【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
朝日が昇り、夜が終わりを告げる。
那滝家は、長きにわたり積層した呪いから解放されたのだ。
家の中は、相変わらず騒がしく人々が行き来しているがその顔はどれも晴れ晴れとしたものだった。
「はっはっはっはっは!!! 見たまえニコ君、赫夜牟のデータにソウゴ君の興味深い異能、そして何よりソルシエラ!!! あまりにも我々は大量のデータを得た! うれしい!」
「良かったですねー」
とある一室、ヒショウは絶え間なく仮想コンソールを操作しながらそう告げる。
その横では、ニコが勝手に朝ごはんを食べていた。
玉子焼きとみそ汁に白米そしてお漬物。
シンプルながらも、那滝家の料理人が腕によりをかけた朝ごはんである。
中でも、ニコは玉子焼きを気に入った様子で、口に運ぶたびに笑顔を浮かべていた。
「どうだ僕の玉子焼き。おいしいだろう、那滝家秘伝だからな!」
「ええ、とってもー。……なるほど、料理もできると。ふむ」
隣で同じく朝食をとるカイが胸を張る。
そんな彼を、ニコは一瞬鋭い眼光で見つめたが、すぐに朝食へと視線を戻した。
「後日、ルカ君とレオ君も連れて現地調査だな! 痕跡から得られる知見もあるだろうさ!」
「この距離を移動は、ルカがキレそうですねー」
「はっはっはっは!」
ヒショウは笑いながら視線を少し奥へと向ける。
そこには、ソウゴと一人の少女が寝かされていた。
黒い髪の幼い少女は、小さく寝息を立てている。
その姿を見て、ヒショウは「それにしても」と言葉をつづけた。
「データロイドは相変わらず素晴らしい発明だな。魂の付与も問題なく行えた。これをカノン君は一人で作り上げたのか……」
「一応、ルカとコニエも手伝っていましたけどねー。まあ、それでも9割以上はカノンが作り上げたものでしょうけど」
データロイドにより、一人の少女の命が救われている。
その事実に、ヒショウはフッと口元を緩めた。
「自分のことのように誇らしい。やはり彼女は天才だ。一度死んだ程度で逃すわけにはいかないな」
「そうですねー。データも十分に集まりましたし、そろそろあの計画を進めますかー」
ニコはそう言うと、空っぽになった自分の皿を見る。
それから、流れるような手つきで手つかずのヒショウの皿から玉子焼きを奪った。
「おいしー」
「おっと、そろそろ俺も朝ご飯をいただこうか! ご飯はヒラメキのエネルギーだ! ……なぜ俺の玉子焼きだけない!?」
騒がしい二人をちらりと見て、カイは内心でため息をつく。
(兄さん、早く戻ってこないかなぁ。シヤクも置いて一人で出て行くなんて……僕には抑えきれそうにないよこの人たち……)
兄の帰りを待ちながら、カイは自分の分の玉子焼きを渡すために声を掛けた。
■
ソウゴを家に届けて早々、アイは一人元来た道を引き返していた。
そして祠のあった場所からさらに奥へと進み、小高い丘を越え、滝の近くの獣道を上る。
「確か、この道を通って……」
古い記憶を頼りに、アイは進んで行く。
やがて、茂みを超えた先に視界は一気に開けた。
朝日に照らされた色とりどりの花が、風に揺れている。
それはまるで、アイの事を見て花たちがひそひそと話し合っているかのようだった。
霊峰の中に隠されたそこは、特殊な魔力の流れによって作り出された花畑。
かつて、アイがよく遊んだ思い出の場所である。
「……あぁ、懐かしい」
アイは感傷に浸りながら進んでいく。
花の海の上を進んでいると錯覚させるほどの一面の花々は、記憶よりも一層色鮮やかに見えた。
「カイは青い花、私は赤い花が好きでよく集めていました。そして……貴女は紫色の花がお気に入りだった」
花畑の中心まで進み、アイは目の前の背中にそう言った。
少女は背を向けたまま何も言わない。
蒼銀の髪が静かに揺れていた。
「遅すぎる、のでしょうね。私に兄の資格があるのならもっと早く、貴女の名が世に知れ渡ったときに気が付くべきだった」
アイは悲し気に目を伏せる。
が、次の瞬間には決心した様子で顔を上げ、その名を呼んだ。
「ねえ、ケイ」
「ふふっ、流石ねお兄様」
ソルシエラはゆっくりと振り返る。
たおやかに揺れ、朝日にきらめく蒼銀の髪。
海の奥底をいっぱいに閉じ込めたような青い目。
その顔を、アイはよく知っている。
そのつもりだった。
「今の私は星詠み。正体不明のSランク、ソルシエラなのだけれど?」
「……ケイ、すみませんでした」
「どうして、謝るのかしら」
ソルシエラは首を傾げる。
その口元は、わずかに蠱惑的な笑みを浮かべていた。
「私は、気が付くべきだった」
ソルシエラは静かに首を横に振る。
「簡単に気が付かれたらお父様とお母様の努力が無駄になるわ。……これでよかったの、これだけが最善だったのよ」
そう言ってソルシエラは花の一つを丁寧に手折る。
そしてアイへと近づくと、その髪へと花を挿した。
アイが好きな、赤い花だった。
「やっぱり。お兄様は、昔から赤が似合うわね」
「ケイ……」
「そんな顔をしないで。当主なのでしょう?」
ソルシエラはそう言うと背を向ける。
もうここに用はないとでも言いたげな様子の彼女を見ていると、何故だかここにはもう二度と戻ってこないような気がした。
「待ってください、話はまだ終わっていません!」
アイはソルシエラの手を握る。
ソルシエラは足を止めたが、振り返る気はないようだった。
しかし、それでも思いを伝えることが出来るのであればと、アイは言葉をつづける。
「那滝家に、戻ってきてくれませんか? 追い出した私が言うのは間違いかもしれませんが、もう一度やり直したいのです……!」
それは後悔であり、願いだった。
赫夜牟がいなくなった今、那滝家を縛るものはない。
もう自分を偽る必要がなくなったのだと、少女に伝えたかった。
「ソルシエラを那滝家がサポートします。させてください。そうすれば、貴女も少しは楽になる、そうでしょう?」
アイは精一杯笑ってそう言った。
二人の間に、沈黙が流れる。
風はいつしかやみ、花々が息をひそめたかのように辺りは静かになった。
「ケイ、私は貴女を「……まだ、駄目」――え?」
腕が引かれ、気が付けばアイの体は宙を舞っていた。
柔術のような動きでソルシエラがアイを地面に転がしたのだ。
「っ、何を――」
アイの視界が突然暗くなる。
それが、ソルシエラが片手で自分の視界を覆ったからだと気が付くと同時に、腹のあたりに人一人分の重みを感じた。
ソルシエラは、アイの上に馬乗りになり、片手で目を隠しているのである。
(なんで急にこんな事を……)
アイは困惑する。
何故、急に視界を塞ぎ拘束するような真似をしたのか。
それはまるで、見られたくない何かがあるかのようだった。
(……ぁ)
アイは何かに気が付いたように口を開く。
「…………泣いて、いるのですか」
「……」
ソルシエラはすぐには答えなかった。
少しの沈黙の後、風が吹き始めたころにソルシエラは口を開く。
「お兄様、昔の約束を覚えているかしら」
「約束……」
「そうよ、カイ兄様とアイ兄様、二人と結婚するって。そうすれば、みんな幸せになれるって約束。ふふっ、随分と幼稚よね」
ソルシエラはどこか自嘲気味に笑う。
「けどね、たまに夢に見るのよ。そんな日々を」
それは、少女としての弱さをさらけ出した言葉だった。
家族だからこそ、慕っていた兄だからこそ、ソルシエラは心に隠していた弱さを吐露したのだろう。
「ねえ、お兄様」
震える声が、アイを呼ぶ。
「……お兄様は――私と結婚してくれる?」
「っ!? そ、それは……」
ソルシエラが覆い被さる感触があった。
耳元で聞こえる息遣い。
押しのけようとした手に、ソルシエラの手が指先まで絡む。
手は熱を持ち、妙にはっきりとソルシエラの体温を伝えていた。
「……私は」
アイはその感触を、状況を、どこか非現実的な空想として捉えながらもハッキリと告げる。
「私にはシヤクがいます。愛すべき人が」
「……そう。お兄様も、変わったのね」
ソルシエラはそう言うと、視界を覆っていた手を外し、立ち上がった。
その表情は髪に隠れて見えない。
すぐに背を向けたソルシエラは、手をひらひらと振りながら歩き出す。
「私も、あんな約束は本気にしていないわ。少し揶揄っただけだから勘違いしないで頂戴」
「……ケイ」
「ソルシエラよ。私は」
彼女の目の前には、いつの間にか転移魔方陣があった。
そしてその両脇には、黒い髪に和服を着た幼い少女と、緩くウェーブの掛かった茶色の髪に、落ち着いた色合いのカーディガンとロングスカートの女性がいた。
まるで主に従うように頭を下げ、沈黙を保つその姿を見てアイは理解する。
あれこそが、今の那滝家の諜報部隊なのだろう。
(母様から受け継がれていたのですね……)
一体、どれだけの間戦い続けてきたのだろうか。
本当の自分を忘れて生きる兄達を見て、彼女はどう感じたのだろうか。
「もうすぐ、厄災が訪れる。今までの比ではない。人類の存亡を賭けた戦いよ」
まるで見てきたかのように確信に満ちた言葉だった。
「私は星詠みとしてまだやるべき事がある」
その言葉を受けて、アイは立ち上がる。
「……ならば」
そして去っていく背中を見て、力強く答えた。
「ならば、私も那滝家の当主として果たすべき役割を果たすとしましょう。人類の盾として、この身を捧げます」
「……流石、私の憧れた人」
ソルシエラは小さく何かを呟く。
アイの耳には、どうやら届かなかったようだ。
「それじゃあ、人類の勝利した未来で会いましょう」
ソルシエラはそう言うと、一度も振り返ることなく魔法陣の中へと消えた。
やがて、二人の従者もその中へと去っていく。
一人花畑に残されたアイは、自分の髪に添えられた赤い花をそっと撫でた。
「いつでも、あの子が安心して帰ってこれるような場所にしないとですね」
赫夜牟の一件を終えたとしても、まだ多くの課題は残されている。
「頑張るとしますか」
当主として、前を向かなければならないのだ。
自分にそう言い聞かせるようにそう呟いて、アイはその場から去った。