【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
自分たちの他に誰もいない世界で、二人は空を見上げていた。
黄金の空に、黒い根が張っている。
非現実的な世界だが、確かに二人はそこにいるのだ。
「……ねえ、皆の所には戻らなくていいの?」
「私は貴女の味方よ、ネームレス」
「……そっか」
地絃天星埜御霊に腰かけたネームレスは、足をぶらぶらと振りながら何かを言おうとする。
が、その言葉を飲み込んで、自分の隣を指さした。
「ここに座って、一緒に空でも見よう。生憎、貴女が好きだった星は見えないけどね」
「それが貴女の望みならそうする」
ソルシエラは従順に従い、ネームレスの傍に腰を下ろした。
再び、場を沈黙が支配する。
ネームレスは、隣に座った彼女から話しかけてくれることを待ったが、黙りこくった彼女はいつまで経っても口を開こうとはしなかった。
「どうして、貴女は私の味方をしてくれるの?」
「それが望みだから」
「……そう、世界をこんな風にした人間の味方をするのが望みなんだ」
あくまで冷静に、声の震えを押さえてネームレスは笑みを作る。
そして場違いなほどに明るい声で言った。
「ねえねえ、じゃあ膝枕してよ! いつもみたいに!」
「ええ勿論、どうぞ」
ソルシエラは自分の膝を軽く叩く。
ネームレスはそれを見て、恐る恐る頭を乗せた。
目の前には、自分を見下ろすソルシエラの顔がある。
その目は、まるでガラス玉のように無機質であった。
「……もういいや」
「いいの?」
「うん、ごめんね満足した!」
ネームレスは笑ってそう告げると起き上がる。
すると、ソルシエラは「そう」とだけ反応して再び黙りこくった。
「じゃあさ、次はソルシエラに膝枕をしてあげるよ! ほら、おいで」
「わかったわ」
ソルシエラは素直に、ネームレスの膝に頭を乗せる。
ただそれだけで、彼女がそれ以上に何かを反応することはなかった。
「……膝枕なんて滅多にできなかったんだ」
ネームレスはソルシエラの頭を撫でながら続ける。
「照れ屋だからね君は。だけど、本当は誰よりも甘えん坊で寂しがりやで……本当に心が折れそうになった時しか、膝枕をさせてくれなかったっけ」
「貴女が望むなら、いくらでもする」
「ははは、嬉しいね。……今更、こんな形で手に入るなんて」
ネームレスは空を仰ぐ。
今の自分の顔を、ソルシエラに見せてはいけないと思ったからだ。
笑っているのか、泣いているのか、あるいは怒っているのか。
多くの感情が胸の内で混ざり合い、自分自身ですらこの感情に名前を付けることは出来そうにない。
今の彼女に出来るのは、それがソルシエラであると信じることだけだった。
「体、もう痛くないの?」
「平気よ、ネームレスがいてくれるから」
「私は一度も役に立ったことなんてないよ」
「そんなことはない。私にとって、貴女は大切な人よネームレス」
「……ありがと」
ネームレスはソルシエラの頭を撫でたまま、息を吐く。
長く深く、まるで葛藤を放出するように湿った呼気は、やがて少女を立ち上がらせるに至った。
「……うん、じゃあそろそろ仕事に戻ろうかな! ちょっと0号を始末してくる」
「私も手伝う」
ソルシエラが起き上がりそう言う。
が、ネームレスは首を横に振った。
「駄目だよ、貴女はここでじっとしてて」
「でも」
ソルシエラは食い下がろうとして、ネームレスの顔を見る。
そして、何かに気が付いて首を傾げた。
「……泣いているの?」
「っ」
ネームレスは顔を背ける。
けれど、それでソルシエラが止まる筈もない。
いつもの冷静な表情から一転して、不安げな子供のように顔を寄せてきた。
「どこか痛いのかしら。何か問題があるなら言って。私が貴女を――」
「大丈夫……大丈夫だから」
そう言って、ネームレスはソルシエラを抱きしめた。
指先が震え、思わず嗚咽が漏れそうになるのを無理矢理に抑え込んで、ネームレスは明るく振る舞う。
「少しだけ、星に見惚れただけ。……もう、大丈夫だから」
静かに立ち上がると、もう一度ソルシエラの頭を撫でた。
不思議そうに見上げるソルシエラを見て、ネームレスは優しく微笑む。
「全てが終わったら、きっと貴女は心の底から笑えるようになるよ」
「今でも、笑えるわ」
「……そうだね」
ネームレスは転移魔方陣を展開する。
そしてソルシエラに背を向けて言った。
「待っててね」
「ここで待機すればいいのね」
「そういう事。じゃ、すぐに戻ってくるから」
やがて、ネームレスはその場から姿を消す。
残されたソルシエラは、何もせずに空を見上げた。
黄金の空では、星は見えそうにない。
■
フェクトムでは、救出されるであろうソルシエラを迎える準備が着々と進められていた。
ミユメの発明品と指示の元、ミズヒとルトラの力によって更に魔改造された医務室はもはや学校の中の一部屋に収まる域を越えた完全な医療施設と化している。
未だに戻らないミロクとクラムに代わり準備をしていたミズヒ達だったが、戻ってきた六波羅に告げられたその言葉は、予想外の物であった。
「……そんな、ソルシエラが」
「恐らくは、敵の細工だろうなァ……。0号が傍にいないからか、あるいはそもそも奴の体が拒めるだけの力が無かったか。いずれにせよ、ソルシエラは敵の手に堕ちた。話はより複雑になりやがったんだ」
六波羅はそう言って、顔を歪ませる。
医務室へと0号とリュウコを担いできた彼はベッドへと腰を下ろした。
「さて」
「さてじゃないよー! 早く私達を降ろしてー! この格好だとお尻が強調されている感じがして恥ずかしいんだよ! 執行官が女子高生を辱めていいの!?」
「あっはっはっは! 無様ですねぇ! リーダーを見習ってくださいぃ! この小ぶりできゅっと引き締まっ「殺すぞ」……っす、ごめんなさいぃ」
「いいから降ろせ、六波羅。私もこんな荷物扱いは不本意だからねぇ」
「わかったわかった。ほらよ」
六波羅は二人を降ろす。
そして、ミユメへ向けてリュウコを顎でさして言った。
「龍位継承で無茶をさせすぎちまった。しばらく休ませてやれ」
「わかったっす」
「えっ、優しい……」
「お前は最大限に働いた」
「で、でも作戦は失敗だったよ?」
「まだそうと決まった訳じゃねェ。少なくとも、あの鳥は倒せるとわかった。ソルシエラの方も戦い方が本物と大きく逸脱してねェから読みやすい。あとは俺に任せろ」
六波羅はそう言うと、リュウコを担いでベッドへと放り投げた。
彼の行動が意外だったのか、リュウコはぽかんとしながら天井を見上げる。
「合法的に、休んでいい時間を貰った……?」
「お前ぇ! リーダーにベッドに運んでもらったのかぁ!? 私だってまだなのにぃ!」
「いや、どう見ても投げられてたでしょ? 米俵みたいな担ぎ方されて、最後には丸太みたいに投げられてたでしょ?」
ベッドに転がされたリュウコの前に、ミユメが立つ。
彼女の肩には、全長30cmはありそうな巨大な蝶がしがみついていた。
「じゃあ、この『
「六波羅さん助けて! 私こっちの方がピンチ!」
「? 大丈夫っすよ、この口で疲労を吸い取る代わりに、快楽物質を送りこむだけっすから」
「怖い事言ってる! ねえたぶん怖い事言ってるよミユメちゃんが!」
「快楽の値を間違えた失敗作だったっすけど……たぶん、Sランクならこれにも耐えられるっす」
「怖いのが確定したよ! 六波羅さん、私ここで尊厳まで失う! 頑張ったのに! あんなに頑張っ――ふにゃ」
眠るように瞳を閉じたリュウコの胸の上には、既に蝶がいた。
彼女は穏やかな表情で眠っているようだ。
ミユメはそれを見て満足げに頷いて最後に「ヨシ!」と指さし確認をした。
その光景をドン引きしながら見ている六波羅へと、エイナがくねくねしながら迫る。
「リーダー、私もベッドに運んでほしいですぅ……」
「こいつ……」
エイナの頭を両手でつかんで押さえながら、六波羅は0号へと目をやった。
彼女の目は血走っており、顔色は優れない。
「0号、魔力はまだあるか」
「底を尽きかけている。いっその事、あの子を道連れにした方がマシだった」
「んなくだらねェこと言うなよ。全部取り戻すぞ。まずは、お前の魔力を調達するところから考えねェとな」
彼の言葉に、0号は心底くだらないと言った風に鼻で笑った。
「ふん、何を言い出すかと思えば。私のマスターはあの子だけだ。こう言わなければわからないか? この体は
「は? ちょっと待ってろっす」
その言葉を最後に、ミユメは医務室から飛び出していった。
残されたミズヒとルトラは困ったように顔を見合わせる。
「あの状態のミユメは危険だぞ」
「仕方がない。私とトウラクに危害が及ぶなら斬る。それ以外は知らない」
ルトラはそう言って、部屋の奥で眠っているトウラクの元へと向かう。
未だに彼は目覚めそうにない。
「トウラクはまだ起きねェのか?」
「うん、体は治ったから時間の問題ではあるんだろうけど」
「そォか。次はトウラクにも戦って貰わねェといけなくな、るか……らな……」
「リーダー!?」
六波羅は腕を組んで頷いた姿勢のまま、ゆっくりと後ろに倒れた。
エイナが慌てて受け止めると、ベッドに運ぶ。
「リーダー大丈夫ですか!?」
「少し、はしゃぎすぎたなァ。休むか」
瞬間、その体は少女のものから大柄な男へと変化する。
何故か相棒が残念そうな声を出した気がしたが、今の六波羅にはそれを追求する気力はなかった。
否、あったとしても追求はしなかっただろう。
「ミズヒ、悪ィが少しの間この学園を守っていてくれ。ネームレスやソルシエラが来る可能性が高い。タタリもそろそろ回復するだろうから、手伝わせろ」
「わかった」
「じゃあ、少し眠る」
そう言うと、六波羅は静かに目を閉じた。
エイナはそんな彼のベッドにもぐりこむと、幸せそうに添い寝をし始める。
一連の流れを冷めた目で見ていた0号は、やがて医務室を後にした。
「待て、どこに行くんだ0号」
慌ててミズヒが後を追う。
彼女は足を止める様子は見せない。
「決まっているだろう、ソルシエラがああなった時の保険を使う準備だ」
「準備?」
「星詠みの杖を使う者は、必ず最後は人間としての理性を失う。故に、必ず星詠みには安全装置があるんだ」
「安全装置……そんなものがあるのか」
「現状は、私や六波羅で止められない程に悪化してしまったからね。使うことも視野に入れなければ」
ミズヒは勘が鋭い。
故に、その安全装置が良くないものであることはすぐに理解した。
0号は彼女の様子から察したのか、振り返ることなくこう告げる。
「つまり、ソルシエラを殺す魔法式だ」
『そんなぁ! 皆のために戦ったソルシエラがこんな形で死んじゃうの!? あんまりだろ!』
『君のさじ加減だろそこは』
『おぉ……シエルはどこだ……』
『戻って早々ロリを探すな』