【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
フェクトムは今、慌ただしかった。
傷だらけで帰還したミユメと、ついでにリュウコ。
そしてケイの失踪と、イレギュラーな事態が続いている。
そんなフェクトムにミズヒが現れたのだ。それも、気を失った六波羅と錯乱したエイナを連れて。
「リーダー! 起きてくださいよ、リーダー!」
素人目に見ても重症である六波羅を前に、エイナが必死にその名を呼んでいる。
まるで何かに縋るように名を呼び続ける彼女だったが、決して六波羅には触れることは出来なかった。
「……事情は把握しました、ありがとうございますミズヒ」
「またソルシエラに助けられてしまった。……と、そうだ、クラムにも礼を言わないと」
事情を説明したミズヒは、キョロキョロと辺りを見渡す。
「クラムですか?」
「ああ、私が六波羅達のもとに駆け付けられたのは人吞み蛙のおかげなんだ。あれがなかったら今頃は、何も知らずにフェクトムに帰ってきていたことだろう」
ミズヒの言葉にミロクは一瞬眉を顰める。
「彼女は今、ケイ君を探して学園中を駆けずり回っている筈ですが……」
「何? それはどういうこ――」
ミロクの言葉を疑問に思ったミズヒが問いかけようとしたが、それはエイナの叫びにかき消された。
半ば錯乱状態のエイナは、シエルによって抑えられている。
「だれかっ、リーダーを助けてください! お願いですから!」
「……まずは六波羅執行官を助けましょう。状況から察するに、デモンズギアの契約者でなくなったようですね。その上でエイナちゃんが触れてしまったと」
ミロクはその苦痛を思い出して思わず顔を顰めていた。
シエルと初めて触れた日の苦痛は言葉で形容することが不可能である。
アンプルで多少はマシになったが、それでも地獄に等しい苦痛であることに変わりはない。
それを、戦闘の傷も癒えない内に味わったのだ。その苦しみは想像を絶するだろう。
「まずは医務室に運びましょう。ミユメちゃん、復活して早々悪いですが、運んでもらえますか?」
「はいっす!」
頷くと同時にミユメの目が輝き、目の前に担架が現れた。
下に人間の足を模したナニカが大量についており、後ろで見ていたリュウコが思わず「きもっ……」とだけ漏らす。
担架はひとりでに六波羅を乗せると、そのまま医務室へと駆けだした。
「まずはアンプルを打つっすよー! リュウコちゃん、私にかけたあの涎も準備して欲しいっすー!」
「涎って言わないで、私が変な誤解されるからー!」
ミユメとリュウコは担架の後を追って消えて行った。
追従するようにエイナも動き出したが、その手をシエルに掴まれ停止する。
「シエル姉様ぁ、リーダーが、わたっ、私のせいで……!」
「そうですか。で、貴女が泣いて何か変わるのですか?」
「……でもっ、私は」
シエルは冷たい目でエイナへと問いかける。
「貴女はデモンズギアです。人類の救済こそが、本懐です故。泣くのをやめなさい、成功体第五号。貴女は何のためにここにいるのですか」
そう言うと、有無を言わさず手を引いて歩き出した。
エイナは何か言いたげに抵抗するが、体格で不利な筈のシエルにズルズルと引きずられている。
「ミロク、妹は私に一度預けて欲しいです。契約の解除が本当なら、エイナにも異常が出ている可能性があります故」
「わかりました、でも優しくお願いしますね? 六波羅執行官の事で誰よりも辛い思いをしているのはエイナちゃんですから」
「その辛さはデモンズギアの役割を放棄する理由にはなりません。私はエイナの悲しみも苦しみも否定しませんが、それでも立ち上がって貰います故。エイナ、抵抗はやめて大人しく付いてきなさい」
「うぅっ、リーダーぁ!」
六波羅が運ばれた医務室とは正反対の場所にあるシエルの部屋へと、エイナは連行されていった。
残されたミロクは、ミズヒと顔を見合わせる。
「それで、まだ何か言いたそうですが」
「ケイが消えたとはどういうことだ」
ミズヒは不安そうに問いかけた。
フェクトムの中でも、ケイは頼れる存在である。
そんな彼がこのタイミングで失踪したとなると、事件に巻き込まれた可能性が高い。
「……実はフェクトムの外に出た瞬間に、ケイ君とクラムの身に何かがあったようでして。幸いなことにクラムは大したことなかったのですが、ケイ君は意識を失っていたので、彼の自室に運んだのです。ですが、先ほど確認したら姿を消していて……」
「成程、それをクラムたちで探しているという事か」
「はい。トアちゃんもそちらに参加しています。が、一向に見つかる気配がないんですよ」
「そうか……」
ミロクは頷く。
普段通りに見える彼女だが、ミズヒは知っている。
余裕そうな表情の裏は、隠された不安や焦燥感で満たされているのだ。
この緊急事態で、自分だけでも冷静でいようと努めているのだろう。
何か出来ることはないかと考えて、ミロクの頭に手を置くと優しく撫でた。
昔自分たちの恩人がやってくれたように。
「ミズヒ……?」
「遅れてすまなかった。ここからは私も一緒だ。何かあればすぐに言ってくれ」
「……ありがとうございます」
ミロクは撫でられたまま、安堵したような笑みを浮かべる。
が、すぐに真面目な顔つきに戻った。
「では戻ってすぐで悪いのですが、他の学園との連絡が取りたいです。まずは御景学園が良いでしょう。もう一度、行ってきてくれますか」
「ああ、わかった。すぐに戻る」
そう言うと、ミズヒの体を焔が包み込む。
そしてあっという間にその場から消え去った。
■
同時刻、中央区にて。
「ルトラ、二振り!」
辺りのビルが音を立てて崩れる。
巻きあがる砂煙を焼き尽くす様に向かってきた黒い焔は、トウラクの前で二つに分断された。
距離をとるように跳躍して、トウラクは黒い蛙を回避した。
「中々に厄介だね」
鞘に納め、腰だめに構える。彼が最も得意とする迎撃態勢だ。
『トウラク、なんか変な感じがする。姉様や私自身と戦っている感覚』
「そうだね、僕も感じている。何故だか、あの子に負けちゃ駄目だって本能的に思ってしまっているよ」
トウラクはそう言うと、構えは解かずに砂煙の向こうへと声をかけた。
「一応、他に正気な人がいないか助けに来てみただけなんだけど。勘違いなら、お互い戦うのはやめないかな」
「――勘違い? そんなわけないじゃん。これはテストだよ、テスト」
砂煙が切り裂かれる。
トウラクの眼に飛び込んできた景色は、数分前に見た物とはまったくと言って良いほど違っていた。
ビルが立ち並んでいた筈が、今はまるで人類が滅びた後のように荒野が広がっている。
その中心、巨大な黒鳥を従えてその少女はいた。
「自己紹介は必要かな? 一応、話は聞いていると思うんだけど」
黒いフードをなびかせて笑う少女を見て、トウラクは息を静かに吐き出す。
そして、再び彼女を見据えた。
「ネームレス、だったよね。君には理事会から捕縛命令が出ている。悪いけど、ここで君は拘束させてもらう」
「あははっ、いいね。そうだよ、ここでやる気になってくれなくちゃわざわざ遊びに来た意味がない!」
ネームレスはそう言うと一つの魔法陣を展開する。
そしてその中に手を入れると、何かを引きずり出した。
「……あれは」
『トウラク、私たちのパチモンだ。許可なしでパクった、許さない』
「あらら、お気に召さなかったかな? 結構よくできていると思うんだけど」
笑いながら構えたのは、黒い太刀。
ルトラとよく似た、否殆ど同質の兵器である。
「じゃ、遊ぼうか。Act4」
「ルトラ、一振り」
辺りに斬撃の嵐が巻き起こる。
形あるものは全てが細かく切断され、砂のように細かくなり、風に舞う。
下手に動けば体が切り刻まれてしまう地獄のような世界で、しかし二人は同時に動き出した。