【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第294話 私はカメだ

 銀の黄昏の本拠地に戻った講師を待っていたのは冷たい言葉だった。

 

「どこにいたんだお前」

「おや、ここにいるのは博士だけかな?」

「ああそうだ。お前が遊びに行っている間に教授とネームレスはそれぞれの役割を果たしに行ったよ。お前だけだ、この期に及んで遊び惚けているのは」

 

 戻ってきた講師を博士は睨みつける。

 そして口を閉ざしてしまった。

 

「どうかしたのかな? 私に何かおかしなところでも?」

「やけにボロボロだ。……まさか、無駄に戦ったんじゃないだろうな」

「無駄な事なんてないさ。アレも必要な戦いだったし、事実多くの知見を得られた。九重を助ける意味もあったことだし、今回ばかりは怒られる筋合いはないと思うが」

「おかあさんは、私を助けてくれたんだよ!」

 

 九重は胸を張ってそう答える。

 彼女の傍らのキャリーケースと黒い箱も、それに同意するように何度か点滅した。

 

 それを見て憎たらしく肩をすくめた講師を見て、博士は念のため口を開く。

 

「生き返らせた恩を忘れるなよ?」

「感謝しているさ。心の底からね。だが残念だ。私を生き返らせるために使った狂楽の銘は相性が良すぎたらしい。いや、君にとっては悪いというべきか。私も死にたくないからね、興味のあることには、首を突っ込まずにはいられないのだよ。いやぁ、まいったまいった」

「お前……」

 

 呆れた博士はまだ何か言いたげだったが、それも無駄と悟ったのかすぐに視線を外してしまった。

 講師は破れた白衣を床に投げ捨てると、拡張領域から新しい白衣を取り出す。

 

 そして博士の横に腰を下ろした。

 大量のモニターを前に忙しそうにコンソールを操作する博士を確認してもなお、講師は一方的に親し気に声をかける。

 

「そう言えば、君に付き合って欲しい事があるんだ。今時間はあるかな?」

「あるように見えるのか? 馬鹿が」

 

 冷たい返事を受け、講師は心底意地の悪い笑みを浮かべる。

 そして、九重へと言った。

 

「九重、私達だけで実験を進めよう。最強のデモンズギア使いの制作を今こそ始めようじゃないか」

 

 その言葉に博士の指先がわずかに止まったのを、講師は見逃さなかった。

 

「博士にも見せたかったが、実に残念だ。いやぁ、本当に残念でならない。私の理論が正しければ、トリムにも引けを取らないというのに。どうやら興味がないらしい」

「……お前、僕の銘を知ってわざとやっているだろ」

「まさか。九重との会話に聞き耳を立てていたのは君だろう。いやらしい」

「その肝心の九重がなんの話かわかっていなくて首を傾げているだろ! もういい、手伝う」

 

 博士はそう言ってついにコンソールから手を放し、講師の方を向く。

 

「最強のデモンズギア使いとはなんだ? 当然、説明してくれるんだろうな」

「もちろん」

 

 講師は頷くと、付いてくるようにと指先で示す。

 そして九重達を連れて歩き始めた。

 

「君たちがトリムを最強というのは理解できる。不干渉の権能は素晴らしい。が、しかしそれは裏を返せばデモンズギアだけで言えば最強ということでしかない」

「それで十分だ」

「実にもったいない話だ。私が以前言ったことは覚えているかね。感情により完成したデモンズギア」

 

 講師の言葉に、博士は仏頂面で頷く。

 

「ああ。実に非効率で不確定要素が多い合理性の欠片もないあの話か」

「浪漫とはそういうものだよ。そして私はそれを現実にするだけの準備をすでに終えている」

「……デモンズギアを作るのか?」

 

 その言葉に、講師は振り返り「違う」と否定する。

 そして、自身のラボへ続く扉を開けるとその向こうにある物を指さした。

 

 壁一面に巨大なガラス板が張られたその向こう側は、どうやら実験のためにスペースが確保された場所のようだ。

 無機質な白いその場所には、椅子が一つだけ置いてある。

 そしてそこには、傷だらけのキリカが無理やり座らされていた。

 拘束具で手足を拘束されている彼女は、意識がないのかぐったりとしている。

 

「お前……これは……」

「これが私の答えだ。デモンズギアを完成させるのはデモンズギアではない、契約者だよ。デモンズギアが少女を素体として使っているのなら、その魂は有効活用するべきだろう。いうなれば、魂の共鳴現象か。それを人為的に引き起こすことで、デモンズギアの本来の性能を超えた力を引き出す。つまりは、愛と勇気の力という事だ」

「……成程」

 

 博士は少しの間、何かを考えるように黙り込む。

 やがて顔を上げると、踵を返した。

 

「おや、お気に召さなかったかな?」

 

 博士は足を止めることはない。

 しかし、今までとは違い笑みを携えていた。

 

「逆だ。気に入った。デモンズギアに使った人間はセーフティとしか考えていなかったが、成程。面白い。今、多重提唱空間でお前の実験に参加する博士を募った。今、手が空いている7名の博士が間もなく到着するだろう」

「それはそれは、なんとありがたい事か。丁度人手が欲しいと思っていたんだ。……ああ。見ての通り、私は体躯に恵まれなくてね。できれば私より身長の高い者を頼む」

 

 その言葉に、博士は「それは知らん」とだけ答えて行ってしまった。

 講師は肩をすくめながら、ガラス板の向こうへと向き直る。

 

 傷ついたキリカを見ても一切の罪悪感を感じていないのだろう。

 明るい表情で、満足げに頷いていた。

 

「ねえ、おかあさん」

 

 九重はそんな講師の服の裾を引く。

 そして、顔色を探るようにしながら口を開いた。

 

「これでキリカちゃんともっと仲良しになれるんだよね?」

 

 講師はその言葉に首を傾げる。

 が、すぐに何かを思い出して頷いた。

 

「ああ、そうだとも。私たち以外は皆悪い奴に操られているんだ。だから、こうして正義の心に目覚めさせているんだよ」

「そうだよね……うん」

「おや、何か思う所があるのかな?」

「えっと……えっとね」

 

 講師を見て、言葉を選ぶように唸りながら九重は拙く言葉を続けた。

 

「私いっぱいがんばったけど、キリカちゃんにわかってもらえなかった。だから、痛くしちゃったの。でも、これ以上は痛くしないであげて。今のキリカちゃん見ていると、何故か私も悲しくなっちゃうの」

「……そうか」

「おかあさん?」

 

 講師は九重の頭を撫でる。

 そして、笑みを作って何度も頷いた。

 

「ああ、わかったとも。これ以上、天羽キリカが傷つかないように善処しよう。私は正義の味方なのだから、任せてくれ」

「うん!」

 

 九重はぱぁっと表情を明るくする。

 そして講師へと抱き着いた。

 

「おかあさんありがとう!」

「ははは、人として当然の選択をしたまでだ。……さてここからは九重の出番は少し先になる。部屋で仮眠でも取ってくると良い。今日は朝が早かっただろう?」

「わかった、お休みおかあさん」

「ああ、おやすみ」

 

 手を振って九重がその場を去る。

 講師は彼女がいなくなるまで笑みを浮かべて手を振っていたが、姿が見えなくなるとすぐに真顔に戻った。

 

「さて、ハチノミヤ、十加羅。博士たちが来る前に準備は終わらせておこう。手伝ってくれ」

 

 

 

 

 

「とうちゃーく!」

 

 簡素なベッドが置いているだけの物置部屋、それが九重の自室であった。

 およそ人が暮らす空間ではないのだが、九重はそれに疑問を持たない。

 それが当然のものだと受け入れていたし、講師がガラクタの山で寝ているのを目撃しているからだ。

 

 九重はベッドに飛び込むと、もぞもぞと潜り込む。

 そして言いつけ通りに眠ることにした。

 

 が、しかし。

 

「寝れない……」

 

 何度も寝返りを打ちながら、九重は困ったようにそう呟く。

 

「早く寝ないと。おかあさんにそう言われたのに」

 

 必死に眠ろうと目をつむる。

 しかし、そのたびに瞼の裏に浮かび上がるのは自分が傷つけたキリカと、泣き叫ぶエイナの姿だ。

 

(どうして正しいことのはずなのに、こんなに苦しいんだろう)

 

 胸に渦巻く妙な不快感の正体がわからずに、九重は首を傾げる。

 それでも無理やり眠ろうと、枕に顔をうずめたその時だった。

 

「――眠れないのだろう」

 

 知性を感じさせる落ち着いた声が響く。

 九重は自分以外の声に驚いて飛び起きた。

 

 欠片ほどしかなかった眠気はこれで完全に吹き飛んだ。

 

 声のする方を見れば、古びた和服を着た黒髪の少女がこちらを見ている。

 かなりホラーなその光景を見て、九重は目が合った瞬間に小さく悲鳴を上げた。

 

「だっ、だれ!?」

「そう問われると、答えに迷ってしまう。が、そうだな、やはりシンプルに……」

 

 少女は見た目に合わない喋り方のまま、こう言った。

 

「私はカメだ」

 

 

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