【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第280話 またウジウジしているんですか

 自室のベッドに横たわるケイの姿は、いつもよりも小さく見えた。

 微動だにしない彼女を見ていると、まるで死んでしまったかのように錯覚してしまう。

 

 クラムは、彼女がまだ生きていることを実感できるようにその手を握ったまま動かなかった。

 ケイが倒れて、既に一時間が経過しようとしている。

 が、依然として目を覚ます気配はない。

 

「……ケイ」

 

 自分の手を引いて歩いていた彼女が倒れる光景が網膜に焼き付いて離れない。

 これから先の未来を暗示している気がしてならないのだ。

 

「まだ目覚めないね。で、でも安心して、バルティウスで一応は治療をしたから。ほら、私はSランクだし。信じてよ!」

 

 リュウコはクラムへと恐る恐る声をかける。

 が、クラムは消え入りそうな声で「ありがとう」と言うだけでその場を動こうとしない。

 

「ほ、ほら、ケイって強いんでしょ? だから、大丈夫! ……みたいな?」

「……うん、強いから頼りすぎちゃった。私がもっと強ければこんな事には……」

「ええっと、そんなことはないんじゃないかなぁ……なんて……」

 

 リュウコとクラム以外には誰もここにいない。

 血相を変えたクラムとトアに半ば無理やり引きずられてケイの自室へと案内されたリュウコは、治療後オロオロすることしかできなかった。

 

 トアはケイを自室に運んだあと、すぐに姿を消した。

 以降、誰も来る気配はないし、クラムも動く気配はない。

 きっとケイが目覚めるまで、ここにいるつもりなのだ。

 

「……リュウコは」

 

 不意にクラムが名前を呼んだ。

 

 手持ち無沙汰だったので、ケイの自室を見渡していたリュウコは肩をびくつかせて返事をした。

 

「は、はい!」

「どうやってSランクになったの?」

「うーん、どうして急にそんなことを……なんて、聞くまでもないか」

 

 ケイから視線を外すことなくクラムは頷く。

 彼女の肩には、一匹の蛙がいた。

 

 エースと名付けられた特別な個体は、まるで自我を持つかのようにクラムと共にリュウコの言葉を待っている。

 クラムの背中を見て、リュウコは自然と背筋を伸ばす。

 

 そして、はっきりと言った。

 

「やめなよ。()()()()()()で力を手に入れても碌なことにならない」

「けれど、このままじゃケイがいつか本当に死んじゃう」

「だとしてもここで貴女が力を求めるのは間違っているよ。そして、聞く相手も間違っている。私は明星計画で唯一ポッと出のSランクだからね!」

 

 誰も見ていないというのにリュウコは胸を張った。

 その姿は、この空気を変えようと必死なように見える。

 

「講師の育成プランが存在しなかったんだ、私って。ぬるっと異能が生まれて、ふわっとSランクになったからさ。私だけ葛藤も悲劇もなかった。でもね、Sランク全員が私と同じように答えたと思うよ」

 

 リュウコはそう言って部屋の中を歩き出す。

 古びた窓を力づくで開け、風を浴びると幾分かマシな気分になった。

 

「あんまり貴女の事を知らない私が言うのもなんだけどさ、クラムちゃんにはクラムちゃんの強みみたいなのがあるんじゃないの?」

「……どうなんだろう。わからなくなったよ」

 

 そう言ってクラムは再び喋らなくなった。

 その姿を見てリュウコは、気まずそうに視線を彷徨わせながらお腹を撫でる。

 キリキリと、胃が痛みを訴えかけていた。

 

「えーっと……その……あの……」

 

 それでも元気づけようといくつもの話題を思い浮かべては、この場に適していないと打ち消しながら考えていると、扉が開いた。

 リュウコがそちらを見れば、そこにはミロクとヒカリの姿があった。

 

「あっ、ヒカリちゃん!」

「リュウコちゃんお久しぶりです! そしてご迷惑をお掛けしました!」

 

 部屋に蔓延していた空気が一瞬にして霧散する。

 ヒカリは「失礼します!」と言って足を踏み入れ、クラムの前まで来て頷いた。

 

「またメンタルがぶっ壊れていますね! リュウコちゃん、お相手お疲れ様でした。さぞ面倒くさかったでしょう!」

「あ、いやそんなことは」

「ここからは、私達にお任せください!」

 

 そう言って力強く頷くヒカリが、今は何よりも頼もしく見えた。

 

「リュウコさん、ありがとうございました。ミユメちゃんに続いてケイ君まで治していただいて。診断の結果は、問題ないのですよね?」

「うん。医者じゃないから、バルティウスを使用しての感覚的なやつだけど。少なくとも今すぐに死んでしまうようなことはないよ。一応、水もぶっかけたし」

 

 リュウコの言葉にホッとした様子で、ミロクはもう一度「ありがとうございました」と礼を言った。

 それから、柔らかな笑みをリュウコへと向ける。

 

「良ければ、食堂で朝ご飯を食べてください。今、トアちゃんとミユメちゃんがいると思いますので」

「優しい……」

 

 リュウコは胸に手を当ててミロクの言葉に感じ入る。

 そして、何度も頷くと、その場を去っていった。

 扉が閉まり、クラムとヒカリ、ミロクの三人が残される。

 

 再び部屋を沈黙が支配――しなかった。

 

「またウジウジしているんですか! こっちを見てください!」

 

 ヒカリがクラムの頬を両手で挟み込み、無理やり目線を合わせる。

 文句を言いたげなクラムを無視して、ヒカリは頬をムニムニしながら大きな声で言った。

 

「事情はトアちゃんから聞きました! 今ここで私たちが出来ることは何ですかクラム!」

「………………」

「クラム!」

「……この事件を解決すること」

 

 答えを聞いてヒカリは満足気に頷いた。

 

「そうです。そして、その上で人吞み蛙は役に立つと思っています! クラム、貴女はまだやるべきことが沢山あるんですよ!」

 

 まだ何か言いたげなクラムを、ヒカリは敢えて無視する。

 こういう時、幼馴染としてどうすればよいのか。

 それをヒカリはよく知っていた。

 

「行きましょう! まずはクラムも朝ご飯を食べるんです! 朝ご飯を食べないと、いざという時力が出ませんよ!」

「ミロク、貴女がヒカリを連れてきたの?」

「はい。それが一番良いと思ったので」

 

 ミロクはそう言うと、ケイの頭を撫でる。

 その顔には信頼の色が浮かんでいた。

 ケイなら大丈夫と、心の底から彼女は信じているのだろう。

 

「ケイ君は大丈夫です。人よりも頑張り屋さんだから、きっと無理をしてしまったのでしょう。少し休めばよくなりますよ」

「……意外だね。貴女ってそんなに楽観的だったんだ」

 

 棘のある言い方だ、とクラムは内心で自嘲的にそう判断した。

 わざわざ手を差し伸べてくれているというのに、素直に手を取れない自分に嫌気がさす。

 

 けれど、ミロクはそんな事すら見透かしたように微笑んでいた。

 

「ふふっ、私はもう諦めることをやめたので」

 

 一体何を思い出しているのだろうか。

 ミロクはどこか懐かし気に、ケイを見る。

 そして、クラムの手を掴んだ。

 

「行きましょう、クラム。今は、貴女が必要なんです」

「ほら、立ってください! 立てないなら私が背負います!」

 

 二人に両方の手を引かれ、クラムは無理やり立たされる。

 

「この事件が解決したら、一度ケイ君をうんと甘やかしてあげましょう。もう無理なんてしないって、言ってしまうほどに。()()()()()なんてしたら、きっとすぐに音を上げますよ」

 

 その言葉に、クラムは顔を上げた。

 

 ソルシエラは、フェクトムに初期からいたメンバーを大切にしている。

 故に、危険から遠ざけるために正体を隠して活動してきたはずだ。

 蒼星ミロクは、ケイは男であると認識している筈なのである。

 

 しかし、ミロクの口ぶりはどうにもソルシエラの正体がケイであるとわかっているようだった。

 

「アンタ、もしかして知って……」

「私は何も知りませんよ。ケイ君から聞くまでは、何も」

 

 ミロクは変わらずほほ笑んでいた。

 

(知らないふりをして、ただ待っているだけなんて……それも辛いじゃん)

 

 ミロクは一体、どんな気持ちでケイを送り出してきたのだろう。

 傷つき苦しむ姿をきっとミロクも知っている筈だ。

 

 それでも笑みを絶やさずに信頼できるのはなぜなのか。

 自分を嫌いにならずにいられるのはなぜなのか。

 

 その答えが知りたくて、そして知らない自分が腹立たしくて。

 

 腹の底から湧き上がってくるのは、嫉妬や自己嫌悪といった碌でもないものばかり。

 しかしそれは、クラムを動かす原動力となった。

 

「……わかった、行こう」

 

 今は何も得られずとも、それで良い。

 真に理解者でいるのならば、ここで立ち止まっている暇はないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁっ、行っちゃった……! リュウコちゃんがいなくなったら目覚めて、しっとりクラムちゃんの脳を焼いて元気づけようと思ったのに……。巧みな話術で手の甲にキスするように誘導する予定だったのに……!』

『残念だったねぇ。クラムは立ち直ったようだ。その精神性は相変わらず危ういようだが』

『マイロード、体は本当に大丈夫なのか!? まだ辛いようなら、今からでもカメさんベッドに移動するのだ……』

 

 

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