【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第318話 逃走、辿り着いた先で

 その場所に色はなかった。

 あるのは闇であり影。

 

 光が一切届かない世界を、その大蛇は泳ぐように進む。

 

「ふぅ、ギリギリセーフですねー」

 

 タタリはそう言って後ろを見る。

 影の中で唯一視界というものを確保できる彼女は、蛇の背に乗る三人を見た。

 

「……トウラク」

「安心すると良い、ルトラ。私のマスターが与えた聖遺物により、一命はとりとめた。あとはゆっくりと回復していくだろう」

「本当?」

「ああ」

 

 0号は頷く。

 倒れたトウラクを見降ろす形でルトラと0号が傍にいた。

 が、0号の態度はどこか素っ気なくやる気がなさそうに見える。

 

 と、そこまで思考してタタリは空腹で意識を失いかけた。

 

「うぅ……、あの誰でもいいので食べ物持っていませんかー? 具体的には、リュウコちゃんのお手製プリン」

「……持ってるけど、どうしてわかったの?」

「食べ物の匂いは、私にとって特別ですから」

 

 凄まじい勢いで進む蛇の頭からぴょんと移動したタタリは、ルトラの前に立つ。

 そして、手を差し出した。

 

「ください。でないと、その人間を食べます」

「それは困る。マスターは彼にご執心でね」

 

 ルトラよりも先に0号がそう答えた。

 そして、干渉によりトウラクの拡張領域から勝手にプリンを取り出す。

 

 タタリはそれを見て目を輝かせ、まるで銅鑼のように腹を鳴らした。

 

「……食べていいから、静かにしてくれ」

「では、遠慮なくー」

 

 タタリは笑顔でプリンを容器ごと口の中に放り込んだ。

 そして一秒も立たずに、大きく嚥下する音が聞こえる。

 

「おいしいー! やっぱりこれですよー!」

 

 その瞬間、さらに蛇の移動速度が増した。

 

「どこに向かっているの?」

 

 ルトラの問いに、タタリは「さあ?」と答えた。

 

「アレから逃げるために遠くに行っているだけです。もしも逃げるのに良い所があるのなら教えてくださいー」

「では、フェクトム総合学園で頼む」

「はーい。……そう言えば、0号さんはお久しぶりですねー。もしかして味付け、変えました? 前よりも美味しそうに見えますけどー」

「相変わらず人間にしては独特の感性だな。教授……ルシエラを前にしても潜伏するだけの度胸があったのも頷ける」

「ふっふっふー、私はしぶといですからねー」

 

 タタリは自慢げに胸を張る。

 当然、三人には見えないはずなのだが、0号だけは確かにその姿を見てため息をついたようだった。

 

「間もなく、浮上しますー」

 

 その声と共に、辺りの景色が一転する。

 そこには、見覚えのある古びた校舎があった。

 

「着いた。早く、トウラクを医務室に!」

 

 ルトラがトウラクを抱きかかえ、蛇から飛び降りたその時だ。

 

「逃がすと思った? 残念、まだ悪夢は続くよ」

「――ッ」

 

 聞こえてきた声には、嫌という程聞き覚えがある。

 人を馬鹿にするような声色とおどけた口調に、ルトラは空を見上げた。

 

「ネームレス……」

「ルトラちゃん、取引をしよう」

 

 そう言って、ネームレスは両手を広げる。

 背後には、百を超える重砲が魔力の充填を終えてこちらに向いていた。

 

「それが、取引をする人間の態度とは思えない」

「用心のためだよ。そっちの0号を引き渡して。そうすれば、暴れないであげる。ここには、戦えない子もいるでしょう? 確か……蒼星ミロクだったか。彼女を殺すことだって、私には容易いよ。この銃口の先を、校舎にすればいいだけだから」

「……そうだね。確かに、ここで暴れられると困る」

 

 ルトラは僅かの沈黙の後に頷く。

 そして、ゆっくりと0号を見た。

 

 0号は話に興味がないのか、ただネームレスを眺めている。

 そして、重砲を見て、その手に握られたエクスギアを見て、最後にネームレスを見て言った。

 

「……まさか、お前程度が私を殺せると思っているわけじゃあないよな? 思い上がるなよ、人間風情が」

「っ……なんつー馬鹿みたいな威圧感」

 

 魔力を乗せて、相手を見る。

 ただそれだけで、0号はネームレスを怯ませた。

 

「怯えているのかい? 弱者が星に手を伸ばそうとするからだ。……警告は一度だけだ。失せろ」

 

 0号は大鎌を構えてそう告げる。

 それは、星により与えられた最後の慈悲であり、宣告でもあった。

 

 しかし、ネームレスはそれを聞いてなお、剣の切っ先を0号へと向ける。

 

「今のお前、弱体化されてんじゃん。双星形態は、二人が揃ってこそ意味がある。欠けた星に何が出来るの? そもそも、お前はこうして存在するだけで魔力を消費するんだから、時間が経てば経つほど私が有利になるじゃん」

 

 ネームレスの言葉を、0号は否定しなかった。

 それを見て確信を得たネームレスは意気揚々と開戦の合図として告げる。

 

「act1」

 

 黒焔が湧き上がり、空間を包んだ。

 それは、この場の全員を捉える檻として機能する。

 

「これは熱いですねー。口の中、火傷しちゃいそうですー」

「姉さん、実際どれくらいの勝算があるの」

 

 ルトラの問いに、0号はネームレスを見つめたまま答えた。

 

「100%……と言いたいところだが、奴の言う通りこうしている間にも私の魔力は消費され続けている。短期決着が望ましいねぇ。故に、さっさと終わらせるとしよう」

「そうですねー、でもここはあの子達に任せませんかー? 私達、全員万全ではないでしょうー?」

「あの子達……?」

 

 ルトラと0号が首を傾げる。

 タタリだけが、ニコニコと笑ったままだった。

 

「良い匂いが、二つ――ああ、来ましたねー」

 

 ネームレスの背後、重砲の隙間から赤い焔が燃え盛る。

 背を焼く熱気に、ネームレスは慌てて振り向いた。

 

「この魔力ッ、まさか」

「久しぶりだな、ネームレス」

 

 銃口が二つ、既にネームレスを捉えている。

 赤い髪を焔の合間になびかせて、照上ミズヒはそこにいた。

 

 迸る焔を弾丸へと変換して、ミズヒは引き金を引く。

 業火が、あっという間にネームレスを飲み込んだ。

 

「act4!」

 

 切断の音が、辺りに響きネームレスが姿を消す。

 そして間もなく、ミズヒの背後に現れた。

 

「ごめん、今回は遠慮は無しでいかせて貰うよ!」

「そうか奇遇だな、私たちもだ」

 

 ミズヒは振り返らない。

 それどころか、反撃する素振りすら見せなかった。

 そのことにネームレスが違和感を覚え、すぐに気が付く。

 

「――ッ!?」

 

 ダンジョン空間であるフェクトムの遥か上空、凄まじい魔力が突然現れた。

 煌々と燃え盛るそれは、まるで小型の太陽のように見える。

 世界を終わらせてしまえるのではないか、そう思ってしまう力の中から凡庸な声が響いた。

 

龍位継承(アブゾーブ)――スルト」

 

 それは、かつて一つの時代を終わらせた存在の名であった。

 伝承としてのみ伝わる、終焉の焔。

 天を焦がす業火は、ただ一人の少女の手によって作られている。

 

「この焔は、全てを否定し燃やす。ネームレス、君に私とミズヒちゃんを相手に戦うことが出来るか?」

 

 この戦いの絶対者は、そう言って見下ろしている。

 

「選ぶといいよ。逃げるか。それとも、焼き殺されるか」

 

 二択を押し付けつつ、リュウコはさらに言葉を続けた。

 

「ああ……そうそう。もうすぐ、六波羅さんも来るってさ。今の六波羅さん、本当に強いよ?」

 

 他人に頼る言動とは裏腹に、彼女の背後の太陽は恐ろしい程の力を秘めている。

 それは、この場の誰もが理解していた。

 

「さてさて、どうする」

「……随分と戻ってくるのが早かったね。うん、これは想定外だ」

 

 そう言うと、ネームレスはエクスギアを構える。

 

「今回はお言葉に甘えて撤退するとしよう。どうせ、いつでも回収できるしね」

 

 瞬間、彼女の姿は焔と共に消失した。

 どこからともなく聞こえたその言葉を最後にネームレスの気配がなくなる。

 

 ミズヒは暫く警戒していたが、やがて頷くと遥か上空のリュウコへと頷いた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 リュウコはその言葉を聞いて、ふにゃっと笑いながら業火に抱き着く。

 すると、業火は見慣れた赤い龍に形を変えた。

 

「よ、よかったぁ……。あれ、熱いから使いたくないんだよねぇ。汗かきたくないし……」

 

 そんな腑抜けた言葉が、何よりも窮地を脱した事を全員に実感させた。

 

 

 

 

 

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