【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
肌を焦がすような熱が、辺りを支配している。
燃え盛る焔は、まるでミズヒを賛美しているかのように激しく揺れていた。
「六波羅……先輩、動けるか」
「呼びにくいなら、別に先輩なんてつけなくていい」
「そうか、では六波羅――まだ戦えるか」
ミズヒは六波羅の顔を見ることなくそう言った。
おそらくは、六波羅という人間を信頼しての問い。
当然、答えは決まっていた。
「……講師を頼む。俺は別のクソガキを叩く。最終目標はキリカの奪還だ」
「そうか、わかった」
ミズヒは頷き、講師を改めて見る。
その目に、彼女は覚えがあった。
(プロフェッサーと同じ目をしている……私情を持ち込むのはいけない事だが、個人的に奴は好かんな)
かつて、親友を苦しめた人間の姿が講師と重なる。
手加減をする気は、毛頭なかった。
「では、私がアイツを相手するとしよう。お前、名前はなんだ。お前に反省の意思があるならば大人しく投降をするんだ」
「真面目が過ぎるな、君は。あと、さっき六波羅がわざわざ講師と言っていただろう。これ以上、私が名乗る必要はないと思うのだが」
「……なるほど、反省する気はないと。では」
辺りで燃え盛る焔がより一層激しさを増す。
そして、次の瞬間。
「――まずは一撃」
「ッ!?」
眼前に銃口があった。
高速移動などでは説明がつかない。
講師が目で追うことも、そして予備動作すら感知できなかった最速。
銃口から炎が迸る。
それは、講師が異能を発動するよりも一手先で、爆発した。
視界を業火が染める。
全身が焼ける感覚と同時に、腹部へと衝撃を感じた。
「っ、ぁ」
講師は吹き飛ばされ地面を転がる。
転がった先、揺らめいていた焔がまるで生き物のように講師を捕らえ、あっという間に釣り上げた。
抵抗することなく、講師はなすがままにされる。
しかし、それはミズヒとの間に圧倒的な実力差があるからではない。
あくまで、戦うよりも知る事を優先したいと彼女が思ってしまったが故であった。
「……ふむ、概念に対して無理やり焼却に似た形で干渉が可能、と言ったところだろうか。興味深い。私のプランにはなかった形だ。君、その力は誰にデザインされたものだろうか。良かったら教えてくれ」
講師から見て、その異能は完璧であった。
最強であるかどうかは別にして、異能としては無駄がなく綺麗である。
実際に攻撃を受けた講師は、ミズヒの異能に対して感心していた。
「黙れ」
焔が講師を包む。
しかし、それでもなお講師は思考を止めない。
「その異能、どこまで高みに至ることが出来るのか俄然興味が湧いた。……九重、おかあさんを助けてはくれないだろうか。熱くて熱くてつらいのだよ」
講師はとって付けたような演技で九重へとそう呼びかける。
焔で慌てていた九重はその言葉を聞いてハッとすると、慌ててミズヒへと駆けだした。
「おかあさんをいじめるなぁ!」
「よそ見してんじゃねェよ!」
九重の横から六波羅が双剣で一撃叩き込む。
しかしそれは、ひとりでに動いたチェーンソーによって受け止められた。
『デモンズギアでもないただの武装で、私に勝てるわけないですです』
「機械風情がァ! 心底むかつくなァ!」
六波羅は既に限界であった。
しかし、腹の底から湧き上がる怒りが無理やりに体を動かしている。
「っ」
「なんだァ、ビビってんのかよォ! ガキはおとなしく留守番でもしておくんだったなァ!」
九重は生まれて初めて、気迫と呼ばれるものを感じ震える。
六波羅が限界だということはわかっていた。
新たな乱入者については不明だが、このまま長期戦に持ち込めば六波羅には勝利する。
そうわかっている筈なのに、九重には今の状況が恐ろしい。
手負いの獣がどれだけ危険な存在なのか、彼女は身をもって実感していた。
「……ふむ、六波羅が粘るか。流石に九重とハチノミヤに彼は荷が重い。どれ、また助けてやるとするか」
講師はそう言うと、焔に肌が焼かれることも気にせずに無理やり腕を動かす。
そして注射器を二つ取り出すと自身に突き刺した。
「ミズヒ、君とはじっくり戦いたい。その力を解明すれば、新たな知見を得られる気がするのだ。そのために準備をするから待ってくれ、なに時間はとらんよ」
縛り上げられた状態だというのに講師は平然とそう言う。
やがて、彼女を縛り上げていた焔が凍り付き始めた。
「……っ、これは」
「レイの力だ。これは、どんなものも凍結させることが出来る。それが例え焔でも。と言っても、君の異能相手だと概念への干渉合戦になってしまうがね」
講師の言葉を証明するように、氷は融解を始める。
しかし、次の瞬間には焔がまた凍てつき始めた。
互いの異能が拮抗する状態、辺りの焔が講師を照らしいくつもの影を地面に映し出している。
その一つ一つが起き上がり、蛇の様な形をとった。
「それはまさか、タタリの!」
「そうだ。私はSランク四人の異能を使える。ここに来るまで長い道のりだった……と、今は語るべきタイミングではないか。では、まずは六波羅をさっさと退場させるとしよう。既に今の彼への興味は尽きた」
そう言うと講師は氷を生み出す。
そしてその狙いを――エイナへと定めた。
「おや六波羅、このままでは君の大切な子が死ぬぞ」
わざとらしい言葉だった。
こちらに六波羅が気が付いた事を確認してから、講師はエイナへと氷を放つ。
「ッエイナ!」
「くっ」
六波羅とミズヒはほとんど同時に動き出した。
九重の攻撃を回避し、六波羅は駆け出す。
対してミズヒは距離の焼却を試みる。
が、突然目の前に現れた影の攻撃により中断を余儀なくされた。
焔で氷を融かそうにも、既に辺りは氷と焔が互いを飲み込み合う混沌と化している。
この状況でミズヒが操れる焔は、エイナの近くにはない。
(くそっ、私では間に合わないっ)
まるで、ここから先は彼しか行くことは許されないとでも言っているかのようだ。
事実、六波羅だけがたどり着いた。
氷弾よりもわずかに早く、六波羅は間に合ったのだ。
「エイナァ!」
あと一秒足らずで直撃する氷弾を前に、六波羅は瞬時に回避を選択。
エイナの手を取った。
そう、取ってしまった。
「――がァッ!?」
脳髄がはじけたかのような痛みと、全身を駆け巡るおぞましい何か。
呼吸が止まり、視界が明滅する。
きっかけがエイナへの接触であることを、六波羅はすぐに理解した。
それでも。
「いっ……つまで伸びてんだァ!」
エイナの手を引き、抱き寄せて六波羅は横に跳ぶ。
さらに密着したことにより、六波羅の体は過去類を見ないほどの苦痛を味わうことになった。
「がぁ、ぎっぅっぁあああああああ!」
叫びながら六波羅は転がり、氷弾を回避することに成功。
その体をミズヒが遠隔操作した焔でなんとか受け止めた。
衝撃があったからか、名前を呼ばれたからか、それとも相棒の苦しむ声が聞こえたのか。
理由はわからないが、エイナはようやく重い瞼を開ける。
「あれ……りぃだぁ?」
「……え、ぃな、に……げ」
「え……」
目覚めた視界いっぱいに広がったのは、ひどく衰弱した六波羅の顔だった。
今にも死んでしまいそうな彼は痙攣する腕でそっとエイナを押し出す。
それから地面に仰向けになった六波羅は何かを言うこともなく、ただそこに倒れていた。
普段の彼からは絶対に考えられない姿に一瞬呆然としたエイナは、ハッとして六波羅に駆け寄る。
「リーダー! 大丈夫ですか! は、早く逃げましょう!」
六波羅を担ごうと駆け寄り、エイナが手を伸ばす。
そしてその指先が触れた瞬間、六波羅は再び叫び声をあげて体を大きく震わせた。
「ぎぁっ!」
「ぇ」
バチリと、何かが弾かれるような感触があった。
エイナは呆然と自分の掌を見る。
あり得ないと否定しながらも、冷静なデモンズギアとしての演算能力が残酷な答えを出していた。
それを肯定するように、悪魔の声が響く。
「六波羅は契約者ではなくなった。元々異能を使って無理やり契約した関係だったのだ、薬で適合係数を下げてやればこの通りだよ。故に、今の君が触ればそれだけで六波羅には致命傷だ」
「あ……ぁ、嘘、嘘だ。リーダー! いやっ嫌だ! やだよぉ!」
「可哀そうに六波羅はただ君を守ろうとして――っと、ミズヒ待ってくれ。今はまだ君の相手をしている場合ではない」
「黙れ」
ミズヒを中心に焔が湧き上がる。
今までとは比べ物にならない高温の焔は、氷も影もまとめて焼き払った。
その光景を見て、講師は興味深そうに笑う。
「感情で出力が上がるか……。なるほど、興味深い。どれ、もう少し遊ぼうかね」
講師の言葉にミズヒは銃を構える。
その吐息は、焔へと変わりつつあった。
(許すべきではない。ここで仕留めなければ……アレが私に興味を持ったのなら、いずれ――)
仮に、講師がミロクやトア、ケイの存在を知ったのならばどうなるだろう。
それを想像して、ミズヒは初めて明確に殺意を覚えた。
「生かしてはおけない。貴様は唾棄すべき悪である」
「心外だな。だが、いいだろう。天才とは理解されない孤独な存在故に、誰かを救うのだ」
決して悪びれない講師の言葉にミズヒの焔はより強く、熱く燃える。
(私はアレを殺しきる。そうでなければ、守れない)
その決意に応える様に、自分の中で何かが目覚めた感覚があった。
今までとは比べ物にならない程の力が、自分の中で荒れ狂っているのがわかる。
まるで、巨大な嵐を無理矢理自分の中に押し込めたような、希望とも絶望ともとれる力。
しかし、それが初めから自分の中にあったものだと、ミズヒは不思議と理解していた。
「土壇場だが、成すしかあるまい」
「……なんだ、この力は。感情による上昇……? いや、違うな。もっと根源に何か仕掛けがあるに違いない」
講師にもミズヒの力が伝わったのだろう。
口角を上げ、ミズヒを見る。
「素晴らしい……この力は……まさか君こそがラッカに至る鍵だとでも言うのか!」
講師は感情的にそう叫ぶ。
そして、さらにミズヒの事を知ろうと感覚を研ぎ澄ませた瞬間――それらは全て一つの力に塗りつぶされた。
「……おやおや、今日は私のバースデイかね。随分と、サプライズが多い」
静寂が、世界を押しつぶす。
焔がまるで何もなかったかのように消え失せ、氷が弾け消失する。
影は怯える様に潜り込み、人々はただ空を見上げた。
薄暗い空に、銀星がある。
黒い大鎌を手に見下ろすその星は、静かに告げた。
「不愉快ね。どうしようもないくらいに」
風が、激しく吹き荒れている。
世界が怯え叫んでいるように、魔力の流れが歪に変化し荒れ狂い始めていた。
激しい風にたたきつけられながら、講師は両手を広げてその星の名を呼ぶ。
「ソルシエラ……!」
彼女は答えない。
ただ、向けられた刃が全ての答えだった。