【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
その場所に色はなかった。
あるのは闇であり影。
光が一切届かない世界を、その大蛇は泳ぐように進む。
「ふぅ、ギリギリセーフですねー」
タタリはそう言って後ろを見る。
影の中で唯一視界というものを確保できる彼女は、蛇の背に乗る三人を見た。
「……トウラク」
「安心すると良い、ルトラ。私のマスターが与えた聖遺物により、一命はとりとめた。あとはゆっくりと回復していくだろう」
「本当?」
「ああ」
0号は頷く。
倒れたトウラクを見降ろす形でルトラと0号が傍にいた。
が、0号の態度はどこか素っ気なくやる気がなさそうに見える。
と、そこまで思考してタタリは空腹で意識を失いかけた。
「うぅ……、あの誰でもいいので食べ物持っていませんかー? 具体的には、リュウコちゃんのお手製プリン」
「……持ってるけど、どうしてわかったの?」
「食べ物の匂いは、私にとって特別ですから」
凄まじい勢いで進む蛇の頭からぴょんと移動したタタリは、ルトラの前に立つ。
そして、手を差し出した。
「ください。でないと、その人間を食べます」
「それは困る。マスターは彼にご執心でね」
ルトラよりも先に0号がそう答えた。
そして、干渉によりトウラクの拡張領域から勝手にプリンを取り出す。
タタリはそれを見て目を輝かせ、まるで銅鑼のように腹を鳴らした。
「……食べていいから、静かにしてくれ」
「では、遠慮なくー」
タタリは笑顔でプリンを容器ごと口の中に放り込んだ。
そして一秒も立たずに、大きく嚥下する音が聞こえる。
「おいしいー! やっぱりこれですよー!」
その瞬間、さらに蛇の移動速度が増した。
「どこに向かっているの?」
ルトラの問いに、タタリは「さあ?」と答えた。
「アレから逃げるために遠くに行っているだけです。もしも逃げるのに良い所があるのなら教えてくださいー」
「では、フェクトム総合学園で頼む」
「はーい。……そう言えば、0号さんはお久しぶりですねー。もしかして味付け、変えました? 前よりも美味しそうに見えますけどー」
「相変わらず人間にしては独特の感性だな。教授……ルシエラを前にしても潜伏するだけの度胸があったのも頷ける」
「ふっふっふー、私はしぶといですからねー」
タタリは自慢げに胸を張る。
当然、三人には見えないはずなのだが、0号だけは確かにその姿を見てため息をついたようだった。
「間もなく、浮上しますー」
その声と共に、辺りの景色が一転する。
そこには、見覚えのある古びた校舎があった。
「着いた。早く、トウラクを医務室に!」
ルトラがトウラクを抱きかかえ、蛇から飛び降りたその時だ。
「逃がすと思った? 残念、まだ悪夢は続くよ」
「――ッ」
聞こえてきた声には、嫌という程聞き覚えがある。
人を馬鹿にするような声色とおどけた口調に、ルトラは空を見上げた。
「ネームレス……」
「ルトラちゃん、取引をしよう」
そう言って、ネームレスは両手を広げる。
背後には、百を超える重砲が魔力の充填を終えてこちらに向いていた。
「それが、取引をする人間の態度とは思えない」
「用心のためだよ。そっちの0号を引き渡して。そうすれば、暴れないであげる。ここには、戦えない子もいるでしょう? 確か……蒼星ミロクだったか。彼女を殺すことだって、私には容易いよ。この銃口の先を、校舎にすればいいだけだから」
「……そうだね。確かに、ここで暴れられると困る」
ルトラは僅かの沈黙の後に頷く。
そして、ゆっくりと0号を見た。
0号は話に興味がないのか、ただネームレスを眺めている。
そして、重砲を見て、その手に握られたエクスギアを見て、最後にネームレスを見て言った。
「……まさか、お前程度が私を殺せると思っているわけじゃあないよな? 思い上がるなよ、人間風情が」
「っ……なんつー馬鹿みたいな威圧感」
魔力を乗せて、相手を見る。
ただそれだけで、0号はネームレスを怯ませた。
「怯えているのかい? 弱者が星に手を伸ばそうとするからだ。……警告は一度だけだ。失せろ」
0号は大鎌を構えてそう告げる。
それは、星により与えられた最後の慈悲であり、宣告でもあった。
しかし、ネームレスはそれを聞いてなお、剣の切っ先を0号へと向ける。
「今のお前、弱体化されてんじゃん。双星形態は、二人が揃ってこそ意味がある。欠けた星に何が出来るの? そもそも、お前はこうして存在するだけで魔力を消費するんだから、時間が経てば経つほど私が有利になるじゃん」
ネームレスの言葉を、0号は否定しなかった。
それを見て確信を得たネームレスは意気揚々と開戦の合図として告げる。
「act1」
黒焔が湧き上がり、空間を包んだ。
それは、この場の全員を捉える檻として機能する。
「これは熱いですねー。口の中、火傷しちゃいそうですー」
「姉さん、実際どれくらいの勝算があるの」
ルトラの問いに、0号はネームレスを見つめたまま答えた。
「100%……と言いたいところだが、奴の言う通りこうしている間にも私の魔力は消費され続けている。短期決着が望ましいねぇ。故に、さっさと終わらせるとしよう」
「そうですねー、でもここはあの子達に任せませんかー? 私達、全員万全ではないでしょうー?」
「あの子達……?」
ルトラと0号が首を傾げる。
タタリだけが、ニコニコと笑ったままだった。
「良い匂いが、二つ――ああ、来ましたねー」
ネームレスの背後、重砲の隙間から赤い焔が燃え盛る。
背を焼く熱気に、ネームレスは慌てて振り向いた。
「この魔力ッ、まさか」
「久しぶりだな、ネームレス」
銃口が二つ、既にネームレスを捉えている。
赤い髪を焔の合間になびかせて、照上ミズヒはそこにいた。
迸る焔を弾丸へと変換して、ミズヒは引き金を引く。
業火が、あっという間にネームレスを飲み込んだ。
「act4!」
切断の音が、辺りに響きネームレスが姿を消す。
そして間もなく、ミズヒの背後に現れた。
「ごめん、今回は遠慮は無しでいかせて貰うよ!」
「そうか奇遇だな、私たちもだ」
ミズヒは振り返らない。
それどころか、反撃する素振りすら見せなかった。
そのことにネームレスが違和感を覚え、すぐに気が付く。
「――ッ!?」
ダンジョン空間であるフェクトムの遥か上空、凄まじい魔力が突然現れた。
煌々と燃え盛るそれは、まるで小型の太陽のように見える。
世界を終わらせてしまえるのではないか、そう思ってしまう力の中から凡庸な声が響いた。
「
それは、かつて一つの時代を終わらせた存在の名であった。
伝承としてのみ伝わる、終焉の焔。
天を焦がす業火は、ただ一人の少女の手によって作られている。
「この焔は、全てを否定し燃やす。ネームレス、君に私とミズヒちゃんを相手に戦うことが出来るか?」
この戦いの絶対者は、そう言って見下ろしている。
「選ぶといいよ。逃げるか。それとも、焼き殺されるか」
二択を押し付けつつ、リュウコはさらに言葉を続けた。
「ああ……そうそう。もうすぐ、六波羅さんも来るってさ。今の六波羅さん、本当に強いよ?」
他人に頼る言動とは裏腹に、彼女の背後の太陽は恐ろしい程の力を秘めている。
それは、この場の誰もが理解していた。
「さてさて、どうする」
「……随分と戻ってくるのが早かったね。うん、これは想定外だ」
そう言うと、ネームレスはエクスギアを構える。
「今回はお言葉に甘えて撤退するとしよう。どうせ、いつでも回収できるしね」
瞬間、彼女の姿は焔と共に消失した。
どこからともなく聞こえたその言葉を最後にネームレスの気配がなくなる。
ミズヒは暫く警戒していたが、やがて頷くと遥か上空のリュウコへと頷いた。
「もう大丈夫だ」
リュウコはその言葉を聞いて、ふにゃっと笑いながら業火に抱き着く。
すると、業火は見慣れた赤い龍に形を変えた。
「よ、よかったぁ……。あれ、熱いから使いたくないんだよねぇ。汗かきたくないし……」
そんな腑抜けた言葉が、何よりも窮地を脱した事を全員に実感させた。