【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第286話 今の君では私には勝てないよ

 講師を前にして六波羅が真っ先にとった行動は、距離を離すことだった。

 それは、講師という人間をよく知るからこそ。

 Sランクであろうとも、デモンズギア使いであろうともそれは変わらない。

 

 そして何より、彼は自分の半身とも言えるエイナを心配していた。

 故に、講師ではなくその手の中にある弓へと言葉をかける。

 

「エイナ、大丈夫だ」

『………………』

「大丈夫だ、俺がいる」

『……はい』

 

 今までのような威勢の良さはどこかに消え、まるで今にも死んでしまいそうな声でエイナは小さく返事をした。

 素人目に見ても、まともな状態ではない。

 

(PTSD一歩手前じゃねェか。長期戦は無理だな、まさかこんなタイミングで出てきやがるとは……やっぱり殺さねェでレイに凍結処分してもらった方がよかったか?)

 

 六波羅の目の前には、いまだに異能を見せていない九重と、講師。

 状況が一転したことは何より六波羅が知っている。

 

「サヤカ、キリカを連れて逃げろ」

「……え、で、でもどこに行けば良いのですか。どこに行っても襲われてしまいます」

「フェクトムに行け。這い蹲ってでもたどり着けば、必ず誰かが助けてくれる」

 

 人吞み蛙がサヤカを救っていたことから、フェクトムの安全はある程度確保されていると思って良いだろう。

 少なくとも、Bランクでも正気を保っている少女が一人いることは確定しているのだ。

 

「六波羅先輩は、どうするんですか」

「どうもしねェよ。こいつら殺すのに、お前らがいると邪魔なんだ。だから、とっととしっぽ巻いて逃げろ」

 

 六波羅の言葉にサヤカは頷く。

 そしてキリカを背負うと、立ち上がった。

 

(さて、こっからどうするか――)

 

 六波羅が思考を戦闘用に切り替えたその時だった。

 

「相変わらず素直に逃がすことが出来ないのだね。優しい子だ。だからこそ、こうして無様に奪われてしまうんだ。悲しい事だがね」

「あ?」

 

 どさりと、背後で何かが倒れる音がした。

 六波羅は講師たちから目を離さずに、サヤカの名を呼ぶ。

 

「サヤカ、どうした」

 

 返事はない。

 それが答えだった。

 

「死んではいないさ。ただ、少し氷漬けになっただけだよ。最近は暑いから、こうして涼ませてやっているのだ」

「……氷漬け……お前、まさか」

 

 六波羅はその言葉に思い当たる事が一つだけある。

 それは、彼の異能の生まれた理由であり、六波羅という名を与えられた始まりであった。

 

 講師は、そんな六波羅の表情を見てニコリと笑う。

 

「そうだ、作り出したのだよ。1()2()()()()()、Sランクの異能を使用可能な薬をね。名はまだ無いんだ。子供に名づけるのとは勝手が違ってね、どうにもよい案が思いつかない」

 

 そう言って講師は注射器を取り出す。

 そして首元へと突き立てた。

 

「では、12秒間遊ぼうか。愛しの息子よ」

「ッ!? エイナ、感情の転化をこの段階でやれ! もう吸収するな、間に合わねェ!」

『は、はい!』

 

 六波羅はすぐさま、異能という切り札を使用した。

 この瞬間、六波羅は世界の中心になり敗北の二文字は消失する。

 

「遊びは無しだ」

 

 今までとは比べ物にならない速さで、六波羅は距離を詰める。

 今までは目で追うことが出来ていた九重ですら、彼が移動したことを知覚できていない。

 

 距離を詰めるのに、0.01秒。

 講師の背後に周り、矢をつがえるのに0.01秒。

 

 僅か0.02秒で、六波羅は講師を仕留める完璧なパターンを割り出し、実行して見せた。

 

(獲った)

 

 六波羅は確信と共に矢を放つ。

 必中の効果を乗せた最強の一撃は講師へと迫り、そして――影に捕食された。

 

「……チッ」

 

 六波羅は再び動き出し、攻撃を続ける。

 息をつく間も与えぬ矢の連射は、しかし全てが講師の足元から伸びる影に全て飲み込まれた。

 

「おや、そんなところに移動していたのかー。私が知っている君よりも随分と早いようだがー? 男子三日会わずば、というがまさにそれだねー」

 

 講師は妙に間延びする口調でそう告げる。 

 荒れ狂う影は、矢をかみ砕きまるで上質な肉でも喰らうかのように飲み込んでいった。

 

 その異能は、六波羅が知る一人の少女の物だった筈だ。

 

「エイナ、出力上げろ。あの影は無敵じゃねェ。必中の雨を降らすぞ」

『は、はいぃ!』

 

 六波羅は矢を空へと向ける。

 そして放った矢は空中で大量に分裂していき、やがて講師たちへと降り注いだ。

 

「おやー、綺麗な雨だねー。九重、こっちに来ると良いー」

「わわっ、おかあさんありがとう!」

 

 影が傘の様に形状を変化させ、矢から講師たちを守る。

 一手目はあっけなく防がれた。

 が、大量に降り注ぐ矢の雨の中、六波羅は既に動き出している。

 

「またその首を刎ねてやるよ」

 

 弓は双剣へと形を変えていた。

 上へと意識が逸れた瞬間、六波羅は講師たちへと距離を詰めていた。

 

「おっと」

 

 講師が氷の柱を六波羅の前に召喚する。

 しかし、そんなもので六波羅が止まるわけがなかった。

 

「効かねェよ、馬鹿がァ!」

 

 氷を突き破り、ついに六波羅は講師の前に出た。

 迎撃する九重を蹴り飛ばし、講師が回避するよりも速く、その刃は喉元へと迫る。

 

 が、それは空を切った。

 講師がこのタイミングで躓き、姿勢を崩したのである。

 

「っとと。三秒後に転ぶんだった」

 

 まるで六波羅を馬鹿にしたかのような発言。

 しかし、そんな講師の首へと回避したはずの刃が迫っていた。

 

「織り込み済みだ、馬鹿が」

 

 刃に宿る赤い光は、エイナが持つ必中の輝き。

 それを前に、回避という行動は意味をなさない。

 

 どれだけ先の未来を読もうとも、その刃からは逃れることはできないのだ。

 

「これは――」

 

 何か言いかけた講師の首に刃がめり込み、そして肉と骨を断った。

 その場に、講師の首が転がり落ちる。

 

『や、やった!』

 

 一瞬の攻防は六波羅の勝利で終わった。

 

 筈だった。

 

「……さて、ここからが本番だよ六波羅」

 

 落ちた筈の講師の首がそう告げる。

 

 瞬間、首のない体が動き出し六波羅へと蹴撃を放つ。

 自身へと迫るその足に、六波羅は目を見開いた。

 

 自分と同じように、ガラスのような装飾がなされた脚は、間違いなく――。

 

「ッ!?」

「大事な妹を蹴ってはいけねェよ、六波羅ァ。お前には優しさッつーもんがねェんだなァ。ってなわけで、仕返しだ」

 

 ぶっきらぼうな言葉と共に、六波羅の体は吹き飛ばされる。

 体へのダメージは無敵の異能が打ち消した。

 

 しかし、それでもなお衝撃を受けるほどの攻撃は、間違いなく六波羅自身の持つ無敵の力と同一のものである。

 

「てめェ、それだけは不可能な筈だろ!」

「昔の話だろ、馬鹿が。誰に物言ってんだよォ」

 

 講師はまるで人形のように自分の首を付け直す。

 そして、靴の具合を確かめるようにつま先で地面を叩いた。

 

「せっかくの時間が勿体ねェ。12秒間遊ぼうぜェ、理事長よりは楽しませてくれるだろ?」

「……クソが」

 

 一瞬の静寂、そして。

 

「「――ッ」」

 

 六波羅と講師は同時に動き出した。

 その衝撃だけで、起き上がろうとしていた九重はまた尻もちをつく。

 

「う、うわっ。ハチノミヤ、何も見えないよぉ!」

『人間には目視は不可能ですます』

「でもおかあさんを助けないと!」

『大丈夫ですです。マスターが負ける確率は1%未満ですのです。なので、今のうちにターゲットを確保ですです!』

「そ、そっか」

 

 ハチノミヤの言葉を聞いて安堵した様子で九重は胸を撫でおろす。

 そして、氷の様に冷たくなったサヤカとキリカの元まで行くと、キリカだけを抱き上げた。

 

『転移魔方陣の中に入れるますです』

「……これでおしごと完了だね」

 

 九重の腕の中では、昨日一緒に笑い合ったキリカが死んだように冷たくなっている。

 その光景に、九重は妙な感情を抱き首を傾げた。

 

『どうしたのですますか、九重』

「……なんでもない。大丈夫」

 

 自分は一仕事終えたんだ、と九重は笑う。

 

 そんな彼女の前では、星がぶつかったかのような衝撃が何度も発生していた。

 

「この力だけはもう再現できねェって、てめェ自身が言ったんだろうが!」

「それはデータが足りなかったからだァ。しかし、銀の黄昏にはあったのだよ、データが。不死性の根源たる、ラッカのデータがねェ!」

 

 絶対無敵の力同士がぶつかり、そして互いに吹き飛ぶ。

 片やデモンズギアで矢を放ち、片や氷と影で迎撃するがそれはなんの意味もなさなかった。

 

「六波羅、()()()()()()()()()()()()()()。しかしそれも過去の話だァ! Sランクの異能を束ねて、私は今度こそラッカと同等の存在を作り出して見せるゥ!」

「妄言だな、相変わらず気に入らねェ」

 

 講師の攻撃を躱し、六波羅は首元に蹴りを直撃させる。

 しかし、無敵となった講師は僅かによろめくだけであった。

 

(技術は明らかに俺の方が上だ。だが、それでも異能を何度でも使えるこいつのアドバンテージが大きすぎる……! このままだと、先に異能を使った俺のタイムリミットがッ!)

 

「考え事かァ? ……ああ、どうせ制限時間を気にしているのだろう。お前は案外几帳面だからな」

 

 講師は笑い、手を伸ばす。

 影が視界を覆い、氷がドーム状に二人を包み込んだ。

 そして三秒後、無敵の異能が一つ終わりを迎える。

 

「ほら、捕まえた。楽しい戯れだったなァ? 六波羅にしては上出来だったぜェ?」

「がっ……」

 

 首を掴まれた六波羅はもがき、講師の手をどけようとする。

 しかし、指一つ剝がすことさえ叶わなかった。

 

「お前は最後まで警戒しないとなァ、前みたいに殺されちまったら悲しいからよォ」

「ぐ、ぁ……が」

 

 苦しむ六波羅の手から、弓が零れ落ちる。

 それは少女の形となり飛び出した。

 

「りっ、リーダーを離せえぇぇ!」

 

 エイナはその手に双剣を構えて講師へと踏みこむ。

 二つの刃が腹部を捉えるが、服を裂いただけに終わった。

 

「ふむ」

 

 講師はエイナを見て、六波羅を放り投げる。

 そして懐から注射器を取りだして言った。

 

「どうやらもう一つの狙いが自ら来てくれたようだなァ」

「ひ、ぇ……え……た、助けっ――」

 

 呼吸が乱れ、手から双剣が落ちる。

 恐怖を思い出したエイナはその場に立ち尽くし、震えることしかできない。

 

「に、げろ……エイナァ!」

「……ぁ、あ」

 

 既に逃げることすら不可能となった彼女めがけて、講師は注射器を突き刺した。

 エイナは苦痛に顔を歪めると、六波羅へと手を伸ばして崩れ落ちる。

 

 その光景を見ながら、講師は淡々とした口調で言った。

 

「やはり、最後まで油断できないのは君達だったね。安心すると良い六波羅、君も後で迎えに来るさ」

 

 その場に立つのは、講師ただ一人。

 この戦いの勝者が誰なのかは、語るまでもなかった。

 

「さて、ではエイナはいただいていくよ。正しい契約者を見つけなければいけないからね」

「さ、せねぇ」

「無理だ、寝ていたまえ。今の君では私には勝てないよ」

 

 ボロボロの六波羅を一瞥した講師は、興味が失せたかのようにエイナへと近づく。

 その光景を見て六波羅は駆け出そうとするが、立っているのがやっとの体では手を伸ばすので精一杯だった。

 

(駄目だ、ここで奪われたらッ、またエイナを泣かせることに――)

 

 自分は既に何もすることが出来ずに、ただその光景を見ていることしかできない。

 そんな自分に無性に腹が立ち、六波羅はまた動き出そうとする。

 

 しかし、足先から力が抜けていき、ついに六波羅は前へと倒れていった。

 

「く、そ」

 

 意識が暗闇に沈みかけたその時である。

 

 肌を焦がすような熱を突然感じた。

 同時に、誰かが自分を受け止める感覚。

 

 暗闇の中に焔を灯すように、意識が再浮上をはじめた。

 

「っ」

 

 意識を取り戻し広がった視界には、焔と見間違うほどに赤い髪が揺れていた。

 

「――状況はまだ理解できていないが、アレが敵でいいんだな?」

「……お、まえ」

 

 真っ赤な髪に、赤い目。

 焔を体現したかのようなその姿に、講師はエイナの回収を中断し立ち上がった。

 

「君は、誰かな? 見覚えがないのだが、良ければ名乗ってくれないかね」

「いいだろう」

 

 その言葉と共に、講師の足元にいた筈のエイナが焔に包まれる。

 全身を包み込んだ焔ごと姿を消したエイナは、次の瞬間には六波羅の隣へと現れた。

 

「……ほう」

 

 講師は動くことが出来なかった。

 二つの銃口が、既に講師を捉えているのだ。

 

「私の名は、照上(てるがみ)ミズヒ。Sランクだ」

「……そうか、君がっ、君がイレギュラーの一人か!」

「はしゃぐな、悪党」

 

 その言葉と共に、氷のドームは一瞬で焼け落ちた。

 辺りに広がっていたのは、まるで地獄のような焔の支配する世界。

 

 そして、それを統べる女王。

 

「いくぞ、手加減は無しだ」

「ははっ、流石は学園都市だ。私を楽しませてくれる……!」

 

 最強達による第二ラウンドが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 同時刻、ジルニアス学術院にて。

 

『――これはッ!? 美少女がどこかで悲しんでいる気配ッ!』

『また変な事言っているねえ』

『マイロード、目的地までもうすぐだからお行儀良く待っていてくれ。安全運転でお届けする』

『……いや、悪いが先を急いでくれ。助けを求める美少女の気配を感じるんだ』

『むぅ、仕方ない。であれば、少し速度を上げるぞ。しっかり捕まっているのだマイロード』

 

 位相の海を進む天使の頭の上、ソルシエラは一人思考の海に沈んでいた。

 

「……急がないと」

 

 ウミガメはそんな彼女に応える様に、さらに速度を上げて突き進んでいった。

 

 

 

 

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