【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
それが目の前に現れたとき、ハチノミヤは抵抗を諦めた。
どれだけ演算を重ねようとも、ハチノミヤ単体での勝利はあり得ないと解が出ている。
ある程度の魔物であれば難なく倒せるが、この海の支配者はそんな枠組みで語られるべき存在ではなかった。
『天使……ですます』
人類の剪定者であり、天上の意思の代行者。
十加羅の泥を瞬く間に書き換えたその力は、もはや疑うまでもない。
ハチノミヤはそう考え、講師に緊急信号を発信しようとした。
そして気が付く。
その機能が、とっくに失われていることに。
否、それどころか既に、ハチノミヤは観測する以外の全ての機能を天使により掌握されていたのだ。
ハチノミヤは知らない。
それがかつて第三の天使と呼ばれた存在であり、電子を司る存在であるという事を。
銘を持つ一人の天才が作り上げた機械程度では、障害にすらならないという事を。
十加羅の泥が書き換わった時点で、ハチノミヤの運命は決まっていたのだ。
「カメちゃんだよね? 助けに来てくれたの?」
「ああ。よく頑張った幼き命よ。母に自分の気持ちを伝えるのは恐ろしく、そして勇気のいる行動だっただろう。しかし貴女は成し遂げた」
カメはそう言うと、九重の周りを旋回する。
次第に海は明るくなり、九重は自分の体が浮上し始めていることに気が付いた。
「私は幼き命のために天上の意思より遣わされた者。これより先の貴女の旅路に祝福を送ろう。共に行こう、幼き命よ」
「……うん!」
九重は頷き、カメへと手を伸ばす。
そしてその甲羅を掴むと、カメの背に乗りさらに上へと加速を始めた。
「まずは、その玩具を理解者にするところから始めるか」
「玩具……? もしかして、ハチノミヤの事?」
カメは頷く。
背の上に転がるハチノミヤは、やがて突然エラー音と共に煙を上げ始めた。
『こ、これは何ですます!? こんな記録は存在しないはずですます――』
「いいや存在した。そういう事になった。今からお前は幼き命『九重』の命令を絶対とする機械の友となったのだ」
馬鹿な、そう否定しようとしてハチノミヤはレンズに九重を映す。
その瞬間、妙な安堵が生まれた。
(安堵している……? いや、待って欲しいですのです。私はなぜ今、思考が出来ているのですです!?)
それはあり得ない事であった。
機械故に、ハチノミヤは演算を行う。
しかしそれは、人間の思考のように複雑なプロセスを必要としない。
あくまでデータに基づいた判断を下せる。
そんな機械であるはずだった。
「驚いているようだな」
『私に何をしたのですます』
「愛を教えたのだ。かつて、私にそうしてくれた
カメはどこか懐かし気にそう言った。
「これからは、ただ答えを求める機械ではなく幼き命の生涯の友として生きるが良い。お前自身も、既にそれを望んでいるのだろう」
『そんなことは……っこれは……!?』
否定しようとした瞬間に溢れてきたのは、過去のデータであった。
九重の誕生から現在に至るまでの温かく優しい
『あ、あり得ないのですです……!』
「あり得ないことはない。この第三の天使の持つ本来の権能からすれば容易いことだ」
『第三の天使!? そ、そんな』
ハチノミヤは抵抗しようとする。
その脳内では、九重と昨年いったピクニックの記録が流されていた。
『めっ、滅茶苦茶で、す、ま……ス』
エラーを排除しようするハチノミヤだったが、次の瞬間には、疑問を抱くこともなく受け入れた。
『………………九重、ごめんなさいですます。私が間違っていますです』
「ハチノミヤ、大丈夫!?」
「大丈夫ですます! 良ければ、貴女のために一緒に戦わせてほしいのですます!」
「本当!? ありがと!」
九重は喜び笑みを浮かべると、ハチノミヤへと駆けだし抱き着いた。
ハチノミヤもまた、抱き返す様にアームで包み込む。
カメはそれを満足げに見つめて頷いた。
「うむ、良い光景だ。幼き命の笑みは、世界のどんなものよりも美しい。では行こうか、幼き命よ」
「うん! キリカちゃんを助けるんだ!」
「ああ。……おっと、マイロードに連絡を入れなければ」
カメは自分の任務を果たすために、主の意識へと接続した。
「――むっ、これはカメさんサイン!」
「おお、来たのか。では、こちらも動くとしよう」
■
同時刻、一つの戦いが終わりを告げようとしていた。
生徒数だけで言えばトップである千界学園は、自治区を含めて全てががらんとしており生徒は誰一人として存在していない。
それは捕食の異能を持つタタリがここにいる生徒を全員喰らった結果だった。
普段であれば食の好みに合わせてその日食べる存在を決める彼女だったが、今日だけは全員の捕食を選択した。
その理由はただ一つ。
目の前の存在から他の生徒を守るためである。
「――よく一人だけでここまでやり合ったね。Sランクも中々馬鹿には出来ないようだ」
「ふふふー。 舐めて貰っては困りますよー、その気になれば銀の黄昏もぜーんぶ食べちゃいますからー。ああでも……貴方だけは食べたくないですね、教授」
自分へと歩みを進める紳士風の男へ、タタリは大量の影と共に対峙していた。
制服は既にボロボロであり、いたるところから血が流れている。
千界学園の街は荒れ果て、既に瓦礫の山と化していた。
「君がこのまま千界学園にいると、あの杭を捕食される可能性がある。申し訳ないが、ご退場願うよ」
「えー、あの杭とってもおいしそうなんですけどー」
タタリは笑いながら、教授の向こうにある本校舎を見た。
本来であれば、調和のとれた和風建築の校舎は、観光スポットとしての姿も持ち合わせている。
しかし、その校舎を貫くように刺さった巨大な黒い杭がその景観を損ねていた。
杭は空から伸びる根につながり、今まさに何かを行っているように見える。
「もう少しで準備が整うんだ。邪魔はしないで欲しいね。君さえ良ければ、このままティータイムでも良いんだが」
「食事にはシチュエーションも大事なんですよー」
タタリはそう言って笑みを作る。
瞬間、瓦礫や教授の足元など場所を問わずにすべての影がある場所から蛇が飛び出した。
万物を捕食する蛇が、教授を殺そうと迫る。
「無駄だよ。何度やっても君の攻撃は届かない、私はそう信じているからね」
教授へと迫っていた影が霧散する。
この辺りが戦場となって何度も繰り返された光景だった。
「まったく、インチキにも程がありますねー。理事長も直接戦闘は避けろって言う訳ですよー」
タタリは拡張領域から飴を取り出しながらそう言った。
「君がこの学園を諦めるなら、見逃しても良いよ」
「冗談でしょう? 自分の冷蔵庫を荒らされて怒らない人間なんていますかー?」
タタリは人から外れた倫理観で怒りをあらわにする。
その時、タタリの足元の影が泡立ちカイが顔を出した。
「おい、戦うなら僕も手伝うから早く出せ! このままじゃ死ぬぞ!」
「うるさいですねー。黙って影の中にいてくださいー」
まだ訴えかけようとするカイの口へと飴を放り込んだタタリは、屈むとカイの頭を撫でた。
その目は、今まで彼が見てきたどんな時よりも優しい。
カイは人の感情の機微に敏い。
だからこそ、気が付いてしまった。
「おい生徒会長、お前まさか死ぬわけじゃないよな?」
「……この影は、リュウコちゃんでも接続できます。私がいなくなったら、リュウコちゃんが貴方達を出してくれますから、もう少し我慢していてくださいねー」
「おい、待てお前――」
何か言いかけたカイが、影の触手にとらわれて沈んでいく。
再び辺りは、風の音だけが流れる静かな戦場へと戻った。
「待っていてくれるなんて、嬉しいですねー」
「私は殺したいわけではないからね」
「そうですかー。でも、私は貴方を殺したいですよー。だから、ちょっとだけ本気を出しますねー」
タタリはそう言って手を叩く。
すると、千界学園にある全ての影が、彼女の足元へと集まり始めた。
「……これは中々に壮大な光景だ。古くから日本に伝わる禁術をこの目で見れる日が来るとは」
「これ使うと、お腹がすっごく減るんですよねー」
それは、まだダンジョンや魔法という言葉がなかった時代に生まれたものであった。
神隠しや妖として認識されていたそれらに対抗するために生まれた、呪い。
本来は、贄となる人間の閉じた次元深層領域をいくつも喰らうことで発動させる技を、タタリは自身の異能によりその身一つで完結させていた。
尤も、その代償は彼女自身が払うことになるのだが。
「では」
タタリは手を合わせて、教授を見た。
「いただきますー」
その瞬間、タタリの足元にあった影が濁流となってあふれ出した。
影は教授へと辺りの瓦礫を捕食しながら近づいてくる。
「成程、触れた物全てを例外なく捕食するか。随分と恐ろしい技だね」
地面や空気さえも捕食され、空間が歪み始める。
しかしそれらは副産物に過ぎない。
あくまで最終的な目的は、教授を殺すことにあるのだから。
「当たれば銘すらも傷つく可能性があるか……。では、こちらも敬意を表して」
教授は迫る影を前に、一つの白銀に輝く直剣を取り出した。
彼はそれをタクトのように振るい、目の前に何かを描いていく。
「現在使われている収束砲撃は、魔力を集めることしか出来ない劣化版だ」
教授の前に銀色の魔法陣が展開される。
それはいくつも重なり筒のように形を作ると回転を始めた。
「今から見せるのが、本当の収束砲撃だよ」
光が集い、輝きがより一層強くなっていく。
やがて教授は、影に向けてその剣先を向けた。
「収束砲撃が束ねるべきは――人の思いだ」
瞬間、細いレーザーのような銀光が剣先から発射された。
それは魔法陣を通過しさらに輝き、影をまっすぐに突き抜けていく。
「喰らいきれるわけがないよ。人の思いは不滅なのだから」
タタリは教授の言葉に答えない。
何故なら、教授によって放たれた収束砲撃は既に彼女の心臓を貫いていたからだ。
波のように迫る影は一閃の光により、全てが無に帰される。
影が霧散し残されたのは、膝から崩れ落ちるタタリだけであった。
「……お、なか……へっ――」
掠れる声で何かを呟きながら、倒れこんだタタリの体がゆっくりと自分の影の中に沈んでいく。
それはまるで、彼女自身が影に捕食されているかのようだった。
教授はそれを確認すると、剣を見つめる。
「うん、やはり以前の力が使えるようになっているね。これなら、先生とも戦える」
表情一つ変えることなく剣を消失させて、教授は踵を返した。