【書籍化決定】かませ役♂に憑依転生した俺はTSを諦めない   作:不破ふわる

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第335話 契約、貴女の描く物語

 ヒカリの対峙する相手は、ただの人間ではない。

 いや、あるいは生き物ですらないのかもしれない。

 

 0号とそう呼ばれる星詠みの杖の中枢プログラムは、今まさにヒカリを見つめていた。

 花園で風に髪を揺らすその様は本来優雅さを感じさせるはずだが、今あるのは身を刺すような敵意と、押しつぶされるのではないかと錯覚してしまうプレッシャーだ。

 

「それで、私をどう説得するのかな? 人間の浅知恵というものを拝見しよう」

 

 足を組み、0号は笑う。

 辺りは赤い茨に囲まれており、逃げ場はない。

 

 既にヒカリの生死は0号の裁量で決まる。

 それを理解した上で、ヒカリは一歩前に踏み出した。

 

「私と一緒に戦ってください!」

「……なんだ、この手は」

 

 差し出された手を、0号はわざとらしく払いのける。

 そしてつまらなそうにため息をついた。

 

「はぁ……何かと思えば、馬鹿の一つ覚えのように同じ事を繰り返すのか。本当に、愚かだねぇ」

「私は昔から諦めが悪いんです! クラムにもそう褒められました!」

「そうか。それは結構な事だ」

 

 0号は立ち上がると、庭園の奥へと歩きだす。

 それに合わせて道を作るかのように赤い茨も動き始め、通路を作り上げた。

 

「待ってください!」

「断る。私が待つ道理がどこにあると言うのだね」

 

 ゆっくりと歩く0号の後をヒカリはすぐに追いかける。

 そして、先ほどよりも大きな声で言った。

 

「お願いします! 貴女の力が必要なんです!」

「私には不要だ」

「でも、お願いします!」

「うるさい。少し黙っていてくれ」

「力を貸すと約束してくれたら黙ります!」

「なら君は一生黙れないねぇ、愚かな人類」

 

 嘲笑い0号はそう告げる。

 しかし、ヒカリは怯む様子はない。

 

「お願いします!」

 

 小走りで回り込むと、0号へと頭を下げた。

 その横を、0号は何も言わずに素通りしようとする。

 

 が、今まさに横切ったその瞬間、ヒカリはその手を握った。

 

「お願いします」

「離せ」

「嫌です、力を貸してくれるまで離しません」

「……そうか、では」

 

 0号は、わずかにヒカリの手を握り返す。

 それに気が付いたヒカリがハッと顔を上げたその時だった。

 

「……ぐぁっ!?」

 

 手を伝い、恐ろしい程の痛みがヒカリに襲い掛かる。

 全身の血が沸騰し、骨が内側から砕け散ったかのような痛みと脳をかき混ぜられたかのような不快感。

 

「まあ、こんな所か」

 

 苦しんだヒカリを見て、0号はそう呟く。

 

 それはたった一秒の出来事だった。

 しかし、ヒカリの額には汗が浮かび顔色も優れない。

 

「な、なんですか今の……!」

「契約の苦しみだ。私と接続するという事は、人間の限界を超え体を生きたまま作り替えるという事。ただの人類に耐えられることではない。これに完全に耐えられたのはあの子だけだ」

 

 吐き捨てるように言う0号の表情は、しかしどこか誇らしげだ。

 これでわかっただろう、言外にそう伝えた0号は再び歩き出そうとする。

 

 が、その手はまだ繋がっていた。

 

「待ってください」

 

 手がさらに強く握られる。

 そして、力いっぱいに引き寄せられた。

 

 体が傾き、0号は無理やりヒカリと目を合わせる形で向き合う。

 彼女の黄金のような目は、真っ直ぐに0号を見つめている。

 

「あの苦しみを、本当にソルシエラは味わったのですか?」

「ああ。あの姿になる度にね」

「……なら、なおさら助けなければいけませんね!」

 

 両手で0号の手を包み込むように握る。

 先ほどの苦痛を味わっても、ヒカリはその手を離す気はないようだ。

 

 そんなヒカリを見て驚愕した様子の0号は、再びその苦しみをヒカリへと与える。

 死すらも救済に思えるほどの苦痛がヒカリの体を駆け巡る。

 

「……っ!?」

 

 意識がまるで切れかけの電球のように点滅し、ついにヒカリは膝から崩れ落ちた。

 呼吸を整えようとするが、苦しみのあまり呼吸がうまくできない。

 

「……ぅ」

 

 視界が次第にぼやけていく。

 やがて、その意識を手放そうとしたその時だ。

 

 歪んだ視界の端で、何かが跳ねているのが見えた。

 手のひらに収まるサイズの銀色のそれは、ヒカリが見慣れた存在である。

 

(まー、ちゃん)

 

 一匹の機械仕掛けの蛙が必死に飛び跳ねている。

 その姿は、まるでヒカリを鼓舞しているかのようだった。

 

 周りを見ても、他に人吞み蛙の姿はない。

 ただ一匹、赤い茨の向こうから必死に存在を訴えかけるように跳び続けている。

 

 それを理解した瞬間、ヒカリは思わず笑みをこぼした。

 

「ふふっ……託されてしまいました」

「何を笑っている? ついに気でも狂ったのか?」

 

 依然として、苦しみはヒカリを襲い続けている。

 しかし彼女にとってそれは、この手を離す理由にはならない。

 

 故にヒカリは笑って顔を上げるのだ。

 

「私は一人じゃありません、だからこの痛みも耐えられるッ! そして、ソルシエラも……いいえ、ケイも助けるッ!」

 

 手を引き寄せ、ヒカリは0号を抱きしめた。

 

「離せ! 死が怖くないのか!? お前では無理だ、絶対に耐えられない。その果てに待っているのは凄惨な結末だぞ!」

「私は死なない!」

「なんの根拠があってそんな言葉を――」

「この命はケイに貰ったものだからッ、だからそう簡単には手放しません!」

 

 さらに強く抱きしめて、ヒカリは胸を0号へと押し付けた。

 

「私の鼓動がわかりますか? 私が生きていることがわかりますか? ケイが私を助けてくれたんです」

 

 自分の中に溢れる言葉を、ヒカリは感情のままに紡いでいく。

 

「私のこの体には、あの子に貰った魔力が流れ続けている! あの日、私を死の淵から引きずり上げてくれたのは、他の誰でもないケイなんです! だから、今度は私が、私たちが助ける! 絶対に絶対です! 根拠や、理由なんていらない!」

「っ、離せっ!」

 

 0号は叫び、茨でヒカリを引き離す。

 そしてヒカリの腕を拘束すると、憎々し気に睨みつけた。

 

「お前にはわかるまい、星詠みとして生きた彼女の気高さが。あの魂の純粋さが……ッ!」

 

 大鎌を召喚し、0号はヒカリへと見せつけるように構える。

 そして、一気に振り下ろした。

 

「……何故、怯えない。この鎌は、お前を引き裂く程度造作もないんだぞ」

「貴女には殺せません」

 

 ヒカリはまっすぐな目で宣言する。

 

「ケイが助けた人間を、貴女は殺すことが出来ない。それは、あの子の行動を否定することになりますから」

「貴様ッ……」

「0号、貴女の思い描く未来はありますか?」

「は?」

「理想は、ハッピーエンドは、なんですか?」

 

 食い込む茨を気にも留めず、ヒカリは声を掛けづづける。

 

「あの子ともっと一緒にいたいんじゃないんですか?」

「黙れ」

「本当は、生きていて欲しい。幸せになって欲しいのでしょう?」

「黙れと言っているだろう! 愚かな人類が!」

 

 0号は再び鎌を振り上げる。

 しかし、その手は震えるだけで振り下ろされることはなかった。

 

「……無理なんだ」

 

 やがて、0号の口から絞り出された言葉は、あまりにも弱弱しいものだった。

 

「あの子はもう殺すしか方法がない。そうすることでしか、もう私はあの子を救うことが出来ないんだ……」

 

 まるで言い聞かせるように、0号は静かに告げる。

 

「私には、もう……どうすることも」

 

 腕は力なく下げられ、鎌は音を立てて地面に落ちた。

 0号は、それを拾い上げることすらせずにただ疲れ切ったように首を横に振る。

 

「そういう時は、力を合わせるんです」

 

 そんな彼女の前で、落ちた鎌をヒカリは拾い上げる。

 彼女を縛っていた茨は力任せに引きちぎられ、辺りに散乱していた。

 

「皆のために戦ってくれたヒーローの最後がこんな形だなんて、私は絶対に認めません。貴女もそうでしょう」

 

 鎌が、0号へと差し出される。  

 

「行きましょう。ハッピーエンドは私たちが作るんです」

 

 そう言って、小さなヒーローは無邪気に笑う。

 

 まるで正義の物語を信じているかのように。

 まるでハッピーエンドを確信しているように。

 

 理屈など、到底ある筈もない。

 彼女の提案には合理性の欠片もなかった。

 

 それでも。

 

「……一度だけ」

 

 鎌を受け取り、0号はヒカリの目を見据える。

 

「一度だけ、お前の戯言に騙されてやる」

 

 その言葉に、ヒカリはまた無邪気な笑みを浮かべ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒカリちゃんに0.0001トラックの苦しみを与えたので、俺とリュウコが腹を斬って詫びます』

『じゃあやれって言わなきゃよかったのに……』

『おぉ……気高き幼き命よ……!』

 

 

 

 

 

 

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