【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
学園都市の中央区では、大きな争いが起きていた。
「っはははは! やっぱ弱ェやつはどれだけ群れても弱ェなァ!」
個と軍による戦争。
それは、本来ではありえない個の圧倒により始まっている。
アリアンロッドを守るように集まった生徒たちの数は千を越え、中にはAランク相当の実力者もいた。
けれど、そんなことは関係ない。
Sランクにとっては、気にする必要すらない事実だ。
『ひえぇぇぇ! リーダー、どんどん湧いてきますよぉ! ゴキブリみたいですぅ!』
一人倒れても、どこからか二人の生徒がやってくる。
倒した生徒の山が積みあがっていくが、終わりが見える気配はない。
六波羅は自分に向かってきた生徒を真正面から蹴りぬき、剣を投擲する。
剣が通り抜け数十人の生徒が血を吹き出しながら倒れる中を駆け抜け、地面に突き刺さった剣を抜いて振り向きざまにさらに蹴撃。
一騎当千と呼ぶ他ない圧倒的な力は、まるで災いのように生徒たちを葬り去っていく。
六波羅に相対する生徒たちが使命を抱えた戦士の様な目つきをしているのもあるのだろう。
今の六波羅はまるで、この世界を破滅へと導く魔王のようであった。
「おいおい、流石にもう少し敵にバリエーションがねェとなァ! こっちはSランクだぜ?」
『いやいやいや、これ以上敵が強くなられても困るんですよぉ。だって、ビルにすら入っていないですからね? まだボス戦じゃないですよこれ』
エイナはうんざりしたようにそう言った。
彼女個人の希望としては、今回の事は忘れて他の誰かが解決してくれることを願って休みたいのだ。
六波羅が添い寝をしてくれればなお良しであった。
『あ。リーダー、いいことを思いつきました』
「碌でもねェ気がするが言ってみろ」
『今すぐ星穿ちになって辺り一帯の感情を根こそぎ奪ってやりましょうよぉ! そうしてまとめて廃人にして、たまったエネルギーでビルを消し炭にしてやるんですぅ。緊急事態ですから、仕方がないですねぇ!』
エイナの言葉に六波羅はため息をつく。
背後に迫ってきていた生徒を見ることもなく切り裂いて、六波羅は手の中の双剣を見つめた。
「やっぱお前も大概だな」
『えぇ! だって早く解決したいじゃないですかぁ。別にこいつらがどうなっても構わないですってぇ。悪いのは空のうにょうにょ。私たちはむしろ解決する側なので、褒められることはあれど、怒られることはないですぅ!』
本気でそう思っているのだから質が悪い。
少なくともエイナの中にあるデモンズギアとしての感覚は、人類を救うためなら辺り一帯の生徒が廃人になることを容認したようだった。
が、執行官の肩書を持つ者がそんなことを許すわけもない。
「駄目だ。この精神攻撃にお前の感情転換まで加わったらどうなるかわかったもんじゃねェ」
『えー、いいじゃないですかぁ。最悪、死ぬだけですよ?』
「それが駄目だって言ってんだよ馬鹿。大人しく黒幕を見つけてぶっ潰すのが一番だ」
『でも、埒が明かないですよぉ。やっぱりどこかで星穿ちになる必要はありますってぇ』
「それはそうだな」
六波羅は今、この状況でなお手加減をしていた。
生徒たちへの攻撃は致命傷を避け、かつビルの中へと入ることを最優先にしている。
この状況を一変させることのできる自身の異能もまだ使用していないのだ。
(こんだけ騒いだら出てくると思ったんだがなァ。目的もわからねェし、気味が悪い)
六波羅は基本的に、どの依頼においてもターゲットに対してのみ異能を使うことを決めている。
それは自身の異能の対策をされないためであった。
Sランクの知名度がある以上、ある程度の異能の情報の漏洩は仕方がないがそれでも六波羅の異能が敵対組織に完璧に対策されたことは一度もない。
異能を使う時、それは六波羅が相手を仕留めると決めたときのみである。
『リーダー、無理ですってぇ。もう異能使うか星穿ち使うか決めましょうよぉ』
「その二択なら、俺は無理やり壁を登るぞ。アリアンロッドに何かあるのは間違いねェんだ」
多少の傷を承知で無理やりその場を駆け抜ける作戦を視野にいれたその時だった。
「――無理ですよー。あのビル、触れませんでしたのでー」
声と共に、六波羅の周囲にいた生徒たちが全員足元の影に飲み込まれた。
今まで辺りに響き渡っていた叫び声や悲鳴が一瞬にして静まり返る。
やがて、ビルの前に黒い髪をなびかせて少女が姿を現した。
突然現れた彼女は、どこか満足げであった。
「ふぅ。食べ放題っていいですよねー。全部同じ味付けでそろそろ飽きてきましたけどー」
『ひぇ、一番会いたくないSランクがよりによって……』
「お前も来ていたのか、タタリ」
戦闘態勢を解くことなく、六波羅はタタリの名を呼んだ。
その時、彼女の足元の影がごぽりと音を立てて、片腕が飛び出す。
そして勢いをつけて上半身が這い出してきた。
まるで溺れるものが必死に水面に浮上してきたかのように、
「た、助けてくれ! ずっとこいつに食われてるんだ! もう全身ぬるぬるで――」
「あら、出てきちゃ駄目ですよー。また洗脳されたら大変ですからー」
「わっぷ」
影の中に再び生徒が沈む。
その光景を見て、六波羅はとりあえず剣を向けた。
タタリは驚いたように両腕を上げて「勘違いですよー」と笑う。
「私が彼についたナニカを食べてあげているんですよー。そうすることで、洗脳から守ってあげているんですー。一応、彼は副会長なのでー何かあったときに役に立つかと思ってー」
「ごぼっ、だまされるなぁっ。僕は生徒会に入ってない! ちょ、どこ掴んで――」
再び生徒が影の中から飛び出すが、影の触手にからめとられてあっという間に飲み込まれた。
やがて、辺りは再び静かになった。
もう彼が現れる気配はない。
「ふう、お騒がせしましたー。あ、今の副生徒会長は本当に彼ですから信じてくださいねー。ま、そんなことはどうでも良い事ですかー」
タタリの背後では影から何匹もの蛇が伸び、辺りに飛び散った血をなめとっていた。
六波羅はそれを見て「そうか」とまるで興味のない返事をする。
今までの光景は『事件性はないが面倒くさい事』と判断して早急に話を進めることにした。
「で、入れないってのはどういう事だ」
「六波羅が戦っている間にビルに入ろうと試みたんですよー。おいしい何かがあると思ってー。でも、そもそも入れませんでしたー。不思議なことに触れられないんですよーこのビル」
「嘘ってわけじゃなさそうだが」
六波羅は足元の瓦礫を掴み上げると、思い切り投擲した。
瓦礫はタタリの真横を通過し、ビルを通り抜ける。
それを見て、タタリは肩をすくめた。
「ね? せっかく面倒な方を執行官が受け持ってくれたと思ったのに、損ですよー」
『最初からいたなら手伝えぇ!』
「六波羅が捕まえる前に食べないと。捕まえた後じゃ一口もくれないじゃないですかー」
タタリは悪びれることなくそう言って拡張領域からおにぎりを取り出す。
そして丁寧に食べ始めた。
「その様子だと、そっちの学園でも同じ事件が発生したみたいですねー。そして何も情報を持っていないと」
タタリはそう言って影の中へと沈んでいく。
「……うーん、ここにいても何もなさそうなので帰りますねー。なにかあったら千界学園に来てくださいー。食べ物が手土産だと素晴らしいですねー」
「いかねェよ。大人しく引っ込んどけ。この件は俺達で解決する」
『えっ』
手の中で双剣がわずかに震えた。
「あ、そうだ。リュウコちゃん見つけたら教えてくださいー。クローマにいなかったのでー。守ってあげる代わりにお菓子を貰う作戦が台無しですよー」
「学園都市の一大事になにやってんだお前は」
呆れた様子の六波羅に手をひらひらと振りながら、タタリは影の中へと沈んでいく。
やがてそこには六波羅とエイナだけが残された。
『……一旦、私たちも戻りましょうか。アリアンロッドに入れないなら意味がないですし』
「ああ、そうするか」
六波羅が踵を返したその瞬間、視界の端に黒い何かが映りこんだ。
警戒し武器を構え、それを見る。
「……蛙?」
機械仕掛けの黒い蛙がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
まるで六波羅に見つけられることを望んでいたかのように、自己主張を激しく繰り返している。
「これ、あの配信者のやつじゃねえか……? いや、それにしては何かが違うな……」
『爆弾ですよそれぇ! 近づかない方がよいですってぇ! あんな物陰で跳ねて、絶対に罠ですよぉ……ああっ、行かないでぇ!』
エイナの懇願を無視して、六波羅は人吞み蛙へと近づいていく。
物陰で位置を示す様に跳ねていた人吞み蛙の元に来ると、そこには隠れるように身を縮こまらせたサヤカがいた。
制服がところどころ破れ、わずかにかすり傷もあるようだ。
「良かった、気づいてくれました」
「何やってんだお前。肝心の姉はどうしたんだよ」
「それがですね――」
サヤカが口を開いた瞬間、人吞み蛙がその場でパンッと乾いた音と共に破裂する。
そして紙吹雪をまき散らしながら消え去った。
「あっ、蛙の妖精さんが……」
「妖精?」
「はい。アリアンロッドまでの安全な道を教えてくれた謎の蛙さんです。どういう訳か、今の私と姉さんは他の生徒たちに襲われるので。隠れながらでないと移動が出来なかったんですよ」
「……そうか」
(ってなるとクラムも正気を保ってるのか? Sランクでもねェのに保ててるってことは……)
六波羅の脳裏に一人の蒼銀の髪の少女が思い浮かぶ。
(次の目的地は決まったか)
干渉の力を自在に使う彼女ならば、今回の事件に有効な手立てを知っているかもしれない。
そう考える六波羅へと、サヤカは突然頭を下げた。
「六波羅先輩、どうか助けてください。姉さんがまだ一人で戦っているんです。姉さんの異能では加減が出来ないのでどうしても逃げまわることしかできず……」
「あァ、確かに一瞬で消し炭だからなァ」
キリカはSランクではあるが、レイやタタリのように洗脳された生徒を無力化できる術を持っていない。
さらに付け加えて言えば、Sランクの中でもまだ経験が足りない生徒なのでこういった特殊な事象に対応できないだろう。
多少は寄り道になってしまう、と考えながらも六波羅は頷く。
「わかった、行くぞ」
「ありがとうございます……って六波羅先輩? どうして私を抱えるんですか?」
「また隠れながら行くのは面倒くせェ。このままプライグまで突っ切るぞ」
「ありがとうございます」
『お前ェ! リーダーに担がれてるからっていい気になるなよぉ!』
「そんなくだらねェ事気にしてんのはお前だけだ」
他の異性との接触に厳しい相棒に内心でため息をつきながら、六波羅は跳んだ。