

 

 やがて砂煙が晴れる頃、そこに立っていたのは胴に穴の開いた赫夜牟、そして――。

 

「今度は、僕がいるから」

 

 自分の中から聞こえる臆病で消え入りそうな声に、ソウゴは優しく微笑みを返した。

 寝転んだ姿勢のソウゴは、夜空を見る。

 

「あれ、こんなに綺麗な星空だったかな」

 

 気が付けば、そこには満天の星空が広がっていた。

 

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