【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
プライグスクールは、多くの学園と比べて訓練場が丈夫に作られている。
御景学園や騎双学園などの巨大な学園と引けを取らない訓練場設備の理由は、二つ。
一つは、異能がまだ十分に扱いきれてない生徒が暴走した時に周りに被害が及ばないように。
そしてもう一つは、天羽キリカの存在だ。
異能の中でもトップの出力を誇るキリカの力は、徹底した管理がなされている。
訓練場もまた、そんな管理の一つであった。
特殊なコーティングにより、砲撃の威力を減少させる訓練場は、その形を保っていた。
それも、昨日までの話ではあるが。
「ははははは! おいおい、随分と面白ェガキじゃねェか!」
『ひぇ……強い……九重ちゃんってこんなに強かったんだ……』
屋根は半分が吹き飛び、訓練場は既に瓦礫の山と化している。
そんな状況を作り上げた六波羅は、双剣を構えながら笑った。
その笑みは、まるで獲物を前にした猛獣のようである。
何よりも驚くべきは、六波羅の服の所々が破け血が流れていることだ。
致命傷になる傷はないが、しかし六波羅はここで初めて傷らしい傷を負った。
大量の生徒を前にしても片手間に倒せていた六波羅に傷を負わせることが出来る、それがどれだけの偉業であるかは六波羅本人が知っている。
(この威圧感……間違いねェ、Sランクに片足を突っ込んでやがる)
六波羅は目の前の少女を分析する。
既に彼の思考から手加減は消えている。
保護することは二の次、まずは殺してでも無力化する必要があると考えていた。
「おい、お前気に入ったぜ。所属する学園を教えろ。あとで菓子折り付きで、見舞いに行ってやるからよォ」
「学園……? 私、生まれたばかりだから、そんなのないよ! ね、ハチノミヤ」
『はいですのです。九重はどこに所属する必要はないですます』
「ね?」
「そうかよ、じゃあさっさと理事会に首輪つけて貰わねェとなァ!」
六波羅は一歩踏みこむ。
Sランクともなれば、ただ前に進むだけでも弾丸の様に加速することが可能だ。
常人であれば、突然六波羅が消えたように見えるであろう、高速の一撃。
しかし、九重はそれを目視で確認しチェーンソーで受け止めた。
「あぶなーい!」
「いい目だ。ますます気に入った。念入りに殺してやる」
『楽しんでないで早く殺しましょうよぉ!』
持ち主と違い、エイナは混乱中であった。
昨日出会ったばかりの友人が、どういうわけか敵に回っているのである。
それに、どう見てもこの事件の関係者。
エイナは度々六波羅に撤退を願い出ていたが、聞き入れてもらえるわけがなかった。
そんな六波羅は今、目を爛々に輝かせ、九重へと武器を振るっている。
その姿には幼子を相手にしている様子はなかった。
「そのハチノミヤとかいう玩具は、どんだけ戦いについて来れんだァ!? すぐにスクラップにならねェように気張れよォ!」
『スクラップはお前ですます六波羅。所詮は過去の成功作の癖に生意気ですのです!』
「……あ? お前、今なんて――」
「隙ありっ!」
ほんの一瞬動きが止まった六波羅へと、九重がチェーンソーを振るう。
六波羅はそれをひょいと避けて、着地と同時に再び間合いを詰めた。
「うぅ、強いよこの人! ハチノミヤ、これじゃあ勝てない!」
『目標は勝利ではないのですです。重要なのは天剣の確保。ここは臨機応変に対応しますのです』
「むずかしいこと言わないでー! りんきおーへんってなにー!」
九重は見た目相応に騒ぎながら、チェーンソーを振るう。
一見適当に振るっているように見えるそれが、一つ一つ六波羅に対しての迎撃、防御、反撃を完璧にこなしていた。
隙だらけに見える九重だが、六波羅にしてみれば十分すぎるほどに脅威であった。
(身体能力だけなら文句なしのSランク。加えてあのチェーンソーがなんか細工してやがるな。それに――)
Sランクは突出した身体能力を持っている。
例外はなく、大抵の任務であれば異能を使うまでもなくこなすことが出来るだろう。
ならば、そんなSランクと同等の少女が持っている異能とは何か。
九重はまだ一度もその力の一端すら見せていない。
「ほらほら、さっさと異能を使わねェと死ぬぞォ!」
「うぅっ、ハチノミヤ! 私も異能が使いたーい!」
『ダメですのです。貴女は十加羅との運用を前提にデザインされた個体。ここで使うことはマスターより禁止されてますます。それに、今は私がサポートしているのですます。負けはありませんのですます』
チェーンソーが唸りを上げる。
訓練場の崩壊が激しさを増していた。
後数分もすれば、ここはただの瓦礫の山となるだろう。
(もう少し遊んでやりてェところだが、キリカが限界だな)
六波羅の背後には、気を失ったキリカとそれをかばうように銃を構えたサヤカがいる。
下手に逃げ出すよりも六波羅の傍にいる方が安全だと理解しているのだ。
(天剣を奪うとか言ってたなァ。ってことは、狙いは最初からキリカか。だが、こいつ一人を狙うために起こしたにしては事件の規模がデカすぎる。もっと別に狙いがあるのは間違いねェが……)
攻撃をかわしながら、六波羅は思考する。
今回の事件は、前代未聞の規模であった。
事実上の学園都市の無力化。
その最終目的が天羽キリカの奪取であるとは考えにくい。
「答えを出すにはまだ判断材料が足りねェな。とりあえず、目の前のガキ潰すか。エイナ、星穿ち」
『えぇっ!? 本当にやるんですか!?』
「当たり前だろ。俺の異能をここで使う訳にはいかねェ。どう見てもこのガキは前座だろうが」
大前提として、六波羅は異能をここで使わずに勝利する必要がある。
『……あ、あの実は黙ってたんですけど、私あの子とお友達? なんですぅ』
「そうか、そりゃ初耳だなァ」
六波羅は敢えて知らないふりをした。
勇気を出したエイナの言葉を遮ることなく、六波羅は続きを促す。
「で、お前はどうしたいんだ」
『そ、その……少しだけお話をさせてください。それでも駄目なら……私も覚悟を決めますぅ。死にたくないので、友情よりも自分の命なので!』
「最後の一言が余計だ。けど、いいぜ? 絆してみろよ、あいつを」
振るわれたチェーンソーを跳んで回避した六波羅は、それを足場に一度距離をとる。
そして、九重が動き出すよりも先にエイナを人間態へと戻した。
「えぇっ!?」
彼女の姿を見て、九重は足を止めて驚いている。
そして、恐る恐るといった風に問いかけた。
「エイナちゃん……だよね?」
「そうだよ。私、エイナだよ。昨日、一緒に遊んだよね?」
「うん、楽しかった」
「! だ、だよね! あ、あのさ……戦うことをやめたりって出来ないかな? 何か事情があるなら、わた……リーダーが解決してくれるから!」
「おい、俺かよ」
六波羅の突っ込みを無視してエイナは言葉を続ける。
「だからもう戦うのやめよう?」
出来るだけ刺激しないように、顔色を伺いながらエイナはそう言った。
九重はそんなエイナを困ったように見つめる。
そして。
「なんで?」
「……え?」
「昨日は楽しかった。でも、それとこれとは別でしょ。敵なら倒す」
「なんでぇ!?」
「それが正しいっておかあさんが言ってたから。だから、もうお話はおしまいだよ。というか――」
心底理解が出来ないといった様子で、九重は首を傾げた。
「どうしてキリカちゃんと同じ事を言うの? つまんない」
無垢ゆえの、悪。
既にその倫理は誰かによって歪められていた。
「エイナ、満足したか? 」
「……はい。あれは、どうやっても無理です」
そう言ってエイナは双剣となり六波羅の手の中に納まる。
そして今日一番の震えと共に叫んだ。
『アイツ、私の事を舐めてますよぉ! どっちが上か教育してやりましょうよぉ! 下手に出てあげたら良い気になりやがってぇ!』
「キレるポイント間違ってんだろ、お前。けど、これで気兼ねなく戦えるなァ!」
六波羅は笑って双剣を構える。
そしてその柄を連結させた。
剣先から魔力で編まれた弦が伸び、双剣は大きな弓へと変化する。
『星穿ち――形態移行完了』
本来であれば、唯一理事会の認可が必要なデモンズギアの形態移行。
感情に対する干渉能力を持った真の形態がここに解放された。
「キリカとサヤカを除いて、プライグスクールから二割ずつ抜け」
『はいぃ! あのガキを泣かせてやりましょう!』
そう言ってエイナが魔法陣を展開したその時だった。
九重の持つチェーンソーが何かに気が付いたように信号を出す。
それは、警告音に聞こえた。
『九重、マスターがここに来ますです。良い子にするのですよます』
「マスター……おかあさん!? えっ、助けに来てくれたの? わーい!」
九重が表情を明るくして飛び跳ねる。
まるで勝利が確定したかのような喜びように、六波羅は眉を顰める。
(マスター、そいつが黒幕か。丁度いいなァ、異能を使う理由があっちから来るなんてよォ)
六波羅は感情の抽出と同時並行で、自身の異能を発動する準備を始める。
足にガラスのような装飾が巻き付き始め、やがてブーツの形をとった。
一度動き出せば十二秒間の絶対の無敵時間を作る必殺の異能。
星穿ちと無敵を同時に使う六波羅との戦闘は、あのソルシエラですら回避した程である。
つまり、六波羅は間もなく姿を現すであろう存在との短期決戦を決めていた。
そして――。
「随分と派手にやったのだね、まあ子供ならば元気であると褒めるべきだろうか」
声が響く。
幼く、無感情で、そして、六波羅とエイナが忘れるわけもない声であった。
「……おい、冗談だろ」
『……っ』
魔法陣が展開され、一人の少女が姿を現す。
褐色の肌に白い髪、季節外れのセーターの上から白衣を羽織ったその姿はこの場の誰よりも異質であった。
「あ、おかあさん!」
九重は笑顔を浮かべる。
安堵と喜びを隠しきれていないのか、まるで子犬の様に近づいてく。
「私も、褒めて伸ばす教育方針なのでね、ここはひとつ頭でも撫でてやるとしよう。さて、目の前の敵は今、倒さねばならないだろう。九重、油断してはいけないよ」
頭を撫でられた九重は笑みと共に何度も頷く。
「あれは――過去の私の、講師の最高傑作なのだから」