【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第301話 静まれ、愚かな命よ

 九重達は無事にプライグスクールへとたどり着いた。

 訓練場は九重達が争ったままの形で残されている。

 

「着いた!」

「えーっと……あ! あれだよ!」

 

 そう言ってキリカは奥を指さす。

 訓練場の天井が崩れ薄暗い空の見えるその穴から、確かに巨大な黒い杭のようなものが見えた。

 

「あれを壊しに行こうとしたら九重ちゃんと出会ったんだ」

「そうなんだ……おかあさんは全然教えてくれなかったな……」

 

 少し落ち込んでいる九重を見て、キリカは手を握る。

 そして「行こう」と言って力強く頷いた。

 

「アレを協力して壊すんだ。私達なら出来るよ!」

「……うん!」

『お手伝いするですます!』

 

 アタッシュケースからアームが生えて、勢いよくぶんぶんと回す。

 二人と一機のやる気は充分であった。

 

 それを見ながら、カメは満足げに内心で頷く。

 

「では、私もこの場にふさわしい恰好に――」

 

 ご自慢の和風少女に姿を変えてしれっと仲間になろうとしたその時であった。

 

「――やはりここか。いやはや、わかりやすくて助かるよ」

「この声っ!?」

 

 進もうとした一行の前に、不定形の黒い何かがあふれ出す。

 その中から、やがて講師が姿を現した。

 

「おや、驚かせてしまったかな。なに、簡単な推理だよ。ここでそれを懇切丁寧に説明してやっても良いのだが……これ以上好き勝手に動くなと博士もうるさくてね。ここはひとつ、社会人としてさっさと仕事を終わらせるとしようか」

 

 講師はそう言うと、黒い箱を目の前にかざした。

 

「十加羅、拡散」

 

 その言葉と同時に、黒い泥が辺りを満たし始める。

 世界を蝕むように広がる黒い泥は、キリカ達の前まで来たとたんに停止した。

 

「幼き命を守護る者の前で、好き勝手出来るとは思わない事だ」

 

 泥とは対照的に澄んだ水面のような世界がキリカ達の足元に広がる。

 それらは互いを侵食するように拮抗していた。

 

「カメちゃん! ありがとう!」

「当然のことだ。さて、行くが良い幼き命達。やがてその輝きで世界を導く星となるのだ」

「なんか難しーけど、わかった! 行こう、キリカちゃん! ハチノミヤ!」

「うん!」

『はいですますます!』

 

 九重がアタッシュケースを掴む。

 その瞬間、ハチノミヤは変形し巨大なチェーンソーへと変化した。

 

 キリカはそれを見て少し悩んだようだがすぐに思い出したかのように拡張領域に手を突っ込む。

 そして、巨大な剣を引きずり出した。

 鈍色に輝く機械仕掛けの剣はキリカの二倍はあろうかという大きさだが、彼女はそれを片手で軽々と担ぐ。

 

「実験してないから使うなって言われたけど……いいよね! 緊急事態だし! これが臨機応変だよ!」

「おぉ、頭の良い言葉だ……!」

「へっへーん! そうでしょ、私ってば本当は賢いんだから! それじゃあ、私が先陣を切るよー!」

 

 キリカは元気に一歩踏み込む。

 持っている剣の重さにより、地面が凹んだが気にすることなく一歩ずつ進んでいく。

 やがてその歩みは早くなり、疾走と変わらないまでの速度に至った。

 

「一撃必殺!」

 

 大剣が叫びと共に振るわれる。

 異能が介在していないただの巨大な質量での一撃は、それだけで一つの戦いを終わらせるに相応しい威力を持っていた。

 

 が、それも当たればの話である。

 

「おっと」

 

 講師は攻撃には見向きもせずに、その場でつまずく。

 その頭上を大剣の攻撃が通り抜けた。

 

「失礼、せっかくの一撃を躱してしまった。どうやら五秒先では攻撃が当たらなかったらしい」

「ユキヒラお兄ちゃんの力……!?」

 

 驚きキリカが空中で動きを止める。

 講師はそれを見て、笑みを浮かべながら一本の注射器を首元に刺した。

 

「こういう事も出来るぞ」

 

 講師の言葉を証明するように、辺りの空気が空間ごと凍る。

 

「う、動けない……!」

「では、まずは一人目をいただこう」

 

 講師がそう言うと、足元から影が伸びる。

 そして蛇の形を作り、動きを止めたキリカを飲み込もうとした。

 

「キリカちゃんをいじめるなー! 止まれー!」

「そう言えば、お前もいたか。忘れていたよ」

 

 九重の言葉に僅かに講師の影が止まった。

 その隙をついて、チェーンソーを振り回しながら九重が講師とキリカの間に割って入る。

 

「十加羅の支配下では従属の力もその程度か」

「でも、それだけあれば十分だよ」

 

 講師の背後からキリカの声が聞こえた。

 空間ごと凍らされていた筈のキリカがいつの間にか自分の背後を取っている。

 

 その事実に講師は驚くことなく淡々と受け入れた。

 

「相変わらずの馬鹿力だ。無理やり拘束を解いたか」

「うるさい」

 

 キリカは講師の背中を蹴り上げる。

 その先には、キリカの行動を予測して置かれていたチェーンソーがあった。

 

『演算通りですます』

 

 チェーンソーが講師へと直撃する。

 間もなく、チェーンソーは唸りを上げてその胴体を真っ二つにした。

 

『ザマミロ! ですます』

「わあっ、やりすぎだよハチノミヤぁ!」

『そんなことはないですます。講師は通常の殺し方では死なないですですのです』

 

 二つに断たれた血まみれの胴体が黒い泥に包まれる。

 まるで粘土細工を作り直すかのように、講師は再び元の姿に戻っていた。

 

「ハチノミヤの言う通りだ。私は死なない。敗北はあり得ない。正直な話、私は戦闘の面ではキリカや九重には劣っているだろう。そういう風にデザインされた君達とは違って、私は本来裏方だ。こうして出張っているこの状況自体がイレギュラーと言える」

 

 講師は泥を手で掬いながらそう言った。

 動作自体は無邪気な子供であるはずなのに、そこには一切の純真さが存在していない。

 

 人間の醜悪さを煮詰めたようなどす黒い業が、少女の姿をしているようだった。

 

 講師の背後では、泥が泡立ちゴポゴポと音を立てている。

 

「……うむ、これはやはりアレを使うしかなさそうだ」

 

 講師は興奮した様子で何度も「仕方がない」と自分に言い聞かせている。

 そして、懐から一本の注射器を取り出した。

 

「「っ!?」」

 

 今までと何ら変わりない注射器。

 しかしそれを見た瞬間、九重とキリカが感じたのは根源的な恐怖であった。

 生物に対する絶対的な何かがその中に内包されていると感じたのである。

 

「っ、させない!」

 

 真っ先に動いたのはキリカであった。

 Sランクとしての経験がそれを打たせてはいけないと告げている。

 どんな手を使ってでもアレを使うことを阻止しなければならない。

 

 キリカは今後の戦闘の事を一切考えずにこの場で全ての力を出し切る選択をした。

 

「ごめんヒショウお兄ちゃん! たぶんこれ壊しちゃう!」

 

 キリカは大剣を講師へと向けた。

 警告音を響かせながら、大剣の先端が割れ中から砲身が飛び出す。

 膨大な魔力を込められた大剣は融解しながら魔力砲を放つ準備を始めた。

 

「十加羅、私を守ってくれ」

 

 講師は落ち着き払いそう言う。

 守るようにせりあがった黒い泥は、瞬く間に数を増やしキリカとの間に大量の防壁を作り上げた。

 

 魔法式を乱し、異能を不安定なものにする特別な泥が作りあげた対探索者用とも言える壁。

 

 キリカはそれを見て確信する。

 

「それなら余裕!」

 

 これは異能でも魔法でもない。

 巨大な剣はただの発射装置でしかなく、彼女の力を発揮するのに特殊なプロセスは必要なかった。

 

 純粋な魔力のみでの攻撃。

 その極致。

 

 それが今まさに放たれた。

 

「いっけー!」

 

 辺りを閃光が照らし、余波だけで訓練場に残されていた骨組みや瓦礫が彼方に吹き飛ばされる。

 泥が蒸発し、水面さえも光の中に消える。

 

 圧倒的な才能という名の暴力が、講師の築き上げた大量の防壁をまるで紙のように破り貫いていく。

 

 光が届くまでに一秒もいらない。

 まさに刹那の間に、その光は講師を飲み込んで巨大な爆発を起こした。

 

「っ……どうなったの!?」

「わかんない! 殺しても死なないなら生きていると思う! でも、あの注射器は壊したはず!」

 

 キリカは片膝をつきながらそう告げる。

 支えに使っていた大剣は根元から崩れ去っていった。

 

「とりあえず、このまま攻撃を続けて杭を壊す隙を狙おう! それか、タタリお姉ちゃんか、六波羅お兄ちゃんかリュウコに連絡を――っ!?」

 

 巻き起こった黒煙の中の気配に、キリカは思わず九重を抱いて横に跳んでいた。

 九重がその事に驚くよりも早く、今まで二人がいた場所を黒い閃光が通り抜ける。

 

「あれは何!?」

「……失敗した」

「え?」

「止めるのが間に合わなかった……!」

 

 キリカはそう言いながら黒煙の中を凝視する。

 それは攻撃のタイミングを見極め回避をするためであった。

 

 攻撃の選択肢はとうに捨てている。

 あれには勝てないと、彼女の本能や才能、経験全てが訴えかけていたのだ。

 

「――そうだ、君達は失敗してしまった。……ああ、と言っても攻撃は間に合っていたよ。だが、これの性質を知らなかったんだ」

 

 黒煙の中から、講師が姿を現す。

 今までと変わらない姿。しかし、感じる圧はまるで別人であった。

 

「っ」

「おや九重、恐れているのかな? それも正しいだろう。この不干渉の力は、一つの文明の極みなのだから。頂点を恐れるのは生物として正しい反応だよ」

「文明の極み……?」

「そうだとも」

 

 講師は再び十加羅にて辺りに泥を増殖させる。

 そして両腕を広げて、悠然としながら言った。

 

「トリム――その名前に聞き覚えがあるだろうSランクならば」

「レイお姉ちゃんが封印したデモンズギア……!?」

「その通り。まあ、私はその血を少しばかり拝借しただけなのだが。故に、力は本体には到底及ばない。信じられるか? Sランクすらも捻りつぶせるこの力にまだ上があるのだ」

「……っ、九重ちゃん逃げよう」

「え?」

「アレは無理だ。Sランク全員で戦う必要がある。少なくとも、リュウコと六波羅お兄ちゃんが絶対に必要。あとはタタリお姉ちゃんとユキヒラお兄ちゃんとレイお姉ちゃんとミズヒお姉ちゃん……とにかく、全員!」

 

 緊急事態であると、キリカは必死に訴える。

 今のキリカには杭の事などどうでもいい。

 

 そんなものは、今の講師の前では些末事であった。

 

「……私が今から全身から魔力を放出する。それに合わせて逃げて」

「そんなことを許すとでも?」

「っ!?」

 

 いつの間にか、すぐ隣に講師がいた。

 キリカと九重は、各々が最速の一撃を放つ。

 

 しかし、それらは講師をすり抜けて空を切った。

 

「なっ!?」

「すり抜けたぁ!」

「私はiであり0。虚数であり実数。君たちにわかりやすく言うならば最強だ」

「くっ!?」

 

 講師が拳を放つ。

 なんの修練も積んでいない素人の拳が、しかし異常なまでに加速して九重へと迫った。

 九重はハチノミヤを構えてそれを防ごうとする。

 

 が、しかし拳はハチノミヤを幽霊のようにすり抜けて九重の前に現れた。

 

「え!?」

 

 すぐさま襲い来る衝撃。

 殴られたのだ、そう理解する頃には九重は遥か後方の瓦礫に勢いよく埋め込まれていた。

 

『大丈夫ですますか!?』

「だ、い、じょうぶ」

 

 明滅する視界の中では、キリカが自分と同じように殴り飛ばされたのが見えた。

 キリカも防御をしようとしていたようだが、まるで彼女をあざ笑うかのように攻撃はすり抜けて直撃する。

 

「うあぁっ」

「キリカちゃん!」

 

 瓦礫に殴り飛ばされたキリカへと、九重はボロボロの体で駆け寄る。

 ただの一撃で、既に二人は殆ど戦闘が困難な状況まで陥っていた。

 

「大丈夫!?」

「ちょっと……や、やばいかも」

 

 キリカはよろよろと立ち上がりこぶしを握る。

 彼女の得物はつい先ほど崩壊してしまった。

 

 状況は、明らかに絶望的であった。

 

「どうして、お前たちをみすみす逃したと思う? それは、これだけの絶対的な差があるからだ。少々大人げなかったかな?」

「……っ、おかあさんやめて!」

「やめないよ。私がそうしたいのなら、やめる理由などあるはずがない」

 

 講師はそう言うと、手の中に半透明の青い大鎌を生み出した。

 その柄を二人へと向けると、引き金へと手をかける。

 大鎌へと満ちていく力を感じてキリカは叫んだ。

 

「さっきの黒いビームが来るよ!」

 

 慌てて逃げ出そうとキリカ達は駆け出す。

 しかし、もう遅かった。

 

「では、一度殺すとしよう。Sランクの肉体をどれだけ破壊できるかの実験だ」

 

 嬉々として講師は引き金を引く。

 黒い閃光が、キリカ達へと迫った。

 

 その時である。

 

「――傾聴せよ」

 

 声と共に、キリカ達の目の前にウミガメが飛び出す。

 その甲羅は閃光を完全に防ぎ、二人を守って見せた。

 

「カメちゃん!」

「助けてくれてありがとう!」

「ああ」

 

 カメは短く返事をする。

 そして、空を仰ぎ見た。

 

「おや、十加羅の浸食に対抗するだけで精一杯だと思ったのだが」

 

 今までキリカ達の戦いを見ているだけで、最低限のサポートに徹していたカメが動いた。

 その事実に講師は興味深そうに笑みを浮かべ、納得したように頷く。

 

「……そうか。お前は確か奴と共に戦っていたな。という事は、ここに来るのだろうな、彼女が……!」

「静まれ、愚かな命よ」

 

 講師にそれだけ言うと、カメは静かにその時を待つ。

 

 やがてそれが現れたのは必然だった。

 カメという眷属がいたからでも、幼い命が失われようとしているからでもない。

 

 それが降臨する理由はただ一つ。

 デモンズギアの力を扱う者へと粛清を下すため。

 

「――随分と好き勝手に遊んでいるみたいね」

 

 その瞬間、プライグスクールに夜が訪れた。

 学園を構築するダンジョンコアが掌握され、強制的に空が夜で満ちていく。

 

 漆黒の空こそが、彼女の舞台に相応しい。

 何もない漆黒の空だからこそ、その銀星はより眩く見えるのだから。

 

「その力は、今の人類が扱える代物ではない」

 

 夜風に蒼銀の髪を靡かせて、少女が降り立つ。

 それはまるで、講師という罪人を裁くために夜空に遣わされた処刑人に見えた。

 

 講師はその姿に震えながらも歓迎するかのように声を上げる。

 

「ソルシエラ、会いたかったよ……!」

 

 ソルシエラは何も答えない。

 しかし、静かに向けられた刃が全ての答えだった。

 

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