【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第300話 ちなみに、このでっかいウミガメはなんなの?

 九重を処理した後、まるで何事もなかったかのように実験は再開された。

 と言っても、今は目覚めたキリカを痛めつけ再び気絶させるだけの作業なのだが。

 

「……九重ちゃん」

 

 最後に自分へと手を伸ばしていた少女は、明らかに助けようとしていた。

 彼女にどのような心境の変化があったのかはわからない。

 

 唯一わかることは、キリカはもう二度と九重と出会うことが出来ないであろうという事だった。

 

(私がもっと強かったら……!)

 

 Sランクの肩書を持ちながらも負けてしまった自分が腹立たしい。

 その怒りに任せてキリカは拘束を破壊しようとする。

 

 しかし、それを講師が見逃すわけがなかった。

 

「そこまで元気ならば、少し出力を上げようか」

「っ、ぎぁっあぁぁぁ!」

 

 椅子から放たれる妙な光が、キリカに耐えがたい苦しみを与える。

 頑強な肉体が役に立つことはない。

 それは、彼女の魂へと向けた攻撃なのだ。

 

「閉じた次元深層領域への干渉は、君が思っているほど難しいものではない。理屈さえ理解してしまえば、このように肉体の状態を無視して君という存在を攻撃することが可能なのだ」

「講師……!」

「まだ睨むことが出来るか。素晴らしいな、その体は。俄然興味がわいた。君とエイナであれば、もしかするとトリムやソルシエラを超えられるかもしれないな。うむ、心が躍るよ」

 

 講師の言葉を聞く余裕はキリカにはない。

 彼女は叫び、せめてもの反抗としてガラス板の向こうの講師や博士たちを睨むことしか出来ないのだ。

 

 しかしそれもすぐに限界が来た。

 

「……っ」

「おや、もう終わりか。機材トラブルもあらかた解決したことだし、間もなく改造を始めよう。安心してくれ、寝ている間に終わるよ。尤も、君という人格はここで消え去ることになるがね。次はどのような人格が良いかリクエストしてくれれば、ある程度は願いを叶えてあげようと思うが、どうかな?」

「……九重ちゃんは、お前の何なの?」

「それは質問かな? 私は次の人格デザインについてのリクエストを聞いたのだが……まあいい。あれは、私の娘だよ。出来の悪い娘だったがね」

「なら、どうして九重ちゃんにあんなことをしたの」

「どうしてって……君は随分とおかしなことを言うのだな」

 

 講師は不思議そうに首を傾げた。

 

「子の悪事は親が止めるべきだろう。私は親として責任を負ったのだよ」

「ふざけるな……!」

 

 キリカは自身を苦しめる光の中で再び動き出す。

 その姿を見て講師は「おお」と声を上げた。

 

「まだ粘るか。いいだろう、このままついでに実験しようか。どれだけのストレスを与えれば、Sランクの閉じた次元深層領域に変化が生じるのか、見てみたい」

「……講師、あまり私情で実験を先延ばしにするな。私達博士も忙しいのだ」

 

 博士の一人にそう言われて講師はつまらなそうにため息をつく。

 

「はぁ……わかっていないね君たちは。気になったなら試す他ないだろう」

 

 そう言って講師は博士達の抗議を無視してキリカを注視した。

 

「では一段階出力を上げるぞ、耐えて見せろ」

「……っ!」

 

 講師の言葉にキリカが身構えたその時だった。

 

「――なんだこの異常な魔力深度は」

 

 博士の一人が唐突に声を上げた。

 彼の持っていた観測機が、警告音をけたたましく鳴らし続けている。

 

「おい講師、今すぐやめろ!」

「何だ、今いい所なのだから邪魔をしないで欲しいね。君は探求ではなく無粋の銘の方が似合っているのではないか?」

「貴様っ……いや、今はそんなことはどうでもいい! 何かが来るぞ!」

「何?」

 

 講師は初めて興味を持ったように博士へと振り返った。

 その時である。

 

 キリカの足元、無機質な床が一面水で満たされた。

 

 Sランクの攻撃にも耐えられるように設計した特殊な床が、その強固さを発揮することなく一瞬で侵食される。

 それは、講師が振り返り目を離した一瞬で起きた出来事だった。

 

「なっ……これは!?」

 

 キリカへと目を戻した講師は驚き声を上げる。

 そして興奮のままにキリカのいる部屋に入ろうと扉を開けて、飛び込んできた泥に押し戻された。

 

「っ……おやおや。十加羅どうしたんだ? まさか、アレに弾かれてしまったのか?」

 

 キリカの逃亡に備えて椅子の周りにいた十加羅だったが、突然の変化により部屋の外まではじき出されてしまったようだ。

 

 十加羅は言葉を発することが出来ない。

 しかし、自身の体を必死に動かして異常性を訴えていた。

 

「ふむ、どうやら博士の言っていることは本当のようだ」

「そう言っているだろ! この数値は異常だ。……待て、多重提唱空間より多くの博士から回答が返ってきた。今ここに現れようとしているのは――」

 

 飛沫が上がり、全ての電子がそれの支配下に置かれる。

 キリカの足元、広がる水底に映るその影こそが支配者であった。

 

「天使だ! それも、最低でも智天使(ケルビム)級。厄災となんら変わりはないぞ!」

「ほう、銀の黄昏のセキュリティというものも案外大したことはないのだね」

 

 危機感を全く感じさせない口調で講師はそう言った。

 そんな彼女の目の前で、一匹のウミガメが水面から勢いよく飛び出してくる。

 

「……ん?」

 

 その背に乗っていた者に、講師は眉をひそめた。

 

「キリカちゃん! 助けに来たよ!」

「九重ちゃん!」

 

 それは、つい数分前に十加羅の中に沈めた筈の失敗作であった筈だ。

 それがどういう訳か、巨大なチェーンソーを片手に天使の背に乗って舞い戻ってきたのである。

 

「こ、これはどういうことだ……!?」

 

 講師は困惑し、声を上げる。

 ガラス板の向こう側では、今まさに椅子の拘束を外されたキリカが九重の乗るカメの背に乗せられたところであった。

 

「行こう、ここから脱出するんだ! カメちゃんお願い!」

 

 キリカの手をぎゅっと握った九重がそう叫ぶと、ウミガメは再び水底へと潜行を開始する。

 そして間もなく、その場所は今まで通りの無機質な部屋と化した。

 

 特殊なダンジョンコアによる閉鎖的な空間の中に作られた、理論上脱出不可能な部屋の中で起きた20秒にも満たない脱出劇はこうして幕を閉じたのである。

 

「――反応ロスト。これは……位相の海に潜られたか。多重提唱空間を使えば捕捉できるかもしれない。探すか?」

「いや、いい」

 

 講師は目の前の光景を見て、なんとかそう返事をした。

 今の彼女にはそれどころではない。

 

 処分したはずの九重、何故か従うハチノミヤ、そして突如現れた天使。

 全てが謎であり、興味深い。

 

 そう思ってしまった。

 故に、狂楽の銘を持つ者はそれに従わなければならない。

 

「……天使とデモンズギアの複合体か。面白そうだ!」

「講師、何を言っている?」

「君たちは一度01の元に帰ると良い。事情が変わった。キリカや九重の捕獲は私が請け負う。元々私の責任なのだからな」

「だが、全員で探した方が効率的だろう」

「大丈夫、彼女達の行く場所は予想が付いている。キリカならきっと、あそこに向かうはずだ」

 

 そう言って講師は服の中から、十加羅の本体である正方形の箱を取り出す。

 箱は絶え間なく泥を吐き出し続けると、やがて講師を飲み込んでいった。

 

「ふふふ……いやはや。天使と出会えるとは。私の運も存外捨てた物じゃないらしい」

 

 その笑みは、己の銘にふさわしい。

 どうしようもないほどに、狂気に満ちていた。

 

 

 

 

 

「プライグスクールに今すぐ行って!」

 

 助けられたキリカは、一息つく間もなくそう言った。

 ハチノミヤのアームにより応急処置を受けながらも、その目はまだ戦う気であるようだ。

 

「プライグスクール?」

「そうだよ。あそこに行って、私は杭を破壊しないといけない。九重ちゃんが守っていた奴だよ!」

「……? そんなのあったの? 私、戦えって言われたから戦っただけで、よくわかんない」

「えぇ!?」

『あまり動かないで欲しいですます。包帯が上手く巻けないですですます』

「あっ、ごめん」

 

 ハチノミヤに注意され、九重は甲羅の上に正座をする。

 瞬間、なぜか甲羅がクッションのように柔らかくなった。

 

「すごっ、ふわふわじゃん」

 

 夢のように不思議な体験にはしゃぐキリカを見て、九重は決心したように口を開いた。

 

「ごめんなさいキリカちゃん! 私、いっぱいひどい事しちゃった!」

 

 九重は今にも泣きそうな顔で頭を下げる。

 それに従うように、ハチノミヤもアームの一つを垂れ下げてみせた。

 

「私ね、おかあさんが全部正しいと思ってた。言う事を聞けば、きっと世界はよくなるって。……でも、違うと思った。だから、その……助けたんだ」

 

 上手く言葉が出てこない自分自身にもどかしさを感じながら、九重は必死にそう告げる。

 キリカはそんな彼女を見て、優しく「そっか」と返事をする。

 

 そして、その手を握って笑った。

 

「なら、仲直りしよ! また、お友達になるんだ」

「いいの?」

「いいよ! 私も良くサヤカと喧嘩をするんだけど、いつもこうして仲直りするの! 仲直りするとね、もっと仲良くなれるんだ!」

「キリカちゃん……!」

 

 九重はキリカへと抱き着く。

 一瞬驚いた様子を見せたキリカだったが、すぐにぎゅっと抱き返した。

 

 どこからか「おぉ……」という感嘆の声が聞こえた気がした。

 

「九重ちゃん、もし良かったら一緒にプライグスクールで杭を壊して欲しい」

「うん! がんばるよ! ハチノミヤも、がんばろうね!」

『木っ端みじんにするですます!』

 

 二人と一機の次なる目的地は決まったようだった。

 今まで傍観に徹していた守護者はその光景を見て、ようやく口を開く。

 

「では、プライグスクールで良いのだな?」

「カメちゃん、お願い!」

「……ちなみに、このでっかいウミガメはなんなの?」

 

 キリカはずっと気になっていた事を聞く。

 すると九重は、考える間もなく笑顔で言った。

 

「私のお友達だよ!」

 

 またどこからかともなく「おぉ……」と聞こえた気がした。

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