【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない 作:不破ふわる
荒れ果てた講堂で、二人は対峙していた。
お互い笑みを浮かべているが、その一挙手一投足を警戒して間合いを測っている。
長年共にいた幼馴染同士ではあるが、今背負っているものは互いに違った。
「……私がネームレス? 冗談だよね、ミロクちゃん」
「私相手に、誤魔化しが通用するとでも?」
彼女は手の中で銀の弾丸を弄んでいる。
それを一瞥したトアは、困ったような笑みを浮かべた。
「えっと……本当にわからないんだ。こんな事をしている場合じゃないでしょ?」
ミロクは笑顔のまま何も答えない。
トアは困惑したまま、探るように言葉を放った。
「早く、ソルシエラを助けないと。だから――」
一歩、トアが踏み出したその瞬間だった。
彼女の姿は一瞬にして黒に染まり、外套を纏うネームレスへと変化した。
「さっさとそれを寄こしなよ!」
「あら、意外と早いんですね。化けの皮が剝がれるのが」
「そりゃ、何年一緒にいたと思ってるのさ! その目をしたミロクちゃんを騙すなんて無理でしょ!」
既に間合いは詰められ、ネームレスの剣は狙いを定めていた。
異能を使うまでもない。
そう判断した彼女は、飛びぬけた身体能力だけでミロクの懐に入る。
手の中にある弾丸を切り刻もうとした。
それが間違いだと悟ったのは、翡翠色の輝きが自分へと襲い掛かってからだった。
『予測済みです故』
「は?」
衝撃と共に、剣が弾かれる。
次いで、肩、膝、胴と、順に衝撃が走った。
ネームレスは防御の間もなく、謎の攻撃により十メートル程後退を余儀なくされた。
致命的な攻撃ではない。
が、その攻撃が不可視であり、何よりも予想していなかった事が問題だった。
「……いつの間に、武装を変えたのかなミロクちゃん」
「サプライズってやつです」
ミロクは笑顔を崩さない。
その手には、いつの間にか翡翠色の回転式拳銃が握られていた。
まるで宝石を削り出したかのように鮮やかなそれは、芸術品のように見える。
ネームレスはそれを見て、驚き、面倒くさそうに頭を掻いた。
「……さっき、シエルの契約者はいないって言ってなかった?」
「ふふっ、嘘です」
「じゃあ、弾丸でソルシエラを殺すってのは?」
「それも、嘘です」
「……そっかそっか。既に、私は罠に嵌まっていたってわけだ」
ネームレスはパチパチと手を叩く。
騙されたというのに、彼女の表情は余裕そうである。
「でも、私を捕まえるにはミロクちゃん一人じゃ無理だったね。じゃ、さよならー」
黒い焔がネームレスを包み込む。
しかし、それはいつまで経っても彼女の姿を消すことはなかった。
役目を果たすことが出来なかった黒い焔はゆっくりと風に乗り消えて行く。
その光景を見て、ネームレスはミロクを見た。
瞬間、
「正しい座標が無ければ、外への移動は不可能です。残念ですが、もう少しだけ私とお話をして貰いますよ」
「……まさか、講堂に入った時点で詰みだったり?」
「ふふっ、気に入ってくれましたか?」
熱風が吹きつけ、砂が巻き上がる。
熱砂に支配されたその世界で、ネームレスは初めてミロクへとその力を行使することを決めた。
「ああ、嫌という程気に入ったよ! act1!」
黒い焔が、明確な敵意を持ってミロクへと襲い掛かる。
弾丸の形をした焔はミロクへと迫り――降りしきる雨の中に燃え尽きた。
焔の居場所などない。
そう宣言するかのような大雨が世界に降り続いている。
「は? 何それ、意味わかんないんだけど! どうして、急に森になったの!? それに、私の焔は雨程度じゃ消えない筈」
「この雨は、遥か昔から高純度の魔力を含んでいます。私に届く前に、きっとその魔力に押しつぶされてしまったのでしょう。この世界では当たり前のことです」
ミロクは青い傘をさして、笑みと共にこう続けた。
「私がそう定めました」
「……成程、これがシエルの力か」
彼女の手の中には、翡翠色の銃が握られている。
それは小さく震えると、聞き覚えのある声で言った。
『貴女を相手にするのに、わざわざ目の前で準備をする必要はありません故。既に、こちらは準備を終えていました。あとは、定められた領域に足を踏み入れればそれだけで作戦は完了だったのです。……それでも敢えて宣言を欲するのであれば、望みどおりに――
世界が、喧騒で包まれる。
そこは人で溢れる交差点だった。
青い傘を差した少女の姿は人混みの中に消え、声がどこからともなく聞こえてくる。
「間もなく、ミユメちゃん主導の元ソルシエラを救う作戦が実行されます。あの子たちなら成し遂げるでしょう」
「それまでの時間稼ぎってわけだ」
「それだけという訳ではないのですが……」
「もう、うるさいなぁ! act3!」
人混みに、漆黒の蛙が放たれる。
蛙は瞬く間に拡散し、一斉に爆発を起こした。
悲鳴と怒号が連鎖し溢れ、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化す。
その中で、ネームレスはミロクの姿を捉えていた。
青い風船を持って、遠くからこちらをじっと見つめている彼女は、ネームレスが見つけたことに気が付いたのかにっこりと笑う。
「挑発のつもりかよ! たかだかデモンズギア一機と契約したくらいで!」
「まあ、そう焦らないでください。時間はたっぷりありますから」
「私には無いんだよ! act4!」
ミロクとの距離は切断され、無かったことになる。
逃げ惑う人々を越えて、ネームレスはミロクの目の前に立っていた。
「獲った。act4」
漆黒の太刀がミロクへと向けて放たれる。
距離も防壁も意味をなさない最強の斬撃を前に、ミロクは拳銃の引き金を空へ向けて引いた。
世界を、一発の弾丸が変える。
『前提規則。蒼星ミロクに攻撃をしてはならない』
「規則違反です」
読み上げるような淡々とした声。
瞬間、ネームレスの体はあらゆる衝撃に襲われ弾き飛ばされた。
体がバラバラになるのではないかと錯覚してしまうほどの衝撃に、ネームレスは地面を転がる。
当然のように斬撃はミロクに届いていない。
彼女は風船のひもを余裕そうに手の中で弄び、やがて離した。
「世界を作る、それがナナちゃんの権能です。人工的に作り出されたダンジョン空間と言うのがわかりやすいでしょうか」
『高ランクのダンジョンでは、ダンジョン主によって絶対の法則が作られる。有象無象の怪物に出来て、私に出来ないはずがありません。故に』
「今は、私たちがこの世界の規則です」
一歩、ミロクが歩みを進める。
すると、都会の街並みが消え、辺りは静かな砂浜になった。
夕日は水平線の向こうに沈もうとしている。
さざ波の音を聞きながら、ミロクはその銃口をネームレスへと向けた。
「諦めて、お話しませんか? 折角の良い景色がもったいないですよ」
「……act6」
倒れていたネームレスの姿が消える。
次の瞬間には、背後にいたネームレスが剣をミロクへと突き出していた。
今までとは違う、殺人の剣だ。
しかし無情にも、今までと同じように当たることはなかった。
既に、弾丸は放たれている。
『前提規則。蒼星ミロクの半径3メートル以内に踏み入ってはならない』
「規則違反です」
海が突然荒れだし、波がまるで巨人の手のようにネームレスを掴んだ。
「無敵の異能は必勝の異能という訳ではないですよトアちゃん。ダメージはなくとも、衝撃を感じる。そしてこのように、動きを封じることもできる」
波はそのままネームレスを掴んで海へと戻っていく。
それをミロクは静かに見つめていた。
間もなく、海が黒い焔によって全て蒸発し白い煙に包まれる。
「ナナちゃん」
『わかってます故』
煙を突き破って、黄金の砲撃が放たれた。
辺りを構築する魔力を根こそぎ収束した一撃に、ミロクは小さな銃口を向ける。
『前提規則。蒼星ミロクに砲撃を放ってはいけない』
「規則違反です」
小さな銃口の先に巨大な砲撃陣が展開され、翡翠色の砲撃が放たれた。
黄金の砲撃と翡翠色の砲撃は激しく衝突し、巻き起こった爆発は空や大地に罅を走らせる。
砲撃が終わる頃には、辺りは荒れ果て見るも無残な世界と化していた。
「……っ」
ミロクはこの時初めて何かをこらえるように息を吐いた。
笑みは崩さず、顔色も変わっていないように見えるが、繋がっているシエルにはわかる。
『ミロク、無理は禁物です故。星蝕みはあくまで、姉上を凍結処分するための特殊形態。このような運用は想定されていません』
「……大丈夫。あの子が辛い思いをしているのに、こんな所で倒れるわけにはいきません」
そう言って、ミロクは拳銃を撫でた。
「この景色は、あまり好きじゃないですね」
ミロクの言葉に従うように、世界が作り替わる。
それは、彼女の心が無意識に選び取った世界だった。
色とりどりで楽し気なアトラクションが視界いっぱいに広がる遊園地だ。
本来は子供たちの楽し気な声で満たされているであろう園内は、愉快な音楽だけがむなしく響いている。
「……ああ、懐かしい」
今はもう遠い過去の出来事となってしまった気がした。
けれど、確かにあった真実の記憶でもある。
「今度は、嘘偽りのないあの子とデートをしたいですね」
馴れない着ぐるみに苦戦していたあの子を覚えている。
緊張の面持ちで観覧車に乗ったあの子の横顔を覚えている。
燃え盛る地獄のような景色を駆けたことを覚えている。
覚えている。だからこそ、その先を見たい。
今度は、彼女はどんな顔を見せてくれるのだろうか。
結局のところ、ミロクが戦う理由はそれだけである。
それだけで充分だった。
「もう私はあの時とは違う。ナナちゃん、行きましょう」
『合理的な勝利を貴女に』
遊園地の入園ゲートで大鎌と太刀を構えたネームレスは、静かにミロクを見据えている。
今までのは、幼馴染同士のじゃれ合いに過ぎない。
これから始まるものこそが、戦いなのだ。
「来なさい、トアちゃん。私という
■
暗闇の中で、声が聞こえる。
「予定時間なのに起きない……。ミロクお姉ちゃんの話と違うよハチノミヤ!」
『しゃあなしで、しゃあなしで脚を切り落とすですです。痛みで目覚めますますです』
朧げな意識の中だが、確かに「は?」とだけ思った。
「可哀そうだよ! 九重、ここは私に任せて! 鼻先を焼くよ! 最悪、鼻先はなくても大丈夫。段ボールでもつければ後からカスタム可能だし!」
「流石キリカちゃん!」
「私の契約者によくそこまで好き勝手言えるね」
聞き覚えのある声に意識は浮上を始める。
そうして、世界が次第に鮮明に映り始めたその時。
「斬るなら私が斬る。私なら、いつでも繋げられるくらいに綺麗な断面で、やれる」
「いやいやいや! 止めてよルトラ!」
「あ、起きた」
目を覚ましたトウラクの前には、チェーンソーと太刀と大剣があった。
構える少女たちは可愛らしく首を傾げる。
「おはよう」
ルトラは、なにも悪びれることなくそう言った。
「……おはよう……じゃなくて!」
インパクトのある目覚めに忘れそうになったが、彼はすぐに自分が倒れた経緯を思いだした。
「ソルシエラを助けに行かないと!」
「落ち着いて、そのための準備は着々と進んでる。そして、私たちもその鍵の一つ」
ルトラは、手を差し出して言った。
「行こう、トウラク。私たちはまだ負けてない」