【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第292話 こっちも忙しいんだよね

 大地を駆ける。

 ただそれだけで、辺り一帯のビルが砂の様に崩れ落ちた。

 異能に耐える設計がされている筈の特殊な防壁が粒子レベルにまで切断されたのである。

 

「ほらほら、逃げてないでもっと遊ぼうよ」

 

 吹き荒れる斬撃の嵐の中、ネームレスは笑っていた。

 彼女の手には黒い太刀が握られている。

 

 それは、トウラクが良く知るものと酷似していた。

 

『ルトラ、どうかな。あの力について、そろそろわかった?』

『不愉快だけど、私と同じ。ありえないことだけど』

 

 ルトラは『さっさと斬り倒したい』と言って締めくくる。

 不満げなその言葉は、現状攻撃をほとんどせずに様子見をしているトウラクに対するアピールでもあった。

 

 が、トウラクはそれをわかっていながらも、回避を選択し続ける。

 時折ルトラを使うが、それは相手の切断を相殺するためであった。

 

(うーん、もう少し情報が欲しいな。戦った感じ、牙塔家っぽい所もあるんだけど、何かが違うんだよね)

 

 トウラクは持ち前の観察眼でネームレスの分析を行っていた。

 ネームレスは、現状ソルシエラよりも謎が多い存在である。

 ソルシエラの正体がケイだと知っているトウラクにとって、最も警戒するべき相手はネームレスだった。

 

(ソルシエラと違って行動理由がわからない。それにあの武器も、どういう仕組みなんだろう)

 

 一手二手と攻撃を避けながらトウラクは考え続ける。

 実のところ、ネームレスの攻撃を回避するだけならば大して難しくはなかった。

 

 と言っても、こちらも決め手に欠けるのは事実なのだが。

 

(自分と同じ能力を持つ相手なんて想定していなかったなぁ。それに、後ろの鳥も気になる)

 

 ネームレスは変わらずその場にいる。

 背後の鳥も同様だ。

 

 人の何倍もあろうかという怪鳥は、大きく翼を広げて何かの魔法を起動しているように見えた。

 翼に描かれたいくつもの魔法陣が、まるで歯車のように噛み合い回転を続けている。

 

 魔法を扱える黒い鳥。

 それにトウラクは御三家の人間として心当たりがあった。

 

(アレが仮に地絃天星埜御霊(ちいとてんせいのみたま)なら、厄介なんてレベルじゃないんだけど。そもそもなんで僕に絡んできたんだろう)

 

 考えれば考えるほどに疑問しか残らない。

 しかし、この戦闘を経て理解できたこともあった。

 

「そろそろこっちからも行こうかな」

 

 トウラクは逃走をやめると、一転してネームレスへと向かって行った。

 斬撃が迫りくる世界で、自分に当たる物だけに切断を当てながらどんどん距離を詰めていく。

 

 ネームレスはその姿を見て、満足そうに頷いた。

 

「あははっ、そうだよ。最初からそうしてくれなきゃ」

「こっちも色々と考えることがあってね。ルトラ、一振り」

 

 その場から、トウラクが姿を消す。

 次の瞬間、ネームレスのすぐ隣に居合の構えをしたトウラクが現れた。

 

「っ!」

「ルトラ、二振り」

 

 太刀が抜かれる。

 音速を超え抜かれた刃がネームレスへと迫ると同時に、彼女の足と肩に切断の権能が発動した。

 

 ルトラの力も含めた三方向からの同時攻撃。

 こと戦闘の汎用性に於いて、ルトラは他のデモンズギアの追随を許さない。

 

 相手の回避の可能性を潰し、肩と足の筋を切ることで次の一手を破壊し、真打とも言える一太刀で勝利を確定する。

 トウラクの最も安易な必勝パターンであった。

 

「獲った」

「っ、Act6!」

 

 叫びと共にネームレスの足に黒いガラスの靴が装着される。

 無敵となったその体は、真正面から無傷のまま太刀を受け止めた。

 

「あっぶな。それ反則だよ! 初見殺し!」

「そうだね、君は対応できたけど」

 

 トウラクは距離をとる。

 そして、確信と共に口を開いた。

 

「君、切断の権能になれていないね。能力を能力のままでしか使えない。つまりは、応用が出来ない」

「いやいや、なんでそっちが批評するんだよ。テストしてるのは私!」

 

 そう言ってネームレスは飛び込んできた。

 ガラスの靴を履いたネームレスの速度は凄まじい。

 

 しかし、トウラクはそれを容易く避けて見せた。

 

「なっ」

「動きが直線的すぎる。六波羅さんならもっと上手くやる。少なくとも、僕は既に三回は負けているだろうね」

 

 ネームレスの足を避け、トウラクはその背に鞘で一撃を放つ。

 軽く小突くだけで、追撃はしない。

 

 狙うのは、未だに何かの魔法を発動している黒い鳥であった。

 

「ルトラ、二振り」

「あらら、そっちに行くんだ」

 

 一手目で距離を切断し、トウラクは黒い鳥の前に移動する。

 そして二の太刀で翼を切り裂こうとしたその時だった。

 

 今までただその場に滞空していただけの黒い鳥が、トウラクを見る。

 そしてその翼の魔法陣をより一層輝かせた。

 

 肌を刺すような予感に、トウラクは攻撃に使用するはずだった切断を防御へと回す。

 空間を切り裂き、目の前に次元の裂け目を作り出し盾とした。

 

「っ!?」

 

 黄金の光がトウラクの傍をいくつも横切っていく。

 空気を焼き、大気をゆがませるほどの威力を持った魔力砲は地上を火の海に変えた。

 

「っ、やっぱり地絃天星埜御霊かな……!」

『トウラク、あれに直接切断を付与するなら星斬りになる必要がある』

 

 ルトラの言葉が聞こえているのか、背後でネームレスが笑って声をかけた。

 

「このままじゃ地絃天星埜御霊が倒せないね。出しなよ、星斬りをさ」

「それが狙いなのかな」

「そうだよ。貴方の全力をテストしたいの。……私の知る星斬りと同じなら、アレには勝てないから」

「……? 一体どういうこと――」

 

 問いかけたトウラクの真横を砲撃が通り過ぎる。

 敢えて外されたその砲撃は、ネームレスによって放たれたものだった。

 

 彼女の周りに無数の重砲が浮かび上がる。

 地上では黒い蛙があふれ、空からは黒い焔が迫っていた。

 

「さ、これで最後だ。こっちも忙しいんだよね、長居できないんだ」

 

 ネームレスはそう言うと、砲撃を一斉に放った。

 合わせる様に、焔はより燃え盛り、蛙は飛び跳ねた。

 

 その光景を見て、トウラクは覚悟を決めたように目を閉じる。

 そして、ルトラへと命じた。

 

「ルトラ、星斬り抜刀用意」

 

 瞬間、白亜の鞘が変形を始めた。

 鞘が拡張され、より大きく強固な装甲を展開していく。

 

 星斬りに必要な刃は既にある。

 この形態移行に置いて最も重要なのは、その刃を収めることが出来る鞘の方であった。

 

 故に、ルトラは唯一武器自体は変形をしない。

 それを制御し、瞬間的に冷却する装置がその機能を拡張するのだ。

 

『星斬り――形態移行完了』

 

 淡々と、ルトラはいつもの様に告げる。

 まるで鉄のプレートのようになった巨大な鞘に突き刺さった白い太刀は、今までと一切見た目が変わっていない。にも拘わらず、圧倒される雰囲気があった。

 

『抜刀シーケンスへと移行開始』

 

 鞘のいたるところが開き余剰な魔力を白い焔として吐き出す。

 発光し、警告音が周囲へと響き渡った。

 唯一制限されているルトラの能力が、特殊なプログラムによりその制御を一つずつ解除していく。

 

 それは、ただの形態移行に非ず。

 ルトラにおける制限解除とは、他のデモンズギアとは違う、ただ一度その太刀を振るうためのものである。

 

 唯一、天上の意思と直接の戦闘を前提として作られたデモンズギアの力が、今解放された。

 

「星斬り、抜刀」

 

 主の言葉と共に、太刀が引き抜かれる。

 ただそれだけの動作で、世界の全てが切断された。

 この世に存在する、ありとあらゆる概念が一瞬だが、確かに切り裂かれたのだ。

 

 しかし、それは余波に過ぎない。

 

 トウラクを中心として円状に巻き起こる切断の一方的な干渉こそが、真の権能であった。

 

 砲撃も、焔も、迫りくる蛙すらも全て切り刻まれていく。

 対象を指定しない全力の切断。

 

 地絃天星埜御霊はそれに抗おうと砲撃を放つ。

 しかし、砲撃は粒子レベルにまで分解され、やがて本体へとその斬撃は到達した。

 

 無数の切り傷が地絃天星埜御霊の翼につけられていく。

 苦しむような悲鳴を上げたその顔すらも切り裂いて、羽をまき散らしながら地面へと堕ちていく。

 

 その間も、体は切り刻まれ続けていた。

 

 ネームレスはその光景を見て、何かを確認するように頷く。

 

「うん、Act1」

 

 ネームレスは防御ではなく、距離を焼却することにより距離を稼ぐことを選択した。

 

(防御じゃない……? 無敵が破られるってわかっていたのか)

 

 百メートル先で、ネームレスは焔と共に姿を現す。

 切断という概念が支配している空間の中で、トウラクはネームレスへと向かって移動を始めた。

 

 すると、トウラクを中心としてその空間自体も移動を始める。

 切断そのものが巨大な空間となってネームレスへと迫っていった。

 

「うっわー、えげつないね相変わらず。でも、うん……やっぱり駄目だね」

 

 自分へと迫るトウラクを見て、ネームレスは冷や汗をかきながらもそう言った。

 

「できれば、ラッカちゃんの他にもう一人連れて行きたかったけど……。その星斬りじゃ勝てない」

「試してみる?」

「いや、もういいよ。トウラク君は私を殺す気はないんでしょ? あくまでそれは脅しでしかない。ごめんね、時間を取らせちゃって」

 

 そう言うと、ネームレスはぱちんと指を鳴らした。

 すると、ネームレスの足元に黒い鉄製の箱が音を立てて落ちる。

 

「これ、私がいなくなったら開けていいよ。プレゼントだから」

「……どういうつもりかな」

「うーん、私がいなくなった後の保険って感じかな。完成させたければ、空無ミユメを頼ると良いよ。それと一つ助言をしよう。この事件について、今貴方には二つの選択肢がある」

 

 そう言ってネームレスは二本指を立てた。

 

「一つは、このまま静観すること。この事件は必ず解決される。君やソルシエラが何もしなくても。二つ目は、フェクトムに行くことだ」

「フェクトム……?」

「フェクトムは洗脳の影響を受けない。今、あそこには多くの戦力が集結しつつある。彼女達と手を組むのが良いだろうね」

 

 予定通り、とでも言いたげにネームレスはスラスラとそう告げていく。

 その姿を見て、トウラクは太刀を鞘の中へおさめた。

 煙が排出され、太刀が瞬時に冷却される。

 

 切断の世界はやがて、風に流れるように消えていった。

 

「君は、一体何が目的なんだ」

「言わないよ。言ったら手伝おうとするでしょ、お人好しだし」

 

 そう言ってネームレスは転移魔方陣を起動した。

 倒れ傷ついた地絃天星埜御霊の前にも巨大な転移魔方陣が現れる。

 

「待ってくれ。その口ぶりだと、やっぱり僕たちは知り合いなんじゃないのか」

「少なくとも、君と私は違うよ。……それじゃ、またどこかで会えたら会おう」

 

 友人と別れる様な気軽さで、ネームレスは去っていった。

 その光景を、トウラクは動くことなく見送る。

 

 いつでも攻撃を仕掛けることは出来た。

 転移を邪魔することも、また星斬りを発動することも。

 けれどもそうしなかったのは、ネームレスがあまりにも無防備だったからだ。

 

 トウラクはここで攻撃しないという信頼とも呼ぶべき行動。

 現にトウラクは、そのまま見送ることしかできなかった。

 

『トウラク、ここに用はない。早くフェクトムに行こう……トウラク、どうしたの?』

「なんでもない。ただあの子が」

 

 ネームレスと出会って今までずっと感じていた物の正体に、トウラクはようやく気が付いた。

 

「とても悲しそうだったから」

 

 トウラクは、ネームレスの残した鉄の箱を拾い上げる。

 手のひらに収まる黒鉄の箱は、冷たく重い。

 

 それはまるでネームレスという人間を表しているかのようだった。

 

「……もしもここにいたのがソルシエラなら、どうしたんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、フェクトムの上空。

 ソルシエラはサヤカを抱えて校舎を見下ろしていた。

 

 腕から血を流す彼女は、その痛みを感じさせない冷たい表情を浮かべている。

 

『これより、傷を隠そうとするもクラムちゃんにバレてしまうソルシエラを開始する!』

『わぁい^^』

 

 

 

 

 

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