【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第278話 嫌だ……帰りたい……寝たい……

 天へと伸びた巨大な木は、まるで遥か昔からそこにあったかのようだ。

 誰も、それが昨日突然現れたなど思う訳もない。

 

 黒い樹皮は近づいてみれば、たくさんの人の皮膚が折り重なり浅黒く変色したものだと理解できる。

 空へ伸びるものそれ自体が、多くの人の手が絡み合い出来たものだった。

 

 それは、本来ではありえない存在であった。

 

 それは第六の天使に非ず。

 人類の選定のために降り立った天使は、既に多くの改造を受けており、第四の天使、第一の天使と組み合わさり巨大な一本の木と化していた。

 

 本来の目的を果たすことなど出来るわけもない。

 今の天使に出来ることは、プログラムの通りに動くことだけだ。

 

 これだけのことが出来る組織はただ一つ。

 銀の黄昏。学園都市を裏から支配する組織である。

 

「順調だね」

 

 天を仰ぎ、教授はそう言った。

 空は根に覆われて、おぞましい景色となっているにも関わらず教授の表情はまるでそよ風に吹かれているかのように穏やかである。

 

 棄てられた神殿のような彼らのアジトの中心に生えた木は、まるで神話のようにも見えた。

 

「理事長を初動で潰せたのは大きいな。あれが本格的に動き出していたら流石にもう少し手こずっただろう」

「ほう、ならやはり私のアドリブが功を奏したということだな。事実、あれだけのデモンズギア使いを相手に君と九重だけでは負けていた可能性があるからな」

「僕が負けるだと? 冗談にしても笑えない。それに、お前のせいで銘をすべて奪うことが出来なかったんだぞ」

 

 にらみつける博士の事などどこ吹く風で講師は「それはすまなかった」とまるで気持ちのこもっていない謝罪をした。

 博士を馬鹿にしているというよりは、そもそも興味がないように見える。

 

「けれど、必要最低限は奪えた。ならそう怒ることもあるまい。これで教授の皮を剥がせるのだろう? 私はその時が楽しみで仕方がないよ」

 

 講師は教授を見ながらそう言った。

 博士と会話していた時とは打って変わって、その目はキラキラと輝いている。

 

 教授はそんな講師を見て、彼女の分の紅茶を淹れると微笑みと共に差し出した。

 

「ははは。今の姿とは、全く違う姿になるからきっと驚いてくれるだろう。それに私の銘に刻まれた力もようやく使える」

「……最初から理事長の交渉に応じなければ力を封じられることなんてなかったんだ」

「だが、そうしないと信用してもらえなかったし、ここまで好き勝手に動けなかったからね。学園都市で活動するにはどうしても必要な事だった」

 

 そう言って教授は博士の前にも紅茶を出す。

 博士は何か言いたげに見つめていたが、やがてその紅茶を素直に受け取った。

 

「それで、今回の作戦の立役者がいないようだが。主役は遅れてやってくるというやつかね。私は彼女とも少し話してみたいのだが」

「ネームレスは来ないぞ。天廊回路がうまく作動しているか見回りをしているからな」

「そうなのか……それは残念だ。私としてはあの妙な力について色々と聞きたかったのだが。致し方あるまい」

 

 講師は肩を落とす。

 そんな彼女の姿に、博士は僅かに眉を吊り上げて言った。

 

「……言っておくが、今回の作戦を立案したのは僕たち博士だ。学園都市全体から魔力を吸収しトリムを覚醒させるためのプログラム。それはネームレスが作り上げたものではない」

「わかっているとも。だがね、それらを御三家の秘宝を使い安定させ、さらに効率を上げたのは彼女なのだろう。計画も彼女のおかげで何か月も前倒しにできたそうじゃないか。私としては、そんな天才と話してみたいのだよ」

「確かに私も気になるね。彼女の行動はあまりにも理に適っている。天使と御三家の組み合わせなんて、私たちでも思いつかなかった。どういう発想なのだろうか。若さか?」

 

 まるで他愛もない雑談のようにそう話す二人とは対照的に、博士は面白くなさそうに仏頂面だ。

 

「……僕も思いついてはいた。だが、まだ多重提唱空間で理論を組み上げている段階だったんだ。安全性も確保できないし、成功するかもわからなかった。仮に天廊回路を通じてトリムに良くないものが紛れ込んでみろ、最悪だろう」

 

 博士は口をとがらせてそう言った。

 子供っぽいその姿を見て、教授はなだめる様に「わかっているよ」と答える。

 

「誰か欠けても成功する計画ではなかった。……ああ、いけない。まだ計画は最終段階なのであって、成功したわけではなかったね。気が逸ってしまったよ」

「ほう、教授がそこまで強く心を揺さぶられるとは、トリムは余程のものらしいな。どれ」

 

 講師はおもむろに足元にあった小石を拾い上げる。

 彼女は座ったまま後ろを向くと小さな体躯からは考えられない速度でその小石を投げた。

 

 弾丸のように小石が進む。

 その先には、巨大な木の幹に半ば飲み込まれた巨大な玉座があった。

 

 その中心には、赤い髪の幼い少女の姿。

 眠るように背もたれへと体を預ける少女は、まるで作り物の様に微動だにしない。

 

 そんな少女へと小石はまっすぐ向かっていく。

 小石が少女へと直撃するその瞬間、少女の輪郭がわずかに霞み小石が少女をすり抜けた。

 

 小石は背後の背もたれに直撃すると、小さな破砕音と共に木っ端みじんになる。

 もしも当たっていたら、幼い少女などたやすく殺せてしまう威力だった。

 

「お前っ、何をするんだ!?」

「いやぁ本当に起動しているのか気になってね。確認だよ」

「それは既に僕がした!」

「だが、見てみたかったのだ。トリムが持つ不干渉の能力を。教授に聞いたが、干渉と不干渉、この二つの力が女王の棺本来の権能だというじゃないか。デモンズギアの起源とも言える力、この目で見たいと思わない方がおかしいだろう」

「せめて一声かけろ! こっちはあれを起動させるのに何年もかけたんだぞ!」

 

 博士はそう言って講師に詰め寄ると、その胸倉へと手を伸ばす。

 が、突然何もない所で躓き、伸ばされた手は空を切ってしまった。

 

「っ」

「おっとすまない、忠告すべきだった。三秒後、君は私の胸ぐらをつかもうとして転ぶ。いやぁ、失敬失敬。私としたことが教えるのを忘れていたよ」

 

 講師はそう言って、いつのまにか持っていた注射器を床に放り投げる。

 空になった注射器は、地面に落ちた瞬間に粉々になった。

 

 博士はすっと立ち上がると、何も言わずに講師を睨みつける。

 その背後では大量の蝶が舞っていた。

 

「おや、怒らせてしまったかな。では仕方がない。本当は戦いたくないのだが、こうも誘われては戦わないわけにはいかないだろう。ああ、仕方がないよ、うんうん」

 

 待っていました、と言わんばかりの笑みと共に講師は立ち上がる。

 そして拡張領域から注射器を一本取り出して首元へとあてがう。

 

 その時だった。

 

「こらこら、元気が良いのは結構だがここで争うのはやめてくれ。子供が寝ているんだ」

「……教授、ここはひとつ序列というものを叩き込んでやらなければいけないだろう。僕自ら銀の黄昏での礼儀作法を教えてあげるとしよう」

「素晴らしい。是非ともお手合わせ願おうか」

 

 まったく聞く耳を持たない二人を見て、教授は紅茶を一口飲む。

 そして、柔らかな笑みを絶やさぬまま言った。

 

「落ち着いてくれ。私は、君たちが争うことはないと信じているのだが」

 

 教授がそう言った瞬間の事だ。

 それまでの剣呑とした雰囲気が霧散し、等分された死は消え去り講師もまた手から注射器を落とす。

 

 そして二人ともまるで人形の様に椅子の前へと戻り座った。

 博士は相変わらず仏頂面で講師は狂気的な笑みを浮かべていることに変わりはないが、もう争う様子はなさそうだ。

 

「……これが、教授の力か。素晴らしいな、まさかこの身をもって体験できるとは」

「お気に召したかな? これで満足してくれたなら、博士を挑発するような行動はやめてくれると嬉しい。君の事だ、戦いたくてわざとあんな態度をとったのだろう?」

「流石にわかっているか。まあ、なんだ。博士、別に本当に馬鹿にしているという訳じゃないからそう落ち込まないでくれ」

「落ち込んでいないし、僕は本気でお前が嫌いだ」

「そうか、相思相愛とはいかないものだね。私は人類をこんなにも愛しているというのに、この愛に応えてくれる人に出会ったことがない」

 

 講師は無感情にそう言うと立ち上がる。

 そして、アジトの出口へと歩き出した。

 

「どこに行くつもりかな?」

「実は一つ構想が浮かんでいるのだよ。新しいデモンズギアの構想がね」

「ほう、良ければ聞かせて貰えるかな」

 

 講師は立ち止まり振り返る。

 その顔には笑みがあふれていた。

 

「女王の棺には、干渉と不干渉の力が備わっていた。だから、デモンズギアの完成形が不干渉へと到達するのは理解できる。が、それは私から言わせてもらえば浪漫がない。用意されたゴールに何の意味があるのだろうか」

 

 そう言って講師はトリムへと目をやる。

 別に面白いことを見つけた彼女にとって、トリムはもうすでに興味の対象外だった。

 

「私は以前より感情による世界への作用に注目していてね。もしかすると、君たちに面白いものを見せられるかもしれない」

「まどろっこしい奴だな。さっさと言えよ」

「やれやれ、せっかちだな。そんな君には悲報になるが、全てを教えることはできない。私はサプライズが好きなんだよ。が、強いて言うならばそうだな――」

 

 講師は得意げに言葉を続ける。

 

「感情により完成形へと到達したデモンズギアを見てみたくはないかな」

 

 その目は、爛々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

『リーダー、やっぱり帰りましょうってぇ』

 

 双剣となったエイナはカタカタと震えながら六波羅の手の中でそうアピールした。

 しかし、そんな彼女の希望が叶うはずもない。

 

「うるせェ。ここまで来たら覚悟決めろ」

 

 騎双学園のゲートから、学園都市中央区アリアンロッドまで続く道は赤く彩られてた。

 それら全てが六波羅に襲い掛かってきた者の血であることは、辺りに倒れ伏す百を超えた生徒の山を見ればすぐに理解できるだろう。

 

 背後に赤い道を作り、六波羅はアリアンロッドを見上げた。

 

「派手にぶっ壊されてやがんなァ」

 

 本来理事長がいるであろう場所が、フロアごと破壊されている。

 目視で確認できる程に派手な破壊であった。

 

 それに付け加え、アリアンロッドと呼ばれていた巨大なビルは既に彼の知る姿から乖離している。

 

 建造物とは到底思えない生き物のような黒い表皮に覆われたそれは、ビルを底から飲み込んでいっているように見えた。

 かろうじてまだ最上階付近は銀色を保っているものの、飲み込まれるのも時間の問題だろう。

 

「とりあえず、登って全部ぶっ壊すぞ」

『嫌だ……帰りたい……寝たい……』

 

 疲れた声でそう呟くエイナを無視して六波羅は再び歩き出す。

 彼の前には、アリアンロッドを守るように立ちはだかる何千という生徒たちがいた。

 

 

 

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