【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第271話 勝つのは、私たちの人類だ

 アリアンロッドの最奥で、理事長は星を見ていた。

 天井に映し出される多くの光は、まるで生きているかのように胎動している。

 

 プラネタリウムのような作りをしたその部屋は、本来鏡界とそこから生み出されるダンジョンを観測するためのものだった。

 しかし、理事長はその輝き自体を好んでいる。

 故に、空いた時間があればこうして仮初の空に映し出された輝きを眺めていた。

 

 時刻は零時を過ぎ、山のように積まれていた仕事をようやく終えたところである。

 

「マスター、コーヒーをお持ちしました」

「ありがとう、ソルフィ」

 

 受け取ったコーヒーの香りを楽しみながら、理事長はまた星空を見上げる。

 

「もうすぐ、明星計画は完遂する。私たちは天上の意思に勝てるだろうか」

「勝つのが、私達の使命ですから」

 

 ソルフィは、淡々とそう言い切った。

 その姿を見て、理事長はふっと笑みを浮かべる。

 

「そうだね。Sランクも増えたし。何より、星詠みの杖が起動している。本当なら理事会で動きを制御したいところだが、敵対していないことを確認できただけよしとしよう」

 

 ソルシエラは、現在理事会が最も頭を悩ませる変数であった。

 強力無比故に、彼女が介入するだけで戦況は良くも悪くも大きく変化する。

 が、Sランクの誰も正体を掴めていない以上、諦める他なかった。

 

「星木の学園も問題なく稼働している。唯一の懸念点は」

「僕たちだろう」

 

 視界の端に蝶が舞った。

 青い蝶はまるで星空の中で踊るように理事長の周りを飛び回っている。

 

 その光景を見て、理事長はゆっくりと椅子から立ちあがった。

 

「事前に連絡してくれれば良いものを。手厚い歓迎をしたというのに」

「そんなものは不要だ。僕は議会と馴れ合うつもりはない」

 

 暗がりから、一人の青年が姿を現した。

 その背に無数の蝶を引き連れて、博士は理事長へと近づいていく。

 

 場の空気は一転、張り詰めたものへと変化した。

 

「銀の黄昏と議会の不可侵はここに破棄される。お前達の明星計画と、僕たちの箱舟計画は相容れないからな」

「いいのかい? こちらには、先生がいる。彼女の恐ろしさは君たちの方が知るところだろう」

「あの離反者は星木の学園にいるだろう? 無駄だよ。助けに来れないように少々細工を施しておいた」

 

 そう言って博士は指を鳴らす。

 その瞬間、部屋の一部が歪み始め一人の少女が姿を現した。

 

「……君は?」

 

 理事長の問いかけに、少女は待っていましたと言わんばかりに得意げな顔で言った。

 

「九重ちゃん、参上!!」

 

 白い髪をなびかせ、片手にはアタッシュケース。

 幼い彼女はどう見てもこの場には似つかわしくはない。

 

「博士さん、もうこの人は倒していいの?」

「ああ。そうすれば、お前の母親も喜ぶだろうさ」

「ほんとに!? ハチノミヤ、頑張ろ!」

 

 九重ががそう言うと、持っていたアタッシュケースに瞳が映し出される。

 

『頑張りですます! ――システム:戦闘モードへ移行』

 

 その音声が流れると同時に、アタッシュケースは手の中で変化を始めた。

 変形と拡張を繰り返しやがて現れたのは、九重の身長の三倍はあろうかという巨大なチェーンソーである。

 

 九重はそれを見て、キラキラと目を輝かせた。

 

「すごーい! これで悪い人を倒すんだね! 皆の暮らす世界の平和は私がまもーる!」

 

 その体躯からは考えられない力で、九重はチェーンソーを構える。

 

「君は見覚えがないが、銀の黄昏の新メンバーかな?」

「彼女は九重。お前も良く知るあの講師の実験体の一つだ」

「講師……まさか、彼女が生きているのか?」

「その答えをお前が知る必要はない」

 

 博士はそう言うと、近くの椅子に腰を下ろす。

 そして、先ほどまで理事長がしていたように星へと目をやった。

 

「随分と良い身分だな。こんなところで天体観測とは」

「心のゆとりは必要さ。いつだってね」

 

 既に、辺りは等分された死によって包囲されている。

 そして目の前には、一切の情報がない少女の姿。

 

(タタリ君の情報にもなかった。本当に講師の作った新しい戦士なのか?)

 

 講師をよく知る理事長は、だからこそ目の前の少女を前に手加減という選択肢を捨てざるを得なかった。

 

「ソルフィ」

 

 理事長がその名を呼ぶと、ソルフィは一歩前に出る。

 どこまでも従者のように付き従う彼女は、理事長の次の言葉を待っていた。

 

「久しぶりに、契約をしようか。また私と共に戦ってくれ」

「はい、マスター」

 

 瞬間、理事長の姿が溶け落ちる。  

 まるで、作り上げた人形を作り直すように一度ひしゃげ、色すらも失ったそれは、しかし再び人の姿をとった。

 

「――成程、今の君と契約するならこの姿が最適解か」

 

 男であった筈の理事長から、少女の声が聞こえた。

 次いで、指先からその姿が変化していく。

 

 普段彼が愛用しているスーツも、真面目に整えられた黒髪も、何もかもが一瞬にして否定された。

 

「相変わらず陰湿な力だな。この世界の銘に選ばれた唯一の人間の能力としては少し派手さに欠けるとは思わないか」

「それでも、私は世界を救えれば良いからね。それが、変容の銘に選ばれた私の使命だ」

 

 黄金の髪が薄暗い部屋ではよりはっきりとその存在を主張している。

 華やかな赤いドレスも、すらりと伸びる長い手足も、全てが今までの男とは乖離していた。

 

「これが今の私。理論上最高のソルフィの契約者」

 

 赤いドレスの少女――理事長はそう言ってソルフィへと手を伸ばした。

 

「来てくれ」

「はい、マスター」

 

 指先が、触れあう。

 その瞬間、ソルフィの人としての姿は消え去り、理事長の手の中に一本の直剣として現れた。

 

『契約完了。デモンズギア成功体第1号ソルフィは、これより貴女を契約者として明星計画を開始します』

「毎度、律儀によく言うよ」

 

 微笑みながら、理事長は剣を構える。

 その切っ先の向こうには、博士と九重の姿があった。

 

「九重、気を付けろ。僕達に負けはないが、それでもアレが厄介なことに変わりはない」

「そんなに強いの? 大丈夫だよ、私とハチノミヤなら!」

 

 九重は博士の言葉を軽く受け流すと一気に飛び出した。

 チェーンソーが唸りを上げて理事長へと迫る。

 

「足元には気をつけたまえ」

「えっ――うわっ!?」

 

 唐突な浮遊感に襲われた九重は、あっという間に天井へとつるし上げられた。

 いつの間にか、その足へと太い木の根が巻き付いている。

 

「な、ナニコレー!?」

『今切り離すのますです』

 

 チェーンソーの刃がひとりでに動き出し、根を切断する。

 九重は受け身も取らずに頭から真っ逆さまに落ちて、床と衝突した。

 しかし、痛がる素振りも見せずに立ち上がる。

 

「今の何!? ねえねえ博士さん、なんなの?」

「アレが奴の力だ。考えうる限りで最高のデモンズギア使いだよ」

 

 どこか悔しそうに博士はそう告げる。

 九重がもう一度理事長を見ると、彼女の持つ剣はいつの間にか杖へと変わっていた。

 

「デモンズギア成功体第一号。その存在理由は監視と補完。デモンズギアが正しく稼働しているのかを監視し、必要であれば他のデモンズギアの役割を果たす。役割ごとに契約者を変える必要があるのが問題点だったが、それも理事長なら関係ない。いや、理事長にとっては最も使い勝手の良い武器だろうさ」

「博士の言う通りだ。九重君、私はすごく強いよ?」

「むー、負けないもん!」

「そうか。だが、それはこちらも同じことだ」

 

 手の中で杖が形を変える。

 一瞬の輝きの後には、理事長は弓を構えていた。

 

「指定、学園都市の中央区の人間。感情一割」

『感情転化完了』

「下がっていろ九重」

「え?」

 

 博士は立ち上がり、九重の前に立つ。

 そして目の前に大量の等分された死を展開した。

 それから一秒もせずに、辺りを光が覆った。

 

 感情が転換された深紅の光が部屋中を照らし、いたるところを焼き焦がしていく。

 

「うわあああああ! なんだこれー!」

『九重、頭を出しては駄目ですのです。あれに当たれば貴女でもイタイイタイなのです』

「それは嫌だ」

 

 等分された死の影に九重は引っ込む。

 深紅の光はなおも博士たちをまとめて飲み込み、やがて壁へと巨大な穴をあけた。

 

 アリアンロッドの最上階の壁が破壊され、本当の夜空が姿を現す。

 既に部屋は原型を留めておらず、吹き付ける風の中で理事長は大太刀を構えながら静かにほほ笑みかけた。

 

「まだやるかい?」

「当然。いや、むしろこれからが本番と言った方が良いかな」

「ほう。流石に銘を持つ者の余裕は違う。ソルフィ、一振り」

 

 何かが切れる音が響く。

 理事長は一度も太刀を抜いていないように見えた。

 

 辺りに静寂が訪れる。

 

 一切の脈絡も過程も存在せず、九重と博士の首は胴と分かたれていた。

 

 首から血が噴き出し、生命としての終わりを告げる。

 命そのものを断ち切る、ルトラの権能であった。

 この瞬間、博士は確かに死を迎えたのだ。

 しかし。

 

()()()()()()()()()()()()と、お前も知っているだろうに」

 

 次の瞬間に、博士はそう語りかけていた。

 首筋からは赤い血が流れているが、まるで何事もなかったかのように変わらず理事長を呆れた表情で見つめている。

 その隣では九重が、首を不安げに触っていた。

 

「首まだついてる? 一瞬、まっくらになってびっくりした!」

「……彼女も銘を?」

「いいや、こっちは違う。が、これ以上教える義理もない」

「成程、準備をしてきたという訳か」

 

 

 この戦いは既に、人の領域にない。

 目の前にいる怪物二匹は不死である。

 

 その時点で、この戦いにまともな決着がつかないことは決定した。

 

『ソルフィ、今すぐSランク全員に緊急信号を。特に六波羅君とリュウコ君には必ず来るようにと』

 

 理事長はソルフィへ向けて、脳内でそう伝える。

 しかし、返ってきたのは考えうる限り最悪な言葉だった。

 

『マスター、Sランクへの連絡が繋がりません。それどころか、アリアンロッド全ての管理権限が奪われています』

『それはそれは……。うーん予想外にまずい展開だね』

 

 街は、眠ったように静かであった。

 昼夜関係なく煌々と明かりで照らされているはずの中央都市ですら、光を失い漆黒の闇に包まれている。

 

 ソルフィに聞かずとも理解できる。

 アリアンロッドどころか、都市一つ分の管理権限を何かに奪われたのだ。

 

「ようやく今日の分の仕事が片付いたところだというのに……」

 

 理事長はため息をついて、いつもの様に夜空を見る。

 そして気が付いた。

 

 空が何かに覆われている。

 根のような、あるいは血管のような赤黒い何かが空へと延びていた。

 浸食、そんな表現が似合うだろうか。

 

 空に張られた根は、そのまま学園都市まで続いているようだった。

 

「これは……」

「――驚いただろうか。私としては、サプライズのつもりだったんだ。長年共にいた同僚だからこそ、君には特等席で見てもらいたかったんだ。世界が変わる様をね」

 

 幼い声に振り返る。

 その姿を見て、理事長は初めて目を見開いた。

 

「……講師」

「やあ。君に殺害命令を出された講師本人だ。まだまだやりたいことが山のように積み上げられていたので、地獄からどうにか抜け出してきたよ。本当はここに私が出向く必要はなかったのだがね。昔馴染みに会いたいと思ったので、重い腰を上げてきたんだ」

「講師、持ち場を離れるな」

「まあいいじゃないか博士。既にこちらの仕事は終わったんだ。十伽羅はよくやってくれたよ」

 

 そう言って講師は手元の黒い箱を撫でる。

 その顔には母のような慈愛に満ちた笑みが張り付けられていた。

 

「理事長はしたたかだからね。二人だけなら逃げられてしまう可能性がある。だから、こうして手伝いに来た。九重、私と一緒に悪を滅ぼそう」

「うん! お母さんと一緒に戦うー!」

 

 チェーンソーが唸りを上げる。

 九重は無邪気な顔で、しかし明確に理事長へと殺意を持った目で見つめていた。

 

(こんな事なら、Sランクを護衛につけておくんだったな。やれやれ、次からはそうするか)

 

 前方には博士と九重。

 後方には講師。

 

 絶体絶命という他ない状況だが、しかし理事長は存外焦ることはなかった。

 

(教授までここに来ていたら終わっていたね。アレに勝つ準備はまだできていない)

 

 教授がいない。

 その一点だけが、希望であった。

 学園都市を侵食する謎の根、そして蘇った講師。

 

 アリアンロッドが奪われ、自分が襲われている時点で学園都市側が劣勢であることに間違いはない。

 が、それでも理事長は空を見ていた。

 

 根の向こう、確かに輝く星がある。

 それは、理事長が戦うには十分すぎる理由だった。

 

「ソルフィ――星影(ほしかげ)への形態移行を許可する」 

 

 理事長は迷うことなく切り札の一つを切った。

 彼女の言葉に、講師は眉を顰める。

 

「形態移行? ソルフィにそんな機能はなかった筈だが」

「ああ、黙っていた。これは本来、教授に使うものだったからね」

 

 手の中から太刀が消える。

 大きく腕を広げる彼女の背後には、五つの武器が浮遊していた。

 

 それが何を意味するのか、博士はすぐに悟る。

 

「……まさか、デモンズギア五つの同時補完? そんなことが可能なら、理論上はお前ひとりで明星計画を完遂できるじゃないか……!」

「そこまでの力はないさ。私にできるのは、今を生きる彼らを陰から支えることくらいだ」

 

 理事長は講師と博士をそれぞれ指さして笑う。

 

「勝つのは、私たちの人類だ」

 

 確信を持った言葉だった。

 この状況においてなお、理事長は自分の理想とする世界を疑っていないのだ。

 

 そしてそれは、この場にいる全員が同じである。

 

「……驚いたが、予定に変更はない。このまま理事長を捕縛。銘を奪う」

「勝てばいいんだよね!」

「流石は賢い私の娘だ。その通り、勝てばいい。軽くミンチにしてもどうせ銘がある間は蘇るのだから。遠慮なく叩きのめすと良い。どれ、私も少し混ざろうかな。母として良い所を見せなければ」

 

 講師はそう言うと、白衣の内側から一つの注射器を取り出す。

 そして、首へと躊躇なくその針を突き立てた。

 

「あァ……久しぶりの感覚に存外心が躍っているのがわかる」

 

 中の液体が全て投与される頃には今までの面影は消えさり、獰猛な笑顔を浮かべた講師がそこにいた。

 

「ぶっ殺してェッて、思ってしまったからには殺してやらねェと。どうにもこの銘は収まらないようだなァ」

 

 ギラギラとした輝きが目に宿る。

 その足には硝子で出来た茨のような何かが巻き付いていた。

 

「じゃァ、始めようか理事長ォ!」

「その姿は彼への冒涜だ。許すわけにはいかないな」

 

 得物を構え、あるいは拳を握り、各々が一斉に動き出す。

 

 全ての終わりが始まる夜。

 幕開けを告げるかのように、その戦いは始まった。

 

  

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