【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
カプセルいっぱいに満たされた赤い液体の中で、少女は目覚めた。
まだ幼い少女は、胎児のように丸まった姿勢を解く。
視界の端に揺れる白い髪が気になり、無造作につかんでみた。
痛みが頭部より伝わり、軽くプチっという音がした。
握った手を開いてみれば、数本の白い毛が赤い液体の中を漂っている。
頭部からは、小さな針で頭を刺したかのようなわずかな痛みが余韻のように響いていた。
「…………」
液体に混ぜ込まれているのは、魔力の調整を手助けするためのナノマシンや、肉体の過剰進化を止めるための抑制剤など。
少女が生きていく上で必要になるものだった。
そういった人造の何かが無ければ生きていけないその体を、少女は不便だと感じたことはない。
それが、少女にとっては当たり前であったからだ。
「…………ふぁ」
欠伸をして、少女はカプセルの外側へと手を伸ばす。
そして、特殊な魔防ガラスへと指先を触れた。
罅が入り、カプセルがあっという間に粉々になる。
中の液体をまき散らしながら少女は、ガラスの破片が散らばった地面へと降り立った。
「ああ、目覚めたのか」
声がする方を見れば、そこには白衣の女がいた。
褐色の肌に白色の髪のその女は、少女と大して歳の差はないように見える。
が、妙に大人びた口調と、淡々とした声は中身が成熟した女性であることを示していた。
「あ、おかあさん」
少女にはすぐにそれが自分を生み出した存在であるということが理解できた。
カプセルの中で植え付けられた知識が正常に機能しているようだ。
「そうだ、私は君を生んだ母だ。と言っても、ゆりかごは今まさに君が破壊したカプセルだし、子守歌は電子音であったがね。それでも、君には母親として認識してもらう方が良いだろう。――講師の名は、親子の間には堅苦しい」
少女――講師はそう言ってくつくつと笑う。
その様子を真似て、少女もまた笑った。
「して、君は目覚めたばかりで悪いが待機してもらいたい。我が子に我慢を強いるのは心苦しい限りだが、こちらもまた準備が終わっていないのだ」
「準備?」
「ああそうさ。こちらも教授達に恩を返さなければいけないからね。まったく、これだけのことをよくもまあ博士一人にやらせようとしていたものだ。だから、さっさと学者と指揮者を組織に正式に加入させろと言ったのに。……まあ、あの時は私もまだ仮メンバーだったけれどね」
講師はそう言うと、少女へと服を渡す。
渡したものは、畳まれていない服が混じり合った布の塊であった。
受け取ったそれを暫く見つめた少女が液体まみれの地面に広げようとしたので、講師は「おっと」と少女の手を引いて少し離れた場所に移動した。
部屋は、いくつものモニターと機械で覆いつくされている。
唯一天井に存在する小さな窓からは、青空が見えた。
「私の服の予備で悪いね。服には無頓着なもので。かつて教え子に直せと言われたのだが、とうとうここまで何も改善できないまま生き返ってしまった。白衣にこれは……まあ、夏場のセーターもまた一興だろう。私の発明品の一つでね、温度調節や魔力、衝撃の吸収機能、そして速乾性に優れた傑作だ。おかげで、洗濯が出来ないので数回着た後に捨てることになる使い捨てのセーターだが」
笑顔で何も言わずに服を着せられる少女に対して、講師はつらつらと言葉を並べていく。
それをまるで子守歌でも聞いているかのように、少女は満足げに目を閉じていた。
「さて、これでどこに出しても恥ずかしくない最高傑作だ。全裸で放置するわけにはいかないからな」
「おかあさんと一緒の服ー!」
「おっと、抱き着くのはやめてくれ。私には君の渇望している母性などというものは存在しない」
平坦な声で、講師はそう言ってとりあえず少女の頭を撫でる。
「えへへ」
「満足しているならそれで構わないか。しかし、先ほど言ったように君に構っている暇はないんだ」
「えーお出かけしたい!」
「生れ落ちて数分で湧き出す願望にしては贅沢が過ぎるな」
「したいしたいしたい!」
「困ったものだ……」
駄々をこねる少女を見ながら、講師は表情一つ変えずに唸る。
そして、何かを思い出したかのように部屋の奥へと向かった。
間もなく戻ってきた講師の手には、大きなアタッシュケースが握られている。
「これをもって一人で行くと良い。案ずるな我が娘よ、これには高性能AIが搭載されている。これに乗っての走行も可能だし、いざとなれば半径50メートルを巻き込む魔力式爆発も可能だ。当然、その程度では君の体には傷一つつかないから安心するといい」
「この箱を持ってたらお外に行っていいの?」
「そうだ。本来ならここで君をおとなしくさせるのが利口な手段なのだろうが、このまま外に出したらどうなるか興味が湧いてしまった。狂楽の銘とは厄介なものだな。楽しそうだと思ったら実行しないと、私はこのまま死んでしまうらしい」
「おかあさん死んじゃうの!? 嫌だ!」
「私も嫌だとも。だから外出を許可した。一人でなら、学園都市のどこに行っても構わない。そのアタッシュケースがある限り安全だろう。どれ、理事会に見つかったら爆発するように設定しておこうか。死ぬならまだしも、囚われたら厄介だ」
講師はそう言ってアタッシュケースへとコードを接続し、コンソールをいじり始める。
お出かけが出来ると知った少女は、楽し気に跳ねて講師を待っていた。
「はやくはやく!」
「待ちたまえ。ここに強制転移も組み込んで……よしこれでいいだろう。さ、これは今から君のものだ」
「ありがと!」
少女は、アタッシュケースを受け取る。
ずっしりとした重みが手に伝わったことが、何故だか嬉しくなり「おお」と声を上げた。
「それじゃあ後は頼んだぞ、ハチノミヤ」
講師の声に反応して、アタッシュケースの側面についていた液晶に一つの眼が映し出される。
それこそが、このアタッシュケースに組み込まれた高性能AIハチノミヤだった。
『マスターの命令を受信しましたのです。私はハチノミヤです、よろしくお願い致しますのです』
「しゃべったぁ!」
「そりゃ喋るとも。ハチノミヤは私と違って無駄話が好きだからね、存分に話しかけてあげると良い。君にも多少の暇つぶしになるだろうさ」
(おかあさんも結構おしゃべりだと思うけどなー)
少女は、内心でそう思いながらも笑顔で頷く。
そして、ハチノミヤを抱きしめた。
「よろしくね、ハチノミヤ!」
『はいです。……それで、私は貴女を何と呼べば良いなのですか? 新たなマスターの名前を登録して欲しいのなのです』
「名前? 私の名前……?」
少女は首を傾げながら講師を見る。
すると、講師は思い出したかのように手を叩いた。
「ああ、そうか。君にまだ名前を授けていなかったか。ははは、ハチノミヤよりも先に名前を授けてやるべきだったな。失念していたよ、君の名前は――」
講師の言葉を何度も頷きながら聞く少女の表情がどんどん明るくなっていく。
そして最後には花が咲いたような満面の笑みで、ハチノミヤへと振り返った。
「ハチノミヤ、私も名前を貰えたよ!」
『祝福ですなのです。私にも、その名を登録するが良いのですです』
「うん!」
少女は、まるで宝物を手にしたように自慢げに、興奮混じりに己の名を告げた。
「私の名前は九重!」